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覇王記  作者: 沙菩天介
覇王編
36/59

第三話 覇道の開始地点

 王都から遠く離れた南、クアランドとアルディーヴァの境の森に隣接した小さな平原にある小さな村『皇帝』の村では、暖かい気候に恵まれていた。


 作物は季節関係なく育つので、食料には困らない。唯一困るのは、雨が降らないという点だ。


 作物が育つにしても生きるにしても、生活には必ず水が必要だ。海も近くはなく、森の中にある川へ水を取りに行かなければならない。


 そのため『皇帝』の村に住む人間は、魔物との戦闘を強いられるのだ。


「今日は5匹倒したぜ!」


 自慢げに農具を掲げてみせるキデクに、イグリダは苦笑した。


「7匹、今日も俺の勝ちだ」


「ええ〜、お前いつも4匹じゃんかよー」


「運は良かったな」


「あーあ、俺の喜び返せよ」


 そういうと、キデクは不満げに口を尖らせた。


 イグリダもキデクも、まだ十一歳の少年だ。しかし二人はすでに村周辺の魔物の大半は倒すことができる。村長や村の戦士達も天才だと褒め称えている。


 実際、イグリダもキデクも反射神経と身体能力は素晴らしいものだった。よほど素早い魔物以外なら、攻撃を全て躱せるほどだ。二人が強いと言われる所以の七割以上がこの回避能力である。


「まあ、いつもの俺には勝ってるだろう?」


「それは勝ちって言わないだろー。今日のお前に勝たなきゃ意味ないんだから」


「はっは、まだ越されるわけには行かないからな。そもそも今日は魔物が多い日だから、お前の記録も明日には下がってるさ」


「言わなくて良いことを…」


 キデクは農具を肩に担ぐと、村の方へ駆け出した。


 雨が降らないこと以外は、『皇帝』の村は理想的な村だ。毎日水さえやれば花は咲き乱れ、食料も毎日のように収穫できる。魔物以外は災害のきっかけになるものが何もないので、戦闘力さえ磨いていれば何不自由なく暮らせるのだ。


 豊かな魔力によって雑草が生い茂る平原を爽快な足取りで駆ける二人の姿を見て、村から一人の少女が手を振った。


「おかえりー」


「ただいま!」

「ただいま」


 少女——エメイアの元へ競争するかのように向かうと、キデクはスライディングで到着した。


「ち、ちょっと」


「おい、キデク、女の子に土を浴びせるなんてな」


「あっ!ごめん!」


「まあ、良いけどね。そんな大層な服でもないし」


 そう言うと、エメイアは少し服をはたいてから歩き出した。


「お昼出来てるって」


「先に食べていればいいだろう」


「もう、二人と一緒に食べたかったなんて言わせないでよ。恥ずかしいんだから」


「俺は恥ずかしくないぜ」


「俺もだ。二人とも大好きだよ」


「男の子って普通そう言うこと照れ臭そうにするものじゃないの?」


「俺も流石に大好きだなんて言えないよ。イグリダは思ったことすぐ言うもんな」


「良い意味で、だろう?」


 イグリダの言葉に、キデクはニヤリと笑った。


「それで、すぐ調子に乗る」


「あー、確かに。そういうとこ意外だよね」


「ちょ、調子に乗っていたか?今?」


「自覚ないのね」


 エメイアはくすりと笑った。そんな様子に、イグリダは戸惑っている。


 やがて三人は村の食堂にたどり着き、その扉を開けて中に入った。


「おう、ガキども、もう出来てるぞ」


 小太りの男——マイヤが歯茎を見せながら言った。


「まあ、味は保証しないがな」


「いつもありがとうマイヤ」


「あんたの飯は炭水化物とタンパク質だけは豊富だからな。どれだけ動いても疲れる気配がないよ」


「私のは別のご飯にしてよね」


「はっは、やなこった。嫌なら自分で作るんだな」


「本当、最近そうしようか悩んでるところ」


 味を全く気にせず飯を頬張るイグリダとキデクを眺めながら、エメイアはため息をついた。


 村には魔法使いも戦士もいるが、料理の技術を持っている人間がいない。王都から遠いため、他の土地の文化がないのだ。そのため旅人が来ることはなく、貨幣が入ってくることは全くない。仮に王都までたどり着いたとして、貨幣がなければどうしようもない。


 そして面白いことに、村人達の中で真面目に料理を研究している人間が一人もいない。かろうじて料理じみたことができるマイヤが唯一の料理人扱いである。


「決めた、私料理人になる」


「おおー!良いねえ!俺も楽になるってもんだ」


 マイヤは子供の戯言だと思ったのか、適当に手を叩いてどこかに行ってしまった。


「しかし…一人で研究するには厳しいぞ。やり方が分からない事を自己流で成すには、相当な時間と努力が必要になる」


「なんかイグリダって難しい喋り方するよね。お父さんみたい」


「こいつ本ばっか読んでるからな。声変わりも早いし」


「お前も図鑑をよく読んでるだろう?魔物に関する知識は俺に匹敵しているはずだ」


「知識量で喋り方変わるんだったら面白いけどな」


「そういう遊びしてみたいねー」


「どういう遊びだよ」


 うんざりしたようにキデクが呟くと、食堂の扉が勢いよく開いた。


 青いラインの入った白いローブの男だ。厳格そうな顔つきだが、目元だけは穏やかそうに微笑んでいる。そのよく知った顔を見て、イグリダとキデクは勢いよく立ち上がった。


「ああ、大丈夫だ。私も食事に来ただけなのでね。座っていてくれ」


「「失礼します!」」


 二人は席につくと、スイッチが入ったように食事を再開した。


「そうだ、二人とも。午後は私の家に来てくれないか」


「分かりました!」

「何かあったのですか」


「どうやら数十年ぶりの旅人がこの村に訪れるらしい。君達には仕事を頼みたいのだ」


「光栄です」


「あの、ミシデさん。私も何かしますか?」


 エメイアが問うと、ミシデは首を傾げた。


「村長から何も聞かされていないと言うことかな」


「はい」


「君は異能者だから、おもてなしをするらしい。綺麗な服を着てね」


「うーん、楽しくなさそう」


「良いじゃないか、エメイア。外からの話を色々聞けるかもしれない。俺が代わりたいくらいだ」


 イグリダの言葉に頷くと、エメイアはニヤついた。


「どうした?」


「さっき喋り方の話してたでしょ?それでね、イグリダの話し方ってミシデさんに似てるなあって」


「おや、イグリダ。私に影響されているのかな」


「確かにそうかもしれない。俺はミシデさんを尊敬していて、憧れてもいる。少しずつ影響されていったのかもしれない」


「ミシデさん!俺も真似して良いですか!」


「君はイグリダに憧れているのでは?」


「二人ともです!」


「ふ、ではイグリダ。キデクに慕われる善き人間となるため、私たちも日々研鑽に励むとしよう」


 いつの間にか食事を終えていたミシデは、立ち上がってローブを翻した。


「待っているよ」


 そう言って、ミシデは食堂を後にした。



 ※



 簡単に言えば、イグリダとキデクはそれぞれ別の仕事を任された。


 イグリダはエメイアのサポートとして、午後の間ずっと外界の勉強に励んでいた。幸いイグリダは記憶力が良いので、本の内容は完璧だ。


 キデクは良質な肉を提供するため、森へ狩りに出かけることになった。しかし今日はまだ獲物が一頭も見つかっていない。そのため明日すぐに出かけなければならない。


「元気出せ。今日は魔物が多かった。きっと周辺の動物達は魔物に狩られてしまったのだろう」


「そしたら明日も見つからねえじゃんか」


「討伐された魔物からは特別な魔力が流れる。その魔力には別の魔物は近づけないようになっている。俺たちが魔物を倒した場所が、動物にとっての一時的な安全地帯になるんだ。明日同じ場所に行けば、きっと獲物がいる」


「へえー、やっぱ物知りだな」


 キデクは適当に返事をすると、後頭部で腕を組んで寝転がった。


 二人は現在、村の近くの花畑で夕日を眺めているところだ。いつもならエメイアと一緒だが、彼女は今日忙しいらしく、仕方なく二人でやってきたのだ。


「図鑑の最初の方に載っているぞ。お前は魔物一覧のページばかり見ているから、一から読み直したほうがいい」


「だってあそこ文字ばっかでつまんねえじゃん」


「お前は何のために図鑑を読んでいるんだ…」


「趣味だよ。魔物ってかっこいいじゃん」


 まるで我が子の将来を心配する父親のように、イグリダはため息をついた。


「そういやイグリダ、二人とも大好きだってどう言う意味だよ」


「…そのままの意味だが?」


「そうかよ」


 どこか不安げな様子のキデクに、イグリダは微笑んだ。


「エメイアに恋をしているのか?」


「そうだが?そうだが!?」


「俺もエメイアが好きだ。また競うことが増えたな」


「ったく…」


 そもそもこの小さな村でたった一人の少女だ。二人が同じ相手を好きになるのは当然だろう。


「まあ、エメイアなら俺たちを平等に好きになってくれるだろう。彼女は優しいし、鈍感だ」


 不貞腐れるように夕日を眺めるキデクを気遣ってか、イグリダは少し冗談めかしたように言った。


 キデクは不貞腐れながらも、少し笑ってみせた。


「そうだな。そういうところが好きだ」



 ※



「ようこそ、ここが俺たちの村だ」


 エメイアの兄——アエルは、旅人を満面の笑みで村に案内した。


「みんな、モーストさんだ」


「モーストだ。よろしく」


 旅人の姿は、黒いローブに白い仮面といういたってシンプルな色だが、雰囲気から不気味さを感じる。アエルは怖いもの知らずだが、エメイアは少しだけ不安になっていた。


「綺麗なお面ですね」


 イグリダは言った。


「これも王都で買えるものなのですか?」


「ああ、私が身につけているものは全て王都のものだ」


「手にとって、拝見しても?」


「…おい、イグリダ。喋りすぎだぞ」


 顔を顰めるマイヤを横目で見ながらも、イグリダは引く姿勢を見せない。


 モーストは一瞬考えた後、白い仮面を外した。


「レア物だ。少年、よく目に焼き付けておくのだよ」


「ありがとうございます」


 イグリダは白い仮面をまじまじと眺めるふりをしながら、モーストの顔を確認した。


 なんてことはない。ただの普通の中年の男だ。


 イグリダは満足げな表情で礼をすると、白い仮面を返してエメイアの元へ戻っていった。


「大丈夫、ただの旅人だ」


「べ、別に、怖かったわけじゃないし」


「俺が安心したかったんだ」


「何だよ。媚び売っちゃって」


 キデクは不満げに顔を顰めると、村長の方へ歩いて行った。


「俺、いつ狩り行けばいいの?」


「な…まだ行っていなかったのか!早く行け!」


「え、やべ!」


 キデクは大慌てで農具を手に取り、森へ逃げるように走り去っていった。


 そのまま一行は村長の家にモーストを案内した。


 モーストは丁寧な口調ではあったが、その割には気さくで、すぐに村人達と仲良くなった。エメイアとイグリダが相手をしなくとも、外の話をどんどん話してくれた。


 やがて村長の家にたどり着くと、村長は穏やかな笑みでモーストに言った。


「今、先ほどの者が狩りに出かけています。夕方には、新鮮な肉が届くでしょう」


「それは楽しみだ」


 おそらくモーストは仮面の下で微笑んでいることだろう。声色からそれはわかる。


 モーストの話によれば、森から一定距離離れた王都では肉は少し貴重で、遠方から取り寄せるドラゴンの肉はより高価なのだという。きっと長い間肉を口にしていなかったのだろう。


「ところで、この村は一体どの異能を扱うのですか?」


「『皇帝』です。と言っても、盗賊も来ないようなこんな村じゃ、使うこともありませんがね」


「そうですか…『皇帝』…」


 モーストは少し頷きながら立ち上がると、しばらく硬直した。


「どうされました?」


「いや、少し…」


 モーストは言いながら、正面に立っているエメイアの元へ歩み寄った。


「少し———」


「『テンペスト』———ッッッ!!!」


 村長の家の壁を破って入室したミシデが、側面からモーストに風の中級魔法を放った。


 暴風によって村人達は地面を転がり、直撃したモーストは数メートル飛ばされた後に、空中で身を翻して着地した。


「ミシデさん、何を…」


「奴はエメイアに何かしようとした。それを防いだだけだ」


「とはいえ、乱暴が過ぎます。彼は客人だ」


「客人になら、エメイアが何をされてもいいのかな?」


 いつもの穏やかな視線などどこにもない。ミシデの姿はまるでベテランの戦士であるかのように見えた。


「モーストと言ったかな。旅人よ」


「ああ」


「目的は何だ?」


「ああ、ある目的のため、私はここへ…」


 モーストは手のひらをこちらに向けた。


「鏖殺しに来ただけだ」


「『インフェルノ』———ッッッ!!!」


 ミシデが放った極太の火炎が、モーストを覆い尽くさんと襲いかかった。


 だがモーストは、『インフェルノ』と同等の太さの闇の魔力を放出し、押し返した。


「く…『シールドオーラ』!」


 ミシデは巨大な魔力の盾を生み出し、襲いかかる闇の魔力を防ごうとした。


 だが、この魔力攻撃は連続攻撃だ。


「ぐああああああああああ!!!」


 ミシデは闇に飲み込まれると、そのまま闇の肉塊となって地面に倒れ込んだ。


「…おい、ミシデ…?」


 アエルは狼狽えたように後ずさると、そのまま一目散に逃げ出した。


 だが、モーストは逃さなかった。アエルの元へ手のひらを向けると、アエルの足元から闇が生まれ、飲み込まれてしまった。


 そのあとはすぐだった。パニックになって逃げ出した村人達を次々と闇の中に葬り去り、村は元の静けさを取り戻した。


「み…みんな…」


 エメイアは腰が抜けたように座り込み、見開いた目から涙をこぼした。


「殺したのか!?」


 イグリダは転がっている農具を堅く握りしめ、モーストの前に立ちはだかった。


 仮面の中のモーストの顔は見えない。今彼が何を考えているのか全く分からない。


 ミシデを含む十数人の村人達は闇に消えた。今は黒い塊として残っているが、あれが生きているのか死んでいるのか分からない。


 それに、死んでいると思いたくない。


「なんとか言え!何がしたい!ただの殺人鬼なのか!」


「ただの殺人鬼だ。何をしたいわけでもない。殺したければ立ち向かうが良い」


「…ふざけるな…そんなことが許されるかああああ!!!」


 イグリダは農具を手に、モーストに襲いかかった。


「な…!?」


 モーストを貫いたはずの農具は霞と消え、モーストも消えた。


 そして直後、エメイアの悲鳴が聞こえた。


「エメイア!」


「遅いな。少年」


 モーストはエメイアの頭を片手で掴み、宙に持ち上げていた。


「イグリダ!」


「放せ!」


「嫌だ」


 モーストは仮面を取り、シワで歪ませた笑顔をこちらに向けた。


「いや!いやああ!!」


 エメイアは苦しげに足をばたつかせながら、泣き喚いた。


「ああああああああああああああああああああああああ!ア、ア、ア、ア、ア——————」


 直後、闇が村とその周辺に溢れかえった。

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