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覇王記  作者: 沙菩天介
魔王編
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第八話 異能継承

 それは、少なくとも人ではない何かだった。


 全身は火花を散らしながらギクシャクと動き、予備動作のない不規則な行動で攻撃の限りを尽くす。


 その未知の生命体に、イグリダは戦慄していた。


「こいつ…どこから来やがった」


 言いながら、バリバルはロープにナイフをくくりつけた。


「こんな魔物見たことねえぞ!」


「俺もだ。本にも載っていなかった」


 イグリダが育った村には、これでもかというほど本が置いてあった。魔物狩りとして村に貢献していたイグリダは、よく魔物の本を読み漁ったものだ。


 だが、このような外見の魔物は初めて見る。簡単なスケッチすらなかった。あの本には、最上級の『災害魔物ディザスター』すら載っていたというのに。


「落ち着け、あれはおそらくギアのしもべだ」


 アガマは言った。


「ギアは、鋼鉄の塊を動かす技術を持っているらしい」


「つまり、あれは意思のない怪物ということか」


 鋼鉄の塊は、屈強な人間のような体格をしている。実際の大きさは人間の数倍はあるため、攻撃の威力は凄まじい。


 鉄塊の足元に倒れている人影を見て、イグリダは息を呑んだ。おそらくまだ生きているが、放置すればとどめを刺されかねない。


「…急ごう、これ以上被害を出すわけにはいかない」


「オーケー、あたしが動きを止めるよ!」


 エフティに頷き、イグリダは両手剣と棒を合わせ、槍として構えた。鉄塊を相手にするなら、防御よりも回避の方が有効だ。


「跪け!」

「『凪刀』ッ!」


 エフティが叫ぶのと同時に、イグリダは剣技を放った。


 それでも、鉄塊の動きは止まらない。多少は止まるが、力で押し切っているようだ。


「なんで!?」


「異能止めんなよ!俺も加勢する!」


 バリバルはロープで鉄塊を縛り地面に押さえつけた。


 二つの力が合わされば、この巨体を抑えることも可能らしい。


 水の剣技をくらった鉄塊は、わずかに苦しげにもがいた。


 さらにそこに追い討ちをかけるように、『エンジェルフォース』と『イヴィルストーム』が降りかかった。


 二つの中級魔法をくらって、無事でいられるはずがない。


 だが、鉄塊は思わぬ行動でその攻撃を防御した。


「「「———ッ!?」」」


 鉄塊の正面に展開されているのは『シールドオーラ』、汎用防御魔法だ。


 一度展開した『シールドオーラ』は、相手の魔力攻撃を確実に防ぎ、一度攻撃を防ぐと破壊される。魔力量に優れた魔法使いなら、何枚も『シールドオーラ』を重ねることで何度も魔法を防ぐことが出来る。


 鉄塊はゆっくりと手を正面に伸ばすと、炎属性中級魔法『インフェルノ』を放った。


「ぐ———ッ!?」


 少し残っていた水の魔力が威力を軽減したが、炎属性の中級魔法をまともに腕にくらってしまった。


 間違いなく、この鉄塊は自力で魔法を放出している。ルーン石ではなく、しっかり魔力の流れを感じるのだ。


「『愛の悪魔(フォルネウス)!イグリダを回復するんだ!」


 《任せてちょうだい!》


 野太い声が響いた直後、イグリダの火傷はたちまち治っていった。


 なるほど、回復と行動予測、その他の能力、どうやら『悪魔』は使いやすさはなくとも、技の種類はかなり多いようだ。


「それにしても、『シールドオーラ』を張られちまうならどうしようもねえぞ」


「いや、魔力切れを狙えばいける。幸運なことに、こと鉄塊は自由に動けないからな」


 アガマは言った。


「何度も『シールドオーラ』を張らせれば、奴にも限界が来る。そのためには連続で魔法を撃たなければならないが…」


「儀式魔法『天命儀』は連続攻撃です。どうにかして光の魔力を付着させられれば…」


「待て、お前は俺との戦いで魔力を消耗している。中級魔法にとどめて———」


「大丈夫。儀式魔法が、私の力だから」


「!」


 シムの言葉に、アガマは目を見開いた。


 そうだ、この少女は今前進を始めている。偽りの神に縋るのはやめ、自身の力で物事を解決できる強さを得ようとしている。


 ここで彼女の身を案じるのは、差し出がましいことだ。


「承知した。俺が光の技を使おう」


 そう言うなり、イグリダは突進した。


 イメージは、『紫電一線』。あの速度の剣技に光属性が合わされば、光属性の魔力を付着することに特化した超速の剣技が完成する。


 鉄塊の背後に回り込み、イグリダは槍を振りかざした。


「剣技、『雷光一線』———ッッッ!!!」


 純白の稲妻が空を静かに裂き、刹那のうちに光属性の魔力を付着させた。


「今だ!」


「『天命儀』———ッッッ!!!」


 シムの手の先から光の魔力が大量放出され、あたりは光に包まれた。


 同時に、鉄塊が何度も防御魔法を張っては割られる音が聞こえ始めた。『シールドオーラ』の連続行使による音だ。


 やがて、鉄塊に『天命儀』が命中した。ようやく攻撃を当てられる。


「『岩薙』———ッッッ!!!」


 現状最も攻撃力の高い剣技で、イグリダは鉄塊の頭部を打ち砕いた。


 直撃だ。


「よし、何とか勝てたな…」


 ガシャ、と音を立てて、静かに崩れ落ちる鉄塊を眺めながら、戦士たちは息を整える。この鉄塊が突然襲ってきた理由を考えなければならない。


「ギアは…ここに俺がいるということを知っているのか?」


「…ああ、おそらくエグメルが報告した」


「ふむ…では俺が原因か…」


 エグメルの話によれば、イグリダはすでにアルディーヴァ内で指名手配状態だ。ギアが何かしらの手を打ってきてもおかしくはない。


 仲間である『悪魔』の勢力ごと潰しにきたのは、アガマが何らかの反乱を企てていると踏んだのか、或いは、目的のために犠牲を出すことを厭わない性格なのか、いずれにせよ残酷な性格であることに間違いはないだろう。


 あわよくば魔王軍の幹部を味方につけられないものかと考えていたが、馬が合いそうにない。然るべき罰を受けてもらうことにしよう。


 考え事をやめると、ふとエフティの姿が目に入った。


「エフティ、何か見つけたのかな」


「…ん、なんか…」


 エフティは、倒れた鉄塊の頭部をじっと見つめている。何か発見したのだろうか。


「…こいつ、溺れてる」


「どういうことかな」


「わかんない。でもなんか、苦しんでる」


「鉄の塊が苦しむなどと…………」


 言いかけて、イグリダはハッとした。


 鉄塊の内部に猛烈な魔力の動きがある。まだ何か仕掛けているようだ。


(いや…違う!)


 これは、魔法を打つ時の魔力の動きではない。鉄塊内に網目のように張り巡らされた魔力が、急激に頭部に凝縮しようとしている。


 自爆だ。


「伏せ——」


 イグリダが叫ぶと同時に、鉄塊は爆発した。



 ※



「おい!おい!しっかりしろ!」


「…!」


 聞き慣れた怒鳴り声と同時に激しく体を揺さぶられ、イグリダははっきりと意識を覚醒させた。


 先ほどまでの記憶は鮮明だが、爆発直後どうやらイグリダは壁に叩きつけられたらしい。皆が集まっている場所とは少し離れたところで、背を壁につけて倒れている。


「大丈夫か?」


「あ、ああ…」


 イグリダは差し出されたバリバルの手を掴んで起き上がった。


 なるほど、資源さえあれば無限に鉄塊を作り出せるのであれば、自爆という手段も簡単に取ることができる。忌々しいほどに卑怯な兵器だ。


「被害は?」


「足元に転がってた村人が何人か吹っ飛んだ。もう助からねえよ」


「……………………そうか」


 イグリダは小さくそういうと、座り込むシムとアガマの元へ歩いて行った。


 この戦いを提案したのはおそらくアガマだろう。おそらく彼は、間接的には自分のせいだと深く後悔することになる。その様子を想像し、イグリダは居た堪れない気持ちになった。


 だが、アガマはイグリダの姿を確認すると、安心したように微笑んだ。


「よかった。無事だったようだな」


「…心配をかけてすまない。もっと心を割くべきことがあるというのに」


「気にするな。それより、もう旅立つのか?」


「ああ、なるべく早く旅立とう」


 そういうと、イグリダはエフティを探して辺りを見回した。


 エフティは、血溜まりを少し離れてじっと見つめている。その様子を見て、イグリダはしまったというように息を呑んだ。


 エフティは村で育ち、今まで平和に暮らしてきたと聞いている。そんな彼女が血溜まりを見て、精神的な衝撃を受けないはずがない。


「おいエフティ!」


「ま、待て…今彼女は…」


「あ?…………………あ」


 バリバルも気づいたのか、口をあんぐりと開けてエフティを凝視した。


 だが、当のエフティはこちらを見るなり、何食わぬ表情で歩いてきた。


「よかったー、生きてたんだ。ピクリとも動かなくてギョッとしたよ」


「俺は大丈夫だが…」


「じゃあ、早く行こ。もうここに滞在する必要はないし」


 そういうと、エフティは村の入り口の方まで歩いて行ってしまった。


「あいつ大丈夫か?」


「…おそらく、大丈夫ではない」


 あくまで予想に過ぎないが、今まで平和すぎる世界で生きてきたエフティの脳内では、何かしらのエラーが起こり、あまりにも現実離れした光景を見てかえって冷静になってしまったのかもしれない。


 もしこの光景を見せ続ければ、エフティはそのうち何かしらの大きなショックを受けることになる。


「村に帰らせた方がいいよな」


「……ああ」


「でも、どうやって切り出す?」


 エフティにことの危険さを説明すれば、いやでもこの現実を直視することになる。それだけは絶対に避けなければならない。


「やはり、一刻も早くギアの城へ向かおう」


 それしかないというように、バリバルも頷いた。


 今はとにかく、この旅を早く終わらせなければならない。そしてエフティを安全な村に帰さなければならない。


「イグリダ!」


 不意に背後から声がかかり、イグリダは振り向いた。


 シムだ。


「私の異能、貰ってください」


「なぜ…」


 言いかけて、イグリダは納得した。


 『教皇』の異能は、この村を狂わせた能力だ。今すぐにでも手放したいのだろう。それに『悪魔』のアガマがいる今、『教皇』は必要ない。


 それに、異能を授かったということは、相応の信頼を得られたとも考えられる。


「承知した、受け取ろう」


 イグリダは頷いた。


 イグリダは無神論者だ。おそらくこの異能は何の役にも立たないだろう。


 しかし、異能を一つもらったと言うことは、イグリダの力が認められたという証になる。仮に渡す理由が違ったとしても、この実績はイグリダの功績として残る。


 ありがたくいただくことにしよう。


「では、継承します」


 そう言うと、シムはイグリダの手に触れた。


 異能の継承は、互いの体が接触している状態で、渡す側が念じることで継承させることができる。もらう側の許可は必要がないのだ。


 やがて体に異質な魔力を感じ、イグリダは目を閉じた。


「…継承完了か」


「はい、お気をつけて」


 そう言うと、シムは足早にその場を去っていった。


「はは、お前ゴミ箱みたいだな」


「冗談はいい。早くエフティを追いかけるぞ」


「ああ、そうだった」


 ギアの城はまだ遠い。その間に、どれだけエフティを危険から遠ざけることができるのか。ボディガードとしての腕が試される。


 より一層困難になる旅を想像し、イグリダは顔を引き締めた。

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