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覇王記  作者: 沙菩天介
魔王編
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第十八話 アルディーヴァ王都

 金銀財宝の三割をもらい、イグリダの旅は生活面では何不自由ないものとなっていた。馬車もあり、食料もある。王都までの道のりに異能者の村は無いとのことなので、このまま一直線に進めるだろう。


 アルディーヴァの道路とはいえ、舗装はされていない。そのため行く道に魔王軍の監視もない。万が一あったとしても、勇者の剣を受け取っているためなんとか戦えるかもしれない。


 盗賊団の面々は村での生活があるため、引き止めることはできなかった。シカナは気を遣ってくれたが、断った。何せこれはイグリダの旅だ。わざわざ人に気を遣わせるほどのものではない。


 トーアは用事を思い出したらしく、どこかへ行ってしまった。


 ちなみに幹部二人は、アグラが持っていた『魔法を無効化する布』で包まれて『愚者』の村に閉じ込められているらしい。ギアに関しては、爪と角が生えるたびに切り落とされているのだそうだ。


 なんだかんだで、数ヶ月ぶりの一人旅だ。アラスタと出会う以前ならなんの違和感もなかったが、今では少しだけ喪失感がある。


「………何考えているんだ…」


 岩岩が続く真昼の道を進みながら、イグリダは一人つぶやいた。


 そもそも、天下統一後は一人でゼウスの宮殿に籠り、世界を見守るのだ。一人でいることが虚しいのなら、統一後は耐えられたものではない。


 今ここで喪失感を感じてどうする。自分は覇王になるのではなかったのか。


「…ん?」


 不意に前に視線を向けると、何やら女性と子供が口喧嘩のようなことをしている。人のことを言えたものではないが、アルディーヴァの敷地内を旅とは、命知らずもいいところである。


 少し警告しておこうと、イグリダは二人の元へ馬車を進めた。


「だから、イグリダのことを知ってるんでしょ!」


「知らないって。子供はさっさと家帰ったほうがいいよ」


「僕は王子だぞ!それに、君から微かにイグリダの匂いがする!」


「うわ……」


 近づくごとに、会話の内容が鮮明になっていく。同時に、顔もわかった。


「……何故だ」


 子供の方はわかる。彼ほどの執念なら、イグリダを追いかけてきてもおかしくはない。


 だが、女性の方は本当に意味がわからなかった。なぜこのような場所にいるのか、見当もつかない。


「アラスタ、エフティ」


 イグリダが呼ぶと、二人は驚いたように目を見開いた。


「イグリダ!やっと会えた!」


「…ひ、久しぶり」


「ああ」


 予想もしない人物と、予想もしない組み合わせで再開した。



 ※



 英雄ゼウスの元で修行をしていたと言うアラスタは、つい先日ゼウスの秘技を習得し、イグリダの手助けをするために駆けつけたのだそうだ。ゼウスからはイグリダのことを何も聞かされていないらしい。


 エフティは、村に帰ったはいいものの目的を一つも達成できていないので、再び旅に出てしまったらしい。しかし途中で迷子になり、ギアの城にたどり着くこともなく岩場を彷徨っていたと言う。


「ここで会って別れるのもなんだし、一緒に行ってあげるよ」


「そうか。それは心強い」


「ぼ、僕だってイグリダの役に立てる!」


「君も頼りにしているよ、アラスタ」


 何か不満があったのか、アラスタは悔しげな顔をして毛布にうずくまってしまった。


 アラスタが強力な魔法使いとなったのは紛うことなき事実だろう。英雄ゼウスの奥義は見たことがあるが、それはそれは素晴らしい威力だった。


 おそらくエフティも『星』の異能に慣れてきたはずなので、王都に向かう途中の戦闘では苦戦はしたとして負けることはないと言える。


 しかし、何か引っ掛かりがあった。


「エフティ…」


「ん?」


「……いや…、…なんでもない」


 エフティはぼうっと空を眺めることが多くなっている。何か会話をしたとしても、どこか声色が低く感じる。前回馬車に乗った時はわいわいと会話を持ちかけていたため、イグリダは違和感を覚えていた。


 十中八九、子供たちのことだろう。


 子供たちは死んだも同然だと、エフティはすでにギアから聞かされているはずだ。もしかすると、子供たちを元に戻す方法を探しているのかもしれない。


 だが、聞けない。これ以上エフティを追い詰めることはできない。なんでもないようなふりをして、王都で別れよう。


「ねえ、イグリダ」


「何かな」


「…ギアは倒したの?」


「ああ、倒した。雷王のキャナも倒した」


「へえ、ずいぶん強くなったんだね」


「いや…」


 キャナを倒せたのは確かにイグリダの知識があったからだが、グランの殲滅力がなければ倒せなかった。ギアに関しては言うまでもない。


「強い仲間がいたのでね」


「…ふうん」


 エフティはやがて興味をなくしたように声を漏らすと、再び空を眺め始めた。


「わぁー!これ、絵本に出てくる剣じゃない?」


「ん?」


 ふとイグリダが御車台から後ろを振り返ると、アラスタが勇者の剣を持ち上げてまじまじと眺めていた。アラスタもイグリダと同じように本が好きなので、思い出深い品なのかもしれない。


「宝島に置いてあった。ペトラはいらないとのことだったので、俺がもらうことになったのだ」


「でも、イグリダって槍と両手剣の使い手だよね?これ使えるの?」


「素振りは一応やってみたが、その剣は凄い。剣技を使わずとも勝手に魔力が消費される」


「ええ…」


「その分、威力は上がる。その剣で剣技を撃てば凄まじい破壊力を得るだろう」


 一撃必殺を狙うときに、この剣を抜くのが良いだろう。『竜剣ドラゴンブレード』を放てば、全てを焼き尽くすほどの高温に達するはずだ。


 数時間岩場を馬車で進み、アラスタとエフティが眠りに落ちた頃、イグリダは正面を見て思わず息を漏らした。


 見通す限りの平原だ。無理矢理魔法でも使って地形を整地したような光景である。平原の中心には、クアランド王都の役十倍ほどの大きさを持つ規格外の都市があり、都市の中心に行くほど地面が盛り上がっている。


 まるで要塞のような都市を眺めながら、イグリダはため息をついた。


「アラスタ、エフティ、馬車を降りよう」


「…ん…ぅ、…え?」


 ごしごしと目を擦りながら、アラスタは首を傾げた。


「なんで…?」


「流石に平原を堂々と通ることは出来ない。王都からでも魔王軍から確認できてしまうだろう」


「え…じゃあ、馬車は…」


 仮に馬車をどこかに置いていくとして、誰か一人を世話役で置いていかなければならない。イグリダはいくとして、置いていくのはエフティかアラスタということになる。


 エフティの戦闘能力は、ほとんど異能頼りだ。それも、巨体相手には異能があまり機能しない。巨体の魔物は一定数いるので、彼女では力不足だろう。


「アラスタ、留守番を頼めるだろうか」


「留守番って言い方、なんか嫌だなぁ…」


「それでは、馬車の護衛を頼む」


「君の役に立てるなら、僕はなんでもやるよ」


「ありがとう」


 アラスタの、イグリダに対する忠誠心は目を見張るものがある。正直どこからその忠誠心が来ているのかは全くわからない。だが、アラスタがこれほど慕ってくれているのなら、こちらもアラスタに対して何かしらの意を示した方がいいだろう。


 イグリダはエフティを起こすと、武器と金貨、少量の食料を持って馬車を降りた。


「そうだ、アラスタ」


「うん?」


「俺はこれから魔王を倒しに行くが、もし万が一俺の身に何かあれば、君が天下統一を成し遂げてくれるだろうか」


「な…」


 アラスタは顔を青ざめさせた。


「なんてこと言うんだ。死ぬなんて僕が許さない」


「そう怒らないでくれ。君を一番信頼していると言うことだ」


「…………あ」


 きっとこの言葉は、アラスタのやりがいにつながるだろう。これから馬車の面倒を見るという地味な任務を与えておきながらこの台詞を吐くのは少し気が引けるが、今伝えておくべき台詞だと思う。


 それに、万が一ベルフスを倒し損ねた場合のことも考えて、種を撒いておいたほうがいい。


「早く、見つかるよ」


 エフティの警告に身をすくめながら、イグリダはアラスタに手を振った。



 ※



 アルディーヴァの王都は、クアランドのように魔法技術を全面に出したような街ではなかった。街灯のようなものも全く見当たらないので、おそらく夜は家の明かりのみで街が照らされるのだろう。


 地形は全て坂道になっていて、エフティは頂上に登る頃には少し息を切らしていた。


「大丈夫か」


「うん。ていうか、魔王城どこにあんの?」


「………」


 王都の中心にあるのは、他となんの代わりもないただの住宅街だ。アルディーヴァ最大の王都と呼ぶには、あまりにも住宅街が多すぎる。


 それに、静かだ。


「あたしたちの村以外は、監視とかで生活が厳しく取り締まられてる。だから人が街をうろつくことなんて無い」


「…ひどい場所だ」


「犯罪は起きないけどね」


 その言葉に、イグリダは引っ掛かりを感じた。何か大きなメリットのように感じられる。


「おい、貴様ら。その格好はなんだ」


 不意に背後から声がかかり、イグリダは剣の柄に手を添えた。


 魔王軍兵士が、三人揃って険しい表情をこちらに向けている。


「指定された服以外は着るなと、学校で習わなかったのか?」


「あいにく、学校には行っていないものでね」


「そうか、とにかく連行———なッ!?」


 兵士たちはイグリダとエフティが持つ武器を見て飛び下がった。


「傭兵か?冒険者か?このアルディーヴァ王都で刃物を持ち歩いていた場合、即刻死刑を執行することになっている」


「剣技…!」


 イグリダが突進するとともに、兵士の一人が通信石で応援を呼んだ。


 王都の魔王軍兵士だ。エグメルよりも強いのだろう。それでもここは住宅街なので、思い切り魔法を放つことは出来ない。


「『雷光一閃』———ッッッ!!!」


「シールドオー……ぐぁあああッ!!!」


 激しく光を放ちながら襲いかかる光と雷の剣技は、三人の兵士を貫通して電撃を与えた。


 同時に、壁を重力を設定したエフティがイグリダを掴み、路地裏まで落下するような勢いで飛んでいった。


「もう少し隠れて来るべきだったね」


「ああ、考えが至らなかった」


 イグリダは顔を顰めると、エフティと共に路地裏を駆け回った。


「『星』の異能は設定できる目的物が10メートル以上近くに無いと能力が使えないから、もうあたしの異能は頼りにしない方がいいよ」


「承知した」


「貴様ら!止まれ!」


 空から降り立った兵士五人は、こちらに手のひらを向けた。後ろからも五人ほど兵士が来ている。


「もし当たらなければ仲間に当たることになるが、いいのか」


「『サンダー』———ッッッ!!!」


 躊躇のない初級雷属性魔法攻撃が、二人目掛けて空を裂いた。


「『鳳凰舞』———ッッッ!!!」


 だが初級魔法に負けるほどイグリダの剣技は弱くない。放たれた風属性の魔力は『サンダー』を吹き飛ばし、正面の兵士五人をも吹き飛ばした。


「イグリダ、足元空洞」


「なるほど」


 これだけ主要の設備が整っていない理由がわかったような気がする。イグリダは背後の兵士も吹き飛ばすと、地面に向けて剣技を放った。


「『岩薙』———ッッッ!!!」


 凄まじい轟音とともに、足場が崩れ始める。だが、そのすぐ下にはさらなる路地裏があった。


 木材と石で作られた、一家のベランダのような光景が遠く続く道だ。


「なぜ空洞だと?」


「つま先で叩いた」


「ふむ…」


「貴様らああああああ!!!」


「まずい」


 とにかくまずは大通りの場所を確認しなければ、これほど入り組んだ場所で城を探すことなどできない。イグリダはエフティを背に担ぐと、全力で走り出した。


 先は暗闇ではなく、奥の方に黄昏色の光が見える。おそらくそこが大通りだ。あとは大通りから城を探すだけでいい。


 だが、一つ影があった。


「初めまして、私の名はタラサ。魔王軍の者です」


「深淵の目…」


 スーツに身を包むメガネの男だ。だが、見てわかるように彼は幹部だ。そこらの魔法使いとは訳が違う。


「止まれ、と平氏から何度も言われているはずですが…」


「死刑とも聞いている」


「あなたは彼らに自己紹介をしましたか?彼らは命令を忠実に遂行するだけの脳しか持ち合わせていません。しっかりと自己紹介をすることが大切です」


 タラサは言った。


「イグリダを発見次第殺すことになっていたんですが、先ほどベルフス様の命令であなたを拘束することになりました」


「そうか」


 言いながら、イグリダは剣を構えた。


 今までのパターンなら、おそらくタラサはクラーケンの能力を持っている。クラーケンの分体は本体から一定距離離れた場所に生成される8本の足なので、他の災害魔物ディザスターに比べて簡単に処理できる。


 ここでタラサを倒し、そのままベルフスに戦いを挑もう。


 イグリダがじっとタラサを見つめると、タラサはにっこりと微笑んだ。


「ぐ————ッ!?」


 すると突然何か重みのようなものを感じ、イグリダは地にうずくまった。


 体が重い。クラーケンに未知の能力があったと言うのか。


「ごめんイグリダ」


 だが、イグリダの目に映ったのは、予想だにしない敵の姿だった。


「え…エフティ…?」


「でもあんたには、みんなを幸せにすることなんて出来ないから」

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