第二十話 魔物狩り
「能力が分かっただと?」
「うん。細かいことは分からないけど、大体分かった」
アラスタは言った。
「敵が使っているのは幻だ」
「幻って、見えないものが見えたり、聞こえないものが聞こえたりするものよねぇ」
「そう。さっき僕は見える魔力攻撃にわざと当たった。でも、ダメージは無かった」
「つまり、見える方は実体がない…幻ってことですね」
そして、見えない方には魔力の気配がある。見えない方こそが本当の魔法攻撃なのだ。
「お手柄だ、王子」
勝利を確信し、トーアはボスを凝視した。
あれもおそらく実体はない。だが、人の魔力の気配を探知すれば本体を探すことができる。
「気配のみに集中し、奴を討つぞ」
「気づいたか!」
ボスは慌てて魔力を展開した。
まるで巨大な生物に飲み込まれたかのように、周囲は幻の魔力に包まれた。ボスにたどり着くまでにいくつもの障害物の気配を感じる。
やるべきことは単純。視覚を無視し、魔力の気配だけをたよりに突き進むのみだ。
目を閉じて、トーアは集中した。
本物の魔力攻撃が手に取るように分かる。まずは右だ。
トーアは駆け出した。
「『エンジェルフォース』!」
なにやら自作ではない普通の中級魔法が飛来したが、そんなものではトーアの感覚は誤魔化せない。
トーアは光魔法を弾いた。
(…人の気配は…)
魔力のうねりで気配を感じづらい。だが、僅かな気配を感じる。さらに奥だ。
(あれは…)
膨大な魔力量だ。おそらくトーアが他の気配に気を取られているうちに、儀式でもしていたのだろう。
「『雷域・蛍光の型』」
トーアが展開した剣域は、いつもと違い前方に直線で伸びた。
「あ?」
「『電光雷轟』———ッッッ!!!」
ボスが冷や汗をかいた直後、直線上にまとまっていた雷の魔力が、剣技となって一斉に放出された。
凄まじい電圧の剣技が、極太のレーザーとなって襲い掛かる。
「『ワープ』ッ!」
そしてあと少しのところで、ボスは消えた。
「逃したか…」
とはいえ、あれだけ大きな戦力をここで削ることができたのは大きいだろう。他の幹部と共闘でもされていたら負けていてもおかしくは無い。
「流石だな」
キオが駆け寄ってきた。
「全く追いつけなかった」
「そうか」
「それと、君たちが戦っている間に、剛王城が崩れた」
「なんだと?」
見れば、剛王城は跡形もなく崩れ去り、瓦礫となって大穴を埋め尽くしていた。
さすがは幻だ。音を消せるのであれば、もしかすると感覚も消されていたかもしれない。
彼が異能の力を完全に使いこなせるようになれば勝ち目はない。
「内部にいた連中は大丈夫なのか…?」
「グランさん…」
二人で心配していると、背後からとんとんと背中を突かれた。
グランだ。
「よう…ギアの姿が見えねえけど」
「逃げられた」
「あー…まあ色々あったんだろ。まずは状況報告といこうじゃねえか」
グランたちの後ろからイグリダも駆け寄ってきた。
イグリダはまじまじと当たりを睨め回した。
「おや…キャナ、シカナ、ベルフス、アラスタの姿が見えないが」
「何…!」
先ほどまで共闘していたアラスタの姿がない。
(まさか…連れ去られたのか…?)
幻で状況把握が出来ていなかったのだ。連れ去られていたことに気づかなくとも不思議では無い。
「とりあえず、魔王城に帰ろう」
※
その日、奴はやってきた。
「ごめんください」
「はーい」
戸を叩く声が聞こえ、母さんは迷わず扉を開けた。
平和な村だったからだろう。村人たちは仲が良くて、誰も悪意なんてものを抱かない。
だから分からなかったんだろう。
「き…」
悲鳴を上げる前に、母さんは食われた。
居間でくつろいでいた父さんはすぐさま剣を引き、俺と弟に逃げるよう促したあと、奴に立ち向かった。
逃げる間際目に映ったのは、おぞましい魔物の姿だった。
弟はすぐ近くの個室に隠れ、俺はベランダに出た。
恐怖で心臓が張り裂けそうだった。
やがて父さんは息を切らしながら、個室の扉を叩いた。
「もう出てきていいぞ。魔物は父さんがやっつけたからな」
だが、その父さんの声をしたモノは、魔物だった。この魔物は、食ったものの特徴を手にすることができる上級魔物だったんだ。
「ママ、食べられちゃ———」
俺は、無警戒で出て行った弟が食われる様を、唖然として見ていた。
助けてくれたのは流れの傭兵だった。たまたま村に滞在していたんだ。
「家族はみんな殺されてしまったね」
傭兵は言った。
「僕の元へ来るかい?」
「……」
俺は黙って頷いた。
「僕はザン。君は?」
「…バリバル」
※
魔物への憎しみだけで、俺は強くなった。
魔力攻撃も使えない。戦意も人並みにしか使えない。平凡な俺を救ってくれたのは、このナイフのみ。
助けてくれたザンは、傭兵としてのいろはを俺に教えてくれたあとすぐに消えた。これも傭兵として生きる厳しさなんだろうと割り切って、俺は修行を続けた。
魔物の依頼を好んで選んだ。それだけ魔物への恨みが強かった。
いつの間にか『魔物狩り』なんて異名もついた。
「なあ魔物狩りさんよ、ちょいと付き合ってくんねえ?」
酒で潰して金品を盗む、悪質な傭兵も寄ってきた。悪意を知らずに育った俺は最初のうちは苦労した。
いつの間にか、俺は『バリバル』ではなく『魔物狩り』になっていた。
「どうかお願いします!『魔物狩り』さん…!」
「『魔物狩り』さまは依頼が尽きねぇなぁ」
「魔物の依頼ならって聞いてさ…いいかな、『魔物狩り』くん」
そして…
「少し…いいだろうか」
イグリダが現れた。
「お前は?」
「イグリダだ。君の名前は?」
「バリバル、傭兵だ」
「傭兵?てっきり冒険者かと思ったが…」
「まあ似たようなもんだ。どうした?」
「剣聖について聞きたいことがあってね」
聞けば、イグリダは覇王として世界を救うために旅をしているという。
俺は内心、鼻で笑った。
でも、それからしばらく話をしているうちに、何か違和感に気づいた。
そうだ、イグリダは『バリバル』と話をしているんだ、と。
もちろん、イグリダが適当に話しかけた相手が俺だった、っていうのは分かっている。でも、『誰でもよかった相手』に俺が選ばれたのは嬉しかった。
この会話に、『魔物狩り』は関係ない。ただ一人の傭兵として話しているんだと、そう思えることが少し気持ちよかった。
(俺も少し、人間らしく生きてみるかな)
そんなことを思った矢先、オリジンが現れた。
「『魔物狩り』のバリバル、折り入って話がある」
※
「でも、魔物狩ってなかったら生きてこれなかったでしょ」
「あ?」
あの朝日の差し込む部屋で、エフティは微笑んだ。
「その名前、あんたの生きた証だよ」
「…」
「まあ、名前つけたやつはそんなつもりないかもしれないけど」
当然だ。『魔物狩り』の名前を最初につけたやつはきっと、魔物ばかり狩っている俺への、物珍しさからつけたものだろう。
もしこれが生きた証なら、荒んだ人生だ。
「あたしの名前、エフティヒアって言うの」
「初耳だな」
「幸福って意味なんだって。だからあたし、絶対幸せになってやるんだ」
エフティは言った。
「『魔物狩り』ってすごい異名だよ。だからどうせなら、どんな魔物でも倒せちゃうような、本当に凄いヤツになっちゃえばいいんだよ」
「それ、なんか意味ある?」
「あんたが人をたくさん助けた証になるでしょ」
くだらない人生の証に、大きな意味を。
俺の人生は変わりかけていた。
※
「まさかまた君から話がかかるとはな」
「前はお前からだったろ」
エフティを村に送り届けた後、俺はまたオリジンに会った。
「単刀直入に言う。俺をモーストに入れてくれ」
「無理だ」
「いや、出来る」
「無理だ」
「なんでだよ」
「単刀直入に言うのだろう?何が望みだ」
オリジンには隠し事ができない。俺は包み隠さず話すことにした。
普通に、俺がエフティに惚れていたこと。エフティのガキ友達が剛王機にされたこと。エフティが病んだこと。モーストに入って子供たちを解放しようと企んでいること。その他諸々、俺が恥ずかしくなるような話から、真剣な話まで全部話した。
オリジンは承諾した。
「分かった。だが、剛王機にされた人間は脳を改造されている」
「んなことは分かってる。どうするかは後で考えるよ」
※
「お前が死んだら意味ねえだろうが!」
過去の回想から戻ったバリバルは、エフティをただ抱きしめていた。
おそらくオリジンに敗北したのだろう。エフティは動かなくなってしまっている。
エフティは、バリバルが一人の人間として愛した人だ。彼女が死ねば、バリバルはまた『魔物狩り』に戻ってしまう。それも、ただ何も守れない、名前だけの『魔物狩り』に。
それに、もう二度と奪われたくない。
「起きろ!エフティ!起きろぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
ただ、意味もなく叫んだ。
『恋人』の元へ連れて行けば蘇生できるだろうか。しかし、それまでの間にエフティは死んでしまう。
(どうすれば…!)
バリバルが苦心に顔を歪めていたその時、背後に何か気配を感じた。
———『コンティニュー』——。
「え…?」
放たれた魔法がエフティを包み、瞬く間に傷を癒していった。
「お前…イグリダか?」
———覇王イグリダだ——。
イグリダはそう言うと、霞と消えた。
「げほっ!ごっほ!おえー!」
「…!」
イグリダが消えた直後、エフティが目を覚ました。
バリバルは満面の笑みでエフティを抱き起こした。
「よかった…!よかったぁぁぁ!!!」
「あ…?えっ、何!?私どうなってた!?」
「死にかけてたんだよ!イグリダが助けてくれたんだ!」
普通ではなかったが、あの声は間違いなくイグリダだ。バリバルは涙目でエフティを抱きしめた。
「生きてくれてありがとう…!」
「え?ど、どういしたまたし、て?」
エフティが状況を理解するのは、まだ時間がかかりそうだ。




