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覇王記  作者: 沙菩天介
覇王編
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第二話 三年後の旅

 ベルフスを倒してから、アルディーヴァの規制は無くなった。魔王は国の執務のみに専念することになり、幹部たちの戦力は自由に使わせてもらっている。


 盗賊団たちは一度村に帰り、また仕事の手伝いを始めた。グランに手を貸してもらうことはもうないだろう。


 ペトラはセンの屋敷に留まり、また修行を始めたようだ。センの動向は常にトーアが探っている。当分動きを見せることはないだろう。


 ギアとタラサには、大陸中で行われている人攫いの件を任せている。あの二人は分体がある状態であればほとんど無敵なので、トーアほどの敵が現れなければ問題はないだろう。


 三年間の旅も終わりに近づき、残る異能の村はあと二つとなった。


 一つ目は、白竜族が住むとされている氷山の集落『月』の里だ。謎の魔力の塊によって年中雪が降る、少し暮らしづらい里なのだという。しかしその環境に合った植物が存在するというので、自然の神秘には驚かされるばかりである。


 どうやらシカナが白竜里の出身だったらしく、案内のために三年間ここまで付き合ってもらった。


 二つ目の『太陽』の村は、なんと火山の火口付近にあるようだ。結界の類か、高熱を防ぐ何らかの手段があるのだろう。村までたどり着くには工夫が要りそうだ。


 イグリダ、アラスタ、キャナ、シカナの四人は、『塔』の村から氷山にかけての獣道を強引に切り開き、呑気にキャンプをしていた。


「…俺たちは暇人か?」


「キャナがやりたいと言ったのだ」


「キャンプする人みんな暇人みたいな言い方!コーカイしないでくださいね」


 キャナがシカナに掴みかかると、シカナは虫を払うように手を振った。


「田舎で育ったあなたたちは麻痺しているんでしょう?この大自然の息遣いが!」


「息遣い…絶妙にキモい言葉選びやめてくれ」


 うんざりしたようにアラスタは言った。


 十五歳になり、アラスタもキャナもずいぶん成長したように見える。三年だけでこうも変わるとは、子供の成長はあっという間だ。


 キャナの独特のイントネーションは、少し改善された。しかしまだ中途半端な間違いがあり、聞き間違えることが多々ある。


 イグリダも今年で三十だ。盗賊団の面々よりはまだまだ下だが、力は少し衰えているかもしれない。シカナ曰く全く変わらないとのことだが、少し心配だ。


「わー!焦げました!」


「魔物肉なんて使うからだよ…」


「もぐもぐ…ぅむ…意外といけますよこれ。私、料理の才能あるかもしれません」


「いや、僕の魔法の勘が言ってる。その肉は闇の魔力が充満してるよ」


「む…」


 キャナは深淵の目を不満げに細めると、肉に向かって手を開いた。


「『ライト』!」


 何も起こらない。そもそも光属性を闇属性で打ち消せるのは魔纏だけだ。らしくもない勉強不足である。


「…いいですよ。私が独り占めしますから」


「俺もいただこう」


「…!」


 イグリダが肉を掴むと、キャナは顔を輝かせた。


「好きです」


「僕も好きだ!」


「二人ともありがとう」


 アラスタの叫びに少し困惑しながら、イグリダは『光魔纏』を行なった。これでたとえ闇の魔力が充満していたとしても問題なく食べられる。


 イグリダは黒焦げの肉を口に放り込むと、目を閉じてゆっくりと味わった。


 肉ではない。これはどちらかといえば植物だ。シャキッとした繊維をはっきりと感じる。一体なんの魔物の肉なのだろうか。


「おいしいですか?」


「…ふむ、美味い」


「イグリダ。キャンプをしていたら周囲の獣どもが寄ってくるぞ」


「肉の調達が出来るではないか」


「お前も乗り気なんだな…」


「ああ。もしかすると、ドラゴンがやってくるかもしれない。あれの肉は美味いと図鑑に書いてあった」


「やれやれ…。王子、俺たちは護衛だ」


「承知!」


 アラスタは敬礼すると、空高く飛んでいった。


 さて、イグリダはこれからキャナのご機嫌取りをする時間だ。とは言いつつも、楽しい食事にどこか懐かしさを感じている自分がいる。


 遠い昔、似たようなことをしたことがある。


「…どうした?」


「なんでもない。シカナ、君も見回りに行くのかな」


「ああ、行ってくる」


 そう言うとシカナは跳躍し、木々の枝枝を伝って森の影に消えていった。


 それからイグリダとキャナは肉を頬張り談笑し、陽が沈むまでダラダラとしていた。よほど楽しかったのか、キャナはここ最近で最もと言っても過言ではないほど機嫌が良い。


「楽しかったよ、キャナ」


「私も楽しかったです」


 キャナはにっこり微笑むと、はにかみ俯いた。


「…私が作ったものを食べてもらえて、嬉しかったです」


「……」


 キャナはやはり、本気でイグリダのことが好きなのだろう。この三年間で彼女の気持ちは十分すぎるほどに伝わっている。


 それがイグリダにとっては、あまり良いものではなかった。


 キャナの幼少期は、ベルフスに閉じ込められて過ごしたらしい。そのまま定められた職に幼くして就き、アルディーヴァ南部の統治を任せられた負担は大きいだろう。


 きっとイグリダのことを、幽閉から救い出してくれた王子様とでも思っているのだ。


「…思春期の子供を親から離れさせたのが悪かったのか…?」


「……イグリダ、私をグロウしないでください」


 イグリダがため息と共に呟くと、キャナは怒ったように立ち上がった。


「私は本気です。本当にイグリダが好きなんです。この世界では、本当に好きな人と結ばれるのが許されないなんてルールがあるんですか」


「そんなルールはないが…」


 イグリダは言葉を濁したが、はっとした。


 本気で好いてくれているキャナに対して、イグリダの態度はあまりにも失礼だ。キャナは不満げになることはあれど、あくまで論理的な少女。イグリダが彼女の気持ちを真摯に受け止め、理由をいえば、きっと分かってくれる。


「言い訳なんてしないでくださいね。私は英雄の神殿に二人きりで永遠に過ごすことになっても構いませんよ」


「…牢屋でずっと暮らしても良いと言っていたな…。強い子だ」


 イグリダは口端を緩めると、言った。


「好きな人がいる」


「意外ですね」


「だが…もうこの世にはいない」


「あ……すみません」


 キャナは申し訳なさそうに俯くと、再び腰を下ろした。


「彼女は、故郷である『皇帝』の村を滅ぼされたときに亡くなってしまった。もう何年も前の話だ。俺もとうに克服している」


「…十一歳の時のですよね」


「その時の話が聞きたいのかな?」


「いや、いいですよ。私、そんなずいずい行く女じゃないので」


「そうか」


 イグリダが微笑むと、くたびれた表情でアラスタが帰ってきた。


「僕は聞きたい」


「弁えてくださいアラスタ!私は我慢しましたよ!」


「好きな人のことを知りたいと思うのは当然だ!それに、イグリダならきっと話してくれる!」


 アラスタの言葉にイグリダは苦笑した。


 確かに、聞きたいと言われればイグリダは迷わず話すだろう。それが彼らとの信頼関係に不可欠なら尚更だ。しかしアラスタがイグリダのことを好きだと言うのには違和感があった。


 まさかこの少年が同性愛者だとは思わなかったのだ。


 考えてみれば確かに、アラスタはイグリダを好いている、慕っているイメージがあったが、それはあくまで尊敬の意味で受け取っていた。ここまでストレートに好意を口に出されるのは初めてだった。


「ありがとう、アラスタ。君は俺のことをよく知っているようだね」


「それはもう、イグリダの思考パターンは完全に把握してるよ」


「そ、そうか」


 イグリダは言った。


「アラスタの言う通り、俺は自身の過去を君たちに話すことを躊躇しない。それは君たちを信頼しているからだ。それに、情報は共有しておいた方がいざという時の為になる。俺の村がどうやって滅ぼされたのかは遅かれ早かれ話しておいた方がいい」


「聞かせて欲しい!」


「…食い気味ですね…」


「まあ…そこまで欲しがるほどの情報ではないと思うが…」


 イグリダは後頭部をぽりぽりと掻きながら、話し始めた。


「モーストが俺の村に来たのは…」


「ちょっと待ってください」


 止めたのはキャナだ。


「どうした?」


「私たちが知りたいのは情報ではなく、あなたの過去です。あなたがどうやって育ち、どうやって恋をし、どんな生活を送っていたのか、それが知りたいんですよ」


「そうなのか…」


「さ!やり直し!」


 困ったように眉を顰めながら、やがてイグリダは口を開いた。


「俺の故郷『皇帝』の村は、王都とは遠く離れた南の、暖かい村だった」

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