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覇王記  作者: 沙菩天介
盗賊王編
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第六話 白い仮面

 バリバルを尋問して判明したことがある。盗賊団が人攫いに加担しているという情報だ。


 バリバルと盗賊団は白い仮面の男に、クアランドの異能者を捕まえるという仕事をもらったらしい。仕事仲間の盗賊団は村を全て掌握しているので、異能者がすでに攫われているかもしれないということを話してくれた。情報はこれだけだ。


 イグリダの左腕は村の魔法使いの『リカバリー』によって回復したが、まだ練度が十分ではなく、1日ほどはあまり無理させてはいけないと言われていた。


「大丈夫なの?」


「大丈夫だ。それより、一刻も早く盗賊の拠点に行かなければ」


 そういうと、イグリダは足を早めた。


 すでに『力』の村を後にしたアラスタたちは、木々の間を縫って這うように歩いている。目指すは南だ。


「でも、本当に大丈夫なの?もしかしたら…アグラよりずっと強い幹部がいるかもしれないよ」


「そう心配しなくて大丈夫よぉ。イグリダが戦えないなら、私たちが戦えばいいじゃない」


「…うーん」


 イグリダよりもペトラの方が強い。しかしイグリダとは反対に、ペトラに頼もしさを感じない。


 その理由はおそらく、寝てばかりいるからだろう。クェンと話している時も寝ていた上に、村を出る直前までは立って眠っていた。もはや起きている時間が寝ている時間よりも短い彼女でも、戦う姿を見れば印象は変わるだろうか。


「き、君たちぃぃぃ〜〜!」


 不意に声をかけられ、3人はその方向へ振り向いた。


 立派な髭を生やした、少し太った男性だ。髪はしっかりと整えており、見た目に気を遣っているのが窺える。おそらく商人だろう。しかし今は服しか身につけておらず、慌てて荷物を放り出して逃げ出してきた光景が容易に想像できる。


「何があった」


「盗賊だ!君たちも逃げるんだ!」


「盗賊…?」


 現在アラスタたちは、『力』の村から南方向に向かってまっすぐ進行中だ。その道のりには『隠者』の村と『吊』の村があり、西方面にアルディーヴァとの国境があるのみ。であれば、その盗賊団の目的は一つだ。


「盗賊は何をしていましたか」


「何って…あぁ、そう言えば、荷車を引いていたなぁ…。ま、まあそんなことはどうでもいい!さぁ早く逃げよう!」


 イグリダの質問に答えると、男性は全速力で逃げて行ってしまった。当然、三人は一緒に逃げる素振りも見せない。


「荷車…きっと異能者を運んでいるのねぇ」


「アラスタ、彼らの動きを予想できるかな」


 そう言われて、アラスタは頭を猛回転させた。


 村の位置は正確にはわかっていないが、公道のルートから考えるに、まだアラスタたちが数時間分先を歩いている。待ち伏せ作戦が有効だろう。


「すぐ近くに公道がある。そこで待ち伏せして、異能者たちを助けよう」



 ※



 奇襲作戦ということだが、待ち時間があまりにも長すぎてペトラはすでに眠っている。アラスタも少しうとうとしてきた。


「木漏れ日が気持ち良いから、眠たくなるだろう」


「べ、別に眠くない」


 強がるアラスタに、イグリダは苦笑した。


「彼らがおとなしく異能者を差し出すとは思えない。おそらく戦闘になるだろう。今のうちに休んでおいた方がいい」


「まあ…そうだけど」


 戦いになれば目は覚めるが、休息をとっておくに越したことはない。


「分かった。お言葉に甘えるよ」


「そうするといい」


 剣聖の屋敷を訪れた時のように、ふかふかの草の布団の上に寝転がり、アラスタは目を閉じた。


 静かではない。野生の動物の鳴き声が響き渡っている。しかし、それが心地よい。大自然の暖かさに抱かれて、アラスタの意識は徐々に暗闇の中へと向かっていった。


 やがて———


「アラスタ!」


 イグリダの声に慌てて飛び上がり、アラスタは周囲を警戒した。


 はっきりと足音が聞こえたのだ。


「魔物?」


「わからない…しかし足音の大きさからすると、魔物である可能性は低い」


 その通りだ。足音は人に近かった。


「出てこい!」


 アラスタは若干後退りながら手のひらを構え、魔法を放つ準備をした。


 しばらく沈黙が続くと、やがてそれは姿を表した。


「お前は…!」


 アラスタが声を漏らし、イグリダは目を見開いた。


 漆黒のローブを見に纏う、白い仮面の人間だった。ローブの中は豪奢な装飾品で飾り付けられたベストを着用し、首元には黒いマフラーをつけている。黒い手袋をはめた手はローブの中に隠すようにしまい、全身からは闇の気配が漂う。その特徴的な風貌は知る限り一人しかいない。十中八九、バリバルの依頼者だ。


「な、何者だ」


「モースト。私のことはそう呼べ」


「モースト…」


 圧倒的なオーラの前に、アラスタは言葉が出なくなってしまった。その外見の不気味さからか、闇の気配からか、或いは…


「モースト、何が目的なのかな」


「お前に警告をしにきた」


「私にかな」


「ああ、その通りだ。単刀直入に言う。天下統一など、そのような計画は今すぐに中止すべきだ」


 天下統一の中止、それは人攫いにとって当然の望みだ。イグリダによる統治が行われれば、違法の人体実験が出来なくなる。


 だがどうにもこのモーストという男の発言は、何か別のことを憂いてのものに思える。


「理由を聞こう」


「お前がこの世界に干渉する必要はない。歪んでいるようで、この世界はバランスを保っているのだ。孤児は、力のあるものが盗賊となり、力のないものが魔導兵団の給料となる。アルディーヴァは恐怖で民を押さえつけるが、治安は守られる」


「弱肉強食の世界だと?」


「ああ、それはお前の計画が証明している」


 なるほど、力で自身のルールを作り、世界を思うように支配する。それは確かにイグリダがやろうとしていることと同じだ。


 だが、イグリダは弱者を喰らわない。全ての人間に、不幸が訪れないよう旅をしているのだ。彼の理想は、アラスタは十分に理解しているつもりでいる。


「イグリダは、お前の思うような邪悪な人間ではない!ワタシが見てきた覇王は、きっと全てを救ってくれる!」


「たかが数日共に過ごすだけで、この男の本質が分かるのか?お前はイグリダの何を知っている」


「……っ」


 我が意を得たとでもいうように、モーストは腕組みをした。


 確かに、イグリダのことは何も知らない。彼は過去のことは何も話してくれず、ただ懸命に覇道を歩むだけだ。今この瞬間だけ、僅かな不安がアラスタを襲った。


「すまない、心配させてしまったね」


 だが、イグリダは一言だけそう言い、モーストに一歩近づいた。


「この世は弱肉強食と言ったね。そして、それが正しいと」


「ああ」


 僅かに空気が震えた。同時に、アラスタは驚いたような表情でイグリダを見上げた。


 イグリダとモーストは知り合いなのだろうか。それもかなり黒い関係のようだ。心なしか、イグリダの声色に僅かな怒りを感じる。


「私は弱者だから友を奪われ、弱者だからそれが当然の報いだと、そう言いたいのかな」


「…まるで違うとでも言うような態度だ。弱者が敗北するのは世界の摂理、だからこそ、お前は強さを求めた」


 モーストはその手をゆっくりと持ち上げ、イグリダを指さした。


「そして、世界を破滅に導く」


 それを聞いて、アラスタは唖然とした。


 天下統一が、世界を破滅に導く。その発言は、アラスタを動揺させるには十分だった。何せこの計画は、全ての人類を悲しみから救い出すための計画なのだから。


「確かに俺は弱者だった。だが、強者だからと奪っていい道理はない。弱肉強食の世界だと言うのなら、私がその世界を破滅に導こう」


 だがイグリダは動じない。世界は自分を中心に回っているとでも言うように、堂々と言った。


「まだ話はあるかな」


「無い。邪魔したな、覇王」


 イグリダの固い決意を見て、説得を諦めたのだろう。モーストは『ワープ』の魔力の波に包まれて、姿を消した。


 モーストのことを知りたい。だが、イグリダは過去のことを話そうとしないだろう。今までも、これからも、アラスタが彼のことを個人的に知る機会など無い。


「…隠していたいわけではなかった。すまない」


 イグリダは小さく頭を下げると、悲しげに目を閉じた。


「モーストは、私の故郷を滅ぼした」


「…え」


「ちょうど君と同じくらいの歳で村を焼かれ、独り残った私は『審判』の村に転がり込んだ。もう私のように悲しい思いをする人間が現れないよう、統治を目指したのだ」


 イグリダはあっさりと語り終えてしまったが、今ここに辿り着くまでに相当の苦心があったことだろう。アラスタが今まで仲良く接してきた王都の皆が全員虐殺されるなど、考えたくもない。


 そして、同時に怒りが湧いた。イグリダの村を滅ぼしておいて、よくも世界のためなどと言えたものだ。


「一緒にモーストを倒そう。あいつはきっとこれから、多くの人を苦しませる」


「ありがとう」


 イグリダはただ一言だけそう言うと、木に立てかけてあった槍を右腕だけで握り、じっと森の奥を眺めた。


「もうすぐ来る。準備しよう」



 ※



 決して乱暴ではなく、荷車は穏やかに車輪を走らせていた。外は一切見えないよう、大きな布で覆われ、異能者たちが乗る荷車は完全に外から隔絶された空間となっている。


 村の異能『愚者』を持つアルヴァンは、現在の状況に対して少しだけ苛立ちを感じていた。


(まさか村の守護者たる俺が、盗賊如きに負けるとは…)


 鋭い眼光を悔しげに歪め、アルヴァンは後頭部の長い髪を力強く握りしめた。


 シカナと名乗る盗賊団の幹部だった。他の団員は取るに足らない弱さだったが、あの男だけは次元が違う。今まで数多くの不成者ならずものを斬り伏せてきたアルヴァンだったが、今回ばかりはお手上げだ。改善の余地もない戦いだった。


 現在、アルヴァンの愛剣は盗賊団に奪われ、反撃の手立てもない。このまま盗賊団の拠点まで連れて行かれるのを指をくわえて待ち続けるしかないという現状が、アルヴァンにとっては途方もない屈辱なのだ。


「な!元気出せって!おいおい!別に殺されるわけじゃねえだろうしよ!『愚者』のアルヴァンなら!隙を見て大逆転さ!」


 突如、耳障りな声が閉鎖された空間に響き渡った。もちろん荷車の中に灯りなどついておらず、ただその声だけがアルヴァンの頭に刺激を与える。


 異能『隠者』を持つ村の守護者、ハディだ。アルヴァンが捕まって数日後、床に転がっている『吊』のウィックと共にこの荷車に放り込まれた、とにかく声が大きい男である。


「仮に奴らが隙を見せたとして、俺たちからは外が見えない。それにシカナなら、少しのミスはすぐにカバーできるだろう。何故なら奴は…」


 言いかけた時、背後に生暖かい感触を感じた。


「こんにちわぁ」


「ぬ…ッ!?」


 ゾッとするような感覚が、アルヴァンの背中を這い回る。


 慌てて距離を取ろうとしたが、今ここで物音を立てればおそらくシカナに気づかれる。危ういところで踏みとどまり、アルヴァンはその場で硬直した。


「な…なんだお前は…」


「私はペトラ。助けに来たわぁ」


「助けだと…?」


 暗闇でよく見えないが、声からして間違いなく女性だ。彼女にシカナが倒せるとは到底思えない。


「どうやって入ったのかは知らないが、出たほうがいい。見つかれば何をされるか…」


「そうねぇ、でももう手遅れよぉ。もうすぐ外で大騒ぎすると思うから」


「なんだと!?」


 直後、唐突にあがった盗賊団の悲鳴を、膨大な水の音がかき消した。


「ねえ!何が起きてんの!君だれ!外にいるのだれ!」


 ハディは喚くように質問し、ウィックは転がっていた身を起こした。ウィックはそのまま大きな欠伸とともに背伸びをし、記憶を探るように言った。


「僕ルイナから聞いたことあるよ。覇王ナントカでしょ」


「覇王イグリダ。私はその仲間よぉ」


 ペトラはそう呟き、荷車の布を引き剥がした。

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