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覇王記  作者: 沙菩天介
盗賊王編
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第七話 キオ

「ペトラは上手くやったみたいだ!」


 少し離れた岩場の上から、アラスタの声が聞こえた。これでもう一安心だ。


 イグリダは目の前に広がる数人の盗賊を見て、品定めをするようにめ回した。


 アグラの時の盗賊とは違う、少し落ち着いた雰囲気のある戦士たちだ。野蛮さは一切感じられず、ただ戦闘に長けているといった様子である。


「はぁ!」


 両手に握りしめたナイフを振りかざす盗賊の攻撃を、慣れた身のこなしで躱しきり、イグリダは槍を回転させて三人に攻撃を行なった。


 だが、まるで読まれていたかのように、全員に躱されてしまった。


 アグラの盗賊団よりも動きに重みがない。おそらく攻撃の威力に重点を置いていないのだろう。ただ相手の攻撃を誘発し、その攻撃を躱すことで敵の隙を生み出す。厄介だ。


 だが、イグリダは一人ではない。


「『ファイア』———ッッッ!!!」


 半径10cmほどの火の玉が、飛び下がった盗賊に襲いかかった。


「うわぁぁぁぁッ!?」


 炎に包まれた二人の盗賊は、慌てて近くの池に飛び込んだ。


 アラスタの高所からの狙撃により、イグリダの攻撃を避けた相手を確実に狩ることができる。これにより、着々と相手の数を減らしていける。池があることを知っての判断である。


「…な、なんなんだ君たちは…!」


 右腕だけで槍を振り回す男に戦慄を感じ、盗賊団は後退りを始めた。


「イグリダ、後に覇王となる者だ!」


 イグリダは名乗ると、腰をかがめて『凪刀』の姿勢をとった。


 水の剣技は威力が少なく、殺傷能力に乏しい。だがそれは、相手を殺さずに戦闘不能にすることに長けると言える。うまくやれば大多数を同時に倒すことも可能だ。


「もし君たちに罪の意識があるのならば、ここで私に降伏し、その意思を見せたまえ!」


 魔力をたぎらせている。それが危険だと言うことは彼らにもわかるだろう。何人か、膝をつこうとしている。どうやら降伏を誘発できたようだ。


 イグリダが満足げに口端を上げると、金属が擦れる音が響き渡った。


「余計なことをしないでくれ」


 不満げな声によって、盗賊たちの降伏は止まった。


 純白の髪を生え散らかした、氷色の瞳の男だ。口元はマフラーで隠し、全身を黒い服で覆っている。そしてその両手には、身の丈に似合わない二本の大斧を握りしめている。おそらく幹部だろう。


「名前を聞かせてほしい」


「シカナ、幹部だ。うちの部下に変なことさせないでくれ。どうせ罪を認めても、牢屋に入るだけだ」


「……何も捕らえようというわけでは———」


 直後、重厚な金属の音が響き渡り、その空間にいる全員に静寂を強要した。


 シカナが二つの斧を擦り合わせる音だ。シカナは聞く気などないと言うように目を落とし、片方のなまくらの斧を見せびらかすようにして、イグリダに突きつけた。


「じゃあ、許すのか?お前が俺たちを許したところで、俺たちの罪は消えるのか?俺たちみたいな人でなしを、お前が上手く裁けるのか?」


「君たちは人でなしではない」


「……ふん」


 ほんの少しだけ、シカナの目が見開かれた。


「エンドからは口だけの奴と聞いていたが…想像していた以上に口が達者だな」


 間違いなく、今対話する気はない。警戒するようにイグリダを睨みつけている。この状況でイグリダの思想を話しても無駄だろう。


 それに、口だけだというのは事実だ。イグリダはまだ何も成していない。


「イグリダ!戦おう!」


 岩場の上から声を張るアラスタに向かって頷き、イグリダは槍を構えた。


 気づけばシカナの姿がない。


(後ろか!)


 凄まじい圧力を背後に感じ、イグリダは体を捻らせて対応した。


 だが、大きなミスだった。


「———ッ!?」


 槍が折れた。


 瞬時にして背後に回ったシカナは、大きな斧を振り下ろしていた。とはいえ、脆弱といえど槍の柄が耐えられないことはないはずだ。


 だが、シカナの斧は二本。その攻撃に戦意操作の速度上昇を加え、同時に斬撃を与えることで、細い金属は枝のように折れる。完全にイグリダの油断だ。


「『アイス』———ッッッ!!!」


 鋭利な氷の塊が、斧を振り下ろしたシカナに向かって襲いかかった。


 アラスタが放った魔法『アイス』は、初級の氷属性攻撃魔法だ。雷属性の『サンダー』とは対照的に、細く鋭い範囲に攻撃する。急所を撃てば『ファイア』よりも致命傷を与えやすい。また、味方に当たりづらい。


 さすがはアラスタというべきか、その氷塊は真っ直ぐにシカナの足を目掛けて飛んでいく。斧を振り下ろした後隙で、シカナが動けないうちに足を潰す魂胆だ。


 だが、シカナはいつの間にか、アラスタの目の前で腰をかがめていた。


「あ…!」


「邪魔なんだよ」


 斧を捨て、拳で飛びかかったのだ。


 地面に打ちつけた斧から手を離し、身軽になってからアラスタに飛びかかることで、瞬時にして距離を詰めることができる。それに、多くの魔法使いは近接格闘術を習得していない。それを踏まえた上での選択だろう。


 シカナはアラスタの襟元を掴むと、拳を顔面に叩きつけようとした。


「『紫電一閃』」


 直後、紫の雷が空を裂き、シカナの頬を掠めた。刹那のうちに放たれた、神速の雷の剣技である。


「アルヴァンの言う通り、反応速度が早いわねぇ」


 自分の剣技を躱されたことにわずかな驚きを感じたのか、ペトラは珍しく困ったような顔をしていた。だが、刀を握るその手に迷いはない。確実に相手を倒すという意思を感じる。


「お前も覇王の仲間か」


「そうねぇ、私はペトラ。剣聖の弟子よぉ」


「剣聖か。どうりで腕が立つわけだ」


 話はそれだけと言うように、ペトラからはもう言葉を発さなかった。ここから先はおそらくイグリダには入る余地のない戦いだろう。


 イグリダはアラスタの元へ後退し、二人の様子を眺めた。


 ペトラの刀は紫だ。微かな電撃をその刃に帯び、魔力は再び紫電を放とうと蠢いている。


「ペトラって、やっぱり強いんだね」


 先の一閃を見て思ったのか、アラスタが独り言のように呟いた。


「剣聖センに二十年近く鍛えられているらしい。私も早くあの境地に辿り着かなければ」


 そう言って、イグリダは二人を再び眺めた。


 ペトラもシカナも、二人とも動かない。両者ともに反応速度もはやく、攻撃速度も速いため、下手に動くとすぐに勝敗が決まってしまうからだろう。


 わずかにシカナが距離を縮めても、ペトラは全く動かない。イグリダ戦の時に見せたカウンター技術に自信があるのだ。


「埒が明かない」


 シカナはそう呟くと、地を蹴って突進した。


 浅はかで端的な正面からの攻撃を見切るなど、ペトラにとっては容易い。それはシカナも承知しているだろう。


 そう、承知していることこそが脅威なのだ。正面からの攻撃を仕掛けるということだけで、この領域に達せば読み合いが発生する。事実、シカナにはカウンターにも対応できる反応速度がある。


「『紫電一閃』」


 故に、警戒を怠った。


「自信は、本当に強い人だけが持つべきなのよぉ」


 天に向けて伸びる電撃。それは確実にシカナの腕を捕らえ、カウンターを成功させていた。


「ぐぅぅぅぅッッッ!!??」


 予想以上のカウンター速度。それはもはや人間の域を遥かに超え、まるでペトラ自身が雷にでもなったかのようなスピードだった。


 これが雷の剣技。カウンター用にこしらえた技でないにも拘らず、ペトラはこの戦いにおいて、同じ剣技のみを使って優勢に立ったのだ。


「はぁ…はぁ…、どうにもやり辛い」


「そうねえ。分野が違えば速さでカバーできるけど、私たちの戦いではどちらが速いかで勝負がつく。静かに待って相手を見た方が、きっと優位になれるわぁ」


「あくまでお前は強者のつもりなのか」


「強者ではないけれど、君には勝てるわぁ」


「そうか…」


 直後、再び距離を詰めたシカナの斬撃が、ペトラの髪を数本斬った。


「…っ」


 少し危うかったが、ギリギリの回避で本体は無傷だ。


 だが…


「自信は、本当の強者だけが持つべきなんだろ」


 ペトラの右肩を、鈍の斧が数センチの深さまで食い込んでいた。


「…!」


 先程の一撃目、あの時点でペトラはすでに危うかった。そして体を右に傾けた隙を見て、シカナは二つ目の斧を振り下ろしたのだ。


 ペトラの傲慢さが招いた結果である。


「…私も…まだまだねぇ」


 いつになく眠そうにそう言うと、ペトラは膝から崩れ落ちた。


「ペトラ!」


 イグリダは折れた槍を右手に握り、剣を振る要領でシカナに突進した。しかし当然のように、シカナは攻撃を見切ってイグリダの腹部に斧の柄をめり込ませた。


「が…ッ」


「お前じゃ相手にならない」


 距離をとったイグリダを見下ろしながら、シカナは呟いた。


 なんとも無様な敗北だ。イグリダはあろうことか正面から突っ込み、ペトラは実力を過信して深傷を負った。こちら側の対処でどうにでもなったはずだ。


「さて、王子」


「…ッ、知っていたのか」


「ああ、強気で出ても無駄だ。お前が初級魔法しか使えないことは把握済み。観念するんだな」


 魔法は、通常の人間にとっては初級でも十分脅威になりうる。アラスタはそれを信じてここまでやってきた。だが、アグラのように魔法の布を持っていなくとも、盗賊団は十分に強いのだ。


 おそらく魔法を放つ前にやられる。


(殺される…!)


 斧を振り上げたシカナに怯えたように、アラスタは頭を抱えた。


 直後、二人の間に何者かが入り込んだ。


「やあ」


 シカナの斧に頭を割られながら現れたのは、『吊』のウィックだ。


「何…ッ」


 かち割ったはずのウィックの頭は、全く傷を負っていない。これが『吊』の能力、大抵の攻撃を無力化することができる。


「しぶといのが取り柄さ」


「そして!俺が!ハ———ッディ!」


 背後に現れたハディが、突然シカナの胸ぐらを掴んで瞬間移動した。


 異能『隠者』による瞬間移動だ。日向から影にノーモーションでワープできる。かつ、一緒に移動した相手に吐き気を付与することができる。


 そしてその先には、剣を構えた男がいた。


「借りは返させてもらうぞ…!」


「お前は———」


「———ハァッ!」


 異能者三人による連携攻撃、その圧倒的な効果に、シカナはなすすべもない。


 そのままシカナは、肩から脇腹にかけての袈裟斬りをくらい、その場で倒れ伏した。


 絆による連携ではなかった。おそらくこの三人はほとんど初対面だろう。それでも異能単体の能力は非常に強力で、少し油断しただけですぐさま負けてしまう。恐るべき力だ。


「すまない、助かった」


「いや、助けに来てくれてありがとう。お前たちが騒ぎを起こしてくれたおかげで武器を取りに行けた。俺は『愚者』のアルヴァンだ」


「イグリダだ」


 イグリダが握手を求めると、アルヴァンは少しだけ驚いたように目を開いた。


「お前が覇王イグリダか…」


「まだ覇王と呼ばれるようなことはしていない。ただの未熟者だ」


「ふむ…」


 アルヴァンは考え込むように視線を落とした。


「まあいい。とりあえず…ペトラだったか。彼女はハディの影移動で『隠者』の村まで連れて行ってもらって、治療をしてもらおう。王子はウィックを『吊』の村まで送り届けてほしい。イグリダ、君は———」


「通してくれないか」


 アルヴァンが言いかけた時、背後の茂みから何者かが現れた。


 赤いマントを羽織った、筋肉質の青年だ。イグリダよりも少し年上に見える。そして彼の手には、複雑な形をした両手剣のようなものが握られていた。


「君は?」


「キオだ。そこを通してくれないか」


「…?」


 イグリダとアルヴァンが道を開けると、キオはシカナの元へ歩み寄っていった。


「……キ…オ…」


「待っていてください。すぐにエンドさんのところへ連れて行きます」


「…頼…む」


 直後、キオの姿が消えた。もちろんシカナもだ。


 沈黙が空間を支配した。あのハディでさえも、今は唖然としているのみだ。その場の全員が状況を飲み込めなかった。


「…魔法じゃ…なかった」


 アラスタの言葉に、イグリダは小さく頷いた。


 認めたくはないが、砂埃が舞っている以上、自身のスピードで移動したと考えざるを得ない。そして何よりも、そんな力を持つ人間が盗賊団に味方しているということをイグリダは認めたくなかった。


「盗賊団…」


 一体彼らがどのような力で周辺の覇権を握るのか。王の強さはどれほどのものなのか。そして、先程の人間離れした動きを見せた男は何者なのか。


 それらの謎も、明日にはわかる。


 決戦まで後十数時間、イグリダは折れた槍を握りしめた。

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