第十九話 王を頂く者
イグリダがイバナと戦う少し前、一行が基地に到達してすぐ、ギアはすでに追い詰められていた。
「はは…、やべえ…かナ」
額に伝う汗を拭い、ギアは腕をさすっている。
白い鎧はすでに溶かされ、分体も角と左足の爪しか残っていない。その様子を見て、キオは苦笑した。
(さすがはトーアだ…。俺とエンドさんで前回戦った時は苦戦したが、まだこの戦いは始まってから数分しか経っていない)
勝利を確信しながら、キオは剣を構えた。
「早く倒してみんなに加勢しよう、トーア」
「…ああ」
トーアはどこかぼうっとしているような気がする。少し違和感を感じたが、キオは気にしないことにした。
「エンドさん、魔法の用意を!」
「ん」
エンドが腕を前に突き出すと同時に、キオは駆け出した。
「『ファイア』」
その魔法はまっすぐにギアの方向へ…
「キオ!避けろ!」
「な…ッ!?」
キオは身を翻し、飛来した魔法を躱した。
エンドの魔法だ。
「エンドさん…?」
「何してる、エンド。敵と味方の区別のつかなくなったのか?」
わずかに怒りを見せるトーアを退屈そうに眺め、エンドは霞と消え去った。
(どういうことだ…なぜエンドさんが…?)
「キオ、油断するな。まだ気配を感じる」
「なら早くギアを…」
キオはそう言って振り返り、唖然とした。
ギアも消えている。
「何が———」
「———ごきげんよう、強者ども」
くぐもった声が聞こえ、二人は頭上を見上げた。
白い仮面に黒い装束、おそらくモーストの幹部だ。
「あんたは?」
「俺はボス、モーストのリーダーさ」
思わぬところでボスが出てきた。内部にいるものだと思っていたが、ここでトーアを潰しておくつもりだろう。
「久しぶりだなー、キオ。盗賊団は楽しかったか?」
「モーストよりはな…」
「そうかー。でもお前はもう大人、いつまでも遊んでるもんじゃないぞ?」
「悪いが、もうモーストには戻らない。グランさんが俺に正しい道を示してくれたんだ」
「盗賊が正しい道とはなー。お前も愚物に成り下がったか」
ボスは含むように笑い、ゆっくりと降り立った。
「置いてけぼりにして悪いね、トーア君。実はこのキオ、元幹部なんだ」
「そうか」
「興味なさそうだねー…まあいいや。そんなこと俺もぶっちゃけ興味ないし」
ボスは言った。
「トーア君、今うちはザンを失って戦力が乏しい。ぜひ仲間になってくれないかな?」
「あんたは何を見てきた。…俺がなるはずないだろ」
「だよねー。俺は希望的観測をしたい人間なのさ」
ボスはどうやら、しばらく長話をするつもりらしい。早く内部に行きたいが、今は話を合わせておいた方がいいだろう。
何せキオは、ボスの強さを知らないのだ。慎重にいかなければならない。
「ボス、エンドさんたちを消したのは君か?」
「さあね。エンド君、なんで裏切っちゃったんだろうねぇ?」
ボスの性格上、これは「その通り」と言っているようなものだ。キオは歯軋りした。
「トーア、エンドさんはもう仲間に戻れないと思っておいた方がいいかもしれない」
「……そうか」
トーアは胸糞悪そうに顔を顰めると、ため息を吐いた。
「喋らせておいたが…今の発言を考えれば、情報は吐いてくれそうにない」
「戦うのか?」
「ああ、俺についてこい」
トーアは雷を纏い、踏み込みの姿勢をとった。
「お、やるか?」
「行くぞ!」
トーアの掛け声とともに、キオは駆け出した。
直後、正面から雲のような魔力の塊が溢れ出した。
「キオ、アンタはこれが何か分かるか?」
「知らない。でも触らない方が良さそうだ」
キオの言葉を聞いて、トーアは慎重に技を分析した。
魔力の塊という認識だが、属性を感知できない。魔法の類ではないのか、それとも無属性魔法を極めているのか、いずれにせよ接触は避けたい。
見たところ魔力塊は速度も遅い。これなら簡単に近づけそうだ。
(重要なのは熱か…)
現在トーアが使っているのはザンの刀だ。モーストが好んで使っている金属に酷似しているため、この刀はおそらく熱に弱い。
トーアの斬撃が正確とはいえ、これほど大きな物体が熱を持っていれば、斬る前に溶けてしまうだろう。
「未知の魔力だ。慎重に行こう」
キオは一度下がり、懐からナイフを取り出した。
「俺も君も、メインウェポンはモーストのものだ。俺がこの鉄のナイフで材質と温度を確かめる」
「頼んだ」
キオは頷き、駆け出した。
「良い試みだ!」
ボスはすかさず謎の魔力塊をけしかけた。
「はあっ!」
金属音が鳴り響き、砕け散った鉄の破片が宙を舞った。
鉄のナイフが折れたのだ。
つまりあの得体の知れない魔力の塊は、鉄をも砕く硬度を持っていることになる。
鉄のナイフから煙は上がっていない。それほど高温ではなさそうだ。
「俺たちの武器で対応できる範囲だよ」
「ああ」
トーアは頷き、雷を纏って駆け出した。
「来い!」
ボスは魔力を大量に放出した。
16方向からの降り注ぐ攻撃だ。魔力を感じないとはいえ、視覚でも十分に対応出来る。
的確に攻撃を弾き、トーアは距離を詰めていった。
「ばけもんかよ…」
ボスは乾いた笑いを浮かべ、飛び下がった。
本来の戦いでは、飛び下がるという行為はごく自然なものだ。魔法使いは距離をとらなければ戦えない。
だが、トーアの踏み込みのスピードは規格外。飛び下がるという行為は命取りになる。
次の瞬間には、ボスの足は膝から斬られていた。
そして、霞と消えた。
「…!」
さらにその直後、不意にトーアの背後から魔力の気配を感じた。迷うことなくそれを斬り刻み、トーアは振り向いた。
(何も無い…?)
おそらくボスからの攻撃だ。だが、その正体はいまだにわかっていない。
魔力の気配がない代わりに目に見える攻撃と、魔力の気配がある代わりに目に見えない攻撃。ボスはきっと、この二つの特性を持っている。
キオも同じことに気づいたのか、一層緊張した面持ちで剣を構えた。
「状況の把握が早いな。我らが軍師さんを見ているみたいだ」
ボスの声が聞こえ、二人は当たりを見回した。
ボスは笑い声を上げた。
「結論を急ぐと足元を掬われる。そこも同じだ」
「『電光雷轟』———ッッッ!!!」
声が聞こえた方向に剣技を放ったが、手応えはなかった。
ボスの言う通り、結論を急げば思わぬところで不意打ちをくらう。慎重に能力を分析していかなければ勝ち目はない。
だが、感覚で戦ってきたトーアは、イグリダほど頭が回らない。未知のものを相手にするのは苦手なのだ。
「アンタは何か分かったか?」
「いや、すまない。いくつか予想はついていたが、先ほどからそれを悉く潰されていてな…」
「俺もだ」
キオはモーストにいたと言うが、あまり機密事項は知らされて来なかったのだろう。情報源としては期待できない。
「トーア!」
『インフェルノ』とともに現れたのは、アラスタとペトラだ。
「まさか外にもう一人幹部がいたなんて…」
「王子…アンタの担当は地下のはずだ。何のつもりでここに?」
「分からない…幹部の一人を追っていたらこんなところに…」
地下の状況も気になるが、アラスタの知恵は心強い。
それに、無我の境地を習得したペトラもいる。イグリダには申し訳ないが、ここで人手を使わせてもらうとしよう。
「いらっしゃいませお客様ー、ぷにぷに触感の魔法ですよ」
「それは魔法じゃない。魔力を感じないよ」
アラスタはボスを睨み、周囲を確認した。
「目に見えない魔力もたくさんあるみたいだ…」
「ああ」
流石アラスタだ。数分かけて確認したことを瞬時に把握している。
「王子、俺とトーアで敵の攻撃方法は把握できましたが、敵の正体が分かっていません」
「正体?」
「能力の正体だ。俺が敵の足を斬ったが、足が再生した挙句ワープされた。『ワープ』の魔法無しでな」
「…そんな魔法は聞いたことがないな…」
揃って頭を捻っていると、ボスは少し不服そうにため息を吐いた。
「おいおい、俺無しで何楽しそうなことやってんのさー」
「あんたの攻撃は俺が全て弾ける。大人しくしていろ」
能力の仕組みが分からないというだけのことであって、ボスは強敵とは言えない。こちらが負けることはまずないだろう。
ボスは歯軋りした。
「はっ、舐めやがって…若造が」
「…?」
「お前の強さ!俺にもっとよく見せてみな!」
直後、ボスの背後から数百に渡る魔力攻撃が天に伸びた。
「来る!」
キオの掛け声で全員は一斉に技を撃った。
空中で幾つもの魔力がぶつかり合う。
「二波が来たわぁ」
ペトラの声に頷き、四人は透明の攻撃を弾いた。
攻撃の数はどんどん増えていく。
「…トーア」
「なんだ?」
「今気になったんだけど…透明な方、数が増えてない」
言われてみれば、目に見える雲のような攻撃は段々増えているのに対し、不可視攻撃の気配は増えていない。
「消費魔力が多いのか…?」
「消費魔力を気にするなら、あの規模の攻撃は撃てないよ」
そういうと、アラスタは飛来した不可視攻撃に手を伸ばした。
「何を…」
トーアが言い終わる前に、攻撃はアラスタに直撃した。
「大丈夫ですか!」
キオが心配して振り向いたが、アラスタはピンピンしている。
「うん。それに、ようやく分かった」
無傷の体をさすりながら、アラスタはにやりと笑った。
「敵の能力が分かったよ、みんな」




