第二十四話 逆転の糸口
ベルフスを倒してまだ間もない頃、イグリダは『運命』の異能について悩んでいた。
トーアが調べた情報によると、『運命』は異能を宿してから発現するまで20年近くはかかるとのこと。これは他の異能に比べてかなり長い。
そして効果はわかっていない。皆異能が発現した瞬間に死んでしまうからだ。
死因は脳のパンク。本来ありえない死に方である。
「つまりイグリダは二十年の内に『運命』を分析し、僕に『運命』を無効化する魔法を作って欲しいって言うのか」
アラスタの言葉に、イグリダは頷いた。
「君の魔法の才ならば出来るだろう」
「可能性は高いけど、確証はない。僕も『運命』の術式を見るのは初めてになるだろうから」
「…では、引き受けてはくれないのだな…」
「…いや、そう言うわけじゃ…」
微妙な雰囲気になっているところに、ベルフスがやって来た。
「アラスタ、貴様だけでの研究が心許ないなら、我輩が力を貸してやってもいいのだぞ」
「君の助力をもらうくらいなら、ワタシ一人で引き受けよう」
「よし、決まりだ」
アラスタの言葉を聞き逃さなかったイグリダが、ポンと手を打った。その様子に、アラスタはギョッとした。
「な…ぼ、僕は君の身を案じて…」
「じゃあイグリダが死なないように、アラスタが頑張って魔法を完成させればいいじゃなぁい」
ペトラの提案に顔を顰めつつ、アラスタは渋々頷いた。
イグリダは満足げに頷くと、ばっと手を前に突き出した。
「それでは私の魂の研究を進めてくれたまえ」
※
「僕が…すでに術中に…」
「ああ。まもなく最強の力を手にしたお前が、お前自身の手で仲間をぶち殺すことになる」
グレモルは言った。
「すでにお前を助けにきた連中はピンチに陥っている。そこにお前が投入されたらどうなるかな…?」
「も、もうみんな来てるんですか…!」
まずい。助けを求めてはいたが、アラスタがすでに術中にあるのなら話は別だ。グレモルの態度を見る限り、力を引き出されたアラスタは、仲間たちを殺すのに十分な戦力のようだ。
「やめてください!」
「やだね。あー、お前にも見せてやりてえ」
グレモルは笑みを絶やさない。このままでは本当に仲間が殺されてしまう。
(何か方法は…)
その瞬間、アラスタは三年前を思い出した。
イグリダの頼み、『運命』の異能を無効化する頼み。
(まだ能力もわかっていない異能を無力化すると豪語したんだ…すでに能力がわかっている異能を無力化できなくてどうする!)
判明している『世界』の能力は、相手に幻を見せると言うもの。あとはこの能力を細かいところまで分析していけば、無効化魔法を開発できる。
英雄ゼウスの元で学んだ技術は、魔力の流れを感知する技術。この技術で一度、キャナの感電結界を完璧に無力化したことがある。これを応用すれば、異能の無効化も不可能ではない。
「どうした?」
「……………」
「静かになったじゃないか」
グレモルはしばらく間抜け面でアラスタを見つめていたが、やがて何かに気づいたように顔をこわばらせた。
「お前…何してる?」
「…………」
「何していやがる!」
魔法の開発は誰にも邪魔できない。着々と進む無効化を止める手立ては、グレモルにはない。
やがて、世界が割れた。
「まずい…!」
グレモルの声は背後から聞こえる。アラスタは今、先ほどまでの広間ではなく、廊下に立っていた。
無効化成功だ。
「アラスタ…?もしかして、俺の声聞こえちまってるか…?」
「ああ、聞こえているとも。虫唾の走る、害悪の声がね」
アラスタは怒りをあらわにして、魔力をたぎらせた。
「ワタシを怒らせたこと…後悔させてやる…ッ」
※
戦闘が始まって早一時間、バリバルとシカナはすでに息を切らしていた。
「はぁ…はぁ…、だいぶ減ってきたんじゃねえか…?」
「どうだか」
バリバルにはもう、剣技を放つ魔力は残されていない。対する魔導兵団の数は、まだ十数人残っている。
二人が冷や汗をかいていると、背後から足音が聞こえた。
「みなさん。停戦の命令がありました」
「「「「…ッ!?」」」」
「ご丁寧なリアクションどうも。もう帰っていただいて結構ですよ」
唐突な命令に首を傾げ、魔導兵団の魔法使いたちは、不服そうな顔でぞろぞろと帰っていった。
命令を伝えたのはイメルだ。
「イメル…停戦とはどういう意味だ。アラスタ王子はどうなった?」
「いや、停戦命令などない。今のこの姿を雑兵どもに見られると困るからな。一芝居打たせてもらった」
イメルは含むように笑った。
「俺はイバナだ」
「は?お前はイメルだろ」
「試しに操ってみた。どうだ、うまく動いているだろう?」
イメル=イバナはそう言うと、指を滑らかに動かして見せた。
「どうやらボスの奴、俺の闇の力を利用して人間を操っていたらしい。まああの馬鹿が脳みそ弄れるわけないよな」
「お前何しに来た?イグリダに負けたのにまだ諦めてねえのかよ」
「簡潔に言えば、加勢しに来た」
「…何?」
モーストにいた時間はごくわずかだが、そこですでにイバナの性格は分かった。この男は自分の利益を最優先して動く男だと。背を預ければいつ刺されるか分からない。
もしあのイバナの肉体同様に闇を操れるなら、たとえ加勢によって一時的に有利になれたとしても、一人で形勢を覆しかねない。あまりにも危険だ。
「じゃあ、今度は具体的に説明してくれよ」
「不殺を抱えているお前たちに少しイラついた。どうせやるなら思い切り革命を起こしてほしくてな。だから戦力として加勢するわけじゃないが、せめて足枷を外してやる」
「…それだけじゃないだろ。目的を言え」
「ボスは協力者としては使える立場の人間だが、この世界にとっては紛うことなき害悪だ。始末しておくに越したことはない」
「信用できると思うか?」
「別に信用しなくていい。こっちで勝手にやるさ」
イバナは鼻を鳴らすと、背を向けてため息をついた。
「二人の精神にアクセスするのに時間がかかるが、問題はないだろう。おい、シカナだったか?」
「…なんだ?」
「イメルを解放してやる」
「…!?」
「こいつは赤子の時に闇に操られたが、操られているときの記憶は保存されている。少し安全な場所へ連れて行ってやれば、まあ今後はまともな人生が送れるだろう」
「そ、そうか……」
「……白竜族への仕打ちは、グレモルが実験として行ったものだ。謝罪ならあいつにしてもらうんだな」
そう言うと、イバナはイメルの肉体から消えた。
慌ててイメルの体を持ち上げるシカナを尻目に、バリバルは苦笑した。
「…代わりに謝るとか、そう言うのはねえんだな…」
※
剛王機の拳とペトラの剣がぶつかり合い、その衝撃でエフティが吹き飛んだ。
「な…何であたし…!?」
「メイドちゃん!やっちゃって!」
エリルディが叫ぶと、吹き飛んだエフティに向けて無数の光の剣が襲いかかった。
対象を一つしか絞れない『星』の異能にとって、複数個の技は天敵だ。エフティは地を転がる勢いで回避した。
「サポート重視か…あんたやる———」
エフティが見た時にはすでにメイドの姿はない。
「『バクテリア・ショット』」
そして、いつの間にか懐に入っていたメイドが、エフティの腹に向けて魔法を放った。
直撃だ。
「いった……ッ」
腹を抱えて飛び下がるエフティは、正面にすでにメイドがいないことに気づいた。
「やば———」
「『紫電一閃』!」
再び攻撃を喰らう直前、空中で光の魔力と雷の魔力が激突した。
「あ、ありがと!」
「ええ」
ペトラは微笑み、再びエリルディに刀を向けた。
「余裕だね嬢ちゃん」
「そうねえ…」
「いや、俺の師匠もいつも余裕そうな態度で。あ、イバナさんって言うんだけど」
エリルディは凄まじい速度で連打しながら語り始めた。
「いつも冷静でね…感情的になることが一切ないんだ。そんでもって説明は短い!これ最高だよね!」
「そうねえ…」
「まあ僕が状況説明下手だった時はすんごくしつこく聞かれたけど、おかげで僕は聞かれる前に何でも答えられるようになったのさ!」
「いやそれあんた、聞いてないのに話し出すのやばいから!あの、うるさい!」
エフティが喚いた。
「こっちは戦いに集中してんの!」
「いやいや、人の会話に割って入るもんじゃないって!君が首突っ込んできたんでしょ!」
「あんたは公害だ!ばーーーーか!」
息を切らし、エフティはメイドに異能を使った。
「う…」
「はぁ…はぁ…ようやく捕まえた…」
メイドは立ち回りこそ上手だが、肝心なところで隙が出来る。今まで何度か異能を試していたが、一瞬の隙に異能を発動させることはできなかった。
だが、分かってきた。
「あんた…マニュアル通りに戦ってるでしょ…」
「…っ」
「ほら…当たり。はは、おんなじ動きばっかされれば流石に覚えるって」
この控えめな性格だ。戦闘のセンスも戦略も、他の戦士の見様見真似で培ってきたのだろう。行動パターンが同じでも、雑魚の目は欺けてきたのかもしれない。
「あたしは馬鹿だけど雑魚じゃない。そんな単純な動きで倒せるような奴じゃないよ」
「……」
重力から解放されたメイドは、俯いたまま動かなくなってしまった。
「イグリダが世界を統一したら、みんなが好きに生きられる時代になる。無理して戦わなくてもいい世界になる」
「……」
「あんたは好きに生きていいの。どうする?それでも戦う?」
正直エフティはもう戦いたくない。平和に過ごしたい。きっとそれは、この城内にいる多くの戦士が望んでいることだろう。
エフティは、メイドも同類だと踏んだ。
「…私…ぐ、グレモル様から…アラスタ様の…、専属メイドに、し…してもらったんです…」
「ん?」
「…赤ちゃんの頃から…お世話してるんです…」
メイドは言った。
「…メイドって名前も…ぐ、グレモル様から賜ったものなんです…。グレモル様が私に居場所をくれたんです…。私は…居場所を守らなきゃいけないんです…!」
「あー……」
完全な見当違いだ。メイドは思っていたよりも意志が強かったらしい。戦うことにも躊躇はなさそうだ。
「わ、私だって戦います…。グレモル様を守るんです…!」
「そう…分かった」
これは説得は不可能だ。正面からぶつかるしかない。
エフティは自嘲気味に笑うと、やがて深呼吸をした。
「いいよ。じゃあ、あんたの力であたしと戦って。あんたの信念、あたしにぶつけてよ」
「…行きます…!」




