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覇王記  作者: 沙菩天介
盗賊王編
1/59

第一話 覇王イグリダ

 朝食の時間から、アラスタの怒りはピークに達そうとしていた。


「…今なんて言いました?」


 アラスタは苛立ちをむき出しにしながら、人差し指でテーブルを一定のリズムで叩いている。その苛立ちは、アラスタとは向かいの席に座る男に対して向けられている。


 この男はグレモル、魔法の国クアランドの国王を務める、アラスタの父親にあたる人物だ。


 だが、そのずんぐりと太った体型からは、王としての威厳を全く感じられない。


 グレモルは、思わず笑みをこぼした。


「聞こえなかったのか?王家に生まれた身である以上、安寧の人生が約束されている。だから民のことを気にかけて日々尽力するなど、そんなことに労力を割く必要は全くないって言ったんだ」


 さも当然のようにそう言って退けたグレモルは、メイドに向かってめくばせした。


 飲み物の合図だ。この、まるで王家の人間としての仕事を全うしているかのような態度も、アラスタの苛立ちに拍車をかける。


「そもそも、なんでお前は今日になってそんなことを気にし始めたんだ?俺の親父の代から、王ってのはこんなやり方だったはずだけどな」


「………」


 グレモルの問いかけに、アラスタは押し黙った。


 そう、アラスタ自身、つい昨日まではこの国の現状について全く理解していなかったのだ。部屋で魔法の勉強をしたり、街をほっつき歩いて国民と言葉を交わし、世界の平和を疑っていなかった。


 だからこそ、この国の現状を知って怒りが湧いたのだ。


「まさか12歳にもなってようやく政治に興味を持つとはなあ。…って、俺もそんくらいだったか」


「父上は盗賊団による被害や、正体不明の集団による人攫いをご存知ですか」


「もちろん」


「知っていて、何も手を打たないんですか?」


「まあ、盗賊なんて無限に湧くし、人攫いとか当然人目につかないところでやるからな。監視用の魔石を設置したとしても、その魔力は誰が———」


 ガダンッ、と大きな音を立てて、アラスタは立ち上がった。狼狽えたのか、グレモルは椅子を引いて後ずさった。


「……ッ、この国を父上に任せておけません…!僕は自力で国を治します!」


 アラスタは豪勢な食事を残したまま、早足で部屋を後にした。当然父の静止の声はない。彼の性格上、息子に説教をされるなら出て行ってもらった方がマシだろう。


 当然、アラスタもこの城に残るつもりはない。行く当てはあるのだ。


「『死神』の村に来い、か…」


 朝日が照らすクアランド城の回廊は、アラスタの心境と対を成すように美しく輝いていた。



 ※



 かつて12人の英雄が創設したとされる魔法の国、クアランド。国内の設備のほとんどに魔法が関与していて、当然魔法が使えるものが優遇されている。


 普通の家庭に生まれれば、魔法学校に行き、安定した職を得るために日々魔法の勉強をする。それはこの国に生まれた以上絶対に通る道だ。


 しかし、いくつか例外がある。


 一つ目は、王都ではなく村で生まれた人間。この場合、魔法を勉強することなく一生を農業に費やし、税を納めることなくその村で生涯を終える。彼らは村で作った作物のみを食べ、外との関わりは一切持たないのだ。


 二つ目は、孤児だ。この場合餓死するか、食べ物を盗んで捕まり、牢の中で生涯を終える。


 三つ目は、不思議な異能を持って生まれた人間。その場合、魔法を覚えずとも戦闘が可能だ。


 孤児についても、アラスタはつい最近まで何も知らなかった。知り合いの商人が何人も盗みの被害に遭っていると聞いて、アラスタは「働きたくないからって食べ物を盗むなんて」などと考えていた。


 だがその考えは、つい昨日変わった。名前も知らないあの男に会ってから、アラスタはこの国の現状を知ることになったのだ。


 孤児を救えない国の制度、盗賊団による盗みの被害、隣国アルディーヴァによる武力の圧力、謎の組織による人攫い、そのどれもが、今までのアラスタが生きてきた世界を大きく覆すほどの悲惨なものだった。


「…彼にもう一度会って話せば、この国を救う手がかりがわかるはず…」


 死神の森の道なき道を進みながら、アラスタは歯軋りした。


 死神の森とは、『死神』の村を囲む巨大な森のうちの一区画を指す。クアランド王都から離れた南の地に広がる、心霊スポットとしても有名な場所である。歩けば相当な距離だが、空を飛ぶ魔法を使えば数分で着く。


 本来ならアラスタも行きたくはないのだが、今は事情が異なる。この国の命運がかかっていると言っても過言ではないのだ。


 ———俺が世界を変える。もし俺に協力してくれるのなら、『死神』の村に来て欲しい———


 昨日会った男に言われた言葉だ。もしこの記憶が夢だったとしたら、アラスタは三日ほど泣き続けるだろう。何せそれほどまでに、この森は不気味なのだ。


 薄暗く、生き物の鳴き声もまるで聞こえない。踏みしめた大地からは生命を感じられず、アラスタが通った後には、草地があるにもかかわらず明確な足跡が残っていた。


「木が枯れている…」


 今はまだ、木が枯れるような季節ではない。であれば、おそらくこれは魔力の関係だろう。


 死神の森には、かつての12人の英雄のうち10人が眠る『英雄の墓』なるものが存在する。おそらくその強大な魔力の溶媒が、周囲の環境に悪影響をもたらしているのだ。


「『死神』の村は、こんな環境で一体何を栽培しているんだ…」


 作物を育てて過ごすのがクアランドの村では当たり前であり、そのためにはちゃんと作物が育つ土地が必要だ。こんな状態ではまともに食料を得られない。


 そんなことを考えながら歩いていると、アラスタはふと足を止めた。


 光だ。光がさす場所がある。


「あれが『死神』の村…?」


 アラスタは目を丸くして村を眺めていた。


 今アラスタがいるこの森とは大きく雰囲気が異なり、まるで普通の村のように太陽の光がさし、作物が栽培されている。とても『死神』の村と名付けられたものではない。


 何はともあれ、目的は達成された。後はあの男を探すだけだ。王都よりも遥かに小さなこの村で人一人探すことなど、小さな本棚から目当ての本を探し出すのとそう変わらない。


 だが、アラスタの考えていたことは、現実に比べれば遥かに楽観したものだった。


「わ…っ!?」


 不意に正面右から男に掴みかかられ、アラスタはかろうじて身を翻し、攻撃をかわした。しかし戦闘の実戦が浅いアラスタはうまく着地することができず、草地を転がって距離をとった。


「へっへー、ガキ…見たとこいい家じゃねえか」


 にやにやと笑みを浮かべた下品な男だ。両手には武器とも言えないようななまくらの刃物を握りしめ、露出した肉体は筋肉で膨れ上がっている。そして不気味なことに、右半身には大きな火傷のあとが残っている。雰囲気からして、昨日の人物とは別人だ。


 アラスタが警戒の視線を向けると、その男の背後から人影がぬるぬると出てきた。


(盗賊団か…!?なんでこんな場所に…!)


 疑問符がアラスタの頭の中に浮かび上がるが、すぐに首を振って構えをとった。


 そんなことを考えている場合じゃない。盗賊団は王都で行われる盗みとは違い、力尽くで物を奪うと聞いた。おそらく乱暴なことをするつもりだろう。


 戦うしかない。


「先に言っておくが、ワタシは魔法使いだ。火傷したくなければ、ここを立ち去れ!」


 ぎこちない一人称でそう凄むと、盗賊団はどっと笑い出した。


 自分より下だと確信して、馬鹿にするように気の済むまで笑う。彼らの人間性を象徴しているような不快な笑い声だ。アラスタは顔を赤くした。


「忠告はしたぞ」


「あー、好きにしなぁー」


 どこまでも舐めた態度をとる団員に歯軋りし、アラスタは手のひらを向けた。


 直後、アラスタの体内を膨大な魔力が駆け巡った。生来人間が持つ特別な力、『魔力』を用いて、体内で魔法陣を描き出し、作り出した魔法を手のひらに集中させる。


 魔法使いのみに許された特別な技。


「『サンダー』———ッッッ!!!!」


 アラスタが叫ぶと同時に、手のひらから雷の球体が飛び出した。


 雷属性の初級魔法『サンダー』は、魔法使いが最初に覚える4つの攻撃魔法のうちの最も汎用性が高い魔法だ。ある程度の火力を備え、かつ一定の範囲内にダメージを与える。


 攻撃魔法を防ぐ方法は、防御魔法を張るか、同等以上の威力を持つ攻撃魔法で相殺するしかない。どちらにしろ、魔法が使えない人間には魔法を防げない。


 だが…


「へっ、甘いねえー坊ちゃん」


 男は突然懐から布を取り出し、その布を空で凪いだ。すると驚くべきことに、アラスタの『サンダー』が打ち消されてしまったのだ。


「な…!」


「こいつは隣国アルディーヴァで頂いた特別性の布でなぁー、なんでも、どんな魔法も消し去っちまうらしい」


「そんなのずるいじゃないか!」


「はぁ…?ずるぅー?」


 先ほどまでにやにや笑っていた男が、眉を顰めた。


「魔法使っといてそりゃねえでしょ。俺からしたらよっぽどお前の方が…」


 直後、アラスタの側頭部に激痛が走った。


 瞬時の間に殴られたのだ。その人間離れした技に、アラスタは成すすべもなくひれ伏した。


「人生イージーモードだろうが」


 その言葉を最後に、アラスタの視界は暗転した。



 ※



 アラスタが死神の村に訪れる前日のことだ。


 アラスタは怪しげな服装の男の後を追っていた。盗賊を捕まえれば褒められるだろう、と考えていたからだ。


 大通りからある程度離れた路地裏にたどり着き、二人は足を止めた。


「正義感の強い王子と聞いてね。君と話がしたかった」


 フードを目深にかぶったその男は、振り向いて言った。


「……、だからワタシを誘い込むために、わざと怪しげな格好をしたのか」


「その通り、君なら来てくれると思っていた」


 優しく包み込むような声で、男は言った。


「君が盗みについて、どんな認識を持っているのか聞かせてほしい」


「ワタシが…?」


 盗みについてなど、考える必要もない。働く意思のない怠惰な愚民が、真っ当に生きる国民の所有物を奪うという、人の闇の部分が垣間見える所業だ。


「悪だ」


 これ以上の言葉は必要ないだろう。


 アラスタの言葉を聞いて、男は薄く微笑んだ。


「では、あれを見てくれ」


 男が指をさした方向には、パンを貪る青年の姿があった。


 髪は乱れ、ボロボロの服を見にまとい、多くの部分が露出し、薄汚れている。世間一般で言われるところの浮浪者だ。しかし彼らがどんな生活をしているのかなど、王子のアラスタには知るよしもない。


「あれは盗んだパンだ。俺が目撃した」


「なんだって!」


 アラスタは青年につかみかかろうとした。


 売り物を盗まれて、生活が危うくなった商人を何人も見ている。今のアラスタにとって、この青年は悪以外の何者でもない。当然この悪党は、暴力を用いて抵抗してくることだろう。


 だが、青年はひどく怯えたような顔をして、歯をガチガチ鳴らしているだけだ。拍子抜けか、或いは自分の考えが外れたことによる困惑か、アラスタはそのまま硬直してしまった。


「彼には、物を盗む以外に生きる手段がない」


「…え、そんなはずは…」


「魔法大国であるこの国で、彼らには職につく術がない」


 今までは考えもしなかったが、確かに当たり前のことだ。魔法を操る力を持たずに生まれてくれば、村までたどり着くこともなく、生きていく手段は存在しない。


 ならば、本当にこの青年たちには生きていく術がないのだろうか。


「正義感の強い王子、アラスタ・グレモル・クアランド。君にこのパンを取り上げることが出来るかな」


「……無理だ」


「そのはずだ。君の正義感は優しさから出来ている。例え盗んでいい理由にならなくとも、不可抗力によって押し潰された一国民を投獄することなど…、む?」


 気づけば、アラスタは泣いていた。


 この青年によって生活を苦しめられている商人は確かにいる。だからといって、この青年を見殺しにすることなどできない。


 正解がない。


「僕は…どうしたら…っ」


 目をごしごし拭きながら泣きじゃくるアラスタを見て、男は微笑んだ。そしてしゃがみ込み、顔を合わせた。


「俺が世界を変える」


「…え?」


「もし俺に協力してくれるのなら、『死神』の村に来て欲しい」


 そう囁き、男はマントを翻した。アラスタが泣き止んだ頃には、男の姿は消えていた。



 ※



「…う」


 冷たい感触を半身に感じながら、アラスタはゆっくりと目を開けた。


 薄暗く、自分の状況がほとんど確認できない。確認出来ることがあるとすれば、側頭部の痛みと、植物が腐敗した臭いだけだ。


「まいったな…」


 触ってみたところ、この部屋は完全に石で出来ている。今アラスタが習得している魔法では、石を破壊することは出来ない。


 とりあえず、この暗さをなんとかする必要がありそうだ。


「『トーチ』」


 アラスタが魔法を唱えると、まるで蝋燭ろうそくがついたかのようにうっすらと、人差し指に光が灯った。


 『トーチ』は、汎用魔法と呼ばれる、日常生活で世話になる魔法の一種だ。魔法の中では一番簡単と言われるが、このような思わぬ場面で役に立つことがある。


 しかし、部屋を少し明るくしても何も変わらない。壁はアラスタの予想通り石で出来ていて、部屋の半分以上を腐敗した植物が埋め尽くしている。入口は瓦礫で出られないようになっている。盗賊団の仕業だろう。


 おそらく『死神』の村のゴミ捨て場だ。先程の男の言動から察するに、アラスタをどうにか金稼ぎに使おうとしているのだろう。


 ただ一人の王子であるアラスタが誘拐されれば、あの国はグレモルによる政治で廃れていってしまう。


「どうすれば…」


 頭を抱えて悩んでも、アラスタの知識には『石造りの密室から出る方法』など存在しない。いくら考えても無意味だということだ。


 そうして無慈悲にも、時間だけが刻々と過ぎていった。



 ※



「ふー…」


 盗賊団の幹部アグラは、右半身の火傷をさすりながら大きな息を吐いた。


 この村の住人は村長の家に放り込み、貯蔵してあった作物のうち4割ほどをいただいた。これでしばらくは働く必要もないだろう。数週間ぶりの大仕事に、班員たちは疲れ切ったように寝そべっている。


「しかし簡単だなぁー『死神』の村は。なんたって戦えるやつがいねえんだからなぁー」


 アグラがにやにや笑ってそう言うと、部下たちも釣られたように笑い出す。盗賊団の中でもずば抜けて弱いアグラ班にとっては、なんともありがたい仕事である。


「アグラさん、今日こそヤっちゃいましょうよ!」

「賛成!」

「俺の息子も外で遊びたがってますぜ」


「はぁ…お前らなぁー、あんまり浮かれると無駄な体力持ってかれちまうだろうがぁー」


 どこまでも欲に忠実な部下に顰めっ面を向けながらも、アグラは下半身の突起部分をさすっていた。そろそろ部下たちに褒美を与えてやっても良いだろう。


「そうだなぁー、じゃあ…」


 部下たちが大喜びしそうな言葉を口の中に溜め込み、吐き出そうとした次の瞬間だった。


「うおっ!?」


 部下の一人が突然襲いかかってきたのだ。


 アグラには状況が理解できなかった。いくら欲が溜まっているとはいえ、アグラを力尽くで納得させようなどとは部下も思うまい。


 何せアグラが一番この班では戦闘力が高いのだ。真っ向から戦いを挑むなど普通ではない。


「なんのつもりだぁー?」


「…君こそ、何を言おうとしたのかな」


 突如、聞きなれない穏やかな声がアグラの耳に侵入してきた。声の主は襲いかかってきた部下だ。


 否、部下ではない。


「誰だテメエ!?」


 慌てて飛び下がり、アグラは剣を2本構えた。盗賊式の野蛮な戦闘スタイルだ。技術がなくとも二刀流のゴリ押しで大体の人間は倒せる。


「…君から名乗って欲しい。俺には盗賊団の情報が必要なんだ」


「あー、そうかよ!」


 当然、自分の名前を教える義理などない。ただ捕まる可能性が高まるだけだ。もしこの男が王都からの刺客ならば、今ここで始末しておく必要がある。


 まずは先手必勝、相手の動きが自分より遅ければそれまでだ。


「死ねぇ———ッッッ!!!」


 アグラが2本の剣で斬りかかると、男は近くにあったくわを掴んで防御体制を取ろうとした。


 だが、遅い。特別な技術によって強化されたアグラのスピードには、この男の動きが追いつけるはずもない。このまま剣を突き刺して終わりだ。


 しかしそうはいかなかった。


 男は鍬の先で片方の剣を挟み、もう片方の剣を柄の末端で打ち上げ、瞬時にしてアグラの武装を解除してしまった。


「なんだテメエ!?」


 仰天して目を見開くアグラに、男は問答無用で掴みかかった。


 かなり強い力だ。いくらスピードを強化しようとも、掴まれては速さの意味がない。この時点で、アグラの敗北は確定している。


「おい、テメエら!」


 アグラは後ろで待機している仲間に助けを求めた。部下たちは特殊な技術こそ使えずとも、腕力だけはある。複数人でかかればこの男も倒せるだろう。


 だが男は冷静だ。その態度に、アグラは違和感を覚えた。そして部下たちのいる方向を見て唖然とした。


 村の広間で荷物をまとめていた部下たちは、炎でも浴びたかのように、ぼろぼろの服を着て焦げた匂いを漂わせていたのだ。


「クソッ!手ぇ組んでやがったのか!」


 そう言って、アグラは広場の中央に佇む少年をにらめつけた。


 先程捕まえた、白金色の髪を後ろに流した12歳ほどの少年だ。アグラが直接小屋に放り込んだのは間違いないが、おそらくフードの男が助け出したのだろう。


「魔法を無効化されなければ、ここにいる全員を無力化するのは簡単なことだよ」


 アラスタは苦虫を食い潰したような顔をして言った。


 魔法を無力化する衣。おそらく魔力が大量に込められた魔道具だろう。アルディーヴァの魔王ともなればその魔力は絶大、防御魔法を宿した道具を作るなど容易に違いない。厄介な道具だ。


 先ほどはそれによって恥をかかされたが、所詮は布。取り出せなければ効果を発揮しない。


 アラスタは手に魔力をみなぎらせ、手のひらをアグラの顔に近づけた。


「火傷を増やしたいか?」


「ちっ…、そんなのはごめんだー…何をすりゃいい」


「俺の質問に答えてほしい」


 穏やかな声が耳を包み込み、アラスタは思わず口元を緩めた。彼の声を聞くと、どういうわけかリラックスできる。


「そうだな…、君たちのリーダーについての話を聞かせてほしい」


「リーダーぁ?それくらい知ってると思ってたんだがなぁー」


 アグラは頬をぽりぽり掻きながら言った。頬を掻くごとに、皮が少しずつ剥がれていくのが見える。アラスタは顔を顰めて言った。


「盗賊王グラン、という名前は王都にも伝わっている」


「あぁー、そいつだぁー。幹部含めた団員全員が束になっても多分勝てねえくれぇ強え。テメエら、あいつに挑むんなら多分死ぬからやめとけ」


 そう聞いて、アラスタは不安そうにフードの男を見上げた。


「それでは、盗賊団の目的を聞かせてほしい」


 だが男は、特に何も思うことがなかったのか、一呼吸置く暇もなく次の質問に移った。アグラも、自分の忠告を聞いてもらえなかったせいか、少しだけ不満げに見える。


「目的なんざねぇ。俺たちはただ生きていくだけ、今日とった食いもんもアジトに持ち帰って全員で分ける予定だったんだぁー」


「追加で、少しばかり性欲を処理しようと、よこしまなことを企んでいたのだね」


「……ち、そろそろ部下にも褒美が必要だと思ってなぁー…」


 首を傾げるアラスタをよそに、アグラは頭を下げた。もちろん、イグリダに腕は掴まれたまま、頭を地面につけた。


「邪なことを企んでいたのは謝る。だがなぁー、食いもん奪うのは許してくれねえかなぁー。俺たちも死にたくはねぇんだぁー」


 頭を下げるアグラを、アラスタは複雑な心境で眺めていた。


 もちろん、許されない。人のものを奪って生活していくなど、正当化して良いものではない。それは王都での盗みも同じことだ。


 だが、アラスタはこの国の現状を知ってしまった。一見ただの野蛮な人間に見えるアグラも、生きる術が盗みしかない、ただの浮浪者に過ぎない。このように頭を下げてもらっては、その頭を踏みつけるようなことはできない。それはきっと、フードの男も同じだろう。


 どうしたものかと二人が悩んでいると、ふと、背後から足音が聞こえた。


「…あの」


 アラスタが振り向くと、そこには少女がいた。


 ただの村娘だ。筋肉はある程度ついているので、畑仕事に専念してきたのだろう。


「君は?」


「ルイナです。少しお話が…」


 ルイナは特に警戒することなく3人に近づくと、ぎこちなく微笑んだ。


「先程の話…聞きました。よければこの方達を、私たちの村に泊めさせてもらえませんか?」


「は!?」


 一番驚いたのはもちろんアグラだ。あまりに驚いて、思わず後ずさっている。


「どういうことだよ!テメエらからは散々食いもん奪ってきたじゃねえか」


「だ…だからです」


 大声を聞いて少し肩を窄めたルイナは、荒らされた畑を流し見た。


「…畑仕事を教えて差し上げます。それでしばらくの間、生きていく術を学んでほしいんです」


 なるほど、確かにそれなら、盗賊団の腕力も活かして村人の役に立てるだろう。それにしてもかなり勇気が必要な提案だ。


「……なるほど」


 フードの男が頷いた。


「素晴らしい考えだ。アグラもきっと改心している。俺たちが盗賊王を倒すまでの間、どうか彼らの面倒を見てほしい」


「は…はい!任されました…!」


 満面の笑みでそういうと、ルイナは首を傾げた。


「あの…なんとお呼びすれば…?」


 そういえば、確かにこの男の名前はアラスタも聞いていない。ゴミ捨て場から助けられた時は、作戦しか教えてくれなかった。


「イグリダ」


 男は言った。


「俺はイグリダ、後に覇王と呼ばれる者だ」

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