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覇王記  作者: 沙菩天介
魔王編
13/59

第二話 アルディーヴァへ

 エフティが探している人というのは、四人の子供らしい。ある日無断で村の外に飛び出し、それ以来帰っていないとのことだ。


 エフティが村に配備された魔王軍に聞いたところ、剛王ギアという男の城にいるらしい。


「おかしくない?まだ10歳とかの子供を牢屋に入れるなんてさ」


「…そうだね」


 現在イグリダたちは、アルディーヴァに入るために森を歩いている。前回の旅とは違い、進行方向は西だ。当然、無断で国境を越えることになる。


 先程エフティから話を聞いて、イグリダは首を傾げていた。


(アルディーヴァはクアランドよりも酷いところだと聞いていたが…)


 クアランドでも孤児が容赦なく投獄されているのを知っているため、アルディーヴァだけが比較的厳しいとは思えない。


 兵士が配備されていることについても、あまり厳しいとは思わない。クアランドでは異能が村を守ってくれるが、村が多いアルディーヴァではおそらくそうもいかないからだ。兵士を配備するのは、防衛措置として適切である。


 正直まだ、アルディーヴァの実態が掴めずにいた。


「剛王の城が分からない以上、どうしようもない」


「なんでよ?アルディーヴァを片っ端から調べていけばいいじゃん」


「…君はアルディーヴァの広さを知らないな」


 アルディーヴァは、クアランドの約4倍近く広いとの噂だ。そんな場所をウロウロ彷徨っていても、目当てのものは見つかりはしないだろう。


「じゃあどうすんの?」


「ふむ…アルディーヴァに情報収集できる場所があれば———」


 直後、なんの前触れもなく、回転する鉄の塊が襲いかかってきた。三つの刃を持つブーメラン状の牙を体ごと回転させている。


「何これ!?わ!」


 咄嗟に剣で防ごうとしたエフティは、そのまま武器を飛ばされて吹き飛んでしまった。


「『三牙虎サーベルタイガー』…か、実物は初めてだ」


 その魔物の名を口にし、イグリダは顔を顰めた。


 下級魔物三牙虎サーベルタイガーは、斜め上に大きく伸びた犬歯と、顎方向に伸びた前歯を、体の回転によって振り回し、獲物を切り刻む残忍な魔物だ。主に洞窟の近くに住み、洞窟内の鉱石を貪って牙の切れ味等の性能を上げていく。この魔物の排泄物は、魔道具の素材や優れたルーン石の触媒としても有用で、王都では高めに売れたりもする。


 しかし気の毒なことにイグリダは、この魔物の排泄物を拝みたいなどとは微塵も思っていない。早々に立ち去ってもらいたいものである。


「瞬時に討伐してしまおう」


 イグリダは戦意操作を行うと、両手剣を構えて突進した。


 三牙虎サーベルタイガーの刃は切れ味も良く脅威だが、食べた鉱石の養分を防御に回すだけの余裕はない。そのため正面からの攻撃は通らずとも、背後に回れば殺すのは容易だ。


「ガァァァァァァァッ!!!」


 低く響き渡る咆哮と共に、三牙虎サーベルタイガーは向きを変えてイグリダに突進した。


 魔物は戦意を使えないとセンからは聞いている。戦意操作さえ使えれば、魔物など敵ではないということだ。


「剣技、『暁光』———ッッッ!!!」


 炎属性と光属性の性質が合わさった、超高速のカウンター剣技だ。盗賊王との戦闘で習得したカウンター剣技は、吸い寄せられるように敵の首へ刃を薙いだ。


「!?」


 だが、刃は通らなかった。


 正確には、首を落とせなかった。骨を斬ることが出来なかったのだ。


(おかしい…本では、正面以外は柔らかいと書いていたはずだ)


 魔物の首から血は出ていない。その代わりに、闇の魔力が目に見える濃度で宙に溢れ出している。これは、流血の代わりに魔物に起こる現象だ。大体この光景は相手を仕留めた時に見るものなので、イグリダは例えようのない違和感を覚えていた。


 どうしたものかとイグリダが考えていると、三牙虎サーベルタイガーは再び牙を剥いて襲いかかってきた。


「勉強不足だぜ!こいつは骨も硬いんだ!」


 直後、魔物のはらわたを何かが切り裂き、腸内の鉱石が溢れ出した。


「ギャアアアアアア!!!!」


 魔物は倒れ伏し、ガタガタと痙攣しながら、十数秒ほどかけてゆっくりと息を止めた。


「…ナイフ…?」


 否、ただのナイフではない。ナイフからはロープが伸びている。その武器にイグリダは見覚えがあった。


「覇王様が魔物如きに苦戦するとはな」


 そう言って近づいてきたのは、いつぞやの傭兵バリバルだ。


 姿は相変わらず変わっていない。強いて言えば、バックパックが少し大きくなった。おそらく遠くの仕事なのだろう。


「君は…牢に入ったと思っていたが」


「何、俺が雇われただけって必死に弁明してたら、クェンが解放してくれたんだよ」


「…彼はそれほど無警戒だったか…?」


「どうだかね。まあ…牢にいる俺に食わせる飯代を考えたら、できるだけ追い出したいのも事実だろ?」


 なるほど、そこにクェンの慈悲が合わされば、バリバルが釈放されるのも不思議なことではない。そうしてこの男は元の傭兵の仕事に戻ったということだろう。


「え、あんた誰?」


「おう、俺は傭兵のバリバルだ。綺麗な嬢ちゃんだなあ、イグリダにこんな仲間がいた記憶はないが」


 土埃を払いながら起き上がったエフティは、バリバルを見て不満そうな顔をした。


「あたし二十四だよ。あんたとそう変わらないでしょ」


「俺は二十六だ。二つも年下じゃねえか」


「背あんま変わんないから関係ないし!」


 なぜか言い合いを始めてしまった二人に呆れつつ、イグリダは段々と喧嘩腰になっていく二人の身を引き剥がした。


「細かいことを気にする必要はない。それよりバリバル、君は何故このような場所に?」


「あー、アルディーヴァに生息する魔物の素材を要求されてな。荷物が多いのもそのためさ」


「なるほど、では共に行かないか」


 その言葉を聞いて、エフティが顔を顰めた。


「やだ」


「…ふむ」


 おそらく先程のやり取りで、少しだけ苦手意識が出ているのだろう。確かにバリバルの第一印象はあまり良いものではない。イグリダが初めて会ったのは酒場なので、周りの空気で麻痺していたのかもしれない。


「実のところ、エフティを一人で護衛しながら目的地までたどり着く自信があまりなくてね。バリバルの力を借りたい」


「やだって言ってるじゃん!あたし覇王だから依頼したんだけど!?」


「正直、ここまで方針が決まっていない依頼だとは思わなかったのだよ。許して欲しい」


「はぁぁぁぁ…」


 あまりの嫌がりぶりに、バリバルはさらに顔を顰めた。


「なあイグリダ、俺そんな嫌われるようなこと言った?」


「…俺からはなんとも言えないが」


「おい女ァ!一体なんの不満があるってんだ!え!?」


 前言撤回、なんとも言えないはずがない。



 ※



「ちょっと嫌なこと言われたからってムキになって、あたし子供みたい」


「そうかい、反省しな」


 テントの中で、額に手を当てて反省をするエフティは、口をへの字に曲げた。


「でも悪いのあたしだけじゃないじゃん」


「あ?俺からすればお前が駄々こねただけに見えたがな」


「…二人とも、喧嘩はやめてくれないか」


 二人を鎮め、イグリダは小さくため息をついた。


 夜は魔物の徘徊も増える。それにセンの屋敷周辺の森は魔物が強いと聞く。何故か、北に近づくほど魔物が強力になるらしい。


「できれば魔物との戦闘は避けたいのだ」


「はっ!びびってんのか!」


「対処が分からない魔物が出た場合、君に任せるしかなくなる。それでもいいのか?」


「待て待て、お前言ってて情けなくならないのか」


 呆れたように首を振るバリバルに、イグリダはまるで商談を持ち込むかのように前のめりになった。


「バリバル、剛王について知っていたら教えて欲しい」


 バリバルを旅に誘ったのはこれが目的だ。話を聞く限り、アルディーヴァに赴くのはおそらく初めてではない。幹部の城を知っていてもおかしくはないのだ。


「あー、なんだ、剛王の城に行きたいのか?」


「場所を知っているのかな」


「そうだな。ちょうど盗賊団の拠点の真っ直ぐ西だよ。前みたいに異能者を説得する旅してりゃ、そのうち着くだろうな」


「アルディーヴァにも異能者の村がいくつかあるということか…」


「ああ、ここから近いのは『教皇』だな」


 教皇と聞いて、イグリダは不安を感じた。経験上、何かを信仰している者の頑固さは目を見張るものがある。イグリダを王として認めるかどうかは、あまり期待しない方がいいだろう。


「ねー、今日は何食べるの?」


「ふむ、確かに獣らしい獣は狩っていない…」


 パンは持っているが、森にいる間は食料を温存しておきたい。食料の宝庫で、わざわざ外から持ってきたパンを食すなど、愚の骨頂である。


「イグリダ、エフティ、お前らでとってこいよ」


「はぁ!?なんであたしたちだけ———」


「いやエフティ、最も合理的だ。君を鍛えるのにもね」


 アルディーヴァで、魔王軍に守られて育ったエフティは、先程の戦いでもまともに戦えなかった。早いうちに剣技の習得と戦意操作を学ばなければならない。しばらくは戦闘を共にすることになるだろう。


「…あたし、あんたに護衛を頼んだんだけど…」


「もちろん、私が守ればいいだけの話だ。だが、君がこの国の現状に満足していないのなら、強くならなければならない」


 そう言われて、エフティは俯いた。


 エフティは「子供が投獄されるのはおかしい」と、国に反感を抱いている。もしその反感が魔王軍にバレでもしたら、アルディーヴァではろくな目に会わないだろう。強さを持っておくことは、今の世の中では必要なことなのだ。


 それに今剛王の城に向かっている理由は、子供達を解放してもらうよう抗議しに行くというものだが、アルディーヴァの魔王軍の幹部がそのような話し合いを受けるとは思えない。戦いになることを想定しておいた方がいいだろう。


「そうだな、イグリダが天下統一とやらをするのも何年先になるか分からねえ。力だけが自分を守ってくれる」


 バリバルはそう言って、エフティの腰に差した片手剣を指さした。


「護身用の剣は、どれだけ強くても損はねえさ」


「……そっか、そうだね」


 エフティはぎこちなく微笑み、腰の剣を撫でた。


「分かった。あたし鍛える」


 その答えを聞いて、イグリダは満足げに頷いた。


 空腹を満たせる魔物を最優先で狩りたいところではあるが、エフティを鍛えるためにはあまり強くない魔物が良い。周辺の自然環境を把握し、最適な魔物を見つけ出す必要がある。


「早速出かけよう」


 そう言って、イグリダは両手剣を担いだ。


 そして…


「『輝線』———ッッッ!!!」


 放たれた光属性の剣技は、直線となって闇夜の奥まで突き進み、森を一時的に眩く照らした。そしてそれに呼応するように、魔物の悲鳴のようなものが夜空に響き渡った。


「…何今の…、あんた何したの?」


「戦闘中に他の魔物が現れたら厄介だから、強い光で追い払ったのだよ」


 夜闇に紛れて獲物を狩る魔物や獣は、強い光を目に浴びると一目散に逃げ出す性質がある。戦闘の妨害をされないためには必要な儀式である。


 イグリダは森へ駆け出し、木々を切り裂いて道を作っていった。

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