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覇王記  作者: 沙菩天介
盗賊王編
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第五話 力の村の異能者

 戦意操作とは、戦意を利用して魔力の循環速度を上げ、通常よりも自身の身体能力を上昇させる行為のことを指す。これは魔法使いもやっていることだ。


 イグリダとアラスタは盗賊団のアジトに向かう道中、ペトラに戦意操作の方法を教えてもらっていた。


「剣技みたいに具体的なやり方はないわぁ。ただ相手に戦意を抱くだけ」


「僕は前にチャレンジしたけど、これ魔法よりはるかに難しいよ」


「それは、戦う相手がいなかったからよぉ。鍛錬の相手がいればきっとすぐに出来るようになるわぁ」


 ペトラは微笑みながらそんなことを言ってのけるが、二人は昨日丸一日潰した。コツを掴めなければ本当に難しい。


 ペトラによれば、戦意操作は殺し合いが一番やりやすいらしい。アグラとの戦闘で習得できなかったのが残念だ。


「ペトラはどれくらいで習得できたのかな」


「私はねぇ…覚えてないわぁ」


「それはそうか…」


 ペトラが戦意を習ったのは10歳らしい。何日かけたかなど覚えているはずがない。それに、ペトラが細かいことに頓着しないと言うことは、この数日で分かっている。


「ここで時間を潰すのも勿体ない。戦意操作は盗賊との戦闘で身につけていこう」


 昨晩は野宿だったが、この近くには『力』の村がある。夜までに着けば宿屋に泊まることが出来る。


「そういえばイグリダ、村には宿屋ってあるものなの?」


「立派なのもではないが、宿屋は村にとって意外と役に立つものだ。外界から貨幣を得られる数少ない手段の一つだからね」


 村は基本、貨幣を使うことはない。村人全員がそれぞれ役割を決められ、村人全員で生きていく。しかし、もし王都に必要なものがあれば、宿屋で旅人からもらった貨幣が大いに役立つ。


 例えば、病気を治すためにどうしても中級回復魔法『リカバリー』の魔法が必要だった場合、王都までルーン石を誰かが買いに行かなければならない。


 ルーン石は、魔法使いが同じ魔法を何度も何度も特殊な石に詰め込むことで、魔法使いではない人間でも一定回数その魔法が使えるようになる道具だ。村に魔法使いが生まれてこなかった場合もしくは、その魔法使いが『リカバリー』をまだ覚えられていなかった場合、ルーン石が必要になる。


「私が旅に出るとき、この上着を村の貨幣を使って買ってくれた。温度調節の魔法が施されているらしい」


「みんな、成功を信じてくれているのねぇ」


「彼らは私の誇りだ」


 イグリダがはにかむと、正面の木々の奥に小さな村が見えた。大きな水車がトレードマークの『力』の村だ。


「あの水車、水が落ちる時のエネルギーを魔力に変換しているって父上が言っていたよ」


「ほう…魔力を貯めているのか」


「それで、その魔力を王都に献上することで大量の貨幣を貰っているんだって」


 なるほど、この村は確かに王都から近い。新鮮な魔力を届ければ、王都での魔法研究に大いに役立つだろう。


 村の雰囲気は、全体的に水が多いという印象だった。村を等分するように穏やかな小川が流れ、すべての民家に見てわかるような水路がある。どうやら、水車が象徴する村は、水の文化に重きを置いているようだ。


 中央の広場に入っても、特に誰にも話しかけられなかった。旅人が訪れるのは珍しくないのだろう。実際、この広間は旅人で賑わっていた。


「「「おおおおおおおおおおおおお!!!!」」」


 大歓声が聞こえ、その方向を見てみると、村人が何やら空中で水のボールを手玉する芸を披露していた。どうなっているのかはよくらからないが、この村は水を使って外界から貨幣を得ているらしい。王都から近い分、買い物の頻度が多いのだろう。今まで見てきた村の中で一番発展している。


「この様子だと、旅人だけじゃなくて王都からの観光客も多そうだね」


 心なしか、アラスタの心が踊っているように見える。


「剣聖センからもらった貨幣を、ここで使うわけにはいかない」


「わ、わかってるよ」


「いいのよぉ、彼はあの周辺の村の地主だもの。家でお茶を啜っているだけでお金が入って———」


「暗君のような言い方は辞めたまえ…」


 イグリダが顔を顰めると、ペトラは誤魔化すように目を閉じた。


 さて、この村を訪れた理由は二つある。宿屋で夜を凌ぐことと、『力』の異能者を探すことだ。


 イグリダの天下統一は、絶対的な力の象徴である異能をすべて自身に継承させ、いかなる犯罪、反乱、横暴も鎮圧できる仕組みを作り上げることで完成する。


 まずは異能者に話をつけなければ。


「しかしこれだけ人がいると、異能者を探すのも一苦労だね…。多分大声で呼んでも気づかないし」


「異能者は大抵、村長の血族が継承する。おそらくあの家だよ」


 そう言ってイグリダは、広場の正面の家を指さした。


「村人はかなりの頻度で村長の家に集まるから、村の中央に家を置くことが多い」


「そういえば、『死神』の村もそうだったね」


「物知りねぇ」


「いや…物知りではない。村のことになると、何かと私の知識が役立つようだ」


 正直、物知りでもないのに褒められるのは後ろめたい。まるで二人を騙している気分だ。この二人に関しては、騙そうと思えば本当に騙されてしまいそうで尚更後ろめたい。


 イグリダが戸を叩くと、家からは老人と筋肉質の青年が現れた。筋肉質とは言ったものの、肉体はイグリダと同レベルだ。


「ん?うちは何もやってないぞい。そんな面白いものは…」


「私はイグリダという」


「は、はぁ、以後よろしく。というかうちは何もやってないぞい」


「そしてこの少年がアラスタ王子、彼女がペトラ、二人とも私の旅の仲間だ」


「よろしく。というか、うちは何もやってないぞい。村長宅とはいえただの家だし。旅人が見て喜ぶようなものなんて…」


「ワタシたちは『力』の異能者に会いに来た。合わせて欲しい」


 待ちかねたアラスタが口早にそう伝えると、村長は納得したように顔を輝かせ、隣の青年を見上げた。


「よかったなクェン、お前の異能を見物に来た旅人らしい。まさかお前に客が来るとは思わなんだ」


「…え、絶対違くない?なんか王子とか言っちゃってるけどこの人」


「王子がお前に目をつけるとはな。まぁ、見せてやりなさい」


「うーん…」


 クェンは口端を下げ、困ったようにイグリダを見た。


「とりあえず…中入る?」



 ※



「天下統一…って、要するに支配ってことでいいのかなぁ」


「支配というと聞こえが悪いが…似たようなものではある」


「まぁ、俺は特に今の生活困ってないから…異能を渡す意味もないなぁ」


 後頭部をぽりぽりと搔くと、クェンは眉を顰めた。


 ここは村長の家の居間で、木製の机と椅子が中央に置かれている。家具はタンスのみで飾りなどは特になく、台所との間には仕切りがない。客をもてなすことに特化している。


「もしイグリダ君がなんか企んでて、異能渡して取り返しのつかない事になったら、俺じいちゃんに怒られちゃうし」


「約束は出来ないか…」


「まぁ…そんなとこかなぁ。俺はいいんだけどさ、ほら、じいちゃんが…」


「村長は、村を大切に思っているのだね」


「村をここまで発展させられたのもじいちゃんのおかげだしなぁ」


 クェンは、村の中だけで生きてきた人間だ。王都で苦しんでいる孤児の話や、国の問題を話しても現実味がわかず、そのために村の象徴を手放したくはないのだろう。これからイグリダを見定めて欲しいと言われても、彼にとってはどこを見定めればいいのかわかるはずがない。


「…まあいいや。俺はよく分かんないけど、イグリダ君が活躍したらじいちゃんも納得してくれるよ」


「村長が認めれば、君も認めてくれるかな」


「まあ、多分」


「そうか、ありがとう」


 イグリダは苦笑し、椅子から立ち上がった。


「邪魔してすまない。君たちのお眼鏡に適うよう、努力するよ」


「おう、頑張って!」


 クェンは歯茎を見せて笑うと、イグリダに向けて親指を立てた。



 ※



 夜の村の広場はすっかり静まり返り、人影は一つも見当たらなくなってしまった。数少ない旅人は宿に泊まり、アラスタやペトラも寝静まった。


「ふぅ…」


 イグリダは深いため息をつくと、広場のベンチに腰掛けた。


 まだまだ旅は長い。悲願が達成されるのも後数年は先だろう。だがせめて、この世に君臨する盗賊王、魔王を地に伏せさせ、民の心を早く救いたい。異能者からの信頼はそれからゆっくり得ていこう。


 企みなど何一つない。イグリダはただ、誰にも悲しんで欲しくないだけなのだ。


「…見てるか」


 天を見上げ、イグリダはそう呟いた。


 直後、微かな足音をイグリダの耳が捉えた。


 駆けている。だが、その足は重い。何か大きな荷物を持つような、担ぐような…


 ————否、人を担いでいる。


「…ッ」


 できれば仲間達の協力を仰ぎたいところだが、王都で噂される人攫いが今ここに現れているのなら、逃すわけにはいかない。


 イグリダはベンチにかけていた槍を手に取り、姿勢を低くして駆け出した。


 おそらく相手に足音は聞こえてしまっている。だが、長年魔物狩りで鍛えてきたイグリダの身体能力に、人を担いだ人間が適応できるはずがない。


 やがて村を抜け、イグリダは森の開けた場所で人影を捉えた。


「その人を離すんだ」


 イグリダは諭すようにそう言った。


 担がれているのはクェンだ。異能者である以上ある程度は予想していたが、対抗できなかったようだ。どうやら彼は気絶しているらしい。


「もう一度言おう、その人を離すんだ」


「はっ、やなこった」


 人攫いは、鼻で笑ってイグリダを睨んだ。


「あいにく仕事でね。俺も引き下がれねえよ」


「…?君、どこかで…」


 言いかけて、イグリダはハッとした。


 バリバル、冒険者な風貌の傭兵だ。以前酒場で剣聖の話を聞かせてもらったことがある。装備は確か、ナイフだったはずだ。


「君のような武器で、槍に勝てるとは思えないがね。その仕事は諦めて欲しい」


「舐めてもらっちゃ困る。傭兵ってのは仕事に誇りを持ってるんでね、刀の話ごときで目をキラッキラさせてるような一般男性にビビって仕事をほっぽり出したりしねえ。覚悟しな」


 挑発され、イグリダの闘気にほんの少し火がついた。


 相手がひかない以上、こちらも戦わざるを得ない。バリバルはただの傭兵、『剣技』を習得したイグリダの敵ではないはずだ。


「剣技…」


 イグリダは槍の先端を後ろに向けるように構え、『凪刀なぎなた』の準備をした。


 だがイグリダが技を放つ直前、イグリダの顔に向かって、ナイフが凄まじい勢いで飛んできた。


「…なっ!?」


 危ういところでナイフを回避したイグリダは、目を見開いてバリバルを凝視した。


 バリバルが装備していたナイフは一つのみ。投げ物として扱うにはあまりにもリスクが大きい。今のようにイグリダに交わされれば後はなす術もなくなる。


 これはチャンスだ。


「『凪刀なぎなた』!」


 膨大な水が空を薙ぎ、バリバルに襲いかかった。


 イグリダの剣技は一文字斬りではあるが、水属性の剣技に、ものを斬る威力はない。水による打撃と呼ぶのがふさわしいだろう。


 だが、強い打撃は普通の人間には凄まじい威力を放つ。その上、剣技は魔法よりも消費魔力が多い。つまり、魔法よりも威力が高い。


「うおッ!?」


 予想だにしない攻撃に、バリバルはなす術もなく吹き飛ばされてしまった。


 バリバルの体は跳ねるように転がり、木に衝突して沈黙した。


「これが…剣技」


 イグリダが人に向けて剣技を放つのはこれが初めてだ。それゆえに、イグリダ自身への衝撃も大きい。


 この力は———魔力を操って放つこの力は、使い方を誤れば大きな災厄を生む。未完成の技でこうも簡単に人を傷つけられるからこそ、悲劇が生まれる。その事実に少しの苛立ちを感じ、イグリダは顔を硬らせていた。


(…落ち着け。その悲劇を生まないために、俺は旅をしている)


 そのために、この力を使う必要がある。力を制するには、力を使うしかないのだ。


「はっ!ははは!」


「…?何かな」


 急に笑い出したバリバルに、イグリダは警戒しながら近づいていった。


 この男に今武器と呼べるものは残っていない。愚かにも、ただ一つの武器は投げ捨てた。反撃の術は格闘術しかない。


「お前、まさか俺が今丸腰だと思ってんのか?だとしたら飛んだ間抜けだなぁ」


「間抜けではない。だが、奥の手があるのなら早く見せてもらいたいものだ」


 そう言いながらも、イグリダはバリバルのバックパックに集中していた。


 ナイフのように、バッグにくくりつけているわけではない。切り札の隠し武器が中に入っているということだろう。イグリダはより一層警戒を強め、槍を構えた。


「お前、意外とアホなんだな」


 直後、イグリダの左腕にナイフが刺さった。


(———ッ!?)


 凄まじい激痛だ。おそらく神経をやられた。


(何が起きた?バリバルは立ち上がっていない。新手か?)


 だが、周囲を見渡しても敵の姿は見えない。気配すらも感じられない。


「何が起きたか分からねえって顔だな」


 バリバルは立ち上がると、握りしめたロープを引いた。


「ロープの先っちょにナイフをくくりつけてんだ。ナイフ投げた時にロープに気づかなかったのは夜だからか?」


「…夜のせいにはできないな…」


 そう言いながら、イグリダは悔しげに顔を歪めた。


 自分自身、狩の腕には自信がある。暗闇でも問題なく魔物を仕留めることはできた。だが、ロープが見えないというとんでもない失態で、左手の機能は無力化された。この事態はイグリダなら避けられたはずだ。


「さあ、俺を倒してみな!」


 そう叫び、バリバルはナイフがついたロープを巧みに操り、攻撃し難い領域を作り出した。ペトラ相手にイグリダが槍を回したように、バリバルは侵入不可の領域で防御姿勢を取ったのだ。


 ゆっくり近づいて先端を槍に巻きつければ、対策は可能だ。だがバリバルがそれを許すはずがない。近づこうとすれば領域外でも攻撃してくるだろう。


 仮に範囲外から『凪刀』を撃ったとしても、すでに警戒されている技は簡単に避けられてしまう。


「悩んでる暇があるのか!」


 突如、視界の端からクェンが飛び出した。


「力で世界を変えるんだろ!」


 そう叫ぶと同時に、彼の突き出した拳から衝撃波が噴き出した。


 イグリダの剣技の何倍もの威力がある打撃。バリバルは再び木に叩きつけられ、そのまま意識を失った。


「クェン…?その技は?」


「『力』の異能だよ。俺の負の感情が強いほど、強いパンチが出せるんだ」


「衝撃波が出るほど強い負の感情…君は私が思っていたよりも複雑な心を持っているようだね」


「いや」


 クェンは若干怒ったような顔をしていた。


「イグリダ君がもたもたしてるからさぁ、ちょっとイラついただけ」


「ふむ…なるほど。すまない」


 正直、クェンがこれほどの力を持っているとは思わなかった。昼に攫われていれば、間違いなく自力で逃げ出せただろう。


「イグリダ君は力強さで国の人たちを安心させるって言っただろ。それならもっと胸はって、堂々と悪をやっつけなきゃ。さっきみたいに必死で作戦考えてるのって、あんま安心できないかなぁ」


「堂々と…」


「そういうのがダメなんだって。なんていうかなぁ」


 考え込んでしまったイグリダに、クェンは眉を顰めた。


「ま、いいか。強くなれば勝手に自信つくだろうし」


「ふっ、君は強いのだね」


「なんといっても、俺は村の異能者、守護者だ。自信満々でいれば、みんな安心できる。俺が異能者になってからは、盗賊だって立ち入りできてない」


「…それはすごいな」


 盗賊団は相当な実力を持っている。それらを寄せ付けないとなると、よほど堂々としているか、圧倒的な実力があるのだろう。


「イグリダ君、責任に押し潰されちゃダメだよ」


 クェンは真剣な眼差しでイグリダを見つめた。


「君にこれから向けられるみんなの目は、俺なんかよりもずっと期待が込められていると思うんだ。そして君がやろうとしてることは、とても人間には耐えられないこと。それでもその道を歩むなら、俺よりも堂々と、俺よりももっとみんなを思って、俺よりももっと強くならなくちゃいけない」


「…ありがとう。君に心配をかけてしまっているようだね」


「そりゃ心配だよ。君にはとてもできそうにないからさぁ」


 クェンに悪気はないだろう。それに、彼の言っていることは自分が一番わかっている。全ての悪を蹴散らし、力で世界を支配する。それは世界の現状を考えて現実的ではない。


 本来、今のイグリダが自信を持って言えるほど簡単な目標ではないのだ。


「できるはずのない目標を、実力の伴わない状態で語った。そう言われても仕方がないほど、俺は弱い」


「まぁ、そうなるなぁ」


「だが、超えるさ」


 傲慢で言っているのではない。


 確かにイグリダにはまだ圧倒的な力はない。だが、成せばならない。イグリダがここで世界を変えなければ、多くの不幸が起きる。


「イグリダ君って、思ってた以上に熱血系なんだなぁ」


 そう呟き、クェンは微笑んだ。

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