第十四話 敵襲
「断ります」
「ふむ…」
ターナスに断固拒否され、イグリダは顔を顰めた。
「貴様らの遊戯のために、我々がエンド様の身を離れることなど、あってはなりませんからね」
現在イグリダは、孤島に話を聞きに行くために同行者を集めているところだ。宴組は夜まで騒いでいたため、今はぐっすり眠ってしまっている。最も、ペトラに関しては、宴に加わっていなくとも眠っていただろう。
トーアは同行してくれるとのことだが、ターナスとヘイルは許してはくれない。
「ええ、私もです。そもそも、トーア一人いれば十分なのでは?」
「その通りですよ。我々にはエンド様を守るという重要な役目がありますからね」
「…いや、しかし…、聞き込みをするにあたっては人数は多い方が…」
「「断ります」」
「行ってきなよ」
エンドの言葉に、二人は飛び上がった。
「な、何をおっしゃるエンド様、我々が離れれば、エンド様が危険な目に!」
「そ、そうです!私は離れませんから!」
「うーん、でも、アグリダ困ってる」
その通り、イグリダは非常に困っている。
だが、同時にある案が浮かんだ。
「それならトーアをこの船に残して、君たち三人が全員で来ればいい」
一人が船に残らなければならない理由は、眠っている宴組を守るためだ。その任をトーアが引き受けてくれるなら、三人を連れて行ける。最初の計画より連れていける人数も多い。
「それなら文句はありません」
「分かった、行く」
「決まりだ」
イグリダはそう言うと、三人とともに船を出た。
宝探しといっても、情報が全くないのでは探しようがない。孤島の住人たちも知らない可能性の方が高い。
だが、イグリダは予感している。この孤島のどこかに、村はずれの小屋に住む老人がいるということを。変わり者の老人は、どの村にもいると相場が決まっているのだ。
「行くあてはあるのですか、貴様」
「手当たり次第に聞き込みだ」
「計画性皆無、エンド様を連れ出す理由として不十分だったのでは?」
「ふむ…」
この二人、とにかく言いがかりをつけたいようだ。話題をすり替えなければ。
「そういえば、二人はなぜ盗賊団に?」
魔法使いともなれば、生活に苦しむことはないだろう。王都に行きさえすれば、職などいくらでも転がっている。
魔法使いが盗賊に入るというのは、本来はあり得ないのだ。
「「エンド様の為です」」
話によれば、元々ターナスとヘイルは『死神』の村の魔法使いだったらしい。しかし村を襲ったエンドの姿を見て、守ってあげたくなってしまったとのこと。
どうやらエンドの姿と態度は、二人の母性を刺激してしまったようだ。ターナスは男だが。
「あの村に戻りたいとは思いませんよ。我々を必要とした『吊』の村で、今後も魔法を振るいます」
「そうして貰えると助かる」
それにしても、幹部たちの人生は不明だ。グランがセンの元で修行をしていたと言うのは想像がつくが、他のメンバーは剣技が使えない。
船に戻ったらグランにでも聞いてみることにしよう。
※
「あいつら馬鹿だナ」
にやにや笑いながら、ギアはルーン石を眺めていた。
追跡用の魔法が仕込まれたルーン石だ。これを港の船全てに埋め込んである。イグリダたちがどこに向かっているのかなど容易に想像できる。
そして、監視用のルーン石も船の至る所に設置してある。会話も全てダダ漏れだ。
「キャナ、やっぱりあいつラ、例のものを取りに行ってるらしいゼ」
「許されざるコーイです」
そう言うと、12歳ほどの少女——キャナは、ロリータ服をひらひらと舞わせながらギアに近寄ってきた。
「ただの人間フゼーがユーシャ様の持ち物を奪うだなんて、ゴーマンも良いとこです」
「お前もまだガキなんだかラ、一丁前に着飾ってんじゃねえゾ」
「聞き飽きました。というか服を着てください、気持ち悪いです」
目を釣り上げてそういうと、キャナはルーン石を奪い取った。
「オイオイ、下半身着てりゃ良いだろうガ」
「ロシュツは少ない方がいいです。肌を守らない人はフケツなので」
「ガキ風情がよく言いやがル」
「それより、ケーカクを考えましょう。乗り込むなんて嫌ですからね」
そう言われて、ギアはムッとした。
イグリダと対面したとき、ギアには手も足も出なかった。あれほどの弱い人間を警戒して特攻をやめろと言うのは、ギアには難しい話である。
ギアの不満げな顔を横目で見て、キャナはため息をついた。
「ギアが言った通りの人間が、港の魔法使いたちに勝てると思いますか?」
「いや、勝てねえナ」
「でしょ?だから強いキョーリョクシャがいるんです。突っ込んだら痛い目見ますよ」
そんなことを言われても困る。ギアが他の人間に負けるはずがない。ギアは生まれてこの方、一度も敗北を味わったことがないのだ。
「じゃあ、作戦があるんだナ?」
「はい、海賊とイグリダ、まとめてイチモーダジンです」
「発音おかしくねえカ?『イチ・モーダジン』ってなんだヨ」
「今度私にジュクゴを教えてください」
「何度やってもお前には無理ダ」
この少女はどうにも熟語に弱い。意味ははっきりと分かっているのに、覚え方がおかしいのだ。特に原因があるわけではないとベルフスは言っていたので、ただの能力の欠陥だろう。
「で、どんな策ダ?」
※
村に聞き込みをした収穫は大きかった。
まず宝は、三つの渦の中心にある島に隠されているらしい。もちろん、そんなことはこの海に住む人間なら誰でも知っているので、今ではその島は海賊たちの戦場となっているのだという。
確かに一度その島に上陸すれば、宝を運んだり持ち帰るときに横から奪い取られるだろう。島から敵を全滅させようとするのは当然だ。
しかし、宝の存在は海で初めて聞いた。一体センはどこから情報を手に入れたのだろう。
「ジジイには隠れたダチがいるんだろうな。『無我の境地』のことだって、そこら辺から聞いたんじゃねえのか?」
談話室の床で寝そべりながらグランは言った。
「もしジジイのダチが、トーアみてえに世界中飛び回るタイプの人間なら、宝の情報を手に入れていてもおかしくはねえ」
なるほど、センがもし大事を成そうとしているのなら、共通の目的を持った仲間がいてもおかしくはない。ペトラを鍛えるための協力は惜しまないだろう。
「剣聖センは何がしたいのか、聞いてもいいだろうか」
「構わねえ、あいつにはもう縁もねえからな」
グランは一呼吸置くと、驚くほど声を低くして言った。
「復讐だよ」
「な…、彼が…?」
「ああ、よく考えれば復讐でもやりそうな性格じゃねえか?」
そうは言っても、センからは憎悪の感情を微塵も感じなかった。目は鋭い目をしていたが、あくまで真剣さを貫いていた。
「しかし…復讐が目的ならわざわざそんな遠回りなことをする必要は…」
「いや、あいつは勝てなかった。自分より才能のある人間を育てようと思ったんだろ」
「君はなぜ剣聖のことにそれほど詳しいのかな」
「俺もあいつの弟子だった」
グランは言った。
「俺たち盗賊はガキの頃…クアランドの王都でゴミ漁ってた頃、センから戦闘の技術や盗みの技術を教わった。俺の復讐に手を貸してもらうなんてことも言っていやがったな」
確かに、グランは強かった。あれほどの剣技の技術を持っているのなら、ずっとセンに教えてもらっていればさらに強い剣士になっていたのだろう。
「だが、俺以外の三人は剣技を使えなかった。エンドは魔法が使えたが、センからすれば専門外の分野を教えてもどうにもならんだろ。俺たちは食いもん盗んでの暮らしに満足しつつあったが、センは満足してなかった。そんな時だ」
グランは壁に背を預けているトーアを流し見た。
「女が路地裏で行き倒れていてな。幸いなことに赤ん坊二人はまだ生きていたから、センはその二人を預かることにしたのさ」
「…その二人が、トーアとペトラだと?」
「ああ、次の日にはセンはトーアとペトラ連れて消えてた。それ以来もう会ってねえよ」
「…俺が家出した時に、グランは今の話を俺にしてくれた。今のセンが何を考えているのかは誰にもわからない」
トーアは言った。
「ペトラに『無我の境地』を習得させれば何があるのか、本当に分からない。どれほど危険な技なのかもわからない。復讐相手がどれだけ強いのかもわからない。なら、ペトラを鍛えるのを防ごうという考えに至ったんだ」
「君も、剣聖センが復讐しようとしているということは知っていたのか…?」
「ああ、だが情報は一度に明かした方が混乱も少ないだろうと思い、今まで黙っていた」
イグリダも、ペトラをセンから守るという約束をトーアと誓っている。できれば早く知っておきたかったが、文句を言っても仕方ないだろう。
何はともあれ、これでようやくしっかりと動けそうだ。
「なら、島にペトラはあげない方がいいのではないだろうか」
「修行の形式上難しい。引き続き、強敵を俺たちが積極的に相手をするという方針で行こう」
「俺たちも協力してやる。ジジイの計画が上手くいっちまうのは気に食わねえ」
センの計画になんの疑問も持たず素直に従っていたことが悔しいのだろう。グランは歯軋りしている。しかしグランも復讐をしようとしていたので、人のことを言えたものではない。
「とにかく、万が一海賊が強豪ぞろいだったなら、全部トーアに任せちまうってのも———」
どがっしゃあああああああああああああああん!!!
と凄まじい音が響くとともに、船が大きく揺れた。
「な…トーア、テメエクソくだらねえことでキレてんじゃねえよ!」
「俺じゃない。敵襲だ」
三人は急いで甲板に出ると、船の側の海面が大きく波打っている。
「見ろ」
トーアが指さした方向を見ると、木製の巨大な船がこちらに大砲を向けていた。
海賊だ。




