決心
フィリアが発した言葉に、一瞬の静寂が訪れる。
沈黙を破り、フィリアへと問いかける。
「それじゃあ…どこに行ったっていうのよ?」
当然の疑問だ。
「潜入した時に…唯一、入れない部屋があった。屋敷の中にいるとすれば、そこだろうな」
「へぇ…アナタでも入れないところがあったの?」
ルナは驚いた表情だ。
「あの時は武装も最低限だったしな。それに、気づかれて警戒を強められるのは困る」
「ふーん…今日はその部屋に潜入するってわけね」
「ああ、準備は入念に頼む。あの屋敷…なかなかきな臭いからな」
「それであの子はどうするの?今日の夜潜入するとは言ったけど、好奇心旺盛な子だし、横やり入れてくるんじゃない?」
「いや、今回はアイツも一緒に来てもらう」
「…大丈夫なの?」
ルナは訝しげな表情を見せる。無理もない。
所詮彼女は15歳の女の子だ。私たちと同じように考えてはいけない。
「あの子に何をさせるって言うのよ?」
「それは――――」
♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢
夜の帳が下りて―――
サリアはベッドで物思いに耽っていた。
フィリアとルナは今日、潜入するって言ってた…。
お母様の容態が気になって仕方がない。
私が行ったら間違いなく邪魔になる…。
だけど…どうにかして一緒に付いていくことはできないだろうか?
「でも、いつ来るか、正確な時間は知らないんだよね…」
むやみに歩き回るのはやめた方がいいだろう。
変に勘繰られるのも嫌だしね…
「どうしたらいいのよ…」
見慣れた天井を見つめながら、呟いた時、帰ってくるはずの返事が返ってきた。
「何をよ?」
意識の外から不意にかけられた声に、私は大声を上げそうになってしまった。
「ふぁっ…!んぐっ…」
「静かに…大声は出さないで。まあ私たちが原因なんだけど…」
驚いた…。そこにいたのはフィリアとルナだった。
普段とは雰囲気が違う。外套…のようなものを羽織っているからだろうか…。
急に手で口を押さえたからだろうか。ルナは少しバツが悪そうだ。
「びっくりした…どうして私の部屋に?」
「それに…少しくらい話してるだけならバレないと思うけど…」
確かにもう夜だし、こんな時間に領主の一人娘の部屋から話し声が聞こえてきたら多少は怪しむだろうけど…。
「シッ…この部屋に入る前に確認したけど、部屋の外に見張りがいる」
「えっ…?」
「10分程見てたんだけど…動く気配がなかった。いつもはいないんじゃないか?」
「う、うん…いない…と思う…」
「だろうな…前潜入した時はいなかった。この3日間で何か変わったことは無かったか?」
変わったこと…?何かあっただろうか。
お父様とはほとんど話していない。
お母様の事はほとんど進展していないし…。
使用人たちに何かあったとも聞いてない。
「私が聞いた限りだとなかったと思う…多分」
「本当に~?ちゃんと思い出しなさいよ?」
「ルナ…声が大きい」
「んぐっ…ごめん…」
思い出しなさい、と言われても…。
思い当たるフシも無い。
「ご、ごめんなさい…」
「べ、別に責めてるわけじゃないわよ…何も憶えてないならいいの。それじゃあ、フィリア…」
続きを、と言わんばかりにフィリアへと目線を送る。
フィリアは少し考え込んだ後、口を開いた。
「サリア、今日は前回潜入した際、入ることのできなかった部屋へ行こうと思う。一緒に付いてきてくれないか?」
「えっ…いいの?」
「ああ、それに…確認してほしいものがあるんだ。」
「確認してほしいもの?」
「お前の父親の部屋にある、名前の書いてないファイルがあるんだが、それの中身に確認してほしいものがある。時間をかければわかるものもあるが…こういうのはわかる人に聞いた方が手っ取り早いからな」
「う、うん…わかった」
少し、浮かれていた。
なぜ、どうして、何のために。目的や動機はわからないが―――彼女たちについていけば、お母様に会える。そう、確信していた。
だが、そんな浮かれた気持ちも、ルナの一言で搔き消される。
「アンタ…覚悟はできてんの?」
ルナは不機嫌な態度を隠しもせず、冷たくピシャリと言い放った。
まるで、真冬に冷たい水をかけられたような―――。
私の心は、一気に現実へと引き戻された。
「アンタ…わかってないみたいだけど、もしかしたら危険な場所に足を踏み入れるかもしれないのよ?」
「この屋敷の異質な雰囲気…今のアンタなら、理解してるんじゃないの?」
「目を逸らしてるだけじゃダメ、すべて受け入れろとは言わない。でも少し、少しずつでいい、状況を把握していくところから始めなさい」
ルナは真剣な目でこちらを見ている。
目を離せない。見つめあって数秒、彼女たちの背負ってるものが軽いものではない。
なぜか、そんな気がして―――。
一体彼女たちは何を見てきたの?
気になる。気になる――――。
私も、彼女たちのように強くなりたい。
「私も、あなた達みたいになりたい…」
「は…?」
二人の眼が大きく見開かれる。予想外の返事に驚いてしまったようだ。
ルナは驚いて。少しうれしそうな顔をして。最後には悲しそうな顔になった。
「バカ…そんなこと言っちゃダメよ…あなたはまだ…」
そう言ってルナは私の顔へと手を伸ばし、輪郭をなぞるようにして…顎まで手が下りてきた所で手を止めた。
「フフ…」
悲しげな表情をしているルナとは裏腹に、フィリアは笑っている。
「今は…それでいいさ、だけど覚悟はしっかりしておいてくれよ。今からは、見たくもないものを見せられるだろうからな」
フィリアはそれだけ言うと、いつもの不愛想な表情へと戻った。