第二話 覇王と王子の旅立ち
「覇王…」
覇王と言われて、ピンとくる例はない。前例として大きな二つ名は、勇者、魔王、英雄、そして剣聖であり、覇王などという存在は現れたことがなかった。
「何か大きなことを成そうとしているのか…」
アラスタの言葉に、イグリダは小さく頷いた。
「俺の計画を大まかに説明すると、各地の異能を集め、英雄ゼウスの宮殿を使って世界を見守り、力によって争いを滅するというものだ」
「力によって…ってこたぁー、暴力沙汰起こした奴には制裁を加えるのかぁー?」
「無論、そうなる。正確には、『起こそうとした人』を止めるだけだがね。罰を受けさせたくないのだよ」
イグリダは微笑んでそう言ってのけるが、アラスタは顔を顰めた。
異能とは、世界に存在する22の不思議な力のことだ。クアランドでは、その異能こそが村を守る象徴となっている。『死神』の村にその名前がついているように、村は各異能をそれぞれの村の名前に掲げ、外敵から身を守っているのだ。
異能の多くは、魔法をはるかに凌駕する力を持つ。もしそれら全てを集めることができれば、誰も敵わない。イグリダはそうして、悪を滅するつもりだろう。
アラスタからしてみれば、あまり良い計画ではない。武力で国民を押さえつけるなどという方法は、歴史を見てもどちらかといえば悪に近い。
しかし、力による法は犯罪を防ぐ大きなリミッターとなる。もし全ての異能を集め、イグリダが超人になれば、犯罪を未然に防ぐことができるかもしれない。そうなれば、成功しないことがわかっていて一体誰が犯罪を犯すというのだろう。
「俺たち盗賊はどうなるんだぁー?」
アグラは少しばかり不安そうな顔をしている。
盗みは犯罪だ。それが成功しないことが確定するのなら、彼らに生きる術はいよいよなくなる。だが、イグリダがそこを考えていないはずがない。
「技術の発展に集中した国を作る。そうなれば人手が必要になるのは瞭然だ。職を求めて多くの人がその国に住むことになるだろう」
イグリダはそう言って、南の空を見上げた。
完璧とまではいえないが、世界平和を実現するにはある程度現実的な計画だ。全てを見守る神のような存在になることで、多くの問題を解決できる。
「『死神』の異能は、君が持っているのかな?ルイナ」
「は…はい、でも…」
ルイナは自分の胸に手を当てて、考え事をするように固まってしまった。
アラスタにもわかる。村を守る象徴を、急に現れた旅人に渡すはずがない。いくら助けられたからといって、先祖代々継いできた家宝を安易と渡すなど間抜けも良いところである。
「大丈夫、別に今から欲しいなどというわけではない。俺が盗賊王を倒し、魔王も倒し、覇王として民に認めてもらった後で構わない。君にも、俺を評価して欲しいんだ。どうかな」
「そ…それなら大丈夫です…!」
「よかった、ありがとう」
穏やかに微笑むと、イグリダは小さく頭を下げた。
「アラスタ王子、君は俺に協力してくれるのかな?」
「もちろんだ」
即答だ。アラスタは今のクアランドを変える為にここに来た。ここで城に帰れば、また愚かな王族の暮らしが待っている。
イグリダは再び穏やかに微笑んだ。
「それでは、行こう。アラスタ」
※
「しかし、まいった。これからどうしたものかな」
死神の森を抜け、通常の森に足を踏み入れた途端放ったイグリダの言葉に、アラスタはギョッとした。
「計画は…立ててないのか?」
「その口調を続ける必要はないよ、アラスタ。君が無理して態度を変えているのは知っているとも」
「あ…そうだったんだ」
騙されたような気分だ。不快というわけではないが、少し恥ずかしい。
「そうだな…実のところ何も考えていない。盗賊王に挑むつもりだったが、ただの盗賊というわけではなさそうだからね」
アグラ曰く、盗賊団の団員の全員でかかっても倒せないくらい強いらしい。アグラ一人に手こずっていたアラスタと、魔法使いでもないイグリダが勝てる相手ではないだろう。
八方塞がりというほど行き詰まってはいないが、かなり厳しい状況だ。仲間を増やすにしても当てがなさすぎる。異能者に力を借りるわけにもいかない。
二人で首を傾げていると、ふとアラスタの頭にアイデアが思い浮かんだ。
「剣聖の元へ行こう」
「剣聖…?」
「うん、剣聖についての噂は王都では絶えないけど、なんでも…魔法を使わずにアルディーヴァの軍隊と戦ったらしいよ」
「……なるほど?」
あまりに現実離れした話に、イグリダは首を傾げた。
アルディーヴァの軍隊は、盗賊団とはわけが違う。いずれも中級の魔法を使いこなし、一定の身体能力も備えている。魔法が使えない人間が勝てる相手ではないのだ。
だが、もしそれが実話なら、剣聖に教えを乞えば盗賊王グランにも勝てるかもしれない。行ってみる価値はありそうだ。
「良いアイデアだが…剣聖の居場所は分かるのかな」
「…北の方にいるとしか」
「北にいるのなら問題はない。何せ、クアランド王都も北だからね。方角は同じだ」
そう言って振り向くと、アラスタが眉間に皺を寄せていたので、イグリダは首を傾げた。
「どうしたのかな」
「クアランド王都となんの関係が…?」
「ああ…王都には酒場があるだろう。あそこは人が集まりやすく、冒険者が毎日のように酔いつぶれている。彼らに話を聞こうと言うわけだ」
「酒場か…」
そういえば、酒場で情報収集というのは物語の中でも定番だ。まさか同じことが現実でも行われているとは思わなかった。
「それじゃあ、王都までは『ワープ』を使おう」
「ワープ?それは魔法かな」
「特定の場所に設置して、どこにいてもそこに帰れる魔法だよ。僕は結構王城から出ることが多いから、城門に設置しておいたんだ」
「それは便利だ、すぐに行こう。どうすれば———」
イグリダが言い終わる前に、アラスタが手を掴んだ。
「『ワープ』!」
役に立てて嬉しいのか、アラスタは満面の笑みで魔法を唱えた。その様子を見て、イグリダは密かに微笑んだ。
※
流石に酒場に王子を入れることはできないので、イグリダは一人で情報収集に勤しんでいた。
クアランド王都の酒場は、以前来た時と変わらず騒がしい場所だった。椅子も机もない場所で旅人がくつろいでいる。汗と酒の匂いが入り混じり、初心者お断りの空気を醸し出していた。
旅人たちからの情報によれば、剣聖は北の海沿いの山の頂上に屋敷を構えていて、時々麓の村まで買い出しにやってくるようだ。腰には『刀』と呼ばれる武器を携えているらしい。しかし彼が武器を持った姿は誰も見たことがないという。
イグリダは子供のように、『刀』の話を聞いて少しだけワクワクしていた。
「両手剣みたいに重みで攻撃するわけでも、槍みたいにリーチを活かして戦うわけでもねえ。正直あんな武器で剣聖名乗れるってのは疑わしい話だぜ」
酒瓶を片手に持ちながら、バリバルはそう言った。
彼は見るからに冒険者だった。ロープやナイフなどをバックパックにくくりつけ、薄汚れたブーツを履いている。筋肉も申し分なく、いかにも冒険慣れしていそうな男だ。
しかし、彼は傭兵を名乗っている。なんとも戦いに不向きな装備である。
「平たいんだよ、防御に徹したらすぐにでも折れちまいそうなくらいにな。多分精密な斬撃が必要なんだろうよ」
「なるほど、持ち主の技術に大きく左右される武器ということだね…」
そう呟き、イグリダはハッとした。気づけば予定よりかなり時間が経ってしまっている。アラスタは退屈すぎて、今頃外で溶けてしまっているかもしれない。
「すまない、非常に興味深い話だが…仲間が外で待っているのでね」
「ああ、続きは自分で見て確かめな。頑張れよ」
バリバルはニカっと笑って片手を上げた。さようならのポーズである。またな、だったかもしれない。
イグリダは小さく頷き返し、酒場を後にした。
※
僅かに差し込む日の光が、その部屋を薄暗く照らしている。岩や粘土のようなもので作られたその部屋は、独特な匂いを放っていた。
部屋には何もない。あるのは岩の玉座と、四つの人影のみである。
「あ…?なんつった…?」
薄暗い部屋の中で、更に暗い声が響き渡った。その声色に、幹部たちは僅かに表情を硬らせた。
だが、報告を行った男、エンドは特に顔色を変えない。
「アグラが『死神』の村に匿ってもらったって」
「…何のつもりで」
「食料が奪えなくて、えーと、通りかかった旅人に負けて、頭下げて、なんか、生きる術?を学ぶみたいな…」
「…もういい」
明らかに不機嫌そうな顔をして、盗賊王グランは寝そべった。そしてしばらくうめき声をあげて、やがて大きなため息をついた。
「アイツの部下思いな性格が出たか…まさか仲間に計画を狂わされるとは思わなかったが…」
皮を剥ぐ勢いで後頭部をかきむしるグラン。その様子を見て、幹部の一人が口を開いた。
「アグラのせいじゃない。エンド、その旅人の名前は?」
「アグ…リダ、イラスタ…?」
「はっきりしろよ…。もういい…テメエら、しばらく様子見ろ」
指示を出し、グランは部屋を後にした。もしそのアグリダという男が自分を倒しにくるのなら、返り討ちにすれば全て元通りだ。アグラも帰ってくるだろう。
タイマンでグランに勝てる者などこの国にはごく少数しかいないはず。ぽっと出の旅人にやられるほどヤワではない。
「誰だか知らんが…覚悟しろ」
一人でにそう呟き、グランはベタついた髪をかきあげた。
※
小鳥の囀りと、喚くような虫の鳴き声で、イグリダははっきりと目を覚ました。
「……寝ていたのか…?」
ゆっくりと体を起こし、イグリダは周囲を見回した。
森の中だ。2m以上進めば、すぐにでも迷子になるだろう。今はイグリダが寝ていた部分だけが、寝ることだけを目的としたように無理矢理切り開かれている。
そして、すぐ横には少年が寝ている。
白金色の髪の少年だ。その髪に、イグリダは目を奪われた。
「…綺麗な色だ」
そう呟くと、イグリダは段々と鮮明になっていく記憶を追った。
確か、王都を出て三日目だ。そして昨日、ようやく剣聖が住むとされる山にたどり着き、その山の森でくたびれて、アラスタと共に眠ってしまったのだ。
幸い、食料はアラスタがメイドに用意してもらっていたので、三日間なんの問題もなく旅をすることができた。
「…ふむ、思い出すのに時間がかかったな…」
自分の記憶力が心配になるが、これも夢が鮮明すぎるせいだろう。
「アラスタ、起きるんだ。もう少しだよ」
できるだけ穏やかに囁くと、アラスタは心地良さそうな表情でより深い眠りについてしまった。
やれやれと言うように小さなため息をつき、ゆっくりと立ち上がると…
「誰かしらぁ」
「…ッ!?」
不意に声がかかり、イグリダは慌てて振り向いた。
ちぢれた髪を適当に後ろでまとめた女性だ。王都では見かけない、奇妙な服を着ている。
「こんなところに客人なんて珍しいわねぇ」
静かで、色っぽい声だ。しかしどちらかというと、痴女というよりは聖女のような響きを感じられる。
そして、イグリダは目を見開いた。彼女の腰には、バリバルから聞いた通りの武器が収められていたのだ。
「君が…?」
イグリダに問われ、女性は目を細めて微笑んだ。