第十四話 オートモード
「あーあ、今日は何もねーや…ツイてねー」
疲れたようにどっと座り込み、グランは天を仰いだ。
「お前は?アグラ」
「ない。お腹減ったー」
「あーあ」
グランは路地裏の壁に寄りかかっている浮浪者たちを見ながら舌打ちした。
何人かは食料を貪っている。今日の勝者たちだ。
この世界の住民は、相手のことなど気にも留めない。幸運なことにグランのような童は少しの食料で生きていけるため、ある程度余裕を持って生活している。しかし大体の人間は今日生きるので精一杯だ。体も痩せ細り、足も震えている。
皮膚を痛そうに掴んでいる者もいる。
「ねえ」
ふと顔を上げると、不貞腐れたような顔の少年がいた。
「えーと…エンド」
「違うよシカナだよ。あの変な子と一緒にしないでよ」
「お前もヘンジンじゃん」
「へー、じゃあこれ全部シカナが食べるね」
シカナの手には、三つのパンが握られていた。
「え!どこでそれを!」
アグラがシカナに掴みかかった。
「お爺さんからもらった。あげる」
「やった!」
「なー、俺のは?」
「シカナが食べる」
「ちょ…ごめんって」
揉めながらパンに手を伸ばすと、正面から老人が歩いてきた。
「シカナ、友達にパンは渡せたのか」
「あ、さっきのお爺さん。グラン、シカナのことヘンジンって言ったからあげない」
「ふむ…お主らか」
老人は鋭い眼差しをグランに向けた。
「友人を変人扱いするものではない。するならわしのような老ぼれにするがいい」
「じゃあヘンジンさん、パンくれ」
「しかし、お主だけ随分生意気だな…親はどうした?」
「いないからこんなとこに居るんだろ」
「やれやれ…王都がこうも腐っておるとはな」
どうやらこの男はそこらの貧しい人間とは違うらしい。物心ついた時からこの場所で生活していたグランのセンサーがそう言っている。
「誰だ爺さん」
「センと呼べ。お主ら…いつもゴミを漁っておるのか?」
「まあね」
「そうか…それではいつ死ぬか分からんな」
すかさず舌打ちが入り、センは眉を顰めた。
「どうした、少年?」
「俺らが死ぬような弱ぇーやつに見えんのかよ」
「やり方を間違えていると言うておるのだ。生きていくための力は十分にある。でなければこの年まで幼児が生きて来れるはずがあるまい」
知ったような口を聞くセンに苛立ちが募り、グランはもう一度舌打ちをした。
「はっきり言えよ」
「わしが盗みのやり方を教えてやる」
盗みのやり方、つまりグランたちに犯罪の技術を教えると言うことだ。
この男、どうやら後先を全く考えないタイプの人間らしい。人のものを盗んだら魔導兵団に捕まることくらい、グランどころかアグラでも分かる。
「断る」
「シカナも捕まりたくない」
「じゃあオレも」
三人とも反対している。これでこの老人は大人しく帰るだろう。
だが、センは諦めていない。
「お主らは捕まらない。わしが教えるのはバレない盗み方だ。これから大きくなるお主らにとって、大量の栄養素は必要不可欠。このままでは死ぬぞ」
センは言った。
「それに、魔法使いが来ても戦える術を教えてやろう」
※
内部の剛王機は外ほど多くないが、それでもグランの手に余る量だ。センほど正確な斬撃を行えないグランにとって、剛王機の関節部分を斬るのは難しい。
シカナも苦戦しているようだ。
「お主らは魔法使いを倒せ!」
「了解!」
「わぁった…!」
シカナは槍で峰打ちをし、凄まじい速度で敵を気絶させていく。
一方で、グランは氷の剣技を放った。
常識的に考えて、魔法使いに大して氷の拘束は無力だ。ベルフスのように手以外の皮膚から魔法を放つことは至難の業だが、氷の拘束は『ファイア』でも対応できてしまう。
それを踏まえて、グランは一つの剣技を編み出した。
「…『氷炙り』!」
グランが放った剣技は複数の敵をまとめて氷漬けにした。
剣技『氷炙り』は、相手を氷で閉じ込め、その中に水を入れただけのシンプルな剣技だ。相手は炎を水でかき消されながら溺れることになる。しばらくして解放してやれば大丈夫だろう。
もちろん、グランには適切なタイミングなど分からないが。
「殺すなよグラン」
「あー…分からねえ」
「おい…」
呆れたようにシカナが呟くと、不意に頭上を闇の幕が覆った。
「回避だ!」
センの指示で二人は飛び下がり、目の前の敵を見据えた。
モーストの幹部だ。
「どうも、御三方の相手は僕が引き受けますよ」
モーストはそう言うと、シカナの手を見つめた。
「は?なぜあなたがそれを?」
「…なんだ?」
「…その武器をどこで手に入れた!それは白竜族のものだ!」
「…お前、イメルか」
シカナは歯軋りした。
「師匠、グラン、あいつは俺に任せてくれないか」
「…ああ?なんで———」
「任せた」
センの許可が降りるとともに、シカナはイメルに飛びかかった。
「おい!」
「あれは彼ら白竜族の戦いだ。わしらの出る幕はない」
言われてグランは顔を顰めた。
シカナは白竜族だ。前までグランが振っていた槍も、白竜槍と呼ばれる白竜族の武器だ。
グランは白竜族に何があったのか何も知らない。だが、幼少期にセンはシカナの相談を受けている。事情は知っていそうだ。事情を知っているのなら黙って言うことを聞いておいたほうがいい。
「見ろ」
センの指示通り剛王機を見ると、先ほどよりも魔力が高まっているように見える。魔法使いたちは床に転がっているため、グランも剛王機と戦わなければならない。
どうしたものか。
「何もしなくても良いのだぞ」
「…流石に気が引けるぜ」
一応手段はある。ただ、グランはそれを使いたくはない。もしそれを使えば、センの意思に身を委ねることになるからだ。
センは小さくため息を吐くと、グランを一瞥して剛王機に斬りかかった。
※
幾度も盗みを働き、少年たちの純粋な心はとっくに消えていた。
物を盗めば生まれた罪悪感は、食糧を得たことへの満足感に変わっている。盗賊として、その基盤は7歳にしてとっくに出来上がってしまったのだ。
だが、戦士はグランただ一人だ。
「お主らが弱いのではない。グランが天才なのだ」
今日も剣技を出せずに落ち込むアグラ、シカナ、エンドを宥めながら、センは満足気に頷いた。
「グラン、お主は素晴らしい。いずれ『無我の境地』も習得するだろう」
「どーも」
グランはくちゃくちゃと音を立てて盗んだ果物を頬張っていた。
7歳の少年がすでに中級魔法に匹敵する剣技を扱える、この事実はクアランド王都に震撼をもたらすだろう。魔法使いでもないただの少年が、そこらの魔導兵より強い魔力攻撃を持っているのだから。
幸い、生活に使える汎用魔法の代わりとなる剣技は存在しない。仮に剣士が今後育成されたとしても、まだ差別は続くだろう。
グランはこの国を変えなければならない。
「なあジジイ」
「どうした」
「この国の王様ぶっ殺せば、差別ってなくなる?」
センは息を呑んだ。
「復讐か?」
「そんなとこだ」
「やはりお主はわしが見込んだ通りの男だ」
そういえば、センはある人物に復讐したいと言っていた。グランに対してある種のの親しみを覚えたのだろう。グランとしては気持ちが悪くて仕方がない。
「復讐を遂げるのだ、グラン。きっと世界はお主を認めてくれる」
「魔法使いにもか?」
「差別とは、劣等感等の感情から、自身より弱いものに向けるものだ。お主が魔法使いより強くなれば良い」
「強く…」
「そうだ」
センは言った。
「強くなれば、世界を変えられる。力こそが世界のルールなのだ。力は人を従わせることも出来れば、魅了することも出来る。何をするにも、まずは力を手に入れてからだ」
それから数日が経ち、グランは少しずつ剣技の練習時間を減らしていった。
センのあの顔が忘れられなかった。
(力で全部解決するなんて、魔法使いたちと同じだ)
こちらの言い分や事情など少しも考慮してくれない。それが力だ。
それでも、グランは復讐心を燃やしていた。誰のために国を変えるなどと、大義を掲げているわけではない。ただ、自分を汚い道に追い込んだこの国を、個人的に憎んでいた。
センの前で力を振るいたくない。もし振るえば、きっとグランは力の行使を正当化できなくなる。
そんな時だ。
「グラン、いつもの店潰れてる」
「…あ?」
シカナに連れられて、ターゲットのうちの一つである穀物店に向かった。
そこにあったのは、餓死した女の死体だった。
「…きっと、シカナたちが盗んだから…」
「…」
シカナは罪悪感に苛まれている。自分たちがものを盗んだから、生活できなくなったのだと考えているのだろう。グランの予想も大体同じだ。
だが、罪悪感はなかった。
「どうした」
エンドに呼ばれてやってきたセンは、潰れた店を見てため息をついた。
「資産を調節して盗んでいたのだ。おそらくわしらの行いを見て、他の浮浪者が真似をしたのだろう。仕方あるまい」
「なあジジイ」
「む?」
「中に赤ん坊が二人いるぞ」
「そうか」
センはどうでも良さそうに頷くと、踵を返した。
「あ、そうだ。出来損ないの俺たちなんかより、この赤ん坊どもを育てたらどうだ?」
にやにやと笑みを浮かべながら放たれたグランの言葉に、センは硬直した。
「きっとそれがいいぜ。どうせ浮浪児の俺たちが成長したところで、安定した環境なんて手に入らない。このガキどもをジジイの屋敷で安全に完璧に育てれば———」
「馬鹿を言うな。せっかくお主を鍛えたのだ。ここで放棄するはずがあるまい」
「俺は生きる術をテメエから学んだ。テメエが勝てねえようなバケモン相手にして生き残れるわけねえだろ。俺は生きるぜ」
「なるほど、わしから逃げる術を探っていたのだな。ふざけたことを…」
呆れたように呟いてはいるが、センにもうこれ以上手はない。グランの言う通り、この赤子を育てる他ない。
翌日、センは王都から消えていた。
アグラもシカナも、グランを責めるようなことはしなかった。それは、グランさえいれば生きていけると思ったからだろう。
グランはエンドを誘うと、王都を後にした。
あの街で、グランは苛立ちを感じていた。道ゆく魔法使いたちは皆当然のように幸せそうで、明日自分が死ぬなどと考えたことは一度もないのだろう。そう考えると無性に腹がたった。
これからは王都外で旅人でも襲おうか。
「いつか、この国の王をぶっ殺す…」
その日まで、グランは研鑽を続けることにした。
※
センと別れたあの日から、グランはまともに進化できていない。剣技もせいぜい数種類で、戦意解放力はとっくに限界まで引き出せていた。
残るはあの力のみだ。
(使えば、剛王機の関節切れるのか…?)
だとすれば、どう指令を出せばいいのだろう。
「ああああ!頭が足りねえ!」
「やかましい。それと、何とか剛王機を斬れないか」
「うっせえ!」
考えていても仕方がない。ここはノリと勢いで突破しよう。
「『無我の境地』!」
叫ぶと同時に、グランは精神を限界まで集中させた。
「“剛王機軍の四肢をぶった斬る”!」
直後、目の前の剛王機の四肢が宙を舞った。
奥義『無我の境地』は、集中力を高めることで編み出された究極の強化技だ。一つ自分の体に指令を出すことで発動できる。
『無我の境地』を止めるまで、本人は指令以外の行動を行えなくなる代わりに、全能力を以って指令を達成することに注力する。
そして術を解除した途端、息切れと疲労に襲われる。そのため一度に二回『無我の境地』を使用すれば、呼吸困難か、最悪の場合死に至る。何とも使いづらい技である。
「…既に習得していたとはな」
暴れ回るグランを眺めながら、センは苦笑した。




