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覇王記  作者: 沙菩天介
魔王編
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第二十一話 vs海王

「…やれやれ、我が軍も堕ちたものですね…」


 一人の男によって膠着状態に陥った軍を眺めながら、タラサはアルディーヴァ王都の頂上でため息をついていた。


 剣聖セン、実在するとは思っていなかったが、その実力の情報はある程度アルディーヴァにも入っていた。


 やれ上級魔物が何体いようと殲滅できるだの、やれ魔導兵団全兵士と同等の強さだの、まるで子供が考えたようなくだらない都市伝説ばかりが兵士内で出回り、少し昔にギアが激怒していたものだ。


 だがどうだろう。現状を見て、剣聖の実力が都市伝説などと言えるだろうか。否、彼は実際に全兵士を無力化して見せたのだ。


 現在魔王軍は、剣を抜いてすらいないセンの前で、なす術もなく立ちすくんでいた。


 初めこそ、兵士たちは総力を以ってセンに魔法攻撃を浴びせていた。魔物たちも合わさって、すぐに殺せそうな勢いだった。


 だが、全ての魔物を数分の内に殺し、センは言った。


「動けば殺す」


 ごく単純な脅しだ。たとえ殺す気がなくとも、あらゆる場面で役に立つ。


 それに、ハッタリではない。現にセンは、脅しに屈しまいと魔法を放った誉高き兵士たちの腕を斬り落としている。


 敵を倒す手間もなく、逃げ出した兵士が幹部に加勢することもない。このシンプルな脅しは、この数千の兵士たちに対して最も有効な手段だった。


「あー、ここにいやがったか。ったく、地下にいるだろうと思ったんだがなあ」


 面倒くさそうな声が聞こえ、タラサは微笑を浮かべた。


 盗賊王グランと、その配下のシカナだ。


「おや、わざわざ勝負を仕掛けにここへ?」


「どうせお前みたいな遊撃兵は、一番重要な勝負に横槍を入れるだろうからな。しっかり無力化させてもらうぜ」


「確かに、そろそろこちらの様子も飽きてきました。私も運動するとしましょう」


 そう言うと、タラサは手袋を外した。


 直後、タラサを中心とした直径約百メートルの範囲に、巨大なドーム状の青い領域が生成された。結界に飲まれた住宅街はまるで石のように色を失い、空気はまるで水のようにゆらゆらと蠢く。その光景は深海を思い起こさせた。


 そして、展開された領域の壁に張り付くように、禍々しい吸盤を持つ八本の触手が天に向かって伸びている。


「…グラン、多分相当まずい」


「だろうな…他の能力とは規模が違え…!」


 覆うようにして張り巡らされた触手それぞれから、大きな魔力を感じる。おそらく個々が上級魔物に匹敵する性能を持つのだろう。


(それを八本だと…!ありえねえ…、俺たちだけで倒せんのかよ…)


 いや、考えていても仕方がない。グランの頭は普通に足りていないのだ。相手の強さを想像してくよくよ悩む必要など少しもない。


 まずは一撃、相手の動きを見ておこう。


「『凪刀』———ッッッ!!!」


 イグリダが披露した、水属性の横一文字斬りだ。消費魔力量も少なく、シンプルで使いやすい。


 しかし、触手は身を捻らせて剣技を破壊した。


「本来水中にいる魔物の触手に水かけても仕方ないだろ!直接斬りに行くんだ!」


「ちっ、わあった!」


 分体の太さは、せいぜいドラゴンの首程度だ。斬撃が正確で尚且つ戦意操作を行えれば、斬れない太さではない。


 だが、二人が分体に近づこうとした瞬間、シカナがタラサに殴りかかられた。


 危ういところで拳を受け流し、シカナは飛び下がった。


「動けるのか…」


「どうやら意味の分からない勘違いをされているようですね。クラーケンでも自由に動けますよ」


「『垂氷』———ッッッ!!!」


 にこりと笑うタラサに向けて、グランは剣技を放った。


 剣技『垂氷』は、相手に突攻撃を与えると同時に、接触した水を凍らせる剣技だ。水の魔力が結界中に漂うこの状況でこの剣技を使えば、タラサの動きを止めることができる。


 だが、タラサは表情を変えずに、氷の剣技を側面から殴った。


「…っ!?」


「氷の剣技は突攻撃に優れる属性…正面への攻撃力が全属性で最も高い代わりに、側面からの衝撃には耐えられない……。剣技の属性については散々データを取ってきました」


 今までアルディーヴァで行った戦いのデータを、この男は全て記録しているらしい。


 氷属性剣技は簡単に無力化され、水属性剣技は火力が出ない。そして分体を直接斬りに行けば、タラサに妨害される。


 苛立たしい。ストレスが溜まる戦闘だ。


「落ち着けグラン、こっちは二人いるんだ。なんとか片方が海王を足止め出来ればいい」


「はっ…!盗賊特有の『こっちは何人いるんだぜぇー』ってやつか」


「皮肉はいい。お前は海王と戦えそうか?」


「無理だ。手も足も出ねえ」


「はぁ…情けない」


 シカナはため息を吐くと、両手の大斧を擦り合わせて金属音を響かせた。


「俺がやる」


「任せた!」


 シカナとグランは同時に駆け出し、それぞれ別の目標に向けて突進した。


(ダメージは与えられないが…)


 トーアの話では、いくら本体に強力な結界が存在しようとも、衝撃は受けるらしい。傷一つダメージを与えられなくとも、グランの元へ向かわせないよう大斧で吹き飛ばすことは可能だ。


 それに———


「はぁっ!」


「ふっ!」


 シカナが斬りかかるのに応じて放たれたタラサの拳は、虚無に向かって放たれた。


 攻撃の対象であるシカナは、すでにタラサの背後に回り込んでいたのだ。


 シカナはタラサの胴体部分に二本の斧を引っ掛けると、体を斧ごと一回転させてから地面に叩きつけた。これで数秒は稼げる。


 やはり予想通り、タラサの戦意の力はそれほど強くない。先ほど殴りかかられた時も、簡単に目で追える速さだった。


 シカナは自分よりもスピードが遅い敵に対してはめっぽう強い。タラサにとってはシカナは強敵となり得るだろう。


 横目で見れば、グランはすでに分体を一体倒している。このペースで抑え込んでいけば、分体の処理は可能だ。


 だが、タラサは地面に寝そべりながら余裕げに笑みを浮かべていた。


 そしてシカナの斧を片方殴った。


「…………………え?」


 静かな音を立てて、斧は先から割れた。


「剣聖から聞いたことはありませんか?あらゆる物体、それは魔法ですらも、小さな粒でできていると」


「な…何が…」


「弟子の中で最強の実力を持つトーアは、粒と粒を切り離すほどの完璧な斬撃によって万物を斬る。私も同じように、粒と粒の間を駆け巡るを物体に与える打撃術を持っています。戦意操作も魔力運搬も才がない私に与えられた才能ですよ」


 馬鹿げている。武器を使わずに、拳を対象に与えるだけで物体を壊すことができるなど、現実離れしている。


 武器が一本だけになってしまったシカナは体勢を立て直すべく飛び下がった。


 グランが倒した分体の数は三体、あと半分以上もある。その間、彼の拳を一度でもくらえば、もう一方の斧も壊れてしまう。


(そもそも…あの拳を俺が受けたらどうなる…?)


 トーアに斬られたら当然真っ二つだろう。だが、タラサに殴られた場合、体は破裂するのだろうか。


 考えている暇はない。そもそも受け流せばいい話なのだ。


 シカナはスピードで翻弄すると、斧を振り下ろすべく接近した。


 だが、タラサはすでに手のひらをシカナに向けている。


「『サンダー』———ッッッ!!!」


「ちっ…」


 身を翻したシカナに向けて、タラサは殴りかかった。


 その拳を受け流し、シカナは斧を振り下ろした。


「ぐ…」


 すると何故か拳で防ごうとはせず、タラサはそのまま地面に叩きつけられた。


 タラサが拳を出す瞬間、何か踏み込みのようなものを行なっている。おそらく特定の力の入れ方をしなければ殺傷能力はそこまで高くはないのだろう。今はただ踏み込みが間に合わなかっただけだ。


 斧を壊されないよう、シカナは距離をとった。


 今度はタラサが突進し、シカナの斧めがけて拳を突き出した。


「な…ッ」


 シカナは斧の柄で拳を受け流し、再び距離をとった。


 完全に防戦一方だ。この状態ではたとえ結界が解けたとしても勝てない。シカナは悔しげに歯噛みした。


 分体はあと三体、もうすぐだ。


「…あなたは剣技を使わないのですか?」


「使えないんだ」


「なるほど…使えない人間もいるのですね」


 戦闘中にも呑気にデータの収集をしているとは、神経を逆撫でするのが上手い男だ。もしかすると、神経を逆撫でしてシカナの平常心を乱しにきているのかもしれない。


 剣技を使えないことは、シカナにとっては嫌な事実だ。剣技が使えなかったせいで苦労したことが何度もある。


 だが、シカナはこれでもグランに頑張って追いつけるよう努力している。今はグランと協力して一つの敵に立ち向かっている。それもまた一つの事実だ。


 拳を受け流しながら、シカナはグランの様子を見た。


 あと一体、それももうすぐ終わる。


「よそ見です…かッ!」


 タラサの渾身の一撃により、シカナの斧は木っ端微塵に砕け散った。


 だが、関係ない。もうすぐグランが来る。


「御退場願います———ッッッ!!!」


 タラサが拳を突き出そうと、一歩踏み込んだ。


 その瞬間、タラサに向けて一本の槍が飛来した。


 あまりにも速い飛来速度に自信を無くしたのか、タラサは飛び下がった。


「遅れて悪かったな、シカナ」


 グランは刀を両手で握りながら構えると、シカナに言った。


「お前の槍だ」


「ああ」


 シカナは地面に突き刺さった槍を抜くと、右手だけで持ち構えた。


 白竜の構え、これがシカナの本来の構えである。

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