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覇王記  作者: 沙菩天介
盗賊王編
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第十話 蒼き紫電

イグリダがグランと戦い始めた頃、ペトラとシカナは一対一で門の前で構えていた。


イグリダを降ろしてから盗賊の群れの中にペトラを投下し、アラスタはそのまま高台のエンドの元へ向かった。空中から魔法を放ったおかげか、雑兵の戦力はほとんど削れている。


戦況を見て、シカナは盗賊たちを内部に避難させた。有象無象の排除など、ペトラとアラスタにとっては容易なことだと判断したのだろう。彼らは生き残ることを何よりも重視している。


「実のところ、俺はもうお前と戦いたくない」


そう呟いて、シカナは不貞腐れたような顔をした。


「戦いたくない?」


「ああ、前回はお前が俺を侮ってたおかげで勝てた。でも今のお前は多分、傲慢さのかけらもないんだろう」


「そうねえ」


シカナのいう通り、ペトラはシカナの言葉を聞いても油断なく刀を構えている。もう同じ間違いは繰り返さない。


そんな様子を見て、シカナは苦笑した。


「成長が綺麗に見えるな」


「成長は美しいものよぉ」


「…そうだったな」


そう呟いて、シカナは自分の斧を見つめた。


「…俺たちが成長したときに得られるもの…それは、人を傷つける力だ」


盗賊にとっての強さとは、人を傷つける力。おそらくシカナは成長していくうちに、その本質に気づいたのだろう。明日生きるということは、今日人を傷つけなければならない、そんな人生を送ってきたのだろう。


イグリダがこの場にいたら、感情移入で張り裂けていたかもしれないと思い、ペトラは苦笑した。


「イグリダは、力を正しく使おうとしているわぁ。君が培ってきたその力の、正しい使い方をきっと教えてくれる」


「…そうだな。俺はすぐにでもお前たちに降りたい。復讐や計画なんて、もうどうでもいいんだ」


「じゃあ…」


無意味な争いはしないよう、イグリダからは言われている。今ここでシカナを傷つける必要はない。ペトラは戦闘を中止するよう促そうとした。


だが、シカナは首を振った。


「でもお前たちがここに来た目的は、全ての人類を平等に救うため。俺たち盗賊が白旗をあげれば、イグリダ一行の実力は認められない」


「…そうねぇ」


「だから…」


シカナは二つの斧を擦り合わせ、片方をペトラに向けた。


「お前たちの力をみんなに示さなくちゃいけない。力を示して、終わらせてくれ」


溢れ出る闘気が、僅かに周囲の空気を下げる。生きるために培ったシカナの武力が解放されているのだ。


ペトラもそれに応えるように、剣気を放った。


「受けて立つわぁ」





エンドとその部下による高台からの攻撃は、弾幕となってアラスタに襲いかかっていた。


飛行魔法の操作精度は、普段飛び回っている分かなり磨かれている。しかしこうも連続で魔法弾を放たれると、近づきようがないのだ。


(大丈夫だ。飛行魔法よりも攻撃魔法の方が魔力消費が激しい。このまま逃げ切って魔力を枯渇させてやる)


そんな魂胆で、アラスタは攻撃のフリをしつつも回避に専念していた。


敵三人の魔法はいずれも炎属性の『ファイア』だ。この魔法はある程度の大きさを備え、初級魔法の中でトップクラスの火力を誇る。当たれば火傷は間違いなしである。


エンドは眠そうな目を擦り、やがて大きな欠伸をした。


「あいつ全然近づいてこないよ」


「流石はエンド様。貴方様の魔法が効いているのですよ」


「ううん、なんか違う感じ」


銀髪の男の言葉に首を振りエンドは僅かに眉を顰めた。どうやらアラスタの作戦に気付いたようだ。少し距離をとりすぎたのかもしれない。


「所詮子供です。深く考えると危険ですよ」


「そうかなぁ」


エンドは首を傾げると、再び火の玉を放ち始めた。


アラスタの目的はエンドに勝つということだが、今は負けないということも重要だ。イグリダがグランを倒しさえすれば、エンドと戦う理由は無くなるのだから。


つまり、最悪相手が魔力切れを起こさなくとも、その前にグランが倒されればいい。


「なんか、面倒くさい」


エンドが小さく呟き、何やら異様な魔力を溜め始めた。


(あ…あれは!)


アラスタが対処しようとする直前、エンドの手から膨大な魔力が溢れ出た。


中級炎属性攻撃魔法『インフェルノ』。この魔法は『ファイア』のような火の玉とは違い、一直線に膨大な火炎を放射することができる。もちろん、放出する分の炎を巨大な火の玉にして出すこともできる。


極太の熱線をかろうじて回避したが、服の端に僅かな火が灯ってしまった。


(やっちゃった…!)


非常にまずい。今は炎をかき消せるほどの風は吹いておらず、むしろ燃焼の効果を上昇させる。


「あれ、あの子死んじゃう」


「不慮の事故ですよ」


「仕方のないことです」


三人の傍観者は、ただアラスタが燃えて行くのを見ているだけだ。


服に燃え移った炎は、まるでアラスタを喰らうかのように侵食してくる。その光景に恐怖心を覚えながらも、アラスタは冷静に魔力をたぎらせた。


「『アクア』」


アラスタが自分に向けて魔法を放つと、バケツ一杯ほどの水が手のひらから溢れ出した。


「『アクア』」


何度か水をかけていくうちに炎は消え、軽い火傷で済んだ。


その奇妙な光景に、エンドたち三人は目を剥いていた。


「ねえ、あの子、おかしい」


「…ふむ…」


通常、魔法は人生のうちで2属性を上級魔法まで極め、サブウエポンとして他の属性の初級魔法を2つほど覚えるのが一般的だ。


本来アラスタのような12歳の子供が、五つもの属性をあの精度で出せるはずがない。


「少年、君は一体いくつの属性を扱えるのだ」


銀髪の男が顔を硬らせると、アラスタは再び手に魔力をたぎらせた。


「全属性だよ」


「「ぜ…ッ!?」」


初級魔法とはいえ、子供が全属性の魔法を操るなど聞いたこともない。目の前にいるアラスタという少年は、常人の域をすでに出ていた。


「エンド様、もはや手加減の余地などありません。殺意が必要です」


「やだ」


「ヘイルの助言に従うべきです。あの子供は危険…下手をすればこちらが殺されかねません」


「やだ。あの子、殺意ないよ。そんな本気でやらなくてもいい」


「ですが、グラン様の顔に泥を塗るわけにはいきません」


「…そっか」


何かを思い出したように顔を上げると、エンドは少しだけ声を張った。


「君ー、僕たちは今から君を殺す気でやるねー」


「えっ!盗賊ってやっぱり躊躇しないんだなぁ…」


軽く驚いたようなフリをしつつ、アラスタは策を練っていた。


先ほど属性の話をされて気付いたことがある。それは、戦闘中に複数の属性を組み合わせるという発想だ。


今までアラスタは、敵に合わせて属性を使い分けていた。要するに、同じ魔法の連打が多かったのだ。魔法を組み合わせて新たな技を作るなど考えもしなかった。


「『インフェルノ』」


再び放たれた火炎放射を軽々と躱し、アラスタは上空に向けて指を掲げた。


「『ライト』!」


「「…!」」


光属性の初級魔法『ライト』は、わずか1秒にも満たない閃光を放つ、比較的威力の弱い魔法だ。命中しても少し針に刺された程度の痛みしかない。


だが、目眩しとしては実用的だ。ほんの少しの時間でも、相手に隙ができれば魔法が当てられる。


すでにアラスタは、『ライト』とともに『サンダー』の魔法を放っていた。


「「「〜〜〜〜〜ッッッ!!!」」」


声にならない悲鳴を上げながら、エンドたちは体を痙攣させてその場に倒れ伏した。


雷といえど、初級では人の命を奪えない。だから安心して撃つことができた。咄嗟の間の判断として上出来だ。


倒れ伏す三人を眺めながら、アラスタはガッツポーズを掲げた。


アラスタが一人で手に入れた、初の勝利だ。著しい成長を噛み締めながら、アラスタはイグリダのいる頂上を心配そうに見上げた。


「…あとは、君の仕事だ」





日の影に隠れた地下の広間、そこは巨大な扉で仕切られた倉庫で、キオは今その門番を任されている。あの三人がキオを倒すことは不可能なため、盗賊団にとって一番重要な場所の警備に当たっているのだ。


正直、キオは今すぐにでもグランの元へ駆けつけたい。グランの実力を信じていないわけではないが、彼の復讐心を間近で見て来た身としては、計画を阻止されたくはない。


すぐにでも、イグリダを殺してやりたい。


グランは、三人がここに来る兆しが見えなければ加勢しても良いと言った。もう向かってもいいだろうか。


「……」


キオは壁に立てかけていた両手剣を握ると、そっと地上への階段に向かって足を運ぼうとした。


直後、その階段からゆっくりと足音が聞こえ始めた。


散歩でもしているかのような緩やかな足取りを聞いて、キオはイグリダだと予想した。エンドからの情報によれば、イグリダは堂々とした態度をするよう気を付けているらしい。


そして階段から現れた漆黒の袴を見て、キオは目を剥いた。


「…トーア」


「…ここにいたのか。地上のどこを探しても見当たらないものでな。…しかし賢明な判断だな。この倉庫こそ、盗賊が積み上げた努力の結晶だから、アンタに守らせようってことか」


トーアは淡々と言葉を並べると、ゆっくりと刀を引き抜いた。青い刀身は、今は光が当たらず、黒い闇に身を染めている。


「今は君にかまっている暇はない。そこを通してくれないか」


「…あいにく今俺はイグリダ一味ということになっている。…戦闘はやむを得ないと思え」


「く…やはり君は殺すべきだった」


以前、情報を買うためにトーアがこのアジトを訪れた時、グランは害はないと言っていた。しかしキオとしては、本当は殺したかったのだ。


この男が放つ剣気が、盗賊団にとって脅威でしかなかったのだから。


「君は今ここで殺す!」


「…来い」


刹那のうちにキオは斬りかかり、異形の大剣と細い刀がぶつかり合って周囲の空気が振動した。このあまりにも奇妙な光景に、キオは舌を巻いた。


刀は、この重い剣の攻撃を受けても折れることがなかったのだ。


「精密な斬撃は、圧倒的な威力を前にしても挫けないか…!」


「…そういうことだ。はぁッ!」


再び交えた二つの剣は、一方も譲ることなく相手に衝撃を与えた。


三度目、四度目、二人は何度も武器を打ち付け合い、少しも引く隙を見せない。この二人のレベルになると、少しでも攻撃を緩めれば簡単に決着がついてしまう。


やがて二人の剣は交差したところで押し付け合い、金属が擦れる音が地下に響き渡った。


「所々に剣技を混ぜているな…トーア」


「気づいていたか」


だが、剣技は意味をなしていない。流石はキオだ。


キオの攻撃は全て捌かれるため、トーアに攻撃を当てることができない。一方トーアは、キオの攻撃が激しすぎて攻撃に転じることができない。この互角の戦いは、トーア側が少しでも対応を間違えれば終わってしまう状況にある。


だが、あくまでこの戦いは攻めキオ守りトーアという型になっている。トーアがここを守りさえすればいいのだ。


キオに僅かな焦りが見えてくる。


(攻撃が早まったな…)


トーアはそう感じ、ペースを合わせた。


もちろん、トーアに見えない速さではない。だがこのまま防衛出来るかと言われればそうではない。


キオの攻撃は正面からではなく、横からの攻撃が激しくなってきた。刀を側面から打ち叩くことができれば、使い手の技があろうとも簡単に折れるからだろう。


少しずつ早くなっていく攻撃に、トーアの防御はだんだん遅くなっていった。


「終わりだ!」


やがて下から弾くように大剣を振り上げ、トーアの刀は壁際まで吹き飛ばされてしまった。


決着だ。トーアの速さと技があろうとも、速さと力の方が断然強い。トーアの剣術はまだ、最強には遠く及ばないのだ。


そう、剣術のみならば。


「…儀式魔法」


地下を、紫電が這い回った。それはトーアを中心に螺旋を描き、やがて強大な魔力の塊として右腕に集まっていった。


「な…」


巨大な魔法陣が展開され、今一つの大魔法が解き放たれる。


「『雷帝儀』———ッッッ!!!」


雷属性最強の攻撃魔法、上級魔法『雷帝儀』。凄まじい電力を持つ一直線のレーザーを放ち、命中した場所を中心にして範囲攻撃を与える。簡単に人を殺せる魔法だ。


例えキオであろうとも、その攻撃を耐えることなどできない。


「まずい…!」


身を翻し、キオは両手剣の切先を左に向け、何かを放出した。


空気砲だ。これを使いこなして、キオは常人とかけ離れた動きをしていたのだ。


キオはかろうじて魔法を回避すると、剣を後ろに向けて空気砲を放ち、トーアに突進した。決着をつけるつもりだろう。


だが、これこそがトーアの狙っていた状況だ。いくら高速とはいえ、トーアは見切れる。何より、戦いの最初の突進ですでにタイミングを予習している。


刀を拾い、トーアはそれを振り上げた。


「『紫電一閃』」

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