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覇王記  作者: 沙菩天介
魔王編
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第九話 英雄奥義

「『インフェルノ』!」


 渾身の魔力を込められて放たれた炎の中級魔法は、少しもずれることなく一直線に、的に向かって炎を放出した。


「『ブリザード』!」


 だが、魔力の波が収まることはない。続けて放たれた氷の中級魔法が、鋭利な先端を向けて的に飛んでいった。


「『プラズマ』!『テンペスト』!『ガイア』!『オーシャン』!」


 そのまま雷、風、土、水の中級魔法も、同じく的に向かって飛んでいった。


「『エンジェルフォース』!「イヴィルストーム』!」


 最後にとどめとでも言うように光と闇の魔法を放ち、少年アラスタはどっと疲れたように倒れ込んだ。


「はぁ…はぁ…」


「…全属性の中級魔法を連続で放てるほどまで来るとは…。予想以上の逸材じゃ…」


 現在アラスタは、宮殿の中庭でゼウスに面倒を見てもらっている。ゼウスに課題を出されたのだ。


 その課題とは、魔力運搬の技術をとにかく上げることである。


 中級魔法を何度も連続で放つような戦い方をしていれば、プロの魔法使いでも魔力切れを起こす。しかし、魔力運搬の精度を上げ、最適化された魔力量で魔法を撃つことで、このように中級魔法を何度も連続で撃つことが出来る様になるのだ。


 これが出来るようになることが、ゼウスからの最初の課題である。


「ここにお主が来て約1週間、常人の才ではとても辿り着けぬ境地じゃ…」


「それにしても…はぁ…はぁ…あれ、ぜんっぜん壊れませんね!どんな素材ですか!」


 そう言って、アラスタは的を指差した。


 八属性の中級魔法を真正面から受けても、全く傷ついていない。あれを防具にでもすれば、魔法もいよいよ終わりである。


「む?あれはわしが丁寧に『シールドオーラ』を八回重ねがけしただけのただの的じゃ。次攻撃したら壊れるぞい」


「なるほど…」


 道具にあらかじめ防御魔法をかけることも出来るとは、魔法というのはつくづく便利なものだ。


 アラスタはため息を吐くと、やがて立ち上がった。


「それで、約束の奥義を教えてくれるんですよね」


「そうじゃな、お主はわしの奥義を授けるに相応しい魔法使いじゃ。すでに魔王軍の大半は倒せるようになったじゃろう」


「じゃあ…」


 期待に胸を膨らませるアラスタを静かに見据え、ゼウスはやがて踵を返した。


「場所を変えるとするかのう。ついてくるのじゃ」


 言われるがままに、アラスタはゼウスの背中についていった。


 宮殿の中庭を出て、広い宮殿の敷地を抜け、アラスタはそれらの神秘的な空間を目にした。


 美しい彫刻だ。数百年前の文化を肌で感じ、アラスタは穏やかな感情を覚えた。同時に、この宮殿にこれから住もうと考えているイグリダが羨ましくもなった。


 奥に広がる広大な森林を前にして、やがてゼウスは立ち止まった。


「ここら辺でいいかのう」


「何をするんですか?」


「簡単なことじゃ」


 ゼウスはそういうと、アラスタに向けて手のひらを開いた。


「な…!?」


「わしが奥義を何度も撃つ。それを見て、肌で魔力の流れを感じ、自力で奥義を習得してみよ!」


 確かに、魔力の流れは魔法を撃つ際に感じ取ることができる。そのおかげで、直前になんの魔法を撃つのかをあらかじめ予測することも、何度もその魔法を使っている魔法使いなら可能だ。


 だが、あくまで大まかな把握で、実際に魔力の流れを感じ取ってその魔法を習得することなど不可能に近い。


「奥義!」


「…ッ」


 唾を飲むアラスタに向けて、ゼウスは魔法を放った。


「『王雷』———ッッッ!!!」



 ※



 暴風が吹き荒れ、木々は葉を苦しげに吐き出すように飛ばした。枝も数本折れたようだ。


 その様子を見て、バリバルは感激したように声を漏らした。


「すげぇ…」


「やはり何度も戦闘を経験してきた人間は、剣技の習得が早いようだ」


 イグリダは言った。


 バリバルがイメージで作り出した剣技は風属性だった。


 風属性の特性は、剣技と魔法の両方とも、優秀な牽制能力を持っている。これは遠距離攻撃を得意とするバリバルに相性の良い属性だ。


「これって、自分で名前つけてんのか?」


「ああ」


「ええー、なんか恥ずかしいな。てかこれ、イメージで作るんだから名前いらなくね?」


「いや、俺の経験上必要だ」


 イグリダは自分の剣を指さした。


「確かに剣技はイメージで技を作り出せる上に、魔力運搬のルートを変えるときも魔法ほど難しくはない。しかし技に名前をつけ、その技の使い所をあらかじめ整理しておけば、戦闘中にどのような技を撃つべきなのかの判断が早くなる」


「なるほどな…剣技にも役割があるのか」


「俺のように全属性の魔力を持っている人間でないのなら、或いは必要がないのかもしれんが…」


「珍しく自慢げだな…」


 バリバルは不満げに言った。


「持たざる者の気持ちも考えて欲しいな」


「はぁぁぁぁ!?あたしなんか剣技撃てないんですけど!何が持たざる者よ!」


 遠方で料理しているエフティに怒鳴られ、バリバルは縮こまった。


「下には下がいるってやつか…」


「なんか言った!?」


「ああー!腹減ったなあ!晩飯まだかなあ!?」


 やりとりに顔を顰めつつ、イグリダはエフティの心を気にかけてため息をついた。


 『教皇』の村を出て数日、イグリダたちは『悪魔』の村で一晩を過ごした。現在は『悪魔』の村を出て数日間、ギアの白に向けて真っ直ぐ移動中である。


 エフティの様子は、全く変わっていない。今日も今日とて、バリバルと憎まれ口を叩き合っている。


 だが何かの拍子で、もしまた死に直面すれば、旅の途中で足を止めてしまうだろう。


 それを防ぐために、イグリダはもうエフティの稽古をやめた。彼女は完全に戦いから遠ざけるべきだ。異能を得たとはいえ、剣技を使うことは出来ないのだから。


 そして、イグリダやバリバルも死なないようにしなければならない。エフティには、これから誰の死にも立ち会わず、平和な村に帰ってもらわなければならないのだ。


「明日あんたがご飯作る時、あたしが急かしてやる!」


「うわっ、嫌がらせ地味だな…」


「な…じゃあ今からあんたの皿にだけ、薬草をしこたまぶちこんでやる…」


「いやー、お前ん時の飯は美味いよな。いつも感謝してる」


「でしょ?やっぱりあたしが一番料理上手」


「最高」


 バリバルはヘラヘラ笑うと、どかっと地面に座り込んだ。


「てか、明日料理作んの怠くなってきたな。なあイグリダ、泊まれるとこねえのか?」


「この近くに『愚者』の村がある」


「そういやそんな村あったな。あー、てか、お前ら金あんの?」


「……俺は野宿で良い」


「で、エフティの分は俺に出せと…」


「可愛いエフティ様を野宿させる気じゃないよね?」


「そうだよ」


 そうしてまた喧嘩が始まった。


 確かに、そろそろ安定した金が欲しいところではある。アルディーヴァ王都に向かう際も、かなりの金額が必要になるだろう。前回はセンの金でどうにかなったが、今回ばかりは頼れない。


 トレジャーハントでもしようか。


「仕方ねえな。エフティの分は俺が金を出す」


「恩に着る」


「ここからどれくらいだ?」


「三時間あれば着くだろう」


「じゃあ、明日昼に起きても問題ないな」


 バリバルの話によれば、バリバルは昼まで寝るのが普通らしい。早起きをしても少しの得にしかならないのだとか。


「ねえバリバル、剛王の城までどのくらいなの?」


「まあ、もうすぐだな。『愚者』の村から多分一日もかからずにギアの城まで行ける」


「じゃあ、野宿はもうしなくていいんだ」


「お前帰りのこと忘れてねえか?」


「…」


 エフティは顔を真っ赤にして黙ってしまった。


 同時に、イグリダも呆けた。


 そういえば、帰りのことを考えていなかった。ギアを倒せば魔王軍は何かしらの動きを見せるため、急いで他の幹部も倒さなければならない。わざわざ数週間かけてエフティを村に還す余裕はないのだ。


「バリバル、帰りのことだが…」


「お前ほんと図々しいよな」


「…すまない」


「まあ、気分次第だ。せいぜい俺をおだてておくんだな」


「ご飯できた」


「おう!うまそうだな!」


「良い匂いだ」


 見たところ、山菜炒めだ。しかしわずかに赤みがかっていて、甘い香りが漂っている。どうやら工夫を凝らしたようだ。


 一口ひとくち運ぶと、匂い通りの甘みが口に広がった。


「これは…プアプルの実だな。お前まだこんな隠しメニュー持ってたのか」


「わかんない。あたし木の実の名前知らないんだよね。木の実ひとくち齧って、それっぽい味で山菜炒めた感じ」


「君は料理人になれる」


「何その断言」


「おいエフティ、俺もそう思うぜ。今まで何人もの料理を平らげてきたが、やっぱりお前の料理が一番だ」


「そ…そう?ありがと」


 珍しく放たれた素直な賞賛に、エフティは顔を赤くした。


 だが、騙されてはいけない。バリバルは今、必死に笑いを堪えている最中である。素直な賞賛などとはとても言えたものではない。


 三人は料理を平らげると、寝袋に包まって談笑した。


 ギアを倒せばこの三人での旅が終わると考えると、感慨深いものがある。イグリダはここ数週間、楽しいという感情を抱いていた。


(天下を統一すれば、もう皆とは話せないな…)


 少しだけ、抵抗を感じた。


 もしこれから、ずっと一緒にいたいと思う人が現れても、イグリダはその人とは一緒にいられない。その事実を改めて実感した。


 それでも、彼らの笑顔を守れるのなら、何も迷うことはない。

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