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覇王記  作者: 沙菩天介
覇王編
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第八話 太陽の異能者

「戦意はすなわち戦う意思。戦う意思が強ければ戦意の力を引き出せるし、戦う意思がなくなれば身体強化は無くなる。間違っても逃げようなんて思うなよ」


「ええ、わかったわぁ」


 ペトラに対して座学を強いるという愚行を繰り返すレオに、センはいささかうんざりしていた。何せペトラは居眠り上手、つまらない教鞭などとろうものなら刹那の内に夢の中だ。


「そんで、さっき見た感じペトラちゃんは戦意を半分程度しか解放できてない。もっと相手を見据えて、集中する。絶対に勝つ、絶対に倒すってな」


「実戦ではできるかもしれないけど…練習なんてしようがないわぁ」


「まあ…想像力がなくちゃな」


 後頭部をポリポリとかき、レオは目を逸らした。


「お、トーアくんじゃん。おかえりー」


「……」


 トーアはレオには目も向けず、センのもとへ歩いて行った。


「どうした?」


「本当の名前は何だ」


 それを聞いて、一同はしんと静まった。ペトラは、なんのことだが全く分かっていない様子だ。


「ここで言って良いのか?」


「……中に来い」


 そう言うと、トーアは下駄を脱いで縁側から屋敷内に入っていった。センもそれにつづいた。


「何かしらぁ」


「さあ、分からん。そんなことより授業だ授業」


 再び座るよう促され、ペトラは渋々腰掛けた。



 ※



 妻——ロザは、刀鍛冶に優れた非常に熱い女だった。


 健気で、家事も嬉しそうにやった。息子——レオとの戯れは毎日欠かさず、日々を楽しそうに生きていた。センも親友のザンも、そんな彼女の熱さがあったからこそ日々を強く生きられた。


 センもザンも、剣術に関してはやはり一流だった。齢四十にして一向に体は衰えず、センは傭兵として、ザンは魔導兵団として活躍していた。特に魔法剣士としてのザンの腕は見事で、センは何度やっても彼に勝てなかった。


 二人の武器は同じく、ロザに打って貰ったものだ。だが、ザンはある術でセンを圧倒していた。


 その技は、『無我の境地』。ザンを最強たらしめる謎の秘技だ。


「そろそろ教えてくれても良いじゃないか」


 冗談めかしたようにセンは言うと、ザンは真面目な顔で首を振った。


「ダメさ。僕の存在意義は、君という存在に勝ち続けるからこそ保たれるのさ。魔法だって人より劣るし、剣で最強にならなきゃいけないのさ」


「そうか、それは仕方がないな」


 センは首を振ると、屋敷の戸を開けた。


「あ、そうそうそうそう!レオちゃんうまいじゃーん」


 ロザがレオを褒め称える声が響き渡った。


「あたしなんかよりよっぽど料理上手だわこの子」


「ママの料理はまずいもんね」


「あははは、直球だな」


 わずかな戦意をたぎらせながら大口を開けて笑うロザに苦笑しつつ、センは屋敷の中に入って行った。


「ザンも来い。我が息子の手料理を是非とも味わえ」


「お言葉に甘えて」


 そうして、四人は晩御飯の談笑に耽った。


 センの誕生日だった。レオも父のためにと、手料理を振る舞い、ザンは魔法で簡単な芸をしてみせ、ロザはプレゼントをくれた。


「…刀?」


「そ。それもただの刀じゃない。特殊な鉱石を使った魔法武器。あんたの剣技をパワーアップさせてくれる代物さ」


「剣技を強化だと…!素晴らしい!」


 センは感激した。


 だが、ザンは怪訝そうな顔をしていた。


「剣技を強化して何になるのさ。センの剣技の威力は十分だよ」


「そうじゃないんだ。この技術はきっと役に立つ。魔法が使えない人々が差別されるこの世界を変えるきっかけになるんだ」


「アッハハ、あたしプレゼントとして渡したのに」


 ロザは愉快そうに笑った。


 魔法が使えない人々と魔法使いの格差をなくすのがセンの夢だ。ロザもその気持ちを分かってくれていたのか、ロザはそのための技術を磨いてくれていたらしい。


 そして、ザンはセンの夢を知らなかった。知ってさえいれば、別の道もあったかもしれないのに。


「………ぁ?」


 翌日、ロザは死体だった。プレゼントの刀も折られていた。


 誰がやったのか。そんなことが分からないセンではない。先日のザンの言葉、優秀な刀鍛冶の妻、名誉ある魔法使いとしての称号。数々の条件を考えれば、犯人はザンに決まっている。


「あ…あああああああああ…、ああああああああああああああああああああ!!!」


 センの心は激情に飲まれた。食いしばった奥歯は粉々に砕け散り、老化を始めた皮膚は爪によってボロボロに引き裂かれた。叫び散らしたその日以降、一週間は声が出なかった。


 その時ザンはすでに、屋敷にはいなかった。おそらく殺してすぐに立ち去った。


 本当にいい妻だった。健気で、家事も嬉しそうにやった。レオとの戯れは毎日欠かさず、日々を楽しそうに生きていた。センは、そんな彼女を心の底から愛していた。


 ずっと、死ぬまで、二人で一緒だと思っていた。


 出会い、ほろ苦い青春を経て、時には拳で喧嘩をしながらも、培っていった絆が、ボロボロに崩れていく音がする。ロザの笑った顔も、怒った顔も、照れた顔も、何もかもが色褪せていく。


 鈍色が、センを包んだ。


 それ以来、センの目に人間が映ったことはない。センの目は常にあの日常を目に映していた。


 復讐心を表に出すことはほとんどない。センは音だけでグランたちと接し、感触でトーアとペトラを育てた。


 全ては、この光景を奪ったあの男を殺すため。


 復讐のためならどんな手も使おう。人の心を殺し、子供を利用し、陥れ、人生を狂わせ、憎ませ、そのままいつか殺されることがあろうとも、復讐さえ達成できればどうでもよかった。


 それが、セン・ベルセルクの野望だ。


「奴の名は、ザンという」


 センは、笑顔で食事をしている鈍色のザンを凝視しながら呟いた。


「わしの妻を殺した男だ。謎の術『無我の境地』を操り、魔法と剣技を両方使う。ちぢれた髪を笠で隠し、漆黒の着物と袴を見にまとっている」


「…『無我の境地』について、何かわかることは?」


「確かなことは何も言えん。だが、やつはそれを使うだけで神速のスピードと驚くほど正確な状況分析、そして勝利への異常な執念を得た」


「…曖昧だな。使い物にならない」


 吐き捨てるように言うと、トーアは何も言わずにどこかへ行ってしまった。


 きっとこれから、トーアはザンを殺しにいく。センへの反抗心で強くなったトーアが、センの悲願を達成する。何もかもが良い方向へ進んでいる。


 素晴らしい。長年かけて育成した甲斐があったというものだ。


「感謝するぞ」


 センはほくそ笑んだが、やがて俯いた。



 ※



 剛王城の地下に足を踏み入れるなり、イバナは嘆息した。


「ああ…何度見てもいい光景だ」


 1kmほどエレベーターで地下に降りた先に待っていたのは、近未来的な科学研究所だ。イバナの性癖を全て注ぎ込むことで数年前ようやく完成した、夢の楽園である。


 発想はアルディーヴァ王都だ。あそこも随分と気に入っている。初めて王都を見た時、地下に何かを建設することのロマンに例え用のない魅力を感じたのだ。魔王ベルフスには感謝してもしきれない。


 白衣を着て研究に励むモーストたちを窓越しに眺めながら、イバナは中央の太い柱状の建物に向かって歩いて行った。


 柱状の建物は司令部だ。研究所内のデータを全てコピーしてあり、巨大なスピーカーでアナウンスも出来る。研究所周囲の壁に隠してある剛王機を起動する仕組みもこの司令部にある。そして最上階には、モーストの幹部の会議室がある。


「到着が早いな、イバナ」


 エレベーターで最上階に上がると、オリジンが腕組みをして待っていた。


「まだ誰も来ていないのか」


「ギアはいる。それと、クレスもだ」


「クレスが来ていてラフトはいないのか?」


「ボス直々の任務がある」


「なるほど、それは最優先だな」


 そう言うと、イバナは会議室に入っていった。


 何もない質素な部屋だ。壁は例の白い金属で覆われ、奇妙な芳香剤によってナンセンスな匂いに包まれている。ボスの浅ましい考えが目に見えるようだ。もしイバナがボスなら、せめて部屋に人工観葉植物の一つでも置いておくことだろう。


「ようイバナ、何年ぶりダ?」


「机から足を下ろせ、掃除の仕事を増やすな」


「相変わらず感じ悪い奴だナ…」


 ギアは渋々足を下ろすと、退屈そうに頬杖をついた。


「なんか面白い話ないのかヨ?」


「無い」


「お前俺のこと嫌いなのカ?」


「嫌いだ。用がある時以外話しかけるな」


 少し苛立ちを感じつつある頭を鎮めながら、イバナはため息をついた。


 本当に子供と話しているかのようだ。イバナが嫌いなものは暴力的な人間とヒステリックを起こす人間、そして子供の三つ。ギアとは本当に相性が悪い。


「喧嘩するな。嫌いな人間ともある程度会話をできるようになれば、できることは増える」


 呆れたようなオリジンの物言いに、イバナは不貞腐れたように鼻を鳴らした。


「こいつとまともな連携ができるとは思えないが」


「それは君の主観だ。ギアは優秀で、戦闘のセンスも良い。感情的になって暴走する部分を君がカバーしてあげれば、モーストに良い結果をもたらす」


「まあ…一理ある」


 だが、暴走気味なギアを前提とした計画を組むのは危険だ。計画が破綻する可能性が非常に高い。そのことを踏まえて反論しようとすると、扉がゆっくりと開いた。


「ああ、イメルか。もう体調はいいのか?」


「ええ、心配してくれてありがとうイバナ。ザンの治療で随分楽になりました」


「ただの『リカバリー』さ」


 イメルの後ろに続いて入ってきたザンを見て、イバナは顔を顰めた。


「切り傷があるみたいだが…」


「なんでもないよ。ただ少し、トーアと戦っただけさ」


 トーアといえば、イグリダ陣営の最強クラスの戦闘員だ。まさか彼とすでにやり合っていたとは。


「勝ったのかヨ?」


「そうさ。逃してしまったけどね」


「へえ…老ぼれなのにすげえナ。俺は手も足も出たけド、なんでかやられちまっタ」


「落ち着いて戦えば勝てるものさ」


 やはり幹部の中でタイマン性能がトップクラスなだけはある。イバナは改めてザンを高く評価した。


 ザンは感情的な理由で友人を殺したらしく、最初のうちはイバナも毛嫌いしていた。だが、ボスを超える戦闘能力と、物言わず任務をこなす便利さで、いつの間にか気に入ってしまっている。


「お前に任せておけば向こうの戦力を大体暗殺できるかもしれないな」


「期待に添えるよう頑張ってみるさ」


 そう言うと、ザンは自席に腰掛けた。


 何気ない顔で席に着いた二人だが、実際は後ろめたい気分だろう。事実、帰ってきた直後にイメルは何度も謝っていた。


 この二人と、コーラという男が同じ任務についていた。『月』の村に向かっていたイグリダ一行を捕らえるという任務だ。ザンは殺す以外のことはあまり出来ないので、イメルに任せていた。


 だが、イメルはイグリダの二つ目の武器を見逃し、彼に剣技を放つことを許してしまった。どうにも彼は詰めが甘いので、後からコーラを向かわせたのだ。


 そして、コーラは途中で何者かに暗殺された。


 何者かという表現は適切ではない。モーストの仮面には盗聴器が仕掛けられているため、コーラが誰に殺されたのかはボスが把握している。


 エフティという女だ。彼女の介入とイメルの失敗により、計画は水の泡となった。ザンはともかく、イメルは居づらい気分だろう。


 しかしここでイメルを責めるのは無意味だ。イメルは確かに大きな失敗をしたが、そもそも牢屋を『インフェルノ』で破壊できる時点で策が弱い。その上イメルはすでに反省している。反省している人間にさらに説教を垂れるのは得策ではない。


 それに、この策はイメルが考えたものだ。正直そこまで成果を期待していなかった。


「そういえば、『太陽』を見かけたのさ」


「一緒に来なかったのか?」


「研究所を見学していると言ってました。もうすぐ来ると思いますよ」


 イメルがそう言うと、再び部屋の扉があいた。


「悪い。遅れた」


 男は言った。


「『太陽』バリバルだ。よろしく」

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