第十五話 闇の参謀
魔王軍の三人とクレスの戦いは未だ互角を保っている。広範囲を対象として自在に放たれるクレス専用の雷魔法が、ベルフスたちの分体を適切に対処しているのだ。圧倒的な制圧力である。
「このままいけばベルフスは始末できるか…?」
ただ、やはり懸念すべきはタラサだろう。他二人の魔法は防御魔法で簡単に防げるが、あの拳のスピードで防御魔法を破られるのはかなり厳しい。少しのミスで負ける可能性がある。
「あれは…」
次々と剛王機を倒しているグランとセンを見て、イバナは眉を顰めた。
グランが使っているのはおそらく『無我の境地』だ。まさか敵側に使える人間がいたとは。
しかし、どうやらシカナはイメルとの一騎打ちを所望しているようだ。グランが加勢すればイメルもすぐにやられるはずだが、これは都合がいい。
「剛王機の数が足りないな。私を出すか?」
「いや、お前は切り札だ。まだ出すつもりはない」
オリジンの問いにイバナは首を振った。
幸いエフティも乱入してくれた。イグリダ側はしばらく決着がつくことはないだろう。あとはクレスがベルフスを倒しさえすれば、状況は大きく変わる。
「頼むぞ」
イバナは、激戦を繰り広げるクレスを見下ろした。
※
「『イヴィルストーム』!」
「『プラズマ』!」
「『ケラウノス』!」
二つの中級魔法とぶつかり合い、広範囲魔法『ケラウノス』は消滅した。
だが、同時にベルフスの分体も焼き払われた。
「ふっ!」
魔法が放たれた直後を狙い、タラサの拳がモーストの顔面を狙った。
すかさず手で防いだモーストは、肘の辺りまで広がった骨の亀裂に顔を顰めた。
「畳み掛けるのだ!」
「『プラズマ』!」
「『連打』!」
姿勢を崩したモーストに魔法と拳が襲いかかったが、モーストは床に向かって手を広げた。
「『英雄王の剣』!」
「「!?」」
モーストが魔法を唱えた直後、彼の周囲を回転するように雷が舞い、タラサの分体が全て消滅した。
そして雷はやがてモーストの手元に収束し、巨大な魔力の棍棒へと姿を変えた。
「その技…貴様」
「『ケラウノス』の時点で気づくべきだったな、魔王」
モーストは仮面をとり、その素顔を明かした。
「我が名はクレス、英雄王ゼウスの息子だ」
「クレス…って、あのクレスじゃないですか」
キャナの言葉にベルフスは頷いた。
英雄ゼウスの子クレス、その名はアルディーヴァにも広く知られている。
何せ、彼は魔導兵団の団長なのだ。親から継いだ三つの技で、敵を力で圧倒すると聞いている。
汎用魔法『ケラウノス』は、雷の槍を無数に生成し、網状に飛ばす広範囲攻撃だ。一つ一つの威力は中級魔法に匹敵し、連続攻撃であるため防御魔法で防ぐのも難しい。
武装式の強化魔法『英雄王の剣』は、雷で自在に武器を作り出すことができる。そしてその威力は、本人の魔力量に依存する。
そして奥義『王雷』。ベルフスの『王雷・獄』とは違う、超強力なレーザー型魔力攻撃だ。『インフェルノ』ほどの範囲を持ち、如何なる防御も貫通する威力を持つ。威力だけならイグリダの『覇色の剣光』に匹敵するだろう。
「魔力といえど実態化したものは私の拳で破壊できます」
「あなたらしくもないですよタラサ!分体ないんだから感電するでしょ!」
「……失礼しました」
分体を失ったタラサではクレスに太刀打ちできない。ここは引いてもらう他ないだろう。
「撤退命令だ、タラサ。あとは我輩がやる」
「承知しました。どうかご武運を」
そう言い残し、タラサは『ワープ』で姿を消した。
「足手まといは消えた。ここからが本当の戦いだ」
ベルフスは大剣を抜刀し、腰をかがめて突進した。
生成された雷の棍棒は、おそらく中級魔法を弾く。こちらは剣で堅実に攻めていく他ないだろう。
(ぬぅ…とてつもない力だ…)
振り下ろされた棍棒を強引に押し上げ、ベルフスは距離を詰めた。
魔導兵団長のクレスといえば、凄まじい怪力で有名だ。油断すれば粉々にされるか、押しつぶされる。
もう一度振り下ろされた棍棒と大剣をぶつけ、二人は睨み合った。
「分体は出さないのか、魔王?」
「本体のみで十分よ…!」
互いに飛び下がり、ベルフスは再び突進、クレスは『ケラウノス』を放った。
ベルフスは、右から薙ぎ払われた棍棒を全体重をかけて押し戻し、刹那のうちに振り下ろされた二連打を適切に受け流し、距離を詰めていく。
「甘い…『テンペスト』!」
風属性の中級魔法だ。鎧の重みがあるとはいえ、一時的に突き進むことが不可能になってしまった。
(どう近づけば…)
「パパ!」
気づけば、キャナが後ろから『テンペスト』を放ってくれている。おかげで何とか前に進めそうだ。
「『闇魔纏』!」
ベルフスは闇を纏い、斬撃の威力を上昇させた。これで棍棒を斬ることができる。
クレスは嘲るように口角を上げた。
「小細工か!」
「ぬんッ!」
力強く振られた大剣は、棍棒を真っ二つに切った。
(これで…)
強大な武器を失ったクレスは、魔法しか使えなくなる。ようやく勝機が見えてきた。
だが、直後にベルフスは横から強打を受けた。
「が…!」
キャナの結界にはじき返され、ベルフスは『闇魔纏』を解いた。
「ぬぅ…それほど早く再生できるとは…」
「フン、それにその魔纏は目が見えなくなる。調査済みだ」
イグリダとの戦いでは、敵の気があまりにも大きすぎたため、目が見えずともある程度は戦えた。しかしクレス相手では魔纏は役に立たなそうだ。
それでも、今の一瞬で敵の注意に隙が出来た。
「『インフェルノ』———ッッッ!!!」
ベルフスは大きく手のひらを広げ、クレスに向かって叫んだ。
その手のひらから魔法が放たれることはない。
「———っ!」
あらかじめ後ろに仕掛けておいた分体による攻撃だ。手のひらを開いて大袈裟に叫んでみせたのはフェイクである。
「『シールドオーラ』!」
クレスが後ろに防御魔法を張っているうちに、ベルフスはクレスを包囲するように分体を展開した。
「『王雷・獄』———ッッッ!!!」
「えっ!?」
キャナは慌ててベルフスの背後に飛び乗り、範囲外に逃れた。
直後、無数の雷がクレスに降り注いだ。鋭利な雷の塊が、幾度も床を叩きつける音が響き渡る。
「パパ!あいつがいません!」
「何…?」
見れば、クレスらしき人物は結界内に見当たらなかった。
(『ワープ』で逃げたか…まあ良い)
しばらく戻ってくることはないだろう。撃退成功だ。
魔導兵団長のクレスがモーストに入っているとは思わなかったが、これはかなり大きな情報だ。一度グレモル王と今後について話し合ってみるのも良いかもしれない。
「さて、我輩はイグリダの加勢に———」
呟かれたベルフスの声は、極太の稲妻によってかき消された。
※
衝撃波と瓦礫が飛び交い、イグリダたちは一時的に戦いを中断した。
「何だよこれ!」
「分からないが、誰かの大技だろう」
ベルフスの『王雷・獄』か、アラスタの『王雷』…もしくは、敵側が『灼熱の氷槍』以上の威力を持つ技を使ったのか。今ここで予想していても仕方がない。
エフティは降り注ぐ瓦礫を異能で吹き飛ばし、イグリダに突進した。
「く——!『鳳凰剣』———ッッッ!!!」
暴風を起こしてエフティを遠ざけたあと、イグリダは比較的瓦礫の少ない場所に避難した。
この戦いは三つ巴だ。エフティの攻撃を躱せばバリバルのナイフに襲われる。どちらかを無力化しなければならない。
「『光闇魔纏』!」
「気をつけろエフティ!イグリダのあれは規格外のスピードだ!」
その言葉を聞き、イグリダは足を止めた。
どうやらこの戦いは、思っていたよりも複雑らしい。イグリダもエフティも敵二人を倒そうと考えているが、バリバルの敵はイグリダのみということだ。エフティを倒そうとは考えていないらしい。
(モーストの作戦か…?)
だが、エフティの能力は脅威以外の何ものでもない。モーストの邪魔にならないはずがないのだ。つまり、バリバルが自分の判断で勝手に見逃していることになる。
やはりバリバルもこの戦いは不本意のようだ。
「ぶっ飛べ!」
「———ッ!」
バリバルの剣技で吹き飛ばされたエフティは、転げ回るように受け身を取った。
二人の戦いの勢いは衰えない。この状態で話し合いをすることは不可能だ。それにエフティはイグリダに対して、すでにどうしようもない敵意を抱いている。価値観を変えることはできないだろう。
悔しいことだが、『光闇魔纏』で牽制しつつ二人のうちどちらかが倒れるのを待つしかなさそうだ。
そう考えていると、正面に人影が見えた。
ゴンドラで降りていく時に見えた、黒髪の青年だ。
「遅い…」
不意に、エフティに闇が襲いかかった。
「あっ!?」
「エフティ!」
闇に包まれて身動きが取れなくなったエフティを見て、バリバルは悔しげに正面の男を睨んだ。
「イバナ…ここは俺の仕事場だろうが…!降りてくるんじゃねえよ!」
「生憎もう軍師は必要ない。これからは戦闘員としてお前らを排除する」
男は仮面を外し、イグリダとバリバルを見下ろした。
「必要ない…?どういうことかな」
「クレスに、遠距離からの『王雷』でベルフスを始末させた。キャナ一人に遅れをとることはないだろう。イメルもシカナに倒されることは考えにくい。グランは強力な強化技で体力を消耗して無力化、センはその面倒を見ている。仮にイレギュラーがあったとしても、モーストの幹部で対応できないものなら軍師はどちらにしろ役に立たない」
「トーアを足止めしているのはギアだけだ。彼はもうすぐここへ来るぞ」
「それも問題ない。こちらにとっても想定外だが、地上に援軍が来た。トーアはここへは来ない」
どうりで淡々としているわけだ。もしイバナが言った通りの現状なら、モーストが負けることは考えにくい。
「バリバルは仲間なのだろう」
「そうだよ。仲間じゃねえか俺たち」
「白々しいな…俺はエフティを殺せと言ったはずだろ。命令に背いた時点で何らかの計画があると見た。俺は不確定要素が大嫌いなんだ」
イバナはこちらに歩いてくる。一刻も早くこの状況を打開しなければ。
第一に、エフティは闇の魔力に囚われていて、コンタクトが取れない。このままでは助けるにも殺すにも判断ができない。
そして、バリバルは味方ではない。エフティのことは庇っていたようだが、イグリダのことは明らかに殺そうとしていた。だが、もし仲間になってくれるなら万々歳だ。
「バリバル、エフティの闇を切れるか」
「切れるけどよ…今開けちまったら、俺らのこと殺そうとするんじゃねえのか…?」
「おそらく大丈夫だ。頼む」
渋々闇をこじ開けるバリバルを、イバナは睨んだ。
「斬れることを知っていたか。闇の性質をどこで知った?」
「さあな」
「スパイか何かか…やれやれ、後でオリジンを問い詰める必要がありそうだ…!」
再び放たれた闇をイグリダが打ち消し、バリバルはエフティを助け出した。
センの話によれば、モーストの闇に閉じ込められた人間は———
「あ…ぁ…、い、や……ぁ」
「おい!エフティ!しっかりしろ!」
一時的に強い恐怖に支配される。この状態で異能を行使することはないだろう。
「バリバル!エフティを連れて出口へ!」
「クソっ!」
バリバルはエフティを背負うと、一目散に逃げて行った。
「…ちっ、『星』を逃したか…。まあいい、まずはお前だ」
「俺は君に感謝している。やはり俺には、一対一が妙にしっくりくるのだ」
イグリダは口角を上げて見せると、魔力を高めた。
「『炎氷魔纏』!」




