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覇王記  作者: 沙菩天介
盗賊王編
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第九話 盗賊王グラン

 明くる朝、まだ小鳥の囀りなど少しも聞こえない、早朝と呼ぶのかも怪しい時間帯。部屋の扉を叩く音が聞こえ、イグリダははっと目を覚ました。


 寝巻きに着替えておらず、袴を履いて上着すらも羽織った状態で寝たため、寝起き姿も乱れてはいない。


 イグリダは戸を開けて外にいる人物に笑いかけた。


「どうしたのかな」


「起きろ。剣が完成したぞ」


 おそらく寝起きだろう。寝癖を散らかしたアルヴァンに苦笑し、イグリダは剣を受け取った。


 虹色の鉱石を溶かした大きな両手剣だった。イグリダが頼んだ通りの大きさと形になっている。貧乏人のイグリダは、オーダーメイドに感激した。


 付属品のようなものを一通り受け取ると、イグリダは軽く頭を下げた。


「世話になった」


「…早いな」


「もしかしたら、友を待たせてしまうかもしれないのでね」


 ペトラはおそらく影移動で、アラスタは『フライ』で来るだろう。早めに村を出なければ遅れてしまう。


 アルヴァンは「武運を祈る」と一言だけ言い残し、足早に去っていった。もしかしたら眠かったのかもしれない。エスパーダがわざわざアルヴァンに頼んだのも、エスパーダが眠かったからかもしれない。


「そんなことを考えている場合ではないな」


 もらった両手剣も、鍛え上げられたイグリダの肉体なら片手でも容易に持ち上げられる。早々にアジトへ向かわなければ。



 ※



「グラン、起きて」


「…あ?」


 自分よりも遥かに眠そうな声で語りかけるエンドに顰めっ面を向け、グランは椅子から身を起こした。


 いつも通りのひどい目覚めだ。肩は凝り、腰はズキズキと痛む。何年この椅子で寝れば慣れるのだろう。


 アジトの一番上の階に構えたこの広間も、ただのグランの寝床になっている。風通しがよく景色も良いこの部屋は、昼は快適だが夜は地獄と化す。いい加減まともな住居が欲しいものだ。


「俺を最悪な眠りから起こしてくれたことには感謝するけどな。エンド、何の用だ?」


「アグリダたちが攻めてきた」


「…イグリダな」


 エンドはどんな問答も即答で、非常に話しやすい。今回のような緊急の話なら尚更だ。


 イグリダ一味の情報はすでにシカナとキオから聞いている。敵戦力三人はキオだけでも簡単に無力化できるだろう。


 しかし一番守りたいのは宝物庫だ。宝物庫と言っても入っているのは金銀財宝ではなく、村人から盗んだ盗品を取っておいている。食料等もまとめておいてあるため、そこにキオを配置する必要があるだろう。


「迎撃は俺、エンド、シカナの三人でやる。もし奴らが倉庫に向かう様子が見えなければ、キオも加勢しろ」


「承知しました」


 隣で佇んでいるキオが頭を下げた。


 キオはグランが寝ている間も常に隣で待機している。今この場にいない幹部はシカナだけだ。


「団員叩き起こしてくる。テメエら飯でも食っとけ」



 ※




 日が上り、森はすでに朝を迎えている。


 遠方には岩山を削ったと見られる盗賊団の大きなアジトが見える。およそ2kmの距離だ。位置を確認したイグリダは、正面に二つの人影を発見した。


「おーい」


 飛び跳ねながら手を振るのはアラスタだ。もう一つの人影、ペトラは立ちながら眠っている。


「遅れたかな」


「遅れてないって言ったら嘘になるかもしれない」


 少し落ち込んだが、やがてイグリダは深呼吸した。


 トーアの情報によれば、幹部エンドは魔法使いだ。遠方から攻撃が来てもおかしくはない。となれば、もうすでに戦闘が開始していると考えた方がいいだろう。


「作戦は?」


「正面から行く」


 ペトラを揺さぶって起こした後、アラスタが首を傾げた。


「冗談?」


「いや、情報によれば、幹部以外は戦闘力が無いに等しい。君たちが幹部を一人ずつ抑えてくれれば私が王を倒しに行ける」


「…うーん、なるほど」


 シカナ相手に苦労していたイグリダとアラスタには、少し無理がある作戦だ。


 しかしこちらは盗賊を殺したくはない。そのため暗殺という手段は使えない。正面突破が一番シンプルで、一番力を示すのに丁度いいだろう。


「ねえ、あれはなあに?」


 ペトラが指さした空を目で追うと、何やら赤い光の玉のようなものが天に向かって飛んでいっている。おそらく魔法だろう。


 よく見ると、こちらに向かってきているのがわかる。このままここで話をしていれば直撃だ。


「アラスタ、私とペトラをアジトまで運んで欲しい」


「分かった。僕とペトラが入り口で、イグリダが頂上だよね」


 確認を済ませ、アラスタは二人の手を掴んで空に飛び立った。


 汎用魔法『フライ』は、属性魔法を応用して作った空中飛行の魔法だ。魔力で物体を持ち上げるため、手を繋げば複数人を一度に運ぶことができる。魔法使いが覚えるべき魔法ランキングで、数年間1位に輝いているものだ。


 アラスタは軽々と魔法を躱し、空へ飛び上がった。


 上り始めた朝日を尻目に、イグリダは広大な景色を眺めた。今ならアルディーヴァ城までも見ることができる。この瞬間、イグリダは頂にいるのを感じた。


 やがてアジトに着くと、アラスタは空中停止した。


「手を離すよ!」


「ああ!」


 アラスタが手を離すと、イグリダは数メートル下の岩にうまく着地した。


 アジトの頂上だ。おそらくこの下にグランがいるのだろう。


「おい、うるせえぞ」


 あからさまな苛立ちを感じさせながら、長身の男が窓から身を乗り出した。


「テメエ…もっとまともな攻め方はねえのかよ」


「すまない。君たちが正面から歓迎してくれるとは思えなかったのでね」


「そいつはまあ、察しがいいことだな。降りてこいよ」


 言われるがままに、イグリダは窓の上部に掴まって勢いよく内部に乗り込んだ。


 半径10mほどの広めの部屋だ。しかし部屋の端に椅子がおいてあるだけで、他には何もなかった。ただし、窓が多く、風通しが良い。


「できれば話し合いで解決したいのだがね」


「ああ、シカナから聞いたよ。テメエら、盗賊も救う気なんだってな」


 そう言って、グランはベタついた髪をかき回した。


 前髪を左右に分けた、黒髪の男だった。上半身は質素な白いシャツを身につけ、下も質素な鼠色のパンツを履いている。王と呼ぶにはあまりにも貧相な見た目だ。


「まあ、天下統一とか言ってねえで聞けよ。俺は長い間とある作戦を練ってたんだ。憎きクアランド王家をぶっ潰すための算段を、足りねえ頭使って頑張って考えてたんだ」


「何をするつもりだったのかな」


「周辺の村々の資源を年月をかけてゆっくりと奪っていった。それである時、そいつらを盗賊団に誘うんだ。王家潰せば美味い飯が食えるって言って、異能者の力を借りようとした。でもテメエが…テメエがアグラをそそのかしたおかげで台無しさ」


 やがて自嘲気味に笑うと、グランは腰から刀を引き抜いた。


「白い仮面の男に依頼を受けて、異能者攫えば金が貰えるって聞いてな。そっちに飛びつけばまたテメエらが邪魔しやがる。窃盗に加えて誘拐なんかやったのは初めてだからよぉ。また俺たちの手を無駄に汚しやがって」


「…君たちは罪人ではない。運が悪かっただけだ。俺の世界が完成すれば、安定した生活が手に入る」


「へぇ…」


 自嘲気味だった笑みが、一気に嘲笑に変わった。


「テメエ、何も知らねえのによくもまあ。俺はなあ、盗みは死ぬほどやった。そのおかげで生活できなくなった商人は多くいるだろうな」


「…仕方なくやったことだ」


「それに、人を殺した」


「…」


 怯んだように黙り込むイグリダを見て、グランは僅かに眉を顰めた。


「なんだ?今まで散々罪人じゃないだの言ってきた癖して、まさか人殺した程度でお怒り———」


「ああ、少しな」


 僅かな怒りが、イグリダを包んだ。故郷を滅ぼされ、村人たちの有り様を見たイグリダにとって、人の死はあまりにも重く、加害者の事情は目に入りづらい。


 被害者のことを想像できるほど、イグリダはお偉い存在ではない。本人の苦しみも、遺族の悲しみも、イグリダには理解する資格がない。それでも自身に状況を重ね、凄まじい憎悪が腹の中から湧き上がる。


 だが、それでもイグリダは覇王になる必要がある。


「…負い目を感じているのだね」


「…あ?」


「だが今一度、君たちは考えるべきだ。誰が罰を受けるべきなのかを」


 イグリダは付属品の『両手剣カバー』を武器にめ、鈍器へと変えた。


「君たちは罪人ではないと、俺が証明しよう!」


「はっ!戯けッ!」


 直後、グランが真正面から斬りかかった。


 両手剣なら、槍と刀の攻撃など簡単に防御できる。だがシカナ戦を考えれば、戦意操作が使えないイグリダにとって、素早い敵の攻撃を防ぐことなど不可能だ。


 両手剣に与えられた衝撃に足で耐えながら、イグリダは歯を食いしばった。


 次に、グランは回り込み、素早い斬撃をくらわせるだろう。得意の回避で攻撃を躱し、体勢を立て直さなければならない。


 だが、両手剣を手にしたイグリダに、今までの速度はない。慌てず左手で、腰に差した金属の棒を取り出して攻撃を防ぎ、飛び下がった。


 当然、休む間もなくグランはイグリダの懐に飛び込んでくる。


「…!」


 直後、イグリダの体を赤い炎のようなものが包み込んだ。同時に、グランの動きが見て取れるようになった。


(これが戦意操作…!)


 なるほど、まるでスローモーションの世界に身を置いたような感覚だ。グランの動きも幾分か人間に近づいたように思える。


「ここで覚えるとはな…だが戦意操作が使えるだけで、俺に勝てると思うなよ!」


 グランは再び真正面から攻撃を仕掛けてきた。


 今のイグリダには、グランの動きは容易に見て取れる。防御する、回避する、カウンターを見舞う、戦意操作によって数多くの選択肢が追加された。


 パワーを考えれば、こちらも真正面から剣を振り下ろすのがいいだろう。


「遅え!」


グランは叫び、槍を回転させて体勢を立て直した。


 槍による攻撃を防がれても、グランには刀がある。その刀でイグリダの脇腹を狙ったが、危ういところで棒が防いでくれた。


 グランの攻撃は通らず、イグリダは全ての攻撃を見切れている。しかし所詮は防戦一方、優勢はグランにある。


 だが、イグリダには強力な技がある。


「『凪刀なぎなた』———ッッッ!!!」


「———ッ!?」


 センから教わった必殺の剣技、魔力から生み出した水量をそのまま相手にぶつける『凪刀』。その威力は一般の人間に対して凄まじい効果を発揮する。


 魔法を使えない相手には、剣技を使えば大抵の防御は崩せる。隙があれば剣技を放ち、簡単に自分のペースに持ち込めるのだ。


「『凪刀』———ッッッ!!!」


 再び放たれた強力な水圧には、流石のグランもなすすべがない。そのまま水に飲まれ、グランの姿は見えなくなってしまった。


 膨大な水を叩きつけられれば、立っていることはできないだろう。仮に威力を軽減できたとしても、壁に衝突する。


 勝利は近い。


「終わりだ!盗賊王!」


 イグリダが再び両手剣を構え、正面から斬りかかった。


 すると…


「!?」


 グランを飲み込んだ水が瞬時にして白く変色した。


 否、これは凍結だ。イグリダの放った水が凍ってしまったのだ。もちろん、イグリダの『凪刀』に氷属性は付与されていない。


(何が…)


 考えられるのは魔法だ。グランが身を守るために凍らせたか、或いは第三者が、グランを閉じ込めるために水を凍らせたのか。


 少なくとも前者はでない。当然そんなことをグラン自身がするはずがない。それに魔法が使えるというデータはなかった。


 であれば、第三者か。


「何者だ!」


 イグリダは油断なく両手剣を構え、周囲を見渡した。


 だが人の姿はない。あるのはグランの椅子だけだ。


 イグリダが困惑していると、どこからか含み笑いが聞こえてきた。


「はっ、どこを見てるんだ?」


 直後、水と氷の渦がイグリダに襲いかかった。


 5cmほどもある大きな氷塊が混ざった水流だ。イグリダは氷塊を受け流しつつ、後方へ後退した。


「…まさか」


 正面に佇む男は、紛れもなく盗賊王グランだ。先ほど閉じ込められていたはずの氷は破壊され、すでに魔力となって少しずつ蒸発している。


「剣技を使えるのはテメエらだけだと思ったか?」


 今ここで、グランの刀が盗品ではないことが証明された。

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