第二十三話 世界の王
物心ついた時には、すでに施設にいた。おそらく生まれが施設なのだろう。
キオ、エンド、ギア、ラフト、エリルディ、メイド、バウマーの七人は、生まれた子供たちの中では比較的使えるものだった。そのせいか、実験を多くさせられた。
娯楽と呼べるものは何もないが、キオとギアが同じ部屋で過ごせていることが唯一の救いである。兄弟である二人への配慮だろう。
「まじ実験きついな!」
ギアは、ケタケタ笑いながら寝転がった。
「いや、きつくはないだろ」
「行きたくないだろ?」
「いや、俺はそんな大した実験してないし。ちょっと負担がかかるくらいで」
キオの実験は、超スピードを人間に付与すると言うものだった。確かに体は痛いが、他の皆に比べて精神面での負担はかなり少ない。
「そういえば、他のみんなの実験あんま分かってねえや、俺」
「…ラフトさんとエンドさんは、不老不死の実験だって聞いた」
「まあ、二人とも俺たちより年上なのに、背丈はむしろ小さいもんな」
「エリルディは…なんか、計算がうまくできるようになる実験」
「計算…?わかんねえな…。あの暗い子はどうなんだ?」
「えーと…メイドちゃんは実験無しだったはず。代わりに新しく生まれた赤ちゃんのお世話をするらしい」
「アラスタ?」
「そう、その子」
「へえー」
興味を失ったのか、ギアはそのまま口を開かなくなった。
ここには衣食住がある。確かに毎日実験に付き合わされるのは少しうんざりしているが、それでもキオは個々の暮らしに満足していた。
「キオ、ギア」
「あ、はい」
不機嫌そうに扉を開けたイバナに呼ばれ、二人は立ち上がった。
「食事の時間だ。今すぐに並べ」
イバナの後ろには、すでに子供たちが並んでいる。二人が並ぶと、列はそのまま食堂へ出発した。
負担を減らすためか、子供たちの実験、食事、入浴はそれぞれ一斉に行う。そのためこうして、モーストの誰かが部屋まで呼びにくるのだ。
「イバナさんが部屋まで来たのって珍しいですね!」
嬉々とした目でエリルディが言った。
子供たちの生活を管理する人材はこの施設にはいない。そのため一番暇な人物がやってくる。イバナがここへやってくることはほとんどなかった。
「今日はいつも暇な連中が一際忙しい。…ったく、なんで俺が…」
ぶつぶつと文句を言いながら、イバナは食堂の扉を開けた。
「まあ急いで食わなくてもいいが…無駄な仕事は増やすんじゃないぞ。特に嘔吐なんてされたら俺はキレる」
「は、はい」
子供たちは少し緊張しながら、それぞれの席で食事を開始した。
「まっず…なんで俺が出来損ないと同じ飯を食わなきゃいけないんだ…」
「上の飯は豪華なんだってなぁー…あーあ、外出てえー」
ラフトとギアが文句を言った。
「あーでも、市街地は貧民で溢れてるんだっけか、メイドちゃん?」
「え…う、うん…。たべ、食べ物、全然ない……」
メイドは幼少期は貧民街にいたらしい。彼女と話すことはあまりないが、子供たちは自然と貧民街の状況を知ることができた。
「それはメイドみたいに弱いやつか、魔法使えない奴に限った話だ。俺とかギア、バウマーは魔法を使いこなせるんだから、まともな職にありつけるはずさ」
「エンドさんもな」
「いやキオ、こいつはここの誰よりも出来損ないだ。体だけデカくなった幼児だよ」
エンドとラフトは、すでに成長を遅延させる実験に成功している。その代償か、エンドは精神年齢が幼少期で止まってしまっているらしい。
「でもエンドさんは手先が器用だ」
「…ああ?」
「それにラフトよりも優しいし、意地悪言ったりしない」
キオが言った瞬間、ラフトがキオの胸ぐらを掴んだ。
「やけにエンドを持ち上げるな…」
「君を下げてるんだ。魔法使いだからって調子に乗ってる君を」
「魔法使いが調子に乗って何が悪い…!」
「おい、無駄な仕事を増やすな、って言葉すら理解できないのか?」
ラフトの首根っこを掴み、イバナはラフトを着席させた。。
「いてて…」
「よく覚えとけクソガキ。暴力というのは目的を達成するための手段だ。意味もなく感情に任せて振るっていいものじゃない」
イバナは不機嫌そうに吐き捨てると、子供たちを睥睨した。
「実の所、お前たちに人権はない。明日の実験で死んでもおかしくない」
「えっ」
「だからまあ…成果を出すことだけに集中しろ。そうすれば美味い飯が食えるかもしれん」
※
ラフト、エリルディ、バウマーは、あの日から実験に積極的に参加するようになった。ここで成果を出せれば、上の世界に行けると思っているらしい。
いつの間にか、食事の席にはキオとエンド、メイドの三人だけになってしまった。
「みんな忙しいのかな…」
「………」
「………」
黙々と食事を続ける二人を見て、キオは苦笑した。
本日の食事の見張りは、名前も知らない科学者だ。気だるそうな表情でこちらを眺めている。
「……食べないの?」
エンドに言われて、キオは自分の皿を見下ろした。
「あぁ、はい。今日は食欲なくて…」
「…最近全然食べてない」
「……」
確かに、ここ数日は皿に残すことが多い。ただ食欲がないというわけではなさそうだ。
「…美味しいよ」
「お、美味しいですか?」
「…うん」
そう言われて食べないわけにもいかない。キオは渋々、皿の上の塊を口の中に放り込んだ。
「美味、い…かな」
「…でしょ」
エンドはわずかに微笑むと、そのまま自分の分をかきこんだ。
不思議と、エンドといると穏やかな気分になる。きっとそれは、エンドが何も考えてないからだ。
ギアもラフトも、外に出たがっている。ラフトに関しては、言葉の端々から他人をバカにしていることを感じられる。キオはその環境に心底うんざりしていたのだ。
エンドはそういったことは何も考えてない。ただ現状を生きているだけだ。
「エンドさんは、外に出たいとか思わないんですか?」
「思う」
「え、思うんですか?」
「うん」
エンドは頭上を仰いだ。
「綺麗な景色、見てみたい」
他の皆とは違う、キラキラと輝いた瞳。キオはその綺麗さに魅了された。
(エンドさんの人生は、きっとここで終わるものじゃない。もっと多くの景色を見て、その瞳を輝かせてほしい)
キオは決めた。これから先、自分の人生がどうなろうと、いつかエンドを自由にして見せると。
※
「…キオ、ガキの頃はかなりの頻度で喧嘩していたが…俺はお前に一目置いていたんだ」
ラフトは言った。
「そうか」
「…今戻ってくれば、俺がグレモル王に交渉してやる」
「黙れ、俺は君とは違う。エンドさんを救い出し、ギアの目も覚まさせる」
「エ?」
ギアはケタケタ笑った。
「なんか言ってラ」
「ギアは自分の意思でここにいる。貴様も戻ってこい」
どうやらラフトは本気のようだ。今更モーストへ戻ったところで、キオにとって何もいいことはない。
「グランさん」
「あ?」
「俺は…エンドさんと俺に居場所をくれたあなたに感謝している。絶対に裏切ったりしない」
「ああ、そうか…?まあ…助かる」
モーストの事情を何も知らないグランは、困惑しながら刀を引き抜いた。
「さて…俺もこの数年間は刀一本で鍛えてるんだ。甘く見てると痛い目見るぜ…」
「最も、グランが斬らずともわしが斬るがな。命は残るとしても、四肢が残っているとは思うでないぞ」
「そう言うことだ、ラフト。二人を返してもらう」
三人は剣を構え、同時に駆け出した。
「『シールドオーラ』」
「『インフェルノ』」
「ぶっ殺ス!」
モースト側は連携皆無の対応で、それぞれ動き出した。
「っハ!」
「ふんッ!」
ギアの拳とセンの刀がぶつかり合った。
例え絶対に斬れない白い金属だったとしても、センの斬撃精度で刀が折れることはない。
「こいツ…トーア並みに強エ!」
「『猛斬』———ッッッ!!!」
ギアが言い終わらないうちに、センの炎の剣技が放たれた。
「『シールドオーラ』」
だが、ラフトが張った防御魔法によって防がれてしまった。
「遠距離防御…流石は魔導兵団の副団長と言ったところか…」
「『シールドオーラ』は練度を高めれば射程を伸ばせる。勉強不足だな、剣聖」
これこそが魔導兵団副団長ラフトの得意技だ。
本来『シールドオーラ』は、自身の正面に展開して魔法を防ぐものだが、ラフトはそれを離れた場所にも展開できる。
「『大渦』———ッッッ!!!」
水の剣技が『インフェルノ』を打ち消し、グランはそのまま突進した。
「要するに、ラフトを叩けばいいんだろ!」
ギアもエンドも強い戦士だが、このチームにとって脅威ではない。まずはラフトを倒し、他の二人を拘束する。
「『シールドオーラ』」
「『大渦』!」
空中に生成された防御を尽く破壊し、グランは突き進んでいく。
同時に、キオも並んで走った。
「キオ、俺が防御を崩したら攻撃を叩き込め」
「俺が斬ったら死にますよ」
「あー、動き止めるだけでいい。頼む」
「させねエ!」
二人の両側から、エンドとギアが交差するように技を放った。
「ふんッ!」
次の瞬間には、放たれた魔力攻撃は切り裂かれていた。
「ナイスだジジイ!『大渦』———ッッッ!!!」
グランの『大渦』に合わせ、キオは空気砲で加速した。
剣技と同じスピードでキオが迫る。
「『ネットワークオーラ』」
だが、ラフトが展開した防御魔法によって防がれてしまった。
「ネットワークオーラだ?」
「グランさん!」
グランが首を傾げていると、背後四方向から『インフェルノ』が襲いかかった。
「なぁッ!?」
グランは身を翻したが、右手に炎を浴びてしまった。
ギアの得意属性は土属性だ。となれば、今の四つの『インフェルノ』は全てエンドによるものだ。もちろん、エンドに魔法を同時発動する能力などない。
考えられる原因は、この防御魔法だ。
「ち———」
見れば、空間に網のように魔法が展開されている。エンドが適当に放った魔法を防御魔法で弾きながら、グランに同時に降り注ぐよう調整したのだろう。
「『インフェルノ』」
「『ガイア』!」
エンドとギアは待っていたと言わんばかりに魔法を乱射し始めた。
この空間の全てが攻撃範囲。三人はかつてないピンチに陥っていた。
※
グレモルは呑気に読書をしていた。アラスタを操る儀式の準備は、手動ではないのかもしれない。
「…父さん、僕はあなたを毛嫌いしていました」
「そうかい」
「でも、見直し始めてました。父さんもいろいろ考えてくれてるんだって思いました」
「そりゃ光栄」
アラスタは歯軋りした。
「国のことなんかどうでもよかったあなたが…なんでいきなり侵略なんか!」
「いきなりじゃねえよ。お前が生まれる前からの計画だ」
「え…」
少なくとも、グレモルは三年前まではただの怠惰な王様だったはずだ。アラスタは心のどこかで、自分が父を変えてしまったのではないかと後悔していた。
だが…
「俺の親父は、それはそれは優雅な王だった。優秀な魔法使いたちを働かせ、高い税を納めさせ、さぞ幸せな人生だったろうよ」
「…父上?」
「俺は世の中を変えたかった。神に与えられた“魔法使い“っつう資格をせっかく手に入れた人間が、もっと楽に、それこそ親父みてえに過ごせる世界にしたかった。そう考えたのがちょうどお前くらいの年だったな」
グレモルは言った。
「で、思ったんだ。ちょうどいい奴隷がいるじゃねえかってな」
「…魔法を使えない人々のことですか…?」
「ああ。クレスもラフトも、俺の考えに賛同してくれた同士だ。アルディーヴァを侵略して、人員と領地を確保できれば、あとは魔法使いの安寧の時代が始まる」
「そんな…」
グレモルにとって、魔法を使えない人間は家畜同然なのだろう。貧民街の状況を知らずに大人になってしまったのだろうか。
心底胸糞悪い。
イグリダもペトラもセンも、魔法は使えない。それでも彼らはアラスタにできないことをやってみせた。
「あなたの計画は…仲間が絶対に止めてくれる!魔法使いじゃないけど、僕の大切な仲間だ!」
「そうかい」
グレモルは興味を失ったように、本に目を移した。本当に儀式の準備は必要ないのだろうか。
(父上は一体何を待っているんだ…?)
イグリダのことだ。おそらくもうすでにアラスタの状況を把握してくれているだろう。グレモルにとっても急ぐべき事態のはずだ。
だが、グレモルは何もしていない。アラスタも自分の体に異常を感じていない。
(……ッ!)
そこで、アラスタは恐ろしい可能性を見つけてしまった。
「父上」
「どうした?」
「その本の文字、出鱈目ですよ」
グレモルはニンマリと笑った。
「答えが出たか?倅よ」
そう、アラスタはずっと騙されていたのだ。父親の『世界』の異能に。
「おそらく、ここは幻の世界だ」
「そう、相手に幻を見せる『世界』の能力!お前はすでに俺の支配下にある!」




