第十一話 覇王vs盗賊王
散乱した氷塊を尻目に、イグリダは緊張で僅かに震える腕を叩いた。
グランは今、ほぼ確実に剣技を使った。彼も剣聖の弟子だったのだろうか。彼が片手で握る刀を見ると、それ以外考えられない気がしてくる。
困惑するイグリダを見て、グランは楽しそうに笑った。
「どうした、今は俺のことなんてどうでもいいだろ?雑念を消さないとジジイにぶん殴られるぞ」
「やはり剣聖センと何か関わりがあるのだね」
「ああ、そうだな。剣技を使いこなせるくらいにはな」
そういうと、グランは槍を床に向かって振り下ろした。
「『大渦』!!!」
溢れ出る膨大な魔力が水に変換され、凄まじい勢いで回転しながら部屋を覆った。その勢いに呑まれまいとイグリダは壁に剣を突き刺した。だが、回転の勢いは速まるばかりだ。
「『垂氷』!!!」
次にグランは部屋を覆った水を全て凍らせ、イグリダは身動きを封じられてしまった。現在イグリダは膝まで氷に捕らえられ、壁に突き刺した剣は微動だにしない。
そして生成された氷はイグリダを突き刺そうと、氷柱のようにして伸びてきた。イグリダに届くことはなかったが、少しでも動けば刺されかねない。
剣技を二属性使える人間がいると、センは言っていなかった。それも水と氷を使えるとは非常に厄介だ。
「…思っていたよりも簡単だな」
グランは真顔でそう言うと、イグリダに向けて躊躇なく槍を振り下ろした。
「く…!」
かろうじて棒で防ぐことに成功したが、相手に武器が二つある以上いつまでも持ち堪えられないだろう。必死で相手の攻撃を見切って防御に専念するが、これも時間の問題だ。
グランは少しも油断することなく、本気でイグリダを仕留めに来ている。持ち堪えられているのが奇跡と言ってもいいくらいだ。
(落ち着くんだ…何か突破口があるはず)
イグリダは、自分の覇道がここで終わるとは微塵も思っていない。常に覇王となることを確信している。今ここで突破口がないということがあり得ないのである。
先ほど、グランは二つの属性を使ってみせた。そうなれば、魔法のように全属性を使うことも不可能ではないのかもしれない。
イメージは炎。地獄から這い上がって来たかのような凄まじい豪炎。同時に、全てを照らす陽炎。そのイメージを炎の魔力として形作り、技のモーションをコマ送りにして作り込んでいく。
炎の横一文字斬り。地平線の向こうから這い上がる光のような横一直線の剣技。
「『暁光』———ッッッ!!!」
灼熱がイグリダの剣を包み、氷を溶かしながらグランに斬りかかった。
炎と光の複合剣技だ。炎属性の『カウンターが強力』という能力と、光属性の『高速の攻撃』という能力を欲張って使った、イグリダの最初のカウンター剣技の完成である。
カウンターを回避するため、グランは距離をとった。おかげでイグリダも体勢を立て直すことができる。
イグリダは付属品の棒を両手剣の柄に突き刺し、巨大な刃を持つ槍に変形させた。槍と刀を使うグランの攻撃では、この棒が折れないことは先ほど実証済みだ。
「小細工が通用すると思うなよ!」
グランは左右から二属性の剣技を溜め込み、まとめてイグリダに向けて放出した。左右からの挟撃は、魔法使いでも対処が難しい。
「『暁光』!」
しかしイグリダは氷の剣技のみを斬り、得意の回避で水の剣技を躱した。武器を槍に持ち替えたイグリダの接近能力は異常である。
槍を回転させ、相手の攻撃を抑制しながら進み、イグリダはグランの懐に潜ろうと試みた。
「『大渦』———ッッッ!!!」
今一度放たれたグランの水の剣技は、今度は部屋ではなくイグリダに向けてまっすぐに向かってきた。イグリダを集中的に切り刻むためだろう。この水を無効化してグランに近づく剣技を開発する必要がある。
イメージは下級魔物、昇鯉。流れる水が激しいほど逆らう力が上がり、水流を抜け出した後は遥か上空の鳥すら喰らう。
基本的に、魔物は闇の魔力の塊だ。その中で大自然の魔力を吸って特性を入手する。つまり、剣技に昇鯉の特性を付与するには、水の魔力と闇の魔力を組み合わせて体の構造を作り、イグリダを包み込むように作ればいい。水属性の『剣技を作りやすい』という能力があれば、イメージを形にするのは比較的容易だ。
「『昇鯉』———ッッッ!!!」
グランが放った『大渦』の流れに逆らうように、イグリダはグランに近づいていく。
上へ、上へと突き進む魚の魔物は、その勢いを止めることがない。むしろ増すばかりである。この勢いに対応すべく、グランは水を放出して屋根を突き破った。
空へ上昇するグランを追うように、イグリダも空を上っていく。
やがて一定の高さに達すると、グランは急降下を始めた。
「身動きはとれねえだろ!」
「…!」
グランが構えているのは槍の方だ。おそらく突き攻撃に特化した氷属性の剣技を放ってくる。落下と組み合わせれば、どんな防御も貫くだろう。
側面からの強力な攻撃を行う必要がある。
「『岩薙』———ッッッ!!!」
「!?」
センがやってみせた岩の横一文字斬りの剣技だ。斬るというより、叩くと言った方が正しい。
グランは横からの攻撃に対処できず、水の渦を外れて横に吹っ飛んだ。そのまま落下し、地面に向かって落ちていく。
今度はイグリダが急降下攻撃を行う番だ。
(氷の剣技で貫けば、グランは死ぬ。ならば…)
身を細くして降下速度を速め、イグリダはグランに近づいた。
すると…
「『氷海』———ッッッ!!!」
グランが地面に向かって放った水がゴブレット状に形作られ、グランが着水した瞬間に氷結した。
上昇水流が激しい水だったらしい。氷結した時、すでにグランは水を抜け出していた。
「…落下の衝撃を軽減する技か…」
だが、あれほどの膨大な魔力を放出すれば、もうまともな剣技は使えない。ここが最後の一撃だろう。
「剣技、『垂氷』———ッッッ!!!」
「『凪刀』———ッッッ!!!」
互いの剣技がぶつかり合い、周囲にもその衝撃を与えた。アジトの壁にはヒビが入り、空気が僅かに震えた。
落下したイグリダの方が威力は高いように思えるが、イグリダの剣技は水属性だ。氷属性を前にすれば一方的に凍らされてしまう。実際、もう氷はイグリダの剣に届いている。
「『暁光』———ッッッ!!!」
だが、イグリダには多数の属性がある。放たれた炎の剣技が、グランの剣技を根元まで溶かしていった。
やがて…
「が…ぁ…ッ」
鈍い音とともに、グランは武器ごと体を氷の地面に叩きつけられた。
氷の大地にヒビが入り、グランの体はそこに押し込まれるようにして沈んでいく。やがてイグリダが着地すると、今までとは打って変わって、静けさがその空間を支配した。
決着だ。グランは強い衝撃で完全に気を失い、氷の盃も形を崩して水となり、魔力となって消え始めている。
「はぁ…はぁ…、…勝った」
大きな勝利を噛み締めながら、イグリダは仰向けで倒れているグランを見下ろした。
火傷を負っているが、『リカバリー』で治せる程度だ。エンドがいればすぐに元に戻せるだろう。
「イグリダ!」
どこからか声が聞こえた直後、イグリダの背後にアラスタが降り立った。
「勝ったんだね!」
「ああ、君たちのおかげだ」
アラスタは旅を始めた時からずっとイグリダを尊敬の眼差しで見上げていたので、イグリダとしては正直後ろめたい気分だった。しかしこれでようやくアラスタの気持ちに応えられたことになる。
「…次は…」
来るべき次の敵との戦いに向けて、イグリダは決意を固めた。