第十一話 鈍色の封剣士
激しい金属音が森中に響き渡る。
だが、それは等しい力による打ちつけ合いなどではない。一方的に行われる攻撃を、片方が受け流し続ける音だ。
異次元のスピードを手に入れたレオは、ザンの攻撃を受け流せる。だが、極限まで予備動作を消したザンの攻撃の中を掻い潜って懐に潜り込むのは容易ではない。
刀を弾いても、ザンはすぐに体勢を立て直す。この状況が永遠に続けば、そのうちセンが帰ってきてしまう。
更なるスピードが必要だ。もっとザンを圧倒できるほどの、凄まじいスピードが。
「うおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
目の前の敵に集中するのだ。ただ、相手よりも先に動けばいい。相手よりも先に動くという行動自体が、自分のスピードを高めるのだ。
レオの戦意はまだ完全ではない。歴代のベルセルクはもっと上手くやってきた。十人分の戦意は、単純に考えればこの程度ではないはずだ。
もっと圧倒できる。
「…ふむ」
レオの詰めかたを見て、ザンはわずかに眉を顰めた。
明らかに前より速くなっている。空気中に放出された戦意も、どこか濃度が高くなったように見える。
「『嶄岩斬』———ッッッ!!!」
瞬時にして間合いを詰めてきたレオは、刀ほどの長さしかない剣技を放った。
『嶄岩斬』はリーチが短いが、当てた部分から大きな岩柱が生えてくるというトリッキーな技だ。他の剣技のように発射する技ではないため、発生速度は刀を振る速度と同等である。
ザンは攻撃を躱したが、すでに再度剣技が放たれた後だった。
「『嶄岩斬』———ッッッ!!!」
「…っ!」
ザンの刀に剣技が直撃し、現れた岩柱によって弾かれ、刀は数メートル先に飛んでいった。
チャンスだ。
「『岩薙』———ッッッ!!!」
「『ブリザード』!」
空中で剣技と魔法が衝突し、互いに破裂した。
「『アトラクト』!」
それでも、ザンが魔法を使うと、飛んでいったはずの刀がザンの手元に飛んできた。
魔法とは厄介だ。剣士としての隙を十二分に埋めてくれる。武器を奪っても特に効果はなさそうだ。
だが、レオのスピードは着実に上昇している。一撃一撃を繰り返すごとにザンとの差をどんどん縮めている。
「『岩薙』———ッッッ!!!」
「『電光雷轟』!」
剣技を破壊されようと、レオの前身は止まらない。すでにスピードは、ザンの斬撃の動きを完全に見切れるようになっているほどだった。
攻撃を見切り、受け流し、更なる反撃も見切り、受け流し、レオの刀はすでにザンの首の目の前に来ていた。
そして刀が首に触れた瞬間…
「『ブリザード』」
ザンの首から大量の氷が溢れ出し、レオは刀ごと数メートル先に吹き飛ばされた。
「思っていたよりやるようだ、レオ」
「ああ、俺も燻ってたわけじゃないからな」
「これは本気でいくしかないのさ」
本気でいく。その言葉を聞いて、レオは戦慄した。
そうだ。まだザンは本気ではない。この男には『無我の境地』と言う切り札がある。今ですら厳しい中、それを使われればどうしようもなくなる。
(いや…大丈夫だ…)
すでに攻撃は見切れる段階に入っている。この状態ならどんな技がきても対応できる。
やがて、ザンは羽織っていたコートを脱ぎ捨て、納刀していた刀を引き抜いた。
「“殺す”」
気づけば、レオの片腕が宙を舞っていた。
「…………は」
まずい。次の攻撃が来る。
「『電光雷轟』」
「『石礫』———ッッッ!!!」
剣技を放ち、レオは慌てて飛び下がった。
(何が起きた?腕を斬られたのか…?)
奴が殺すと言った直後にはすでに肘から先が飛んでいた。そう思ったが、それは甘えだ。今のレオの戦意で見切れない技などない。レオの目には確かに映っていた。
ただ、動けなかった。
魔力的に動きを封じられたとは思えない。であれば、警戒しすぎてわずかに思考が揺らいだか。
違う。ザンの動きがあまりにも奇妙だったのだ。
(動きが見えるなら、読まれない動きをするってのかよ…!)
ザンの行動はいつも的確だ。だが、これほどではなかった。
「『紫電一閃』」
「『岩薙』———ッッッ!!!」
剣技を受け流し、ザンのもとへ駆けようと踏み込むと、すでに目の前にザンがいた。
「なん…!」
言い終わる前に、今度は二の腕から先を斬られた。
悲鳴をあげている暇はない。たった今、ほんの一瞬の動揺で攻撃をもらったばかりだ。少しでも動きを止めれば死ぬ。
攻撃はどんどん急所に近づいている。次に攻撃をもらえば脇に命中するだろう。そしてそのまま心臓へとたどり着く。
(はっ、だから何だ…腕が短くなってるなら次の攻撃は空振りだろ)
ザンは「殺す」と言った。であれば、周りくどいやり方をせずとも一撃で殺しにかかるはずだ。それができていないということは、レオが攻撃を防げているという事になる。
勝負はまだ終わっていない。
「…こっから…!」
戦意が高まり、レオの体は特濃の赤で埋め尽くされた。
「ぶっ殺す!!!!!!」
叫び、レオは走り出した。
ザンの剣技を弾き、弾き、どんどん距離を縮めていく。浅い切り傷が増えていくが、動きに支障はない。
攻め対攻めの戦闘形式の場合、勝者はより多く攻めた者だ。攻撃回数が多ければ、それだけ勝率が上がる。
斬って、弾き、斬って、斬れ。動きの精度は相手の方が上でも、スピードは明らかにレオが勝っている。ただ斬る回数を増やせ。
傷はどんどん深くなっていく。溢れ出る血の量もどんどん増えていく。レオの単調な攻撃が読まれるようになってしまった。
だが、致命傷以外は無傷と言ってもいい。それだけレオは動けている。
それだけ、勝利が目前にある。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!」
右からの攻撃を弾き、左からの再攻撃を今一度弾き、そして———
「闇よ」
視界は瞬時に暗転した。
※
「はぁ…はぁ…」
『無我の境地』の効果時間が切れたザンは、息を切らしながら目の前の黒い塊を眺めていた。
とりあえずレオを封じ込めるところまでは持っていけた。しばらく『無我の境地』は使えないが、身動きが取れない相手を殺すのは容易だろう。
「…君に恨みはないんだけどね」
モーストの今後を考えれば、レオは脅威になり得る。今のうちに始末しておくべきだろう。
「さようなら、レオ・ベルセルク」
そう言い、ザンは刀を薙いだ。
直後、金属音が響いた。
よく見た刀だ。その使い手を見て、ザンは顔を顰めた。
「…思っていたよりも帰宅が早かったみたいなのさ」
「…ああ、貴様に会いたくて仕方がなかったからな……!」
奥歯のない歯で歯軋りしながら、センはニンマリと笑った。
「会いたくて会いたくて、この数十年貴様のことを一時でも忘れたことはない!」
そう叫び、センは刀を振り下ろした。
黒の刀、傭兵の仕事を始めた初日にロザがくれた傑作だ。
「はあ…はあ…、セン…」
センを追って走ってきたペトラは、二人から数十メートル離れた場所から戦いを眺めていた。
二人は互角だ。ザンが魔法を使っていようとも、センにはそれを切るだけの技術がある。そして二人の斬撃の正確さは同等であるため、一方の刀が折れることはない。
ペトラには、彼が何者なのかわからない。センと楽しい一日を過ごした後、帰ってきてみればこれだ。鬼の形相で刀を振るうセンを見て、ペトラは不安のようなものを感じていた。
あれほど歪んだセンの顔は見たことがない。ペトラの前では、いつでも澄まし顔だった。
「何があったの…?」
胸元で祈るように手を握り、ペトラは戦いを見続けた。
引き続き始まった攻め対攻めの戦いは、一度の振りかぶりで刀を五度打ち合うほどの凄まじい速度で行われた。互いに一歩も引かず、常に相手の攻撃を弾いてはその隙に刀を振るという、真正面からのぶつかり合いだ。
二度、三度刀を打ち付けようと、刀は少しも刷り得ることがない。それだけ二人の斬撃が正確と言える。
連撃を終え、二人は刀をぶつけると睨み合った。
「進歩したようだね、セン」
「上から物を言うか、屑が…!」
「君が僕より下だったのは事実なのさ」
「ならば何故わしの妻を殺した!」
センは叫んだ。
「何故ロザを殺したぁッ!ザンッ!」
感情に任せて振りかぶったセンの刀を、ザンは激しく弾いた。
「剣士が名を馳せれば、魔法使いの居場所が消える。僕はそれを憂いたのさ…!」
「何だと…!」
「魔法使いを使えない者が差別されるクアランドの現状は、魔法使いにとって非常に有利な環境さ!君が剣士を育成し、魔法使いの地位が脅かされれば、きっと幾人かの魔法使いが職を失うことになるだろう!」
刀をぶつけ合い、ザンは叫んだ。
「人類の中で優れた人間と劣った人間を区別するのは、世界を構成する上で必要不可欠さ!優れた人間が劣った人間を見下し、優越感を得て、能力を高め、世界を作るのさ!そのためにロザは排除すべきだったのさ!」
「……っ!何故そこまで利己的なのだ!ロザは貴様の友でもあったはずだろう!?」
「友だからどうしたと?」
ザンは刀を振った。
「友なら、邪魔者でも野放しにしておけとでも言うのかい!」
「『岩薙』———ッッッ!!!」
剣技を放ち、センは刀を振りかぶった。
剣技を切り刻まれ、再び二人は刀を何度も打ちつけあった。
だが、僅かにザンの方が早い。やはり何十年と経っても、二人の剣の差は埋まらなかった。
「『紫電一閃』!」
「『石礫』———ッッッ!!!」
剣技が衝突し、近接で刀を打ち付け合い、再び刀を打ち付け合い、気づけばセンの刀は欠けていた。
「あ…セン…!」
「うおおおああああああああああ!!!!!」
センを呼ぶペトラの声をかき消すように、センは叫んだ。
どんどんと冷静さを欠いている。このままではセンは負ける。
「『電光雷轟』!」
「ああああああああああああああああ!!!!!」
刀をぶつけ合い、センの刀は吹き飛んだ。
剣技が砕け、雷の一閃がセンに襲いかかった。
「しまっ———」
センの目の前で雷が口を開いたその瞬間…
「“守る”!」
金属音が響き渡った。
センは目を見開いた。鬼のように剣を振るセンを見ても、ペトラはセンを守ってくれたのだ。
「はぁ…はぁ…、何かしらぁ…すごく疲れたわぁ」
ペトラは息を切らしながらそう言った。
「セン…私には何が何だか分からないけれど…、私はいつでもそばにいるわぁ」
「…ペトラ」
「はぁ…はぁ…、だから…そんな悲しそうな顔をしないで」
思えば、センがこの数十年感情を殺して来られたのは、彼女とトーアのおかげだった。
無邪気に木刀を振り回していたあの頃から、トーアは一時期格好つけ、ペトラは調理に興味を持ち始めた。二人とも少しセンと距離を置き始めた期間があり、少しだけ寂しい思いをしたことを記憶している。
きっと楽しかったのだろう。復讐のことを考えながらも、どこかで三人での生活を楽しんでいたのだ。
三人で鍋を囲んで笑いあった日々を思いだす。鈍色の記憶が、段々と色鮮やかになっていくのを感じ取れる。
あの日、トーアの魔法を禁じた日、彼は屋敷を飛び出して盗賊にセンの情報を聞き、センがろくでも無い男だと言うことを知ってから帰って来なくなった。
「わしに…望みを言う資格はないが…」
そう呟き、センはもう一つの刀を抜いた。
折れた、誕生日プレゼントの刀だ。
「今一度、家族と暮らしたい!」
例えトーアが自分を受け入れてくれなくとも、それでもセンは暮らしたい。鈍色の記憶にけじめをつけ、親子として暮らしたい。
こんな場所で死ぬわけにはいかない。
「セン!決着さ!」
踏み込み、闇を纏いながら突進してくるザンを見据え、センは引き抜いた刀を納刀した。
「『刹那の構え』」
直後、センの周囲を赤が漂い始めた。
居合の構えだ。この瞬間、センの戦意解放力と集中力は極限まで達している。
「『電光雷轟』———ッッッ!!!」
「『一閃』!」
そして、ザンの攻撃は瞬時にしてセンに斬られた。
「な…!」
刀身のない刀で剣技を斬った後、センは納刀し、突進した。
やがて…
「『一閃』———ッッッ!!!」
「まっ———」
灼熱の業火がザンの首を狙い、生成された『ブリザード』をも溶かし、ザンの首は宙を舞った。
勝利だ。
「はぁ…はぁ…」
しばらくの間息を整えた後、センは膝をついた。
ザンの首が見える。怒りと後悔の入り混じったような顔、でセンを見ている。そして、センは状況を把握した。
「…そうか、やったのか」
センはそう漏らし、天を仰いだ。
「やったぞ、ロザ」




