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覇王記  作者: 沙菩天介
魔王編
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第四話 才能の価値

「初めまして、覇王イグリダ。私の名はシム。あなたに会えて光栄です」


「…こちらこそ、よろしく」


 シムと握手を交わし、イグリダは頷いた。


 やはりイグリダの名は辺境にも届いているようだ。この村も盗賊団に苦しめられてきたのだろう。


「しかし俺はまだ覇王ではない。イグリダと呼んでほしい」


「わかりました、イグリダ。そちらの方は?」


「あー、バリバルだ。イグリダのおまけのな」


 バリバルは不満げに口を曲げると、腕組みをしてシムを見下ろした。


「まさかお前みたいなガキが異能者だとはな。この村の連中は何を考えてるのやら」


 確かにシムはまだ16歳ほどに見える。しかし仮にもこの村の教皇、バリバルの態度は失礼である。


「…外で待っていてもらえないだろうか」


「りょーかいだ覇王サマ、美味い飯作れるやついねえかな」


 バリバルは頭の後ろで手を組みながら出ていった。


「仲間の無礼を許してほしい」


「いえ、まだ子供の私が異能を継ぐことを反対する方も一定数いますので、慣れています」


「たくましい方だ」


 イグリダの言葉に微笑むと、シムは顔を引き締めた。


「すでに話は聞いていますか?」


「俺たちも戦に参加するという話だろうか」


「はい、次の戦いで敵将が来ます。おそらくそこで戦いは終わるでしょう」


 どうやら戦いは終盤のようだ。イグリダたちが戦力に加われば、少しは有利に立ち回れるかもしれない。


「俺は喜んで引き受けるが…仲間が同意するかどうか———」


「エフティさんとはすでに話しています。彼女は同意してくれました」


「それはよかった。バリバルもきっと力を貸してくれるだろう」


 そういうと、シムは満足げに微笑んだ。


「戦いは五日後です。それまでに英気を養っておいてください」



 ※



 大きな岩山が遠方にそびえる緑豊かな大陸、そこには、純白の装飾を施された大きな宮殿が、荘厳な佇まいで海を見下ろしていた。


 ここが英雄ゼウスの宮殿、世界の全てを見渡す力を持つ宮殿である。


「一人で住んでるのかな…」


 一人呟き、アラスタは大きな扉の前に降り立った。


 扉は重くはなかった。どうやらこの宮殿には相当の数の魔法が付与されているようだ。少しだけ、アラスタの魔法使い魂が揺さぶられた。


 しかし宮殿の中には人の気配は無く、無音のエントランスだけがアラスタを出迎えた。


「ゼウス様、いらっしゃいますか!」


 かなり大きな声で叫んだつもりが、驚くほど小さな声が響き渡った。叫ぶのが久しぶりだからか、あるいは、それほどまでに緊張しているのか、アラスタには分からなかった。


 少なくとも、緊張している自覚はない。


「なんじゃ、子供か」


「わ!?」


 不意に背後から声がかかり、アラスタは2メートルほど飛び退いた。


「ッハン!飛びすぎじゃ。しかし戦闘では役に立つかもしれんのう」


「ッハン!…って……」


 アラスタはジト目で老人を観察した。


 髪はある。グレモルの数倍も豪華な髪だ。嵐を閉じ込めたような目を細め、向こうもアラスタをまじまじと見つめている。来ている服は数百年前に流行っていたものだ。


「あなたが…英雄ゼウス?」


「見て分からんか。こんな、いかにもゼウスって感じの男はわし以外におらん」


「はあ」


「それより、子供が何しに来た」


「え、世界を見渡せるのでは?」


「ッハン!」


 ゼウスは馬鹿にするように鼻を鳴らすと、腕組みをした。


「あんな非人道的な装置、非常時以外は使わん。わしはなんの事情も把握しとらんぞ」


「じゃあ、イグリダのことも知らないの?」


「いや、知っておる。お主…イグリダの協力者か」


「はい、僕はアラスタ・グレモル・クアランド。彼の力になりたくて、あなたに稽古を頼みに来ました」


「ふむ……」


 よろしくお願いします、の一言で頭を下げるべきだと言うのは、アラスタも分かっている。しかしこのような状況の経験がないアラスタにとって、驚くべきことに頭を下げるタイミングなど見当もつかない。イグリダがセンに教えを乞う時もその素振りを全く見せなかったため、手本もない。


 一通り状況の説明をした後、アラスタはここ数年で一番落ち着かない気分で立ちすくんでいた。


「下手に出るのは初めてかの?王子よ」


「はい」


「わしも苦手じゃ。身分が高いと言うのも考えものじゃのう」


 わかりやすい引き笑いを響かせると、ゼウスは再びアラスタをまじまじと見つめた。


「わしの元へ来た魔法使いの中で一番弱いのう、お主は」


「え」


 ゼウスの言葉を聞いて、アラスタはかなりショックを受けた。


 アラスタの年齢で全属性の初級魔法と、中級魔法を一つ覚えていると言うのは、周りからも褒め称えられていることだ。こうも真っ向から実力を否定されたことは人生で一度もない。


 確かにアラスタは、自分はまだまだだと感じている。しかしそれを他者に言われると、例えようのない悔しさが滲み出てくるものだ。


「ッハン!なんじゃ、悔しいか」


「…少し自惚れてました」


「劣等感、羞恥心、焦燥、お主から複雑な感情が溢れ出ておる。当然、お主じゃ一般魔王軍にも敵わんじゃろうな。イグリダはお主のことを戦力として見ていたのかどうか…」


 さらにアラスタに劣等感を感じさせるようなことを言うと、ゼウスは反応を楽しむようにアラスタの顔を覗き込んだ。


 ここで押しつぶされるアラスタではない。


「今は弱くても、これから強くなります」


「根拠はあるかの?」


「僕には才能があります」


 そう言って、アラスタは顔を顰めた。イグリダが自信に満ちたことを言うと形になるとはいえ、アラスタが言うとただの傲慢になる。才能があるというのは、実績を持つ者に許された言葉だ。


 ゼウスは嘲るように片眉を上げた。


「大きく出たのう」


「僕も、覇王の仲間です。彼の仲間に相応しい魔法使いになる」


「あいつそんな偉大な男だったかのう」


 ゼウスはやれやれと言うように首を振った。


「わしがお前を弱いと言ったのは、何も才能を否定したわけじゃない。今を見ての話じゃ」


「…今の僕は使い物にならない?」


「そうじゃ。お主の魔法使いとしての実力は、イグリダが天下を治めた後は使い物にならん。世界が平和になるからのう。だから将来の可能性は無意味なのじゃ。魔法の才能があろうとなかろうと、今の実力にのみ価値がある」


「なるほど…」


 今だからこそ武力は機能するが、統一後は武力をぶつける脅威がない。たとえ数十年後に最強の魔法使いになれたとしても意味がないのだ。


 現状では魔王軍の兵士一人にも勝てないレベルのアラスタの力はなんの価値もない。


「最も、わしは暇じゃから、稽古を断る選択肢などないがの」


「ええ…」


 再び引き笑いを響かせると、ゼウスは正面の階段を登っていった。


「わしに続け。全属性の中級魔法を覚えられるようになるまで、みっちり鍛えてやるぞい」



 ※



「ハイ、ハイ、えー、ハイ」


 薄暗い小さな部屋の中で、相槌のようなものが絶え間なく聞こえてくる。それを数分以上聞き続けている身としては、この腹にたまる苛立ちを少しは許して欲しいものである。


「えー、ハイ、ハイ、ハイハイ、了解です」


 目の前の男はそういうと、ようやくその手に持つルーン石をしまった。


 通信用の魔法が込められたルーン石だ。通信石と呼ばれるもので、クアランドでもアルディーヴァでも昔から愛用されている。


 男は一つ咳払いをすると、こちらを向いた。


「えー、事情を説明しても?」


「待ちくたびれた、早くしろ」


「ハイハイ」


 そう言うと、目も体も細い男——エグメルはメモを取り出した。


「まず、ギア様からは軍を送ってもらえないことになりました」


「…だろうな」


 『教皇』の村を落とすことは、国にとってはどうでもよいことだ。国境近くに兵を送るのも気がひけるのだろう。


「それでさっき牢屋を確認してきたんですが、中にいたのは傭兵バリバルと覇王イグリダ、後は女の旅人が一人って感じです」


「有名人が珍しい組み合わせで来たな…」


「傭兵バリバルの方はたかが知れてるとして、覇王イグリダには注意してくださいよ」


「ああ、盗賊王を倒したと聞いている」


 盗賊王を倒したと言うことは、あのキオをなんとかしたと言うことだ。それほどの実力者が今あの村にいるのであれば、相当な注意が必要だろう。


「俺はシムを相手しなくてはならない。イグリダたちを頼めるか?」


「イグリダとタイマンならいいですよ」


「それなら、バリバルとその女には魔物を使え」


 そう言うと、アガマは立ち上がった。


「全隠れ家に連絡をしてくる。お前はイグリダにすぐに戦闘を仕掛けられるよう待機していろ」

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