第六話 神と悪魔
「『イヴィルストーム』」
「『凪刀』———ッッッ!!!」
二つの魔力はぶつかり合い、周囲の空気を振動させた。
技の威力は完全に互角だ。しかし最適化された魔法と、無理矢理魔力を放出する剣技の撃ち合いを続けていれば、先に魔力切れを起こすのはイグリダだ。
もちろん、苦しい状況ばかりではない。イグリダはすでに、エグメルが扱う四つの属性を明らかにしていた。プロの魔法使いでも属性は四つまでしか扱わないため、これで相手の手はほとんど確認できたと言ってもいい。
エグメルの扱う魔法は、闇属性と風属性の中級魔法だ。初級魔法はそれに加えて、雷属性と光属性を使っている。
メイン武器は闇の中級魔法『イヴィルストーム』を使い、牽制は風の『ウィンド』や『テンペスト』、光の『ライト』などで行なっている。命中が怪しい場合は、広範囲に攻撃できる『サンダー』を駆使している。
さすがは魔王軍、戦闘においての役割のバランスを十分に考えた属性構築である。
しかし剣技は強力だ。いくら便利な下級魔法も、剣技とぶつかれば相殺どころか撃ち負ける。今回の戦いで、イグリダは何度も剣技の性能に助けられた。
「奇妙な魔法を使うって聞いてましたけど…」
「『岩薙』———ッッッ!!!」
肩をすくめて笑うエグメルに、イグリダは躊躇なく剣技を放った。
おしゃべりをしながら戦えるほど弱い相手ではない。息を吐く暇もなく降りかかる中級魔法は、剣技による相殺を行わなければ回避が出来ない。もし剣技を出し惜しもうものなら、回避した先にもう一度魔法を放たれて終わる。
エグメルは剣技を躱すと、顎に手を当てて珍しく顔を顰めた。
「やっぱり…自分、任務先で色々見てきましたけど、そんな魔法は一度も見たことがない。なんなんですかね。魔法使いとして気になりますよ」
「『岩薙』———ッッッ!!!」
再び放たれた高威力剣技を回避し、エグメルは構えを解いた。
「ハイ、もう攻撃しませんから。教えてください」
「手の内を明かすはずがあるまい!」
イグリダは両手剣を地面と垂直になるように構え、右足を大きく前に出した。
イメージは、鋭利な刃。それでいて素早い一撃。すぐに頭の中に浮かび上がったのは、先日対峙した魔物の姿だ。
「剣技、『三刃虎』———ッッッ!!!」
両手剣を体ごと回転させ、獣の如く飛びかかる剣技だ。威力は確実に高い分、接近するため危険を伴う。
エグメルもそれをわかっていたのか、或いはただ三刃虎の対処法を知っていただけなのか、横に飛んでからイグリダの脇腹に向けて手のひらを開いた。
「『イヴィルストーム』!」
「『暁光』———ッッッ!!!」
超近距離からの中級魔法、だがその攻撃をすでに見切っていたイグリダは、剣を横に薙いだ。
炎と光のカウンター剣技だ。剣先はエグメルの腕に直撃した。
「…ッ」
飛び下がり、エグメルは顔を顰めた。
「その武器、鞘から抜いてないじゃないですか。舐めてるんですか」
「鞘ではない。両手剣カバーだ」
「屁理屈はやめてくださいよ」
「いや、これは手加減ではない。俺は人を殺した場合、敗北したと言ってもいい状況にある。俺が覇王となった時に守るべき対象は、この世界に生きる人間全てなのだから」
「そんで、敵も殺すわけにはいかないってことですか。はぁ、なんか想像以上に面倒な性格の人間だったみたいですね。覇王っていうもんだから、もっと力!殺す!って感じの人かと思ってました」
「圧倒的な力を見せつければ、君は俺に降伏したのかもしれないな」
二人はしばらく睨み合い、互いの動きを注意深く観察した。
確かに、両手剣カバーを外していればエグメルの腕は切り落とされていた。ようやく食らいつけたかと思えばこれだ。
やはり剣技の性能が高すぎる。『サンダー』のように、手軽に相手を無力化させられる技を開発する必要がある。
(今まで対峙した魔物の中に、そんな能力を持った種族がいただろうか…)
イグリダが考え事をしていると、エグメルは唐突に正面から『イヴィルストーム』を放った。
正面からの攻撃は、簡易的な囮の可能性がある。だが遠距離戦を得意とする魔法使いにとって、正面からの囮はほとんど役に立たない。
困惑するイグリダは、ことの起こる直前にそれを察知した。
カッ—————————!
激しい閃光が辺りを包む。光属性下級魔法『ライト』による目眩し効果だ。
「しまった…」
あらかじめ『イヴィルストーム』と同時に『ライト』を発射しておいたのだろう。闇属性の影に隠れた妨害魔法は、相手に察知される前に発動するという仕組みである。
『ライト』の目眩し効果は、少なくとも10秒は対象に影響を与える。それだけ時間があれば勝敗がつくのは簡単だ。
「終わりですよ」
すぐ目の前から声が聞こえ、イグリダは顔面を掴まれた。
確実に相手を殺す、その意志が伝わる。
「イヴィル…」
かつてない死の予感を感じ、イグリダは剣を闇雲に振りかざそうとした。無駄な抵抗だ。
———覇道はここで潰えるのか?
否、覇道は潰えない。まだ何か逆転の糸口があるはずだ。そう考えながらも、イグリダと死の距離は容赦なく近づいて来ている。
直後、凄まじい重低音と共にエグメルが地に這いつくばった。
「な…っ!?」
エグメルは歯を食いしばり、腕を振るわせながら必死で耐えている。もちろん、イグリダは超能力を持っていない。
「何が…」
「イグリダ!助けに来たよ!」
後方から駆け寄ってきたのは、先ほど吹き飛ばされたエフティとバリバルだ。
バリバルは来て早々自分のロープでエグメルを縛り始めた。
「魔物は倒したから安心しろ」
「それよりこの力は…」
「あたしの異能」
エフティの言葉に、イグリダは目を剥いた。
「君は異能者だったのか?」
「まあ…さっき能力が目覚めたんだけど。でも能力の使い方ははっきり分かってるよ」
そう言って、エフティは能力を解説し始めた。
異能『星』、それは目的物に対象を引き寄せることが出来る、重力操作のような能力。
地面に引き寄せられるエグメルは、重力の重みによって体に負荷がかかった状態になっているということらしい。
「まあ、あたしの方がイグリダより強くなっちゃったってことかなー」
「そのようだね」
「あー、うん。任せといて」
「まあ、こいつさっき死にかけて泣いてたけどな」
「だって!それ!あんたが怒鳴るから!びっくりしたの!」
まるでどこかの『隠者』のハディのような大声で、エフティはバリバルに掴みかかった。今にも泣き出しそうな表情である。
「どうどう、落ち着け。とりあえずこいつを尋問だ」
三人に見下ろされ、エグメルは苦笑した。
「縄で縛られても魔法って使えるんですよ」
「お前の場合、もう抵抗する理由はねえだろ」
「そうですね。解けなければ意味もありませんし」
「まあ、警戒はしとくよ」
何か嫌な思い出でも思い出したのか、バリバルは顔を顰めた。
「そんで、お前はなんでこの村を裏切ったんだ?そこらへんの事情がまだ何も聞けてねえが」
「いえいえ、自分は最初から『悪魔』側ですよ。その上、魔王軍兵士は全員魔王ベルフスからイグリダを殺す指示を受けてるんで、殺そうとしたってわけです」
要するにスパイだ。エグメルが『教皇』側の使いとして話し合いに赴くことで、ただの『悪魔』側の作戦会議になる。彼らに有利な状況を簡単に作り出せるのだ。
「『悪魔』の村の目的は何だ?ただ陣地を広げたいってわけじゃなさそうだが」
「大した理由じゃありませんよ。ただ…」
エグメルは目を細めた。
「また、皆で仲良く暮らしたい。それだけです」
※
木々に囲まれた白い円盤の上で、シムは目を閉じて祈っていた。
今まさに、外では激しい戦いが巻き起こっていることだろう。教会が破壊された今、この建物も時間の問題だ。
「…神よ、私は…」
迷いを胸に、シムは立ち上がった。
気配を感じたのだ。
「…またくだらん教皇ごっこか。歌でも歌っていればいいものを」
激しい憎悪のような感情を煮詰めた声が、背後からシムの背を突き刺した。
『悪魔』のアガマ、敵のリーダーだ。
シムは悲しそうに目を伏せ、アガマを見上げるように睨んだ。
「アガマ、なぜこのようなことを?」
「聞くまでもあるまい。そのごっこ遊びを終わらせに来た」
「そのような争いは無意味です。私たちは神と共存している。崇めるからこそ、私たちの狩りは許されるのです」
「無意味な争いなんてない。皆、何かを手に入れるべく武器を手にする。安心しろ、誰も殺さないよう命令してある」
そういうと、アガマは背に担いだ両手剣を握った。もう対決は避けられないのだろう。
だが、悲しみとともに、シムは怒りを感じた。神聖なるこの場所で武器を抜くとは、愚かにも程がある。
「あなたたちは何度、神を侮辱するのですか」
「…神なんていない」
直後、森の精霊たちがアガマに襲いかかった。