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覇王記  作者: 沙菩天介
盗賊王編
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第四話 第一の剣技

「…俺はトーア、アンタに戦い方を教えてやる」


黒い青年、トーアはそう言った。


「俺に戦い方を教える…?君にどのような利益があるのかな」


「……手を貸してやるのは、アンタに興味を持ったからだ」


トーアはそういうと、刀を引き抜いた。鮮やかな青の刀身が、月光を反射して輝いている。


「…持ってみろ」


「あ、ああ…」


まるで、村に伝わる宝を差し出されたような威圧感だ。それほどこの刀には目に見えない力が宿っている。あるいは、この青年の剣気が漏れ出ているか、だ。


「…どうだ?」


「…軽い、農具の半分程度だな」


「…その武器でアンタが人を切れるようになるまで、何年かかるだろうな」


「…………」


そう言われて、イグリダは黙り込んだ。今の調子で練習を続けても、この軽い武器はまともな切れ味を出せないだろう。


「そもそも…アンタ、この武器の使い方がまるでなってない。…そんな転がり回りながら戦う武器じゃないんだ」


「私には無理だと?」


「…そんなところだ」


「…………」


また黙り込んでしまったイグリダに、トーアは厳しい視線を向けた。


「……ペトラに励ましてもらって、出来る…なんて思ったか」


「盗み聞きとは、君も趣味が悪い」


「この屋敷にアンタらが来た時から…大体の会話は聞いてる」


そう言って、トーアは髪の毛をくるくるいじり始めた。


この青年は、遠回しにイグリダに出て行けと言っているのだろうか。見たところ弟子に見える。もしかしたら、家族の間に急に割って入って来た邪魔者のように思っているのかもしれない。


だが、彼は言った。「アンタに戦い方を教えてやる」と。


「君は一体何がしたいんだ…?」


厳しく指導するというのは理解ができる。だが、この青年はいまいちやりたいことがはっきりしていないのだ。


お前には無理だ、という発言は、明らかにイグリダのやる気を削ごうとしている。まさかイグリダがそのセリフを言われて熱くなるような人間だとは、トーアも思わないだろう。やる気を失ったわけではないが、イグリダはひどく混乱していた。


トーアはため息をついた。


「…それはこっちのセリフだ」


「なに?」


「…アンタ、何しに来た。…そんなおもちゃみたいな武器振り回して…覇王になれるのか?」


そう言われて、イグリダは息を呑んだ。


イグリダは何をしにここへ来たのか。そんなのはとっくに決まっている。


「私は…」





暖かな陽光が屋敷を照らす。その光に照らされ、ペトラはゆっくりと目を開いた。


ペトラの部屋は窓が大きく、一番光が差し込みやすい。センが早起きさせるための工夫として、ペトラにこの部屋を使わせているのだ。


ペトラは起きるのが早かろうと遅かろうと、寝るのが早かろうと遅かろうとどちらにしろ四六時中眠いので、少しでも修行の時間を増やそうというセンの計らいだろう。


「ふぁ〜ぁ」


大きな欠伸をして背伸びをし、ペトラは質素な部屋を後にした。最近はイグリダの相手で忙しいので、朝だけはペトラが朝食を作るようにしている。


階段を降りて、台所に入ろうとすると、庭に人影が見えた。


「あらぁ、早———」


言いかけて、ペトラは固まった。


「おはよう、ペトラ」


穏やかな声色でイグリダは言った。


その声色は昨日までと何ら変わりはない。伸び悩んでいると話してくれた時も、態度は依然として変わらず余裕のある人物だった。


だが今日、その余裕はまるで本物だ。今までとは違い、彼の姿に気圧される。


覇王となる者イグリダ、彼の今日の姿は強く見えた。


「どうしたのぉ?」


「朝からですまないが、手合わせ願いたい」


「いいわぁ」


何故、彼はここまで堂々としているのか。何故、自分が気圧されるのか。


確かめたい一心で、ペトラは棒を手に取った。





借り物の袴を風に靡かせ、イグリダは武器を構えた。


手に馴染む。確かな重さが、イグリダの心に闘気をたぎらせる。


「心地よい」


イグリダはそうして、手に持つ長い棒を横目で見た。


刀の大きさではない。かといって、重さは両手剣よりも遥かに軽い。イグリダが長年手に馴染ませてきた農具の重さだ。重さを足すために先端には膨らみを持たせ、柄の長い木槌のようなものになっている。


ペトラは珍しく、油断のない構えをとっていた。


「ようやく、私も同じ土俵に立てたのだね」


イグリダは微笑み、足に力を入れた。強力な踏み込みが、この巨大な武器を扱う力となる。


直後、空気が揺れた。真向斬りではなく、棒を素早く回転させながら接近したのだ。この回転も闇雲に振っているのではなく、相手が間合いに入りづらいようにするためつ、攻撃して来そうな場所を一定の周期で守ることで、相手に見切られることのない打撃が可能となっている。


もちろん真っ直ぐな回転ではない。攻撃の威力を増加させるのは不可能だ。しかしそれでも、無条件で相手の間合いに入らないことができるのは、相当なアドバンテージがある。


ペトラの正面から棒をふり、イグリダは左下から切り上げるように脇腹を狙った。


だが、ペトラは素人ではない。イグリダの攻撃を棒で弾き、今まで同様反撃を狙ってきた。だが、左下方面からの攻撃を弾いたことで、てこの原理で反対側からペトラの肩に襲いかかる。これは自動的なものではなく、弾かれることを想定してイグリダがあらかじめ力を入れる準備をしていたのだ。


ペトラの反撃よりもイグリダの攻撃の方が早いのは、ペトラも十分理解しているらしく、身を素早く引いて攻撃を躱した。


一息つく暇ができたと思ってイグリダが再び攻めの策を講じていると、ペトラが攻撃してきた。


攻撃してきたのだ。


「なに…!」


ペトラが攻撃してくるという事態は想定していなかった。そのため対応が遅れ、不完全な防御態勢で攻撃を受けることになった。


そのせいで棒が欠けてしまった。おそらくあと一度攻撃を防げば折れてしまうだろう。


「…君も本気か」


イグリダの問いに、ペトラは答えない。その対応こそが答えである。


ペトラが攻撃してくるのであれば、もう躊躇している暇はない。何度でも攻撃を挑めるわけではなくなってしまった。


この踏み込みで勝負を決める。


「うおおおおおおおおおおおお———ッッッ!!!」


雄叫びをあげ、イグリダは棒を振り回した。先程と同じ回し方のおかげで、ペトラには近づく術がない。だが間合いに入る直前のほんの少しの間、イグリダは棒を体ごと縦に回して勢いをつけた。強力な攻撃の予備動作である。


ペトラはそれに気づいたのか、棒でガードすることなく左に躱し、イグリダの背後をとった。


イグリダの焦りが出た攻撃だった。確かにペトラがあの攻撃を木の棒でガードしていたら、イグリダの攻撃でペトラの武器は折れていたことだろう。だが、攻撃の威力も分からないほどペトラは未熟ではない。


ペトラの勝ちだ。


「まだだ!」


確かに、イグリダの武器はペトラとは正反対の場所にある。背中を向けたイグリダにペトラの攻撃は守れない。


だが、もう一つ武器がある。


「!?」


ペトラの武器に、側面から打撃が入った。


蹴りによる打撃だった。その威力で棒はペトラの手を離れ、弧を描いて飛んでいった。


「はぁぁぁぁぁ———ッッッ!!!」


やがて回転して放たれたイグリダの一撃が、ペトラの脇腹に食い込んだ。


紛れもない勝利だ。


「完璧だ…」


トーアの技が役に立った。これで剣聖から技を教えてもらえる。その愉悦が、イグリダを支配していた。


縁側を見ると、センが驚いたような表情で立っていた。


「剣聖セン…私はやり遂げました」


「待てイグリダ、その武器は何なのだ。刀の長さではない」


「農具の長さです。私は農具を使って長いこと魔物と戦って来たので、この長さが手に馴染む」


イグリダのその答えを聞いて、センは顔を顰めた。


「武器は許容するとして…足を使うような戦い方は美しくない。王とは、民の模範とあるべきなのだぞ」


「勘違いしないでいただきたい」


あくまで穏やかにイグリダは言った。


「民は、自らを守ってくれる絶対的な力と実績にこそ安心するもの。私はあなたに剣を学びに来たのではない。強くなりに来たのです」





「す、すまない…つい…」


脇腹を押さえて顔を顰めるペトラに、イグリダは謝罪の言葉をかけていた。


武器を破壊されたペトラに、渾身の一撃を見舞う必要はなかった。あれは完全に、戦いで熱くなってしまったイグリダの失態である。


「いいわぁ…私もこの1週間散々叩いてきたものねぇ」


「本当にすまない…」


ペトラはある意味師であり、強さへ導いてくれた恩人だ。必要のない攻撃をしてしまえばとてつもない罪悪感が込み上げる。女性なので尚更だ。


「よかったねイグリダ、何はともあれ君は剣聖の技を教えてもらえる。ようやく盗賊を倒しに行けるんだ」


少し空気の読めないアラスタにイグリダは苦笑した。だが、アラスタの言う通りこれで盗賊王グランに挑める。統一への第一歩だ。


「イグリダ、準備が良ければ始めよう」


「はい」


センの言葉に返事をすると、イグリダは先程センから渡された鉄製の槍を手に取った。


「良い、そこで見ていろ」


「…?」


「手本を見せる」


そう言って、センは刀を抜いた。


黒い、美しい刀だ。白いセンの着物とは対照的で、より双方の美しさを強調させる。


「わしの最初の剣技、横一文字斬り『岩薙いわなぎ』だ」


「岩薙…」


よほど強力なのだろう。おそらく、岩を斬ってしまうほどに。


だがこれから放たれる技は、イグリダの想像を絶するものだった。


「剣技」


センは腰をかがめ、刀を左から薙いだ。


「『岩薙』———ッッッ!!!」


直後、刀の形をした巨大な岩の塊が、正面の太い木を数本切り裂いた。


まるで土属性魔法だ。あれほどの魔力の塊を、魔法使いでない人間が生み出せるとはとても信じ難い。しかし、剣聖が仮に魔法を使えたとして、ただイグリダに自慢したいだけというのは性格的にありえない。


おそらく、イグリダでも可能だ。


「残念ながら、放てる剣技の属性は生まれながらに決まっている。ペトラはいくら練習しても雷属性の剣技しか出せず、わしも自分の属性の剣技しか出せなかった。主が『岩薙』を使えるとは限らん」


「ものは試しです。まずはその技を習得したい」


「…よかろう」


センはそう言い、庭のスペースをあごでしゃくった。そこに立てということだろう。


イグリダは指定されたスペースで足を開き、槍を構えた。


「魔法の出し方を聞いたことはあるかね?」


「ええ、俺も練習したものです」


王都とは違い、村には魔法使いだということを示す道具はない。実際に練習して試すしかないのだ。村に生まれれば誰しもが通る道だろう。


魔法使いとそうでない人間の違いとして挙げられるのは、魔法陣を描く空洞が体内にあるかないか、これだけだ。空洞があればそこで魔法をつくり、皮膚のどこからでも魔法が発射できる。これを魔法使いではない人間がやろうとすると、ごく僅かな魔力が体の外に漏れ出るだけで終わる。


「わしは魔法陣を作るスペースを、体外で作れないかと考えた。そして長年の試行錯誤の後、ついに武器でそのスペースを補えることが判明したのだ」


「…しかし、武器に入れられる魔力量はほんの少しになってしまうのでは?」


体のそとに魔力を出そうとした場合、いかなる部位からでも少量の魔力が漏れ出るだけで、武器に届くほどの距離の魔力を集めても、大した魔力量にはならない。『岩薙』のような強力な攻撃は不可能なはずなのだ。


「確かに、無理矢理にやろうとすればそうなる。だが、魔力はある特殊な運搬ルートを通ることで、濃厚なまま体外に送り出せるということが分かった。そのルートは生成したい剣技の形によって様々なルートがある」


つまり、網目のような決まったルートを通って、全身から魔力を集め、体外に運搬することで剣技が放てるのだろう。


「百聞は一見にしかず、まずは魔力の運搬から始めよ」





剣技の練習はペトラに挑む時とは違い、センがつきっきりで教えてくれた。そのためイグリダは二日目にしてもうすでに、武器まで魔力を運ぶことに成功していた。


もちろん、魔力運搬が完璧なわけではない。体の所々に魔力が引っかかってしまっている。それでも剣技を撃つには十分だとセンには言われた。


あとは剣技を描くだけだ。魔法陣を描いても、魔法陣の形の魔力が飛び出すだけらしい。


「やはり意識で何かを描くのは難しい…」


「つべこべ言わずに描け」


センに叱責され、イグリダは肩を窄めた。


誰かに叱られるのは久しぶりだ。十年ぶりくらいだろうか。


「雑念があるな?」


「滅相もない」


イグリダは心を落ち着かせ、武器の片面に意識を集中させた。


岩の魔力だろうが何の魔力だろうが、この形で剣技を放てば大抵属性が分かるらしい。


やがて剣技を描き終わると、イグリダは槍を正面に薙いだ。


「お」


「あれっ、反応薄いな…」


アラスタが呆れたような声を出したが、イグリダは感激していた。


イグリダの目の前に現れたのは、激しい水の一文字斬りだ。覇王にふさわしい、圧倒的な力の象徴である。名付けるとすれば…『凪刀なぎなた』だ。


水の特性を調べようと、イグリダは懐から紙を取り出した。ペトラからもらった、剣技の属性別の特性が書かれた簡易的な表である。




炎 カウンター技が強い

氷 突き攻撃が強い

雷 範囲、威力、速度が満遍なく高い

風 範囲が広大

水 剣技を開発しやすい

土 攻撃力が最も高い

光 速度が最も速い

闇 斬撃の威力が高い




「水は剣技を開発しやすい…か」


力の象徴としては土が望ましいが、水も申し分ない威力を持っている。複数の技を持っていることは強みになるだろう。


しかしセンの話によれば、剣技は戦闘中、最初に作った一文字斬りの剣技を一番よく使うらしい。つまり、このまま屋敷に滞在して剣技を開発する必要はない。


「剣聖セン、次は戦意を…」


「まあ待てイグリダ、案がある」


「…?」


「ペトラを旅に連れて行き、ペトラから戦意を教えてもらうが良い。わしは少しこの屋敷を離れねばならん。そのうちにペトラには、外での実戦を経験して欲しいのだ」


イグリダからしてみれば、ペトラが旅の仲間に加わるのは非常に頼もしい。剣技の練度は彼女のほうがはるかに上で、おそらく実力もペトラの方が上だ。イグリダがペトラに勝てたのは、イグリダが一方的にペトラの動きを勉強していたからで、互いに初見であればペトラが勝つだろう。


「承知しました。それでは、荷物をまとめて今日出発しよう」





暗夜、周囲は屋敷の明かりだけで照らされていた。当然その程度の弱光が闇を照らしたところで、闇を際立たせるだけだ。屋敷の周囲の物体は何一つ見えない。


そんな闇の中から、一つの人影が屋敷の敷地に現れた。


トーアだ。


「何用だ」


「…アンタがイグリダをどう見てるか…、知りたくてな」


そう言ってトーアは刀を抜き、月の光にかざした。


センからは、不用意に剣を抜くなと言われている。そのため彼と話すときに刀を天にかざすのは、明らかな挑発である。


だが慣れているのか、センがトーアを咎める様子はない。


「何、ただの生意気で傲慢な青年だ。あれが何かをなせるとは思わんな」


「…アンタはあいつがここに来たとき…野望を感じたと言っていた。…まさか本当に目を見て何かを感じたわけじゃないだろう」


「いや、目を見て感じた。あの男は強さへの渇望で溢れておる。だが…己が力を掲げている以上、それを補佐する実績があの男には必要だ。ペトラを貸したのも、わしのほんの少しの良心だな」


「ふん、良心か…戯言だな。それに、仲間に助けられてばかりの王をアンタが認めるとは思えない」


「認めるとも。それも一つの信頼の形だ。奴は自分より下の人間には慈愛の目を向ける。奴が王になった暁には、すべての民が神として崇めるだろうが、その重みに一人では耐えられまい」


「…どうだか」


イグリダが、仲間に頼らなければならない弱い人間なのか。それとも、個で完結した強い覇王なのか。本人はおそらく後者を望むだろうが、今のところは前者だ。


今後彼がどうなるのか、それは密かに多くの人が注目していることだろう。


「…アンタが世界に何をもたらすのか…見せてもらうぞ」


トーアは青白く光る刀を鞘に収め、左手にかすかな紫電を滾らせた。トーア自身も、何かをイグリダに期待しているのかもしれない。

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