第二十一話 再会
「よう!」
元気の良い声で目が覚め、アラスタは目を擦った。
寝た記憶はない。モーストのボスと戦っている最中で記憶が止まってしまっている。
やがて、記憶が戻ってきた。
「はっ!」
「おいおい、そんな身構えるなよ」
ボスは言った。
「親子の仲だろ?」
「な…親子…?」
アラスタの親族は一人しかいない。兄弟はおらず、母親もアラスタが産まれてすぐに死んだ。
「父上…?」
「ご名答!我が息子よ!」
ボスは仮面を取って、にっこりと笑った。
「強くなったな。俺は嬉しいぞ」
「どういうことですか…」
「まあ簡単に説明すると…お前を兵器にしてアルディーヴァをぶっ潰す作戦」
「な…!」
アルディーヴァを潰す、それを国王が宣言するということは、すなわち戦争を意味する。
この大陸上の多くの民が犠牲になるだろう。
「…アルディーヴァは大国です。諦めた方が賢明だと思います」
「まあ落ち着け。お前を兵器にするって言っただろ」
グレモルは含むように笑った。
「お前は気づいていないが、パワーでは既に魔王ベルフスに匹敵している。あとはお前を俺の意のままに操ることが出来れば…」
「…ッ!」
アラスタは戦意を抱き、全力で部屋の出口に駆けた。
だが、扉は開かなかった。燃やせばいけるだろうか。
「『インフェルノ』!」
「『シールドオーラ』」
アラスタに追いついたグレモルが、攻撃を防いでしまった。
「お前ここから外に出てみろ。魔道兵団がうようよいるぞ」
「彼らも共犯ですか!」
「残念ながらな。大人しくしてろ」
魔道兵団がグレモルに味方しているのであれば、クレスとラフトが敵側にいるということだ。
(彼らが組めばまずい…!)
あの二人が共闘すれば、敵う魔法使いはいないとされている。イグリダ側がずいぶん不利な状況になってしまった。
「僕をどうするつもりですか」
「どうもしないさ。大人しく待ってろ」
操る、と言われているアラスタにとって、この言葉はとても信じられるものではなかった。
何かこちらでも手を打つ必要がある。
アラスタが悩み始めると、グレモルの通信石が悲鳴を上げた。
「あ?誰だよ…」
《あーもしもし、こちら探偵事務所、超絶論理的思考が自慢のマンセルと申します》
「本当に誰だ……何の用…?」
マンセルと言えば、確かイグリダが世話になったという『審判』の異能者だ。
《あーいえ、少し確認したいことが》
「後でいいな」
《あ、いえ、一つだけなんですぐにでも…》
「…はぁ、………なんだ」
マンセルは咳払いした。
《あれ、今誰かに会話聞かれてます?》
「…?いや、一人だが」
《そうですか!では、あなたの今までの武勇伝をお聞かせください!実は今本を書こうと思っていまして!》
「…断る。切るぞ」
《あ…ちょ———》
マンセルの声が聞こえなくなると、グレモルはため息を吐いた。
「飛んだ邪魔が入ったなー…」
「あー…そうですね」
グレモルにとってかなり大きな弊害だ。アラスタは内心ほくそ笑んでいた。
※
「二つ目の質問…意味があったのか?」
「いや、会話的に自然に終わらせたいじゃん?」
「そうか…」
呆れたようにイグリダはつぶやいた。
マンセルの異能の発動条件は、『相手がこちらの質問に嘘で答える』というものだ。そうすることで質問に関連する情報が全てわかる。
要件の前の確認事項、『誰かに話を聞かれていないか』という質問にグレモルが嘘で返したことによって、グレモルが今どこで、誰と一緒にいるのかを知ることが出来た。
アラスタはクアランド城の地下にいる。
「また地下かよ…」
グランは床に寝転がった。
前回あれだけ派手な脱出劇をしたのだ。皆疲れているのだろう。とはいえ、立ち止まるわけにはいかない。
「キャナは強化魔法の負担で動けないと聞いている。エンドは何故か裏切った。俺もイバナから色々聞き出したい。その代わり、バリバルとエフティが協力してくれるとのことだ」
「この俺にまかせな」
「よ、よろしくー…」
バリバルはまるで依頼を受けたかのように得意げに頷き、エフティは居心地悪そうに縮こまった。
「ターナスとヘイルにトラウマを植え付けた女」
「その節はすみませんでした…」
エフティを追った時、ターナスが異能で内臓を潰されてしまった。かろうじて『恋人』が間に合ったが、それ以来戦闘に参加しようとしない。
「いや…今は協力だ」
グランは言った。
「んで、敵勢力は?」
「イバナは捕らえたが、シカナの証言によれば…魔導兵団副団長のラフトがモーストに協力しているようだ」
「なら、魔道兵団全員が敵と考えておいた方が良さそうだな」
そう言うと、トーアはめずらしく眉を顰めた。
「魔道兵団の団長と副団長は、合流させない方がいい」
「…?理由を聞いてもいいかな」
「噂だが、奴らが組むと誰も勝てないらしい」
所詮噂だ、と一蹴することは出来ない。クレス一人にもキャナがいなければ勝てなかったのだ。月夜が過ぎた以上、シカナの異能にも期待できない。
「とりあえず、アラスタに何をするか分からない。一刻も早く向かってくれ」
イグリダの号令に全員が頷き、それぞれが中庭に向かって駆け出していった。
「さて、俺は…」
イグリダは深呼吸すると、背後の扉を開けた。
「…覇王か」
「おや、起きていたのか。俺はまだ覇王になっていないが…」
「どうせ覇王になるんだ。そう呼んでもいいだろ」
イバナはため息をついた。
ここは魔王城にある特別なホールだ。何重にも重ねられた魔法陣によって、魔法を一切使えない空間となっている。まさに話し合いに適した場所だ。
「モーストの幹部は何人捕まった?」
「君だけだ」
「そうか」
それから、イバナは何も言わなくなってしまった。必要な確認は終わったのだろうか。
「君のボスがアラスタ王子を連れ去って、数日が経った」
「言っておくが、ボスは情報共有はしない。俺は王子を連れ去る計画なんてものは知らないぞ」
「ああ。『審判』の異能者を使って大体の事情は把握している。今は仲間が決戦に臨んでいることだろう」
グレモル王に鎌をかけた結果、案の定グレモルがモーストのボスだった。作戦の決行は今日だ。
「お前は行かなくていいのか?」
「行かなくていいとの判断だ」
「…お前の判断じゃないのか?」
「ああ、俺の判断ではない」
イグリダが合図をすると、背後から霊のようなものが現れた。
燃えるような髪、炉の右目、黄金の左目、その姿は魔王戦で見せたイグリダの姿だ。
「…それは?」
「『教皇』の異能で顕現させた、俺の未来の姿だ」
「…!」
イバナは息を飲み、やがてため息をついた。
「なるほど、ようやく合点がいった…」
『教皇』で自身が神と認識しているものを実体化させる、つまり未来に神となったイグリダを実体化させ、全ての異能を使えるようにしていたのだ。
「…未来も教えてもらえるのか」
「その通りだ」
「全く、とんだイレギュラーだ。想定出来なかった」
イバナは苦笑した。
「これは終わりだな」
「というと?」
「モーストじゃ対抗できない。覇王となったお前がいる時点で、これから何が起こるか全て分かるんだろ?」
「その通りだ」
覇王イグリダがイグリダに教えてくれないことも数多くあるが、重要なことは全て教えてもらっている。
あとは駆け抜けるだけだ。
「お前、本当に世界が平和になると思っているのか?」
「ああ。何故なら、全ての罪を事前に防げるからだ。物理的にな」
「いや、不可能だ。人間はお前が思っている何倍も愚かなんだよ」
イバナからは、少し焦燥が見える。
「利己主義と悪意が存在する限り、人間は止まらないぞ」
イグリダの計画では、その二つを抑制するものが『覇王』となっている。
イグリダは退屈そうにイバナを眺めた。
「今更その忠告は無意味だ。俺はそれらを防ぐために行動している」
「………なら、いい事を少し教えてやる」
「何かな」
「お前と似たような事を、過去の人間がやっていた」
「…君は何者なんだ?」
「闇の参謀、闇の権化…魔物の一種だ。今まで人間が犯してきた愚かしい罪を見てきた」
どうやら想像以上の人物のようだ。ただのモーストの幹部ではないらしい。
「大昔、人間は監視社会を実現した。多くの悪人が法の前に平伏すことになったんだ」
「…今のアルディーヴァのようにか」
「ああ…だがある日突然、何の前触れもなく魔法が生まれた。それによって悪人は力を得た。突然現れた未知の力に、法は意味を為さなくなったんだよ」
「未知は解明された」
「でも、魔法がどうやって生まれたのかお前は知らない」
なるほど、確かに起源を知らなければ、未知は解明されたとは言えない。イバナはきっと、これから魔法を超える未知の力が生まれる事を恐れているのだろう。
「だが、仮に俺が覇王をやめたとして、混沌の未来は変わるのか?」
「変わる。俺の最終目的は、世界から感情を消すことだ」
イグリダはぎょっとした。
「感情を消すだと…」
「この世界の非効率な部分の大半の原因は、感情によるものだ。誰々が嫌な思いをするから、誰々より成果を上げて認められたいから…、俺たちの意図しない場所で、感情を理由とした物事の滞りが起こっている」
確かに、感情を消せば悪意は消える。誰もが定められたルールに従うことになるだろう。
本当に感情の消去が可能なら、イグリダの計画よりも負担が少ない。覇王として世界を監視する必要がなくなるのだがら。
「しかし幸福はどうなる。民は生きる意味を見失ってしまうぞ」
何をしても喜びを得られない。悲しみもない。ドラマのかけらもない人生のストーリーなど、何の面白みがあるのだろう。そうなってしまった世界では、生命の存在価値はほとんど無に等しい。
だが、イバナは眉を顰めた。
「幸福に何か、生産性があるのか」
「……そうか」
彼とは分かり合えない。幸福に生きる事を忘れてしまったのだろう。
イグリダは悲しげに目を閉じた。
「俺が天下を統一し、君に幸福の世界を見せてあげよう」
「……前から疑問に思っていたが」
イバナは言った。
「幸福を理念としている割に、お前の監視社会からプライバシーを感じられないが」
「……プライバシーとやらに何か、幸福があるのか…?」
「…なるほど」
イバナは少し面白そうに口元を歪めた。
「俺たちはとことん相性が悪いらしいな」
「…?あぁ、俺もそう思っていた」
とりあえずイバナのことは大体把握した。そろそろ本題に入るとしよう。
「モーストの最終目的はなんだ?」
「ない。それぞれが個人の目的のために奔走している」
「…何?」
まさかイバナのような人間が自由な組織形態を黙認しているとは思わなかった。複雑な組織らしい。
「グレモル王の目的はなんだ」
「アラスタを操ってアルディーヴァを侵略することだ」
「それほど兵力の大きい国でもないだろう」
「そうだな。何を考えているのやら」
これ以上聞き出せることはなさそうだ。イグリダは踵を返した。
「時間になると兵士が料理を運んできてくれるらしい。それまで大人しくしていたまえ」
「断る。グレモルには借りがあるからな」
「…………ふっ、だが…それも想定内だ」
返事を聞き、イグリダは部屋を後にした。
イバナはただモーストという組織を利用して、自分の計画を進めていただけらしい。収穫を得られないのは当然だった。
(思っていたよりも早く話が終わったが…今から行けば戦場に間に合うだろうか)
そんな事を考えながら歩いていると、正面に人影を確認した。
白金色の髪を靡かせた女性だ。黒いコートのようなものを羽織っている。魔王軍の兵士だろうか。
「まだ食事の時間では…」
「…話があるの」
女性はその輝く白金の瞳をイグリダに向けた。
「あ……」
「モーストの幹部、オリジンよ。本名は———エメイア」
※
「イグリダに代わり、我輩が指揮をとる。通信石を掲げろ」
ベルフスの命令で、全員が通信石を掲げた。
「よろしい。では往くぞ」
「待て、俺たち全員で行くには人数が多すぎる」
シカナは言った。
「前回同様分かれて潜入すべきだ」
「人数が多いと問題があるのか?盗賊よ」
「やれやれ…」
シカナはため息を吐いた。
ベルフスは圧倒的な力でゴリ押す性格だ。潜入は性に合わないのかもしれない。
「じゃあ…魔王を陽動部隊にでもするか…?」
「いえ、やめておいた方がよろしいかと」
タラサが慌てて否定した。
「なんでだ?」
「敵の主戦力を集合させたくありません。全員で散らばり、幹部の位置を確認したのち、殲滅に移る事を推奨します」
「でも…散らばるのは危ないわぁ」
「ですが入口は限られています。まずは均等に人数を配分し、それぞれ別の入口から突入しましょう。そこから臨機応変に対応していきます」
「え嘘、作戦会議終わり?」
エフティは後退りした。
「もう行くの?」
「ええ。何もわからない状態で作戦を作れば、不利な状況で無理な作戦にこだわりすぎる危険性があります。みなさんの判断に任せた方が安全でしょう」
「そ…そんなもんかなぁ…」
「あー、お前頭悪いからな…対応出来るかどうか…」
「なんてぇ!?」
「貴様ら、ここでくだらん争いはするなよ…?」
ベルフスに叱責され、バリバルとエフティは肩をすくめた。
「さて…この城には幸い、南倉庫への直通路がある。同時に、ベランダが複数ある。単純に考えれば全方角から攻め入ることが可能だ」
「ベランダから侵入するのは、『フライ』を使える者がよさそうだな。わしら剣士は地に足をつけて征こう」
「エンドもアラスタもいない今、魔法使いはかなり減ったな」
トーアは仲間たちを見回した。
「俺、ベルフス、タラサの3人だけか…」
「少ねえな。こんだけ居て魔法使い三人って、この世の終わりだろ…」
「落ち着け盗賊の王よ。ベランダが全方位にあるとは言ったが、拠点は地下だ。ベランダから侵入するのは三人もいれば事足りるであろう」
「…城内にうじゃうじゃいるに決まってんだろ…。まあトーアと魔王軍のお二人さんがいりゃ問題ねえかもしんねえけどよ…流石にきつくねえか」
上から圧をかけていけば、それだけ強い敵も集まる。そう考えれば、一概に問題ないとは言えない。いくら強者にも限度はあるだろう。
「…確かに、俺たちが窮地に陥った場合に動ける遊撃隊が必要か」
「我輩が窮地に陥るなど考えたくもないが…」
ベルフスは首を振った。
「シカナとやら、あとバリバルとやら」
「俺?人選謎かよ」
「中間の実力が必要なのだ。センとエフティ、キオには是非とも地下に行ってもらいたい」
セン、エフティは、他の戦士と一線を画す力を持っている。
それに、キオの回避能力はイグリダに匹敵する。斬撃能力もトーアほどではないが優れている。
この三人は救出の要となるだろう。
「待ってよ。イグリダが人殺さないって言ってるんでしょ?あたし心臓潰せないからめっちゃ弱いよ」
「だが、勇者の剣を持っている上、30メートル以内の敵の動きを封じられる。戦闘のセンスも三年間で鍛えられたはずだ」
「はぁ」
「案ずるな。お主はわしとキオに並んで強いはずだ」
「いや…恐れ多いって…」
「俺も、セン殿とは並べない。気持ちは分かる」
エフティは苦笑した。
「じゃあ、ベランダからは魔法使い三人、西の正門からはバリバルとシカナ、あとのみんなは南から行けばいいの?」
「ああ、さっさと移動すんぞ」
グランの合図で、一行は南へ向かった。
「俺たちも行くかー。『太陽』と『月』コンビ結成だな」
「満月の日しか異能は使えないぞ」
「細けえことはいいんだ。さ、門でドンと構えるぞ」
バリバルとシカナも、二人で正門へ向かった。
「空気が緩いですね…」
「勝ち試合とでも思っているのだろうが…そう上手くいくか…?」
ベルフスは呻き声を上げた。
正直、クレスを舐めていた。自分に匹敵する魔法使いはいないだろうと本気で思っていたのだ。剛王城で敗北した時、ベルフスは密かに屈辱を感じていた。
そしてそのクレスが、相性の良い仲間と共闘できる状況にある。必ず勝てるとは言い難い。
「下はセンがどうにかしてくれる。俺たちは作戦通り、上から圧をかけていこう」
そう言って、トーアは東のベランダへ向かった。
トーアが負けるところは想像できないが、聞くところによればザンに敗北しているらしい。
イグリダ一行は強そうに見えて、案外そうでもないのかもしれない。
「後からイグリダ様が来ることも考えられます。今は作戦に集中しましょう」
「…そうだな」
嫌な予感を抱えながら、ベルフスは飛行魔法を起動した。
※
「…エメイ、ア……?」
イグリダはかつてないほどに目を丸く見開き、正面で佇む幼馴染の姿を凝視した。
あり得ない。エメイアはモースト襲撃の際に殺されたはずだ。
(いや…死体は無かったか…?)
あの日、死体は確認出来なかった。村は全て黒い墨に塗りつぶされたようになっていたからだ。
「い、イグリダは…生きているのか…?」
「……ごめんなさい。私一人だけ」
「……、………そうか」
イグリダ——キデクはエメイアに歩み寄ると、抱きしめた。
「例え君だけでも、生きていてくれて本当に良かった」
「………」
エメイアは黙り込んだ。
それからしばらくした後、キデクはエメイアを放した。
「『皇帝』の村まで顔を出しに行こう。皆の墓を立ててある」
「…そう」
「着くまでに、色々話を聞かせてほしい」




