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覇王記  作者: 沙菩天介
魔王編
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第十三話 出港

「というわけで、だ。テメェら、恩ある偉大な覇王サマのために船を出し、宝探しに貢献することになっちまった」


「えーい」


 気の抜けた返事をして、アグラは拳を掲げた。


 現在イグリダたちは、港のそばの茂みで港の様子を観察していた。見張りの魔王軍を無力化することさえできれば、船を奪えるだろう。


 メンバーはイグリダ、トーア、ペトラに加えて、グラン、アグラ、シカナ、エンド、ヘイル、ターナスの合計九人だ。ヘイルとターナスは、エンドの部下らしい。


 キオは『吊』の村を守るため、村に残るとのことだ。


「でも、大丈夫なのか。魔王軍の兵士を全員倒すってことは、いよいよ真正面から魔王に喧嘩を売るってことになるんだぞ」


 シカナは言った。


「問題ない。すでに俺は魔王軍幹部に喧嘩を売っている」


「そうか。それなら、俺たちも全力で手を貸そう」


「しゃぁー、やったるかぁー」


 シカナとアグラがダッシュの姿勢をとるが、グランが慌ててアグラの肩を掴んだ。


「あー?」


「テメエは弱えだろうが。ここで待っていやがれ」


「了解だぁー」


 アグラは、盗賊団幹部の中で最弱だ。戦意操作ができるため格下相手には勝つことができるが、魔王軍相手ではほとんど役に立たない。その代わり、盗みの技術は盗賊団で一番なのだという。


 魔王軍兵士は門の近くに5人、倉庫の近くに4人、船の周りが4人、そして港の角にそれぞれ2人ずつ、合計21人だ。全員がエグメルほどの実力を持っていると考えられる。


「…門のすぐ近くに倉庫がある。俺が門から入れば、倉庫側の見張りも加勢するだろう」


 トーアは言った。一人で敵を引きつけるつもりのようだ。


「角の見張りも加勢すると思うわぁ」


「10人以上相手することになる。テメエそんな強えのか?」


「…試したことはないが、やってみよう」


 流石というべきだろう。トーアのおかげで戦力の半分は削られたと言っていい。


「じゃあ…後は俺とテメエらで船を直接取りに行くぞ」


 こちらは8人、相手も8人、全員で一対一をすることになるだろう。こちらの戦力は平等とはいえずとも僅差なので問題はない。


 やがて、合図と言わんばかりにトーアは紫電の剣技を放った。


 そして気づけば、トーアの姿は門のそばにあった。


「俺たちも行こう」


 シカナの言葉に頷き、一同は武器を抜いて駆け出した。



 ※



 太陽の光が一切届かない大陸最大の都市。綺麗な立方体をくり抜いた内側に作ったような都市で、中心に十字の大通りが存在し、路地裏が各住宅への道としての役割を果たしている。


 まるで普通の都市であるかのようなレンガや粘土の住宅街があるが、それは何層にも連なり、空間を埋め尽くすような奇妙な光景が広がっている。大通りから見れば、窓から見える灯りが暗闇を照らすので、思わず息を呑むほどに美しい。


 そして大通りをまっすぐ進んだ突き当たりには、その住宅地に負けぬほどの巨大な黒い城が佇んでいる。


「よォ、タラサ」


 ギアはその黒い城の中に堂々と入っていくと、入り口のそばで佇んでいるスーツの男に声をかけた。


「久しいですね、ギア」


「お前まだこの城にいんのかヨ」


「城を出て行ったのは君だけですよ。私もキャナも、この城に満足しています」


「無欲だナ」


 そう言うと、ギアは再び足を進めた。


「どこへ行くのです?」


「ベルフスに報告ダ。こっちでイグリダを見つけたってナ」


「ほう?私とキャナも後で向かうとしますか」


「———その必要はない」


 不意に聞こえたしゃがれた声に、ギアとタラサは飛び下がった。


 全身を黒い鎧で包んだ男——ベルフスは、二人の様子を見て楽しげに笑った。


「警戒心が強いのは良いことだが…あまり離れると声が届かん」


「お戯れを。貴方ならテレパシーが可能でしょう」


「我輩に魔力を使わせるな。疲れる」


 そう言われて、二人は渋々ベルフスに近づいた。


「ベルフス、俺はイグリダに会っタ」


「その様子だと逃げられたようだな…」


「何やら仲間がいたようでナ、逃しちまっタ」


 ベルフスは長いため息をつくと、ギアを見て言った。


「港で軍が全滅した。お前が逃したイグリダの手によってな」


「おっト」


「キャナが手下どもに船を用意させている。二人でイグリダを殺してくるのだ」


「仕事が早いナ」


 アルディーヴァの港を使ったと言うことは、おそらく南の海に向かうつもりだ。そこでは最近海賊が暴れているとも聞く。ついでに鎮圧しておくとしよう。


「了解ダ。任せナ」



 ※



「「「「かんぱーい!」」」」


 扉の隙間から漏れる声を聞いて、イグリダは口元を綻ばせた。


 船の談話室では、グラン、アグラ、シカナ、ペトラの四人が、船を奪ったついでに奪ってきた食料で簡易的な宴を開いている。


 船は魔法が施されているらしく、揺れないように出来ている。飛び跳ねても少しも揺れはしない。エンド、ターナス、ヘイル、トーアの四人は魔法が使えるため、下で魔法の異常がないか常に確認してくれている。


 イグリダはやることもないので、甲板でぼうっと空を眺めていた。


 港では、トーアが本当に十数人を相手にして見せていた。戦っている姿を実際に見たわけではないが、トーアほどの実力があれば実績を積むのも比較的容易だろうと、少しだけ羨ましく思った。


 だが、同時に疑問も抱いた。


 トーアとペトラが修行した時間はほぼ同じだ。話によれば、トーアが家出をしたのは21歳…つまり2年ほど前になる。差をつけたとすればこの二年間だろう。


 トーアとペトラの違いは、魔法を使えるか使えないか、そして性別の違いしかない。二人は双子であるため、年齢による差は生まれない。


「考え事か…?」


「む…」


 不意に現れたトーアにギョッとし、イグリダは体を起こした。


「下にいなくても良いのかな」


「四人でやるような仕事じゃない。二人で十分だ」


 トーア曰く、故障はほとんど起きないので、見張りを二人で交代でやれば問題ないとのこと。とはいえ、あの二人がエンドから離れることはまずないだろう。


「君とペトラの違いを考えていたのだよ。キオとの戦いも港での戦いも見ていないが、戦果を見るとどうしても考えてしまう」


「……双子は二人でセットみたいな物言いだな」


「なるほど…確かに。申し訳ない」


「いや、話の腰を折って悪かった」


「あ、ああ」


 イグリダは頷くと、談話室に続く扉を流し見た。


「君とペトラの違いはほとんど思い浮かばない。なのに強さだけが大きく異なる。ペトラも俺より強いが、ある程度ついていけているように思える。しかし君にはとても敵う気がしない」


「…敵ったら困る。実際アンタがペトラに迫る強さを持っているのも、俺としては納得していない」


「俺も一応村では魔物狩りとして名を馳せていたのだから、少しは目を瞑ってほしい」


「…そうだな、実戦は大事だ」


 トーアは言った。


「俺たちは生まれてから十数年間、ほとんど実戦をしていなかった。全てセンの監視下で修行をしていた。そして俺はこの二年、さまざまな強敵と戦ってきた。剣技と魔法の鍛錬も行った。前のキオとの戦いも、俺を成長させた」


 なるほど、実戦を経験した者としていない者の違いが、この双子の違いと言うのだろう。


 解釈を変えれば、ペトラは実戦を経験することでトーアと同じくらいに強くなれるということ。そして、トーアとは違ってセンの教えを忠実に守っているペトラが実戦を経験すれば、『無我の境地』を習得してしまうということになる。


 だから、トーアは心配しているのだ。ペトラが成長できないレベルの戦闘をさせ続け、センとペトラを満足させようとしているのだろう。


 センを満足させることはできないと分かっていながら。


「そういえば…なぜ剣技を使っているのか、聞いても良いだろうか」


 剣技の特性は、魔法に比べて大きく劣る。魔力の属性を変更することはできず、変換効率も魔法より悪い。すぐに開発できるとはいえ、名前をつけて運用するのであれば同じ性能の魔法を開発した方が何倍も強い。そして武器を持たずとも攻撃が出来る。


 魔法を使える人間が剣技を使う必要などほとんどないのだ。


 イグリダの質問に対して、トーアは一瞬硬直した。そしてしばらく顎に手を当てて視線を泳がせた後、困ったように笑った。


「なぜだろうな」


「……」


 イグリダは息を呑んだ。


 トーア自身も今分かったのだろう。自分が、センの技を使いたがっているということに。


 トーアはセンに失望した。失望したということは、信頼していたということだ。今は嫌っていても、きっと遠い昔は、師匠のことが大好きだったのだろう。


 だから、ペトラに同じ思いをさせまいと、今こうして必死になっているのだ。


(自分を十数年間慕ってくれた我が子のような存在を失望させるだと…?)


 何がセンをそうさせたのだろう。人の心を持っていれば、必ず躊躇があるはずだ。何か目的があったとしても、我が子同然の存在に辛い思いをさせようなどという結論に、あの老人が至るはずがない。


 彼はその鈍色の瞳で何を見たのか、今のイグリダに仮説を立てることは難しかった。

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