第十六話 覇王vs雷王
背後から何者かによる攻撃で圧力を受け続け、気づけば島の反対側にいた。
浜辺に背中を見せたのは、キャナと会話をしようとした少しの間だけだ。その間に攻撃を喰らったのであれば、相手は凄まじいスピードを持っている。
ギアは背後からの圧力が止んだのを確認し、振り返った。
「お前、その細い武器で俺をここまで運んだのカ?」
「ああ、まさか幹部がいるとは思わなかったが、攻撃が通用したようで何よりだ」
「ヒャハハハ!通用したたぁ面白えこと言うナ」
「今の力の入れ方は、押し出すことを目的としたものだ。殺す気で斬れば結果は変わるだろう」
「どうかナ?せいぜい頑張れヨ」
島の反対側には、崖に隣接した平原がある。思う存分、なんの障害もなく戦える。
トーアは踏み込みの姿勢すら取らず、足を開いている。どういうつもりかはわからないが、それなりの自信があるのだろう。
ギアとて、トーアが凄腕の剣士だということは勘づいている。トーアの態度の理由は理解しているつもりだ。
果たしてどうくるのか、ギアは興味津々だった。
すると、トーアは刀を逆手持ちに変えた。
「『雷魔纏』」
「ア?」
ふと呟いた技の名前に、ギアは首を傾げた。
直後、雷を纏ったトーアがギアの目の前に移動していた。
「は、速——」
「——『紫電一閃』———ッッッ!!!」
放出される紫電の魔力は、ギアの腹部めがけて真っ直ぐに突き進んだ。
「らァ——ッ」
問題はない。魔法も剣技も、拳で打ち消せる。剛王はその肉体だけで戦えるのだ。
「『紫電一閃』———ッッッ!!!」
「無駄だァ———ッッッ!!!」
何度魔力攻撃が来ようと、拳で打ち消せる。何度斬撃が来ようと、拳で打ち消せる。個で最強のギアに勝てるのは、この世界で魔王のみだ。
「お前の実力を知レ———ッッッ!!!」
「はぁ———ッ!」
拳と刀がぶつかり合い、空気を揺らした。
嫌な感覚だ。この男の斬撃は、ギアに少量の電気を残す。そのおかげで体が思うように動かない。
しかし、トーアを纏う雷は消えていた。どうやらごくわずかの間のみの強化魔法のようだ。
「こっちの番ダ!」
「どうかな」
トーアが剣を構えているところへ拳を見舞おうとすると、突然背後からの衝撃がギアを襲った。
先程と同じ細い刀、援軍だろうか。
「な、なんだお前ェ———」
「『電光雷轟』———ッッッ!!!」
背後にいたのは、雷によって作られたトーアの分身だった。分身は剣を振り上げ、魔力を放った。
『電光雷轟』は、トーアが編み出した雷属性の剣技だ。雷属性の欠点である威力の低さを改善するため、魔力を大幅に消費する。その代わり、凄まじい威力とスピードを誇る必殺の剣技だ。
「が…ッ」
ギアはその威力によって吹き飛ばされ、崖側で受け身を取った。
「…なるほど」
「どうやら俺の強さをたった今理解したようだナ」
必殺技をその身で受けても、ギアは傷一つついていない。トーアが持つ中で最強の威力を持つ剣技をくらっても無傷なら、今のままではトーアは勝てないだろう。
「俺のバリアは永遠に尽きねえゼ、時間稼ぎしても無駄だ」
「…ふん、勘違いするな」
トーアは切先をギアに向けた。
「俺はあくまで勝つつもりでやる」
※
「か…かっこいい……」
「ん……?」
想定外の言葉が飛んできて、思わずイグリダは首を傾げた。
かっこいい?剣技だろうか。しかし剣技は放っていない。武器がかっこいいのだろうか。しかしこの少女は、真っ直ぐにイグリダを見つめている。であれば、イグリダがかっこいいと言うことになる。
「俺が…?」
「は…はい、好みです。声もステキです」
「なら、一度この軍勢を無力化してくれないか」
「はい、お話ししましょう」
少女はそう言うと、片手を上げた。
随分と素直だ。この状況を利用すれば、このまま魔王を倒しに行けるかもしれない。思わぬチャンスだ。
「念のため聞くが…君は幹部ということでいいのかな」
「はい、私がマオーグン・カンブのキャナです」
「キャナ…か」
シカナの話によれば、キャナが治安維持に失敗したせいで海賊が生まれたとのこと。今は海賊を生み出した責任を負わされ、始末に来ているのかもしれない。
「あなたは?」
「ああ、俺はイグリダだ」
「い、イグリダ?あなたがですか?」
「そうだ」
「も、もっと気取った人間だと思っていました!」
「いや、傲慢とよく言われるが…」
そんな話をしていると、グランたちが駆け寄ってきた。
「テメエ、知り合いか?」
「いや、どうやら俺に惚れてしまったようだ」
「は?ガキの遊びに付き合ってやってんのか。優しいねえ」
馬鹿馬鹿しいと言うように、グランは鼻で笑った。
「せっかくの幹部を倒すチャンスです。惚れられたからといって——」
「ブガイシャは黙っていてください」
「……」
気を悪くしたのか、ターナスは腕組みをして背を向けてしまった。
さて、どうしたものか。イグリダに幹部が惚れたからといって、幹部が魔王軍を裏切るはずがない。どうにかうまくこの状況を利用したいものだが、キャナのどこに地雷があるのかわからない。
「それで、君はこれからどうするのかな」
「イグリダを殺せとのメーレーが出ています」
「それは魔王の命令か…?」
「はい、ギアとイッショにあなたを殺しにきました。でも、私はイグリダを殺しません。ハンリョとしてついてきてもらいます」
「…ふむ」
このままついていけば、魔王の城に行ける。そのままベルフスと戦闘を行うこともできるだろう。だが、作戦もない状態で敵地に飛び込むのは危険だ。ギアよりも強いのだから、今のイグリダに勝てるはずがない。
それに、幹部が無敵なら魔王も無敵に決まっている。どうにかしてバリアの正体を暴かなければ。
「すまないが、ついていくことはできない」
「な…なんでですか!」
「俺は魔王を倒し、世界を治める。君の伴侶になることは出来ない」
「ええ…」
キャナの反応を見て何かを察知したのか、グランの槍を握る力が強まった。
「…じゃあ、圧倒的な力を見せつければ、ついてきてくれますよね!」
前髪で隠れていたキャナの目は、キャナが勢いよく手を上に掲げたことで露わになった。
深淵だ。
「『氷海の杯』———ッッッ!!!」
キャナが両手を掲げると共に、グランは杯状の氷の床を作り出した。
まるでやぐらだ。ここから魔法や剣技を撃って敵を倒そうと言うのだろう。
いくら鈍感なイグリダでも、もう話し合いが通じないということはわかっている。ここでキャナを骨折させるなりして、幹部を倒したという実績を手に入れよう。
「ムダですよ!カイゾクのシタイは全て、私をコピーしたようなジョータイです!つまり、私が使える魔法なら使えると言うことです!」
なるほど、確かに海賊たちは『フライ』を使って上から攻めてこようとしている。
しかし妙だ。人を魔物にする魔法など聞いたことがない。あったとして、魔物にした相手に自身の性能をコピーするというのは流石に強すぎる。消費魔力は人間が出せるものではないだろう。
何か裏があるはずだ。
「『シールドオーラ』!『シールドオーラ』!」
「グラン様、この数の魔法使い相手にこの戦法は危険です」
「ああ分かってる。今おろす」
グランが槍を突き刺すと、氷の杯は消えるように溶けていった。
「『竜剣』———ッッッ!!!」
現状最も殲滅に長けた剣技を放ち、イグリダは顔を顰めた。
やはり消費魔力が多い。死体たちは溶けていくが、このままではこちらの魔力が保たない。
「グラン、彼女は何か言っていなかったか」
「あ?何が」
「この状況を打開するヒントが欲しい」
「あー、なんか言ってたな」
グランは武器を振りながら、ただひたすらに「あー」と声を漏らしている。
海賊たちはそれほど強くはない。キャナの性能をコピーしたとはいえ、頭を使って戦闘を行うことができない。捌くのは容易だ。
グランは的確に海賊の首を切り落としていくと、「あ!」と突然声を響かせた。
「確か、卵が孵ったとか言っていやがった」
「卵が孵った…?」
意味がわからない。
「『インフェルノ』!」
突如、後ろから巨大な炎が一直線に放射された。
「…この人たち、燃やしても死なない」
「散り散りになるまで燃やさねえと無力化出来ねえよ」
「ええ、彼らはすでに死んでいます。斬ろうが燃やそうが、雷王が合図をしない限りは敵の数は減りません」
ヘイルの言葉を聞いて、イグリダの脳内に一つの仮説が浮かび上がった。
卵が孵ると言う表現を比喩で使うことはあまりない。であれば、そのままの意味があるはずだ。
キャナの能力は、死体に自身の戦闘性能をコピーし、翼を生やし、意のままに操る。さらに本体を倒さない限り他は消えない。
そして本体は無敵。
この特性を持つ存在が、この世界に一つだけ存在する。なぜその特性をキャナが持っているのかはわからないが、おそらく魔王によるものだろう。
「翼を切り落とすんだ」
「あ?」
「翼を切り落とせば、死体は無力化される」
言いながら、イグリダは海賊の背中を皮ごと抉り取った。
仮説通り、翼を失った海賊はもう動かない。
「了解だ!」
勝ちを確信したような笑みを浮かべ、グランは海賊の群れの中に突っ込んでいった。
刀と槍を巧みに操り、次々と翼を切り落としていく光景は見ていて爽快だ。敵の戦力は一気に減っていく。
「な…」
先ほどまで呑気に見物していたキャナは、口をあんぐりと開けてその光景を眺めていた。
気づけば、キャナ以外の戦士は地に倒れ、すでに動かなくなっている。
「『災害魔物・グリフォン』、それが君の能力だ」
「…ッ、まさかマモノのベンキョーも欠かさないとは思いませんでした…」
グリフォンの能力は、死体に卵を植え付け、その体に残った魔力を全て吸収し、卵が孵った時にその死体を僕として戦わせるというものだ。そしてその僕を全て倒さなければ、本体にダメージを与えることができない。
だが、個体としての能力は無い。ちょうどキャナのように、優れた攻撃能力を持っているわけではないのだ。
「すでに、君を守る結界は解かれた。降伏すべきだ」
「…分かりました」
たかが幹部最弱、されど幹部最弱、この勝利は大きい。イグリダの目に映るビジョンでは、魔王との戦いは目前に迫っていた。




