第十七話 剣豪の蒼雷
金属音が度重なって鳴り響く。すでにこの状況は、互いにとって信じがたいものである。
トーアにとって、斬れないものはつい先月まで存在しなかった。トーアと剣を打ち付けて武器が折れない者はセンしかいない。正確な斬撃に耐えられるのは正確な斬撃のみだと、トーアは確信していた。
だがギアの籠手も、キオの大剣も、トーアの刃を通さない。
一方、ギアは自分を最強だと自負している。どれほど強い魔法も、武器も打ち砕く強さが自分にあると確信していた。
だが、トーアの持つ細い剣は折れなかった。
「お前…いいかげん諦めろヨ…」
「諦める理由はない」
「お前と戦うのがストレスなんだヨ!」
ギアは地団駄を踏んだ。
「簡単に打ち砕けねえ物に潰す価値はねエ!お前はどうせ俺に勝てねえんだかラ、大人しく死んどけばいいんだヨ!あァー!ムカつくゼ!」
「……」
ギアは集中力を欠いている。かといって、集中力を欠いたら敗北するような人間ではない。
(あの無敵の正体を暴くには…)
ここ数十分、トーアは魔力を一度も消費せずにギアのほぼ全部位に斬撃を与えている。だが、どれも効いていない。やはり何か、魔力的な仕掛けがありそうだ。
斬っていない場所は手足だ。しかしそこは未知の金属によって斬撃を与えることができない。仕掛けがあるとすればそこだろう。
「…まだだ」
目をまだ斬っていない。
「ア?」
「剣域、『雷域・蛍光の型』」
トーアはそう呟き、地に刀の切先を向けた。
空気中を、僅かな紫電の粒子が駆け巡る。まるでトーアの意のままであるかのように、それはギアの元へ集まっていく。
やがて、その粒子はそれぞれが『紫電一閃』となって襲いかかった。
剣域、それはトーアが編み出した究極の範囲攻撃だ。この『雷域・蛍光の型』は、周囲に魔力を漲らせて、一斉に剣技を放つ必殺技である。魔力を全て消費する勢いでいけば、相手に無数の『電光雷轟』を浴びせることもできる。
「ぐ…、お…ッ!?」
ギアは一つ一つを拳で捌いていたが、やがて目につけたゴーグルが破壊されてしまった。
深淵の目が、トーアの目に映る。
「…ッ」
ようやく合点がいった。奴は災害魔物の特性を持っている。
災害魔物の共通の特性は、本体とは別の『分体』が存在すること。その文体を全て殺さなければ、本体にダメージを与えることができない。
だが、分体の姿形は種類によって違う。ギアを討伐するには、ギアがどの魔物の能力を使っているのかを知らなければならない。
(勉強不足だったな…)
トーアは魔物にはそこまで詳しくはない。知っているのは会ったことがある魔物の殺し方だけだ。災害魔物にはお目にかかったことがない。
「…おまエ…俺の…ゴーグルを斬りやがったナ…?」
「大切なものなら、戦場には持ち込まないほうがいい」
「ば…馬鹿ガ…、何してやがル…!モースト製のゴーグルだゼ…!価値のある物も分からねえカぁぁッ!」
感情がより荒ぶっている。それにモーストとは、思わぬ人名が出た。二人は裏で何か繋がっているのだろうか。
「よくも斬りやがったナァァァァァァァァァ———ッッッ!!!」
「———ッ!?」
気づけば懐に潜り込んでいたギアの攻撃を、トーアは危ういところで防いだ。
怒りで我を忘れたギアの連撃は、先ほどとは比べ物にならないほど速い。そして、とても人間の拳が出せる威力ではない。トーアですら攻撃を凌ぐので精一杯だ。
連撃の速度は次第に上がっていく。
「死ネぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
やがてトーアの手を刀が離れ、ギアはトドメを指すべく拳を振りかぶった。
「『鳳凰舞』———ッッッ!!!」
直後、突然暴風がギアに襲いかかり、トーアを殺そうと振りかぶった拳は遥か遠く、平原の端の方まで飛んでいった。
イグリダだ。どうやらピンチに駆けつけてくれたらしい。
「君がピンチとは珍しい」
「…そうだな」
あれほど死を間近に感じたのは久しぶりだ。それほどの強敵だった。
当のギアは、平原の端で怒ったように地団駄を踏み、何やら魔力を高めている。
「イグリダ。災害魔物は全て言えるか」
「ああ」
イグリダは言った。
「鳥の様な怪物グリフォン、海の怪物クラーケン、剛腕の獣ベヒモス、そして災禍の王テュポン。この四体が災害魔物だ。ベヒモスは数十年前に初めて地上に姿を現したため、図鑑に載っていないことも多いが…」
「そのベヒモスという魔物の分体はどんな形をしている?」
「ベヒモスの角と爪が分体の役割を果たしている。まさか、ギアも災害魔物の力を…?」
「ああ」
この様子だと、幹部全員が力を授かっていそうだ。イグリダは腕組みをした。
「分体の特性として、ベヒモスの可能性は高いようだ」
「ギアに宿る力はベヒモスのものだと仮定する。しかし奴の爪は俺でも斬れない金属で覆われている」
「なら、俺が溶かそう」
「可能なのか…?」
「ああ、おそらく『剛王機』にも同じものが使われている。それを溶かすことができたのだから、可能だろう」
そういうと、イグリダはギアの姿を見据えた。
ギアは頭上に数百メートルほどの巨大な岩石の塊を浮かせている。紛い物だが、もはや小惑星だ。
トーアは一歩前に進んだ。
「俺が道を開く。アンタは後に続け」
「あ、ああ…」
了解の意を示す返事をしつつも、イグリダは冷や汗をかいていた。
「『地壊儀』———ッッッ!!!」
隕石が迫る。想像していたよりも遥かに速い。
まるで避けることも許さないように、土属性の上級魔法は天を覆った。だが、トーアは一歩も動かない。確実に斬れるという自信を背中から感じる。
そしてその自信通り、次の瞬間隕石は真っ二つになっていた。それも剣技を使わずに。
「行くぞ…!『雷魔纏』…ッ!」
トーアは力んだ声でそう言うと、刀を逆手に持って突進した。
魔纏と名付けた、トーア作の強化術だ。属性魔力を特定の部位に集中させることで、属性ごとの能力強化が得られる。雷魔纏は、自身のスピードを強化し、攻撃を与えた場合は相手にわずかな電気を付与する。
しかし魔纏には代償が存在する。雷魔纏の場合は、魔力を集中させた部位で連続的な痙攣が起こる。そのため、斬撃を行う場合には魔纏を解除しなければならない。
だが、今はいい。とにかく今は、素早い連撃で相手を押し込める必要がある。そのための逆手持ちだ。
「『雷域・蛍光の型』!」
「『ガイア』!」
複数の剣技が、土属性中級魔法と衝突して消えた。土属性の技を消すのは困難だ。
だが、ギアの後隙は生まれた。
「『竜剣』———ッッッ!!!」
「がァァ———ッ!?」
渦巻く灼熱の炎が、ギアを守る鋼鉄を溶かした。獣のような長い爪が見える。
そしてギアのすぐ目の前に、魔纏状態を解除したトーアが立っていた。
直後、円を描くように振られた刀が、ギアの全ての分体を切り落とした。
やがて…
「『岩薙』———ッッッ!!!」
「『紫電一閃』———ッッッ!!!」
二つの剣技が同時に放たれ、ギアは数十メートル吹き飛んだ。
血が舞っている。ダメージが入った証拠だ。
ギアは吹き飛んだ先で勢いよく地面を転がると、そのまましんと動かなくなってしまった。
「気絶だ」
「…ふぅ…」
トーアの言葉を聞き、イグリダは安心したように剣を納めた。
一気に幹部を二人倒した。先程のイグリダの『魔王戦はすぐそこに迫っている』という予想は当たっていたらしい。
残る幹部は後一人、剛王と雷王はどこかに閉じ込めておくとしよう。




