第十七話 覇王vs闇
襲いかかる闇の膜を剣で切り裂きながら、イグリダは堅実に距離を詰めていた。
ほぼ全方位から襲いかかる闇を放置する事はできない。先ほどから距離を縮めたり伸ばしたりを繰り返している。
イバナの攻撃は、まるで空間を自在に操っているかのようだ。本来皮膚から放つはずの魔法を、全く関係ない場所から撃ってくる。ベルフスの能力に似ているが、こちらの方がよりトリッキーである。
「『覇剣』———ッッッ!!!」
まとわりつく闇を瞬時に払い、イグリダは再び突進した。
「力押しでは俺には勝てないぞ、覇王」
イバナは特にこちらに集中している様子もなく、そっぽを向きながら闇をけしかけた。
イグリダが走る速度よりも、闇の速度の方が速い。これを無視してイバナに突っ込もうものなら、後ろから攻撃されて終わりである。
「『水域・背水の型』!」
イグリダは剣域を展開した。
剣域『水域・背水の型』は、自身の背後に巨大な魔力の水を展開し、敵の行動範囲を前方のみに制限する技だ。もし水の中に入れば、水圧で圧死する。
問答無用で水の中に突っ込んだ闇は、魔力の圧力で消え去った。
「…人間だけじゃなく、魔力も殺すことができるのか。面白い技だな」
「…く」
こちらの技の効果を的確に把握してくる。まるで抜かりがない。
「これはどうだ?」
イバナはイグリダの周囲に闇を展開し、そこから闇の砲弾を放った。
「『岩薙』———ッッッ!!!」
全方向からとはいえ、一撃の威力は中級魔法に劣る。イグリダは威力の高い剣技で穴を切り開き、飛び込み脱出した。
次の瞬間、外した闇の砲弾が地面から次々と排出された。
「『竜剣』!『凪刀』!」
「しぶといな…だが、有限の魔力ではいずれ限界が来る」
イバナは不満げにイグリダを睨み、今度は頭上から闇の雨を降らせた。
まるで針が刺さったような痛みがイグリダを襲う。
「『雷光一閃』———ッッッ!!!」
天井に向けて光属性の剣技を放つと、闇は消え去った。
「ちっ」
「はぁ…はぁ…」
イバナは再び不満げに顔を歪めたが、依然として力の差は歴然である。
(俺も敵の技を理解しなければ…)
攻撃を躱しながら、イグリダは思考を巡らせた。
イバナの技の威力は決して高くない。だが、その威力を十分に補強出来るほどの技術と魔力量がある。技の種類は現状三つのみだ。
まずは単純な連続攻撃。この連続攻撃はイバナがその気になればいくつも同時に放てると考えておいた方がいいだろう。当たった場合は、ダメージと拘束の二種類の効果があり、どちらの効果がついているのかは外見では判断しづらい。
二つ目は、二段階の砲弾攻撃。対象の周囲に闇を全方向に展開し、そこから中心に向けて一斉に攻撃を射出する。外した場合でもその闇は地下に潜り、地中から上に放出する。
三つ目は、闇の雨。これは相手にそれほどダメージは与えられないようだ。針に刺されたような痛みこそしたが、特に傷はついていない。おそらく相手の判断を鈍らせるための技だ。
そして、イグリダはある仮説を立てた。
それは、この闇が光属性に弱いかもしれないというものだ。闇の雲は、『雷光一閃』を受けてたちまち消滅した。もしかすると、これはイバナの技全てに当てはまるのかもしれない。
「情報の整理は終わったか?」
「ああ、来るがいい!」
イグリダの叫び声と共に、イバナは十数発の魔法を放った。
イグリダはイバナの周りを回るように駆け出した。できるだけ魔法をイグリダに近づかせるのだ。
「何か考えがありそうだな」
イバナは眉を顰めると、床に闇の雲を生み出した。
「…『光闇魔纏』!」
ダメージがないとはいえ、痛覚は人間の動きを鈍らせる。雲に突っ込んでしまったイグリダは慌てて光を纏った。
速度が上がる。
(これでは後ろの闇が俺に追いつけないか…)
それはそれで好都合だ。イグリダは向きを変え、イバナに突進した。
「『雷光一閃』———ッッッ!!!」
「『ガイア』!」
空中で魔力攻撃がぶつかり合い、周囲は閃光に包まれた。
だが、イグリダは突進を止めない。『光闇魔纏』によって目眩し効果は全て無効なのだ。
「剣だ!」
イバナが何かに指示するように叫ぶと、開かれた手のひらに闇の魔力で作られた剣が生み出された。
金属音が地下に響き渡った。
(『光闇魔纏』を使った俺の速度についてきている…!)
接近戦に持ち込めばイグリダが有利になると踏んでいたが、やはりイバナはこれまでの敵とは格が違う。ベルフスでさえ遅れをとっていたイグリダとの接近戦を、この男は互角以上の戦いにしてみせている。
そして剣を振っている間も、イバナの闇の魔力攻撃は止まらない。
「が…ッ!」
魔法に吹き飛ばされ、イグリダは壁で受け身を取った。
間違いない。イバナの魔法の形は、ルールが定められていない。状況に応じて変幻自在に形を変える、厄介で強力な魔法だ。
飛来する魔法を弾き、イグリダは呼吸を整えた。
「…勝ち目はある」
イバナの攻撃は厄介だが、性能はこちらも同じ。あとはイメージを解放するだけだ。
「『覇気魔纏』!」
全ての属性を纏い、イグリダは踏み込みの姿勢をとった。
「『灼熱の氷槍』———ッッッ!!!」
巨大な剣技に隠れるように、イグリダは突進した。
イバナの近接戦の能力は確かに高い。だが『覇気魔纏』を行ったイグリダに、性能で勝てる生物は存在しない。
(今だ!)
剣技を囮に背後へ回り込んだイグリダは、剣技を放つべく魔力を高めた。
イメージは、イバナの闇。状況に応じて変幻自在に形を変える、厄介で強力な剣技。その攻撃は予想を遥かに上回る機動力と形態で、相手を翻弄する。
「『覇剣』!」
既存の剣技の名を口にしたが、その性能は全く違う。イグリダの剣からのびた数十種類の形態の剣技が、触手のようにイバナに襲いかかった。
「ち——」
「『覇剣』!」
続いて放たれたのは、イバナの足元と周辺に展開された巨大な地雷だ。瞬く間に爆発を起こした剣技は、イバナの腕に爆発ダメージを与えた。
「…ッ!」
「『鳳凰剣』!」
強力な暴風でイバナを角に追い込み、イグリダは剣を天に掲げた。
ここしかない。
「『覇色の剣光』———ッッッ!!!」
※
「なんで私たち一緒に戦ってるんですか!?」
「知らない。お前はもう逃げろ」
それぞれの敵と攻撃をし合いながら、シカナとキャナは会話をしていた。
シカナの優れた戦意解放力でも、やはりイメルの攻撃を避けるので精一杯。キャナは無敵の力を得たとはいえ、決定打に欠ける。さまざまな理由が重なり、戦闘が長引いているのだ。
「じゃあ、この二人を相手に貴方で戦えるんですか!」
「戦えるさ。それに、どうやら天井が崩れ始めてるみたいだ…、早く逃げないとお前の体が保たないぞ」
「『ケラウノス』———ッッッ!!!」
「闇よ!」
宙を這う魔力攻撃を躱し、キャナはシカナを睨んだ。
「一応三年間一緒に旅した仲間なんですから、見捨てたりしません!」
「じゃあどうする」
「交代です!」
「はっ!?」
素っ頓狂な声をあげるシカナを置き去りにして、キャナはイメルの元へ駆けて行った。
「な…!こっちに来るなぁ!」
「『プラズマ』!」
イメルは闇の膜で盾を作ったが、簡単に破壊されてしまった。
「闇よ!あいつを殺してください!」
「私は死にません!」
脳死で突っ込んでいくキャナを尻目に、シカナはため息をついた。
「やれやれ、俺はお前と戦うことになったみたいだ」
「あの小娘をどう攻略しようかと悩んでいたが…これは好都合だ」
「勘違いするなよ」
シカナは白竜槍を構えた。
「盗賊は負ける戦いはしないんだ。必ず勝つ!」
「『ケラウノス』———ッッッ!!!」
放たれた雷の網を的確にくぐり抜け、シカナは宙へ飛んだ。
「愚かな!」
『魔法使いでない人間は、空中では的』そんな考えが浸透している世の中で、シカナの動きを読める者はいない。
「月光よ!俺に力を!」
「何——」
イグリダの剣技で崩壊した天井から差し込むのは、眩く輝く白い月明かりだ。
その光を浴びた途端、シカナの動きは倍速になった。
異能『月』は、月光を浴びて身体能力を上昇させる。白竜の里、通称『月』の里で代々継承され、族長の長男として受け継いだシカナの能力だ。斬撃の正確さはともかく、スピードだけはトーアに匹敵する。
「まずい…!」
「終わりだ!」
クレスの腹部に槍が差しかかった途端、防御魔法が槍を弾いた。
「な…」
クレスの腹と槍との距離は、わずか数センチ。その間に防御魔法を差し込むことなど出来るだろうか。間違いなく常人には不可能だ。
クレスは安心の表情で飛び下がった。
「任務が終わったか」
「お前が、たかが一匹の盗賊に手こずるとはな…」
「『プラズマ』を食らってしまったのだ。…痙攣が止まらん」
クレスと話しているのは、かき上げた長い髪を後ろで結んだ、目つきの悪い青年だ。
青年はシカナを一瞥すると、仮面をつけた。
「イメル、来い」
「あぁ…ラフトさん!来てくれたんですね!」
イメルがラフトの元へ飛んでいくと、キャナが慌てて走ってきた。
「何してるんですか!イメルを止めてください!」
「あ、ああ」
シカナはイメルに槍を振りかざしたが、再び空中で弾かれてしまった。
「『ワープ』」
「ち…」
防御魔法によって行動が封じられ、ラフトたちはそのまま逃げてしまった。
「あの男、防御魔法の精度が異常ですよ!」
「俺たちも早く帰るぞ。『ワープ』はどこに設置してる?」
「魔王城です」
「よし」
シカナが手を掴んだのを確認し、キャナは転移した。
※
天に向けて伸びている極太のレーザーのような剣技は、間違いなく『覇色の剣光』だ。最強の剣技に相応しい、わかりやすい大技である。
イバナは今、角に追い詰められている。ここからあの技を躱すのは至難の技だろう。
「お前は不殺を掲げているはずだ。俺を殺してもいいのか」
「殺しはしない!ほんの少し炙らせてもらうだけだ!」
相当器用な男なのだろう。あの大きさの剣技を制御できるとは思えない。
(どうするか…)
『覇色の剣光』の属性は八つ。それぞれの長所と短所を打ち消しあった、威力と派手さに極振りした脳筋剣技。おそらくスピードは想定より速いが、避けられないほど速くはない。当たればその部位は消し飛ぶと考えた方がいい。
イバナにはまだやるべきことが残っている。そのために、イグリダは確実に邪魔な存在だ。ここで消さずにどこで消すというのだろう。
「ふー…」
深呼吸だ。深呼吸をすれば、見えないものが見えてくる。今までもそうだった。
(見える…!)
剣技の隙が、勝利への活路が、見ろと言わんばかりにイバナの目に飛び込んでくる。
そして…
「『覇色の剣光』———ッッッ!!!」
「はあああああああああ———ッッッ!!!」
光が振り下ろされると同時に、イバナは闇に溶け込み宙を駆けた。
スピードはイバナの方が上だ。
「っ——ッッ!」
イグリダの力んだ声が聞こえたと同時に、剣技が空中で畝った。方向を変えたのだ。
(関係ない、スピードは依然としてこちらが上だ!)
高ぶる感情がより闇を強化してくれる。そのまま二人の距離はわずか2メートルを切った。
イグリダの表情に焦燥が走る。
「限界か…!」
やがてイグリダは剣技を解除し、両手剣をイバナの剣と打ち合わせた。
「『覇剣』———ッッッ!!!」
数十種類の剣技が再び襲いかかった。
「闇よ!」
イバナは片腕から無数の闇の触手を生やし、剣技を打ち消した。
いける。
「闇よ!」
再び生やした闇の触手が、全方向からイグリダに襲いかかった。
だが…
「『暁光』———ッッッ!!!」
「しま…ッ!?」
見誤った。この男のカウンター剣技は炎と光属性だ。
触手は四方八方へ霧散した。
「ち…体勢を———」
「らああああああああああああああああ———ッッッ!!!!」
イグリダの雄叫びと共に、鈍器がイバナの腹に食い込んだ。
意識が暗転した。




