第二十五話 最強の魔法使い
鋭い金属音とともに、トーアの刀が弾かれた。
刀は数十メートル吹き飛び、その先で床に突き刺さった。
「…弱えー…、本当に魔王軍やモーストを苦しめた男なのかよ?」
「…けほっ…、く…」
口端を伝った血を拭い取り、トーアは呼吸を整えた。
「アンタ…とどめは刺さないのか」
「あー?まだ刺さねえよ。こんなに優越感半端ねえ遊び、やめらんねえからな」
バウマーは含み笑いを堪えきれずに吹き出した。
「お前、魔法を全然磨かずに剣だけ鍛えてきたらしいじゃねえか。ははっ!馬鹿だなぁ!この世界は魔法使いが支配してる!その力を使わねえで、同じ土俵に立てるわけねえだろ!?」
「…ああ、そうだな」
トーアの魔法は種類こそ豊富だが、それらは全て剣技の手助けをするもの。実際に魔法の練度を高める訓練などは全くしていない。
「はぁ…まあいいや。ぶっちゃけ結構飽きてきたし…もうそろそろトドメ刺すか」
バウマーは剣を下ろし、前のめりに構えをとった。
「最後に何か言い残すことはあるか?トーアさんよ」
「…そうだな」
トーアは目を閉じた。
魔法は便利だ。クアランドもアルディーヴァも、魔法の力で発展してきた。きっとそれは英雄時代から変わらないだろう。トーアのセンに対する反抗心が芽生えたのは、センが魔法を禁止したからと言っても過言ではない。
だが、この刀は確かにトーアに力を与えてくれた。どれだけ名高い敵も、どれだけ強い敵も、この刀さえあれば勝てる気がした。
それは今回も、依然として変わらない。
「…アンタは基礎がなってない」
「あ?」
「俺が戦い方を教えてやる」
「…ッ、何だとォ…?」
トーアが言い放った言葉に、バウマーはあからさまに苛立ちを感じている。
次で本当にトドメを刺しに来るだろう。
「そんなに死にてえなら…とっておきを見せてやるよぉッッッ!!!」
次の瞬間、トーアの目には十数体のバウマーの姿が映った。
幻ではない。おそらく超高速で動いているのだ。
相手を撹乱させるべく編み出されたこの技で、バウマーは近づいてくる。着実に、トーアを間合いに入れるべく突き進んでいる。
その間合いは『殺しの間合い』。先ほどまでの手加減の間合いとは違い、本気で相手の命を奪いにいく死の間合いだ。この間合いに入れば、対象は死ぬことになる。
「終わりだ!死ねぇぇぇぇぇぇ!!!!!」
振り下ろされた剣は、トーアの頭をまっすぐに狙った。
やがて…
「そこは…殺しの間合いだ、素人」
喉に雷の打撃が食い込み、バウマーは吹き飛んだ。
バウマーにとっての本気の間合いこそが、トーアにとっての本気の間合い。長時間戦った相手の気配を感じ取れないほど、トーアは弱くない。
白目を剥きながら倒れているバウマーを見下ろし、トーアは膝をついた。
今回の戦いは流石にダメージが大きい。地下への加勢は見込めないだろう。
「…地下には仲間が大勢いる…何とかなる…、はず…」
そうつぶやくと、トーアの視界は暗転した。
※
次々と襲いくる魔法は、法則性の見えない動きで三人を翻弄していた。
「お主らは防御に専念せよ!わしが道を拓く!」
センはそう叫ぶと、ギアに向かって突進した。
『インフェルノ』は大渦で打ち消せるが、『ガイア』はなかなか難しい。もちろんセンの剣技なら対処できるが、大渦と違って範囲の狭い剣技では味方を守りきれない。今この状況を打破するには、ギアの無力化が必要不可欠だ。
だが、『シールドオーラ』は敵の移動をも阻む。突如として出現する防御魔法に警戒して、センはあまり勢いよく進めなかった。
「ノロマかよ爺さン!」
ギアは挑発すると、軽々と逃げ回った。
埒があかない。このままではこちら側の魔力が底を尽きる。
(ギアもエンドさんも、魔力に底はないのか…?)
だが、今のところ無限魔力の使い手は存在しない。体力などの他のエネルギーは魔力で代用できるが、魔力を生み出すことはできないのだから。
だとしても、敵三人の魔力はまだまだ余裕がありそうだ。
「…それは、当然だな…」
敵三人はあくまで時間を稼げばいい。対して、こちらは敵を倒そうとしている。消費魔力の大きさはこちらの方が何倍も多い決まっている。
この調子では、仮にこの三人を倒せたとしてもグレモルを倒すことができない。
「どうするジジイ」
「…お主の『無我の境地』で、“ラフトを無力化する”というのは出来ぬのか?」
「いや、あいつは俺の全能力を以ってしても勝てねえだろ…」
重要な一手が見つからない。そんな時だった。
「『インフェルノ』」
「…!」
あろうことか、エンドがラフトに攻撃をしたのだ。
「エンドさん!?」
「エンドじゃない。イバナだ」
「えっ…」
エンド=イバナはそう言うと、四人の背後に着地した。
「説明は省くが、今からギアの洗脳解除に移る。その間極力魔力を使わずに耐えろ」
「洗脳解除…?」
「ああ、エンドとあの馬鹿は、俺の闇の力を利用して洗脳されているらしい。気に食わんから手を貸してやる」
そう言うと、イバナはエンドの肉体から離れた。
「…あれ…、グラン…キオ…?」
「エンドさん!戻ったんですね!」
キオが喜びのあまり感涙しそうになっているところを制止し、グランは微笑んだ。
「裏切ってなくてよかった。おいジジイ、魔力は使うなって聞こえたな?」
「ああ、わしが攻撃を捌こう」
そういうと、センはもう一本の刀を引き抜いた。
ザンに折られた、ロザからのプレゼントだ。
「イバナ…よくも邪魔を…!」
「洗脳だか何だか知らねえガ、ここは通さねエ!」
直後、キオたちに無数の岩魔法が飛来した。
だが、それはことごとく切り裂かれてしまった。
二刀流になったセンの乱舞は、単純に考えれば攻撃速度が二倍になる。今この状況で、センが守る対象に傷がつくことはあり得ない。
(まずい…!)
冷や汗を流し、ラフトはギアを見た。
イバナは、ギアの洗脳を解くと言っていた。このままこの状況を放置していれば、ギアが向こう側につく可能性が非常に高い。
何せ、ギアとキオは兄弟だ。魔法使いとして上を目指した仲間ではあるが、ギアは常に熱い男。ラフトに味方するはずがない。
早く始末しなければ。
「ギア!命令だ…自害しろ!」
「あー…分かっタ」
ギアはそう言うと、頭の角を握りつぶした。
「キオ!」
「分かっています!」
グランの掛け声でキオが駆け出した。
ギアが分体の四つ目を破壊したところで、キオがギアの腕を掴んだ。
「放セ」
「離さない!俺は信じているぞ…君が戻ってくることを!」
キオが叫ぶと、ギアはほんの一瞬だけ力を緩めた。
「ち———『イヴィルストーム』」
ギアの様子を見て、ラフトは魔法を放った。
だが、それはセンに簡単に防がれてしまった。
やがて、ギアの中の闇が消え去った。
「ウグ…ウゥ」
「…ギア?」
「…ク…、アぁ…、ギアだぜ…。ようやく戻ってきた…!」
ギアは拳を堅く握りしめると、ラフトを睨んだ。
「覚悟できてんだろうな、エリートさんよぉ…」
「…ッ」
「ぶん殴られる覚悟をよおッ!」
直後、ラフトのわずか五メートルまでギアが接近した。
「『ネットワークオーラ』!」
「効かねえよ!」
ギアにはまだ分体が一つ残っている。今ならどれだけ防御魔法に衝突しようとも、全く影響を受けない。
ガラスが割れるような音を連続で鳴らしながら、ギアは突き進んだ。
「イヴィル———」
「遅え!」
魔法を放つ瞬間には、すでにギアは肉迫していた。
やがて…
「ぐああああああああああッッッ!!!」
顔面を思い切り横から殴られたラフトは、悲鳴を上げながら吹き飛んだ。
吹き飛んだラフトは、そんままゴロゴロと床を転がり、壁に激突した。
「大ダメージだな!」
ギアは満足げに頷いた。
「ありがとなキオ、お前が止めてくれなかったら俺は死んでた」
「君も、よく戻ってきてくれた」
「まあ、あのイバナから助けられるとは思ってなかったけどな」
ギアはケタケタ笑うと、ラフトを流しみた。
「あいつは俺が面倒見とくから、みんなは先に行きな」
「恩に着る、剛王」
「はは」
ギアに見送られ、四人はグレモル王の部屋へと足を進めた。
その時だった。
「…魔力が高まってる…」
エンドがつぶやいた。
「ああ…上で誰かが大技でも溜めてるんじゃねえか?」
「うむ、おそらく上階にはクレスが…」
言いかけて、センは目を見開いた。
「まずい!皆、城の中心から離れよ!」
「「「ッ!?」」」
「『王雷』だ!」
センが言いかけた直後、頭上から膨大な魔力攻撃が襲いかかった。
※
通信石を握りつぶし、ベルフスは歯噛みした。
「間に合わなかったか…!」
「魔王様!我々も下へ!」
「うむ…」
床に空いた大穴を覗き見て、ベルフスはため息をついた。
ラフトからの連絡が入ったのか、クレスは戦闘中、急に地下に向けて大技を放った。このままでは合流されてしまう。
トーアの姿はまだ見当たらないが、ここで考えている暇はない。ベルフスはタラサと共に大穴に飛び込んだ。
地下は破壊され、もはや大きな空洞——大広間のようになってしまっている。そしてその床に、傷だらけの戦士たちを発見した。
「動けぬのか?」
「わしとギアは無傷だが、盗賊の面々は軽い傷を負ったようだ」
見れば、グランが左腕を丸ごと強打したような痕が見られ、キオとエンドは破片を浴びたような切り傷が無数にある。この状態でフルパワーは期待できない。
「ちょっと大丈夫!?」
遠くからエフティとペトラが駆け寄ってきた。
「何があったのかしらぁ」
「クレスとラフトが合流しました。我々も構えましょう」
タラサが指さした方向には、クレスがラフトを回復している姿があった。
「トーアが見当たらないけど…」
「まだ戦闘中なのだろう。案ずるな、これほどの戦力があれば勝てる」
ベルフスはそう言うと、分体を展開した。
「たちどころに討ち取ってくれる…!」
「それはこちらのセリフだ」
クレスは言った。
「ラフト」
「ああ、『ネットワークオーラ』」
ラフトが防御魔法を発動すると、大きく空いた空洞を満たすように盾が展開された。
「何これ?」
「あの盾を自在に操り、魔力攻撃を屈折させる技だ。警戒せよ!」
「もう遅い!『ケラウノス』…連続攻撃———ッッッ!!!」
クレスが叫ぶと、無数の雷の槍が放たれた。
『ケラウノス』は、雷の槍を網状に放つ超広範囲の魔力攻撃だ。その威力は中級魔法に匹敵する。つまり、『ネットワークオーラ』と合わせれば、無数の中級魔法を同時に放つことが出来る。
隙間を見せない連続攻撃に、一同はなすすべもなく動きを封じられていた。
「ぬぅ…良からぬ状況だ…」
ベルフスは歯軋りした。
連続攻撃に対して『シールドオーラ』は弱い。このまま仲間を守り続けていれば、魔力は底を尽きるだろう。
どうにかして反撃したいが、『シールドオーラ』の展開を中止すれば、一気に雷の槍が襲いかかる事になる。それだけは避けたい。
すると…
「『ワードキャンセル』」
一つの魔法が起動し、空中を埋め尽くしていた『ネットワークオーラ』が消失した。
「な…ッ!?」
狼狽するクレスたちに、更なる魔法が襲いかかる。
「せ…『正義』が発動しない…!?」
クレスは慌てて、魔法が起動した場所を凝視した。
「何故…貴方が…」
「僕を舐めないでよ、クレス。あの暗君に負けるわけがない」
アラスタは手のひらをクレスに向けた。
「『正義』の異能は、敵の身体能力と魔力をコピーし、自分のものにする能力。異能が使えなくなった君の魔力じゃ、ここの全員を倒す事なんてできない」
「く…ッ」
アラスタが自分から脱出できたのは想定外だが、これで戦況は大きく傾いた。今ここでなら勝負を決められるだろう。
「遅れて悪かった!」
風の剣技を駆使して着地すると、バリバルとシカナは駆け寄ってきた。
「…トーアが気絶していたが、戦いには勝っていた。上階にはもう敵はいない」
「下層も敵はいないわぁ」
つまり、あの二人を倒せば戦いは終わる。その希望が、皆に力と戦意を与えた。
「総攻撃だ!」
ベルフスの声で、戦士たちは駆け出した。
「『ネットワークオーラ』!」
「『ケラウノス———ッッッ!!!』」
襲いくる槍を捌き、剣士たちは前へ進んだ。サポートや後方からの火力は全て魔法使いに任せている。
「ちょこまかと…ッ」
クレスは苛立ちを感じながらも、魔法を放ち続けている。
魔力はすでに半分以下だ。これ以上魔法を酷使すればどうしようもなくなる。
「私は諦めんぞ…このような…魔法を使えぬ獣どもに敗北するなど!あってたまるかぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!」
叫んだ瞬間、魔法の発射速度が上がった。
空間を埋め尽くさんばかりの槍が、ついに隙間を埋めていった。
「『王雷・獄』———ッッッ!!!」
だが、ベルフスもそれらを迎え撃つように雷を放った。
「盗賊、行くぞ!最大火力お見舞いしてやれッッッ!!!」
グランの掛け声で、エンド、キオ、シカナが距離を詰めた。
エンドは飛行魔法で、キオは空気砲で、シカナは『ネットワークオーラ』を蹴って、それぞれが武器の届く位置まで迫る。
「盗賊風情が…ッ!」
「『インフェルノ』!」
ラフトが固めた防御を、盗賊たちの技が破壊していく。そして切り開かれた道に向けて、センとペトラが刀を構えた。
「「『紫電一閃』———ッッッ!!!」」
目にも止まらぬ超スピードで紫電が駆け、やがてラフトに直撃した。
「ぐああああああああああああッッッ!!!」
感電に苦しむラフトは、そのまま床に倒れ込んだ。
『ネットワークオーラ』無力化は成功だ。
「飛べエフティ!」
「っしゃあああっ!!」
風の剣技で吹き飛ばされたエフティが、凄まじい速度でクレスに近づいていった。
「『ケラウノス』!」
「跪け!」
二人の攻撃は同時に発動した。
だが…
「『水魔纏』!はぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!」
流水の魔力を纏ったタラサの殴打連撃によって、クレスの魔法は打ち消された。
「諦めるんだクレスっ!」
「まだ終わらんッ!」
重力に押し潰されながらも、クレスはアラスタに手のひらを向けた。
「「『王雷』ーーーッッッ!!!」」
轟音と共に放たれた超火力魔法は、空中でぶつかり合うと凄まじい衝撃波を放った。
「はあああああああああああああああああ!!!!」
「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
互いに譲らない英雄の奥義は、ついに優劣をつけた。
アラスタの魔力の方が上だ。
「終わりだあああああ———ッッッ!!!」
最後の一押しと言わんばかりに、アラスタは『覇気魔纏』を行った。
やがて…
「がああああああああああああああああッッッ!」
『王雷』に飲み込まれ、クレスは吹き飛んだ。
あの威力を正面から受けて、まだ意識を保っていられるはずがない。クアランド城での決戦はようやく決着を迎えた。
新しい時代の幕開けだ。
「勝鬨をあげよ———ッッッ!!!」
「「「「うおおおおおおおおおおおおおお!!!!」」」」
拳を掲げながら、アラスタは空を見上げた。
「君の時代だ…!」




