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覇王記  作者: 沙菩天介
魔王編
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第十五話 一目惚れ

「『ファイア』」


 エンドが放った火球は船に向かってまっすぐに進んでいったが、間近に迫ったところで『シールドオーラ』によって無力化されてしまった。


 船の大きさから考えれば、おそらくあの船には魔法使いがこちらよりも多くいる。それに向こうは大砲があり、攻撃魔法を使う必要がないのでこちらの魔力が尽きてしまう。


「近づけろ!」


 グランが下に合図をすると、待機していたヘイルが『ウィンド』を後ろに放出した。


 魔法が施されている船は、どれだけ勢いよく突き進んでも傾くことはない。船は猛スピードで海賊船に突進していった。


 やがて船がぶつかると、イグリダたちは武器を手に突入した。


「乗り込んできやがった!!!」


「覚悟しろ!」


 イグリダは海賊の一人と剣をぶつけ合うと、勢いよく押し出して船内を掻き乱した。


 所詮はただの人間、それほど強くはない。剣技も魔法も使えないのなら相手にならないだろう。


「油断しちゃダメだ。どこに魔法使いが潜んでいるかわからない」


 両手それぞれに持った大斧を振り回しながらシカナは言った。


「魔法使いから不意打ちをくらえば、『サンダー』でも痛い目見るぞ」


「この密室で『サンダー』のような範囲魔法は放つまい」


「相手は海賊だ。俺たち盗賊よりも行動範囲が広く、戦闘経験も多い。それだけ残虐なんだ」


 シカナがそう言った直後、雷の魔法がイグリダ目掛けて飛んできた。


 存在を認知していれば魔法を躱すのは容易い。イグリダは回避に成功した後、顔を顰めた。イグリダが元いた場所の近くで武器を振るっていた海賊の悲鳴が聞こえたからだ。


「認識が甘かった」


「分かればいい」


 そういうと、シカナは海賊たちの中に身を投じた。あれほどの大きな斧を2本も持っていれば、闇雲に群れの中で武器を振り回した方が強いのだろう。


 直後、船内に電撃が走った。


 剣技『紫電一閃』による電撃だ。球状の単体攻撃だと思っていたが、どうやら剣技を打った場所からの直線上に電流を発生させる技のようだ。


「『大渦』———ッッッ!!!」


 水の剣技で大量の海賊を海に放り出し、グランは駆け寄ってきた。


「上は魔法組が制圧してる。もう片付いただろうな」


 イグリダも油断なく周囲を見渡したが、敵の気配はもうない。どうやら鎮圧出来たようだ。


 海賊たちは一応全員戦意操作を行なっていた。彼らが皆魔法を使えたらと思うと、こちらにもっとダメージがあったことだろう。


「これで海賊たちの強さも分かった。引き続き南へ向かおう」


 それにしても、この船はよく揺れる。やはり魔王軍の船とは違い、普通の航海は苦しいものなのだろう。そこらじゅうから嘔吐物の匂いが漂ってくる。


 そんなことを呑気に考えていると、何やら視線を感じた。


(どこだ…?)


 そこらじゅうを見回しても、あるのは気絶した海賊の姿のみ。視線を向けてくるようなものはない。


「どうした?」


「いや、何もない」


 グランに問われ、イグリダは首を振った。


 視線を向けてくる魔物など、この海にはいくらでもいることだろう。まずは宝島を目指す。視線を向けてきた存在に害があるのなら、後で処理すればいい。



 ※



「早かったナ」


「はい。設置魔法をカイゾーするだけですから」


 キャナは、足元の『ワープ』の魔法陣を踵でトントンとたたき、魔法を解除した。


 イグリダたちの船は、魔法使いが魔法陣をいじることで方角を決めることができる。キャナがその魔法陣をいじってしまえば、こちらに都合の良い航海をさせることができる。


 さらに、キャナはある工夫を凝らした。


 設置魔法の存在は、魔力を感知しやすい人間には簡単に把握されてしまう。例えキャナが魔法陣をいじっても、勝手に治されてしまうだろう。だが、キャナは設置魔法を『罠魔法』に変換することで、認知し難い魔法陣を作ることに成功した。


 罠魔法は通常、相手に気づかれないように設置する魔法だ。その魔法陣の仕組みは、魔力の流れを極力外に漏らさないように出来ているのだ。


 イグリダたちに向かわせたのは、彼らの目的通りの島。しかし、島の中でも特に戦いが激しい浜辺に向かわせている。


「計画通り、そこで一網打尽ってわけだナ」


 腕がなってきた。つい先日逃した獲物を、しっかりと殺すことができるのだ。


 それに、浜辺には大量の死体がある。キャナがついてきている以上、イグリダたちを殺し損なうことはないだろう。


 やがて、大きな島の前で船はとまった。


「魔王軍幹部二人、海賊蔓延る宝島に上陸だナ」


「さすが我が軍サイソクの船ですね」


 イグリダたちがここにつくのは後数分後だろう。


 怒声を浴びせながら武器をぶつけ合う海賊たちに冷ややかな視線を浴びせながら、ギアは拳を鳴らした。


「土属性最上級魔法…やるゼ」


 土属性の儀式魔法は最強と言ってもいい。大地を自在に操り、対象をつぶすことも、打ち砕くこともできる。


 そして何より、前提条件が存在しない。


 上級魔法の発射には、『その属性の魔法を指定回数発射する』ことと、『相手にその属性の魔力を付着させる』ことの二つの条件がある。指定回数発射することで体内に魔法陣を保存しておき、指定数の魔法陣が揃った時のみ、対象の魔力と結びついて凄まじい威力を発揮する。


 だが、『地壊儀』の魔法陣は重要な魔法陣が一つしか存在しないため、あらかじめ魔法陣を保存しておく必要はない。その上、大抵の場合は人は足を地につけている。地に足をつけているということは、土の魔力が常に付着されているということだ。


「『地壊儀』———ッッッ!!!」


 魔法が放たれると同時に、島の大地が海賊たちに襲いかかった。



 ※



「見たな?今の」


「ああ…。しかし、あれはなんの魔法だろうか」


 甲板でグランとともに目を凝らしていると、トーアが手すりに足を乗せて踏み込みの姿勢をとった。


「土属性の上級魔法だ。俺は行くぞ」


「一人で行くというのか」


「下手をすれば、船にいるアンタらに魔法が飛んでくるだろう。俺が先に行って魔法使いと接近戦を行う」


 なるほど、確かに船が沈んだ場合は剣士たちはなす術がない。せいぜいエンドたちにしがみつく程度のことしかできないだろう。安全に上陸するためにもこの策は必須だ。


 凄まじいスピードで飛び出したトーアに呼応して、船員たちは武器を構えた。


 上陸とともに飛び出し、浜の海賊たちを蹴散らす。あと数十メートル先の浜にたどり着けば、開戦の合図だ。


 三、ニ、一…


「『ボム』」


 突如、船が爆発した。


 否、突如というのは正確ではない。船は後方から連鎖して爆発しているのだ。


「『大渦』———ッッッ!!!」


 グランはありったけの魔力を込めて、イグリダたちを船から吹き飛ばした。そして砂浜に着地すると、我らが愛しい船の安否を確認した。


 沈んでいく。あれはもう終わりだろう。


「ご無事ですか」


 ヘイルはグランの隣に立つと、状況を確認し始めた。


「私、グラン様、エンド様、ターナスの四人は無事、あとはどこへ?」


「イグリダ、ペトラ、シカナ、アグラは俺が森の方面に吹き飛ばした。多分無事だ」


 そう言うと、グランは浜辺に立つ人影に目をやった。


「海賊どもはテメエがやったのか、ガキ」


「ガキとは失礼ですね。それに、私はこんなガサツなやり方はしません。まあ、『ボム』は私がやりましたが」


 見たところ本当にただの子供だ。ひらひらと可愛らしい格好をしていることから、いいところのお嬢さんだろう。食料に苦労したこともない、妬ましい存在だ。


「我々を待っていたのでしょうね。ただの子供がこんな場所にいるはずがありません」


「ええ、その通りです。彼女の正体は分かりませんが、警戒は必要かと」


 四人が身構えると、少女は満足げに頷いた。


「そうです。私は強い魔法使いのキャナ。マオーグン・カンブのイミョーをもっています」


「…幹部だ?テメエみてえなガキが?」


 魔王軍幹部は、剛王のギア、雷王のキャナ、海王のタラサの三人で構成される、凄腕の魔法使いだ。その実力はほとんど明かされていない。


 無論、幹部と戦えば死ぬからだ。


「カンブの強さはクアランドにも伝わっているでしょう。死にたくなければコーフクしてください」


「はっ、降伏してもどうせ殺すんだろ?」


「いえ、私はギアとは違ってサツリクは好みませんので」


 前のグランならへこへことついていったところだが、今はそんな気は起きない。


 イグリダの統一は達成されなければならないのだ。


「生憎、こっちはもう忠誠を誓ってる男がいるんでね」


「イグリダですか。たかがトーゾク倒したくらいの男にチューセイを誓うなんて、一体何考えてるんですか?」


「俺がその倒された盗賊なんだよ。たらたら喋んのも終わりだ。やりあおうぜ」


 別にお喋りにきたわけではない。海賊は全滅し、イグリダの目的である幹部がここにいる。先の上級魔法がキャナのものではないのなら、もう一人幹部がいるのだろう。


 好都合だ。


「分かっていませんね。では見せましょう。私がパパからもらった力を!」


 キャナは両手を勢いよく天に掲げると、周囲に魔力をたぎらせた。


 すると、海賊の死体が電気を帯びて立ち上がった。


「げ…」


()はすでにかえっています。この島にある全てのシタイが私のものです」


 直後、海賊たちは黄金に輝く翼をはためかせ、グランたちに襲いかかった。



 ※



「しかし…何年もずっと海賊がこの島にいるというのはさすがに変だな…」


 森に転がっている死体を跨ぎながら、イグリダは眉を顰めた。


 いくらなんでも、海賊にそこまでの人数がいるとは思えない。毎日殺し合いをしているのなら、とっくに勝者が宝を盗んでいてもおかしくはない。


「海賊が生まれたのは数年前だ。今が絶頂期なんだろう」


 シカナは言った。


「数年前…?宝はいつからあるのだろうか」


「ずっと昔さ。だが、幹部がキャナに代わってから治安を守るのが難しくなったんだ。おかげでアルディーヴァ南部の男連中は半分以上が海賊になった」


 ツッコミたいところだが、海のそばで暮らした人々の中に憧れでもあったのだろう。キャナという人物も災難だ。


 とはいえ、この状況はかなりありがたい。浜の海賊たちをグランたちが蹴散らしてくれるのなら、ペトラに宝探しをさせることができる。


 今この三人は、比較的安全な状態にあるのだ。


「イグリダ、お前は海賊たちを倒してきたらどうだ?」


「何故だ?」


「海賊たちを鎮圧したっていうのも手柄にはなるだろう」


 なるほど、確かにここで海賊たちを鎮めておけば、のちに魔王を倒した際、国民からの信頼も得やすくなる。そうと決まれば早速戦争だ。


「シカナ、アグラ。ペトラの護衛を頼めるだろうか」


「あー」


「構わんが、俺たちはペトラより弱いぞ」


「構わない。戦闘を避けるだけでいい」


「どうして戦闘を避けるのかしらぁ」


「と、とにかく任せた!」


 そう言って、イグリダは駆け出した。


 森は深くない。木々の隙間から海は見える上、島の中心にある山も見える。地形を考えれば、方角もわかる。


 だが、海賊たちの雄叫びが聞こえない。普通大量に人数がいるのなら雄叫びをあげて武器を打ちつけ合うものだという認識があるが、思っていたよりも静かな人たちなのかもしれない。


「…!」


 ふと足を止めた。


 前方から何かの気配がする。ひどい匂いとともに近づいてくる。


 闇の魔力と雷の魔力を持つ魔物だ。


「海賊が蔓延っても、魔物は消えないのか…!」


 イグリダは両手剣に棒を付け、槍として構えた。


 直後、それはあらわれた。


「…人?」


 否、それは人のような何かだ。


 白目を剥いて口をあんぐりと開けている()()は、背中から巨大な鳥の翼を生やし、手足の爪も伸び、周囲には雷のようなものを纏っている。


 実に奇妙な魔物だ。


「『岩薙』———ッッッ!!!」


 襲いかかってきた三体の魔物をまとめて巨木に叩きつけ、イグリダは再び駆け出した。


 二体、三体と、正面から次々と襲いかかってくる魔物に、イグリダは嫌な予感を覚えていた。


 人に近からずも遠からずな見た目の存在を、人は恐れる傾向にある。模型に見つめられている時のような嫌な感覚を、イグリダは今味わっている。


 とても、彼らが魔物だとは思えないのだ。


「『紫電一閃』———ッッッ!!!」


 前方に向けて真っ直ぐに剣技を放つと、やがてその光景は訪れた。


「こ…これは…」


 砂浜では、先ほどあらわれた無数の魔物が、一つの団体に向けて魔法攻撃を放っている。そのどれもが中級で、魔力が尽きる様子もない。


 魔物たちはイグリダの姿を確認すると、魔法攻撃を放ってきた。


「く——ッ」


 槍を両手で握りしめ、イグリダは全力で駆け出した。


 もう魔物とは言うまい。彼らは人だ、海賊だ。そして彼らは、何かによって凶暴化、もしくは操られているのだろう。


(操っているのなら、その力の根源が存在するはず…)


 イグリダが駆けていくそのさきに、一人の少女がいた。こちらに背を向けている。危険な島にいる以上、ただの少女ではないのだろう。


 イグリダは躊躇なく、その少女の背中に打撃を見舞った。


 金属と金属がぶつかり合うような音がした。


「な……」


 効いていない。ギアの時もそうだったように、この細い体の少女にも攻撃が効いていない。


(幹部には特殊なバリアでもついているというのか…!)


 イグリダは顔を歪め、素早く飛び下がった。


 どちらにせよ、この状況はまずい。何らかの対策をしなければすぐにでも壊滅しかねない。


 イグリダが頭を悩ませていると、少女は首を傾げた。


「誰ですか?」


 少女はゆっくりとこちらを向くと、驚きで目を丸くした。


「お…、お…オトコマエッ!」


「何?」


「オトコマエぇぇぇぇぇぇぇぇッッッ!?」

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