プロローグ~ 一、レリア
少し長くなりましたが、読んで頂けたら嬉しいです。
念の為BL指定にしていますが、要素は薄めですのでご了承下さい!
私が愛したひとは、生涯三人の妃を持つ大国の次期国王でした。
幼かった私は、何も知らなかったのです。
全ての婚姻の真実の理由も……。私が受けた愛の類いも……。
そしてーー最後に行き着く先も。
(ヒースなんて小国、刃向かってくるなら攻め込めばいいのに)
父に伴い訪れる交渉の場に辟易したロイは、自然な笑顔に隠した心の中で小さく舌打ちした。近隣諸国との会合に同席することは多々あるが、いつも無駄な時間と思っている。
「力尽くで従わせちゃえばいいのにさ」
帰路の途中、悪びれる様子もなくそう呟く息子を、ディラム国王ヴィレンは眉をひそめて見詰めた。だがロイはその咎めるような視線さえも遮るように、はぁと大きな溜息を吐いた。
「だってどの道どっかの国に取り込まれていくんだから」
それが運命だと言わんばかりに、同情というよりは投げやりな口調でロイは続けた。
曾祖父の代に領土を広げ、戦大国として絶大な力を持った彼等の王国は今も、他国からは無意識に恐れられている存在であった。
けれどもそんな曾祖父を尊敬しているロイとは違い、ヴィレンは互いに無駄な血を流すような争いを酷く嫌った。目立った功績こそないが、彼は平和な時代を築いた国民から愛される王であった。
(本気でそんなことを思っているのか?ならば困ったものだ……)
しかし本当に困惑しているのは、このロイこそが唯一の王位継承者であるという事実だった。
確かにロイは誰の目から見ても様々な才に恵まれていた。幼い頃からはっとする程精緻で聡く、大人でも難読な政治書なども不思議と一度で理解することの出来る頭脳の持ち主であった。
更にロイの明るい表情とそれに相反する静かな碧の瞳と黒い髪は他人を知らずに魅了するのだ。未だ十六歳とは思えぬ程大人びた雰囲気を常にその身に纏う。好戦的な性格を知らない民からの期待も大きかった。
「お前は本当にそれが正しいと思うのか?」
「うん」
何の疑問もなく即答されてしまえば、ヴィレンは頭を抱えるしかない。懸命に言い聞かせたとして、ロイ自身が心から納得しないことには徒労に過ぎないだろう。
(ロイが自分を抑え続けることさえ出来れば、ディラムは暫し安泰なのだが……)
いつからだろう、これがヴィレンの一番の悩みの種となったのは。ヒースの一部の領土問題外など、物の数にも入らない。
だがヴィレンには未だ、一つの思惑があった。
偏った考えはあるが、ロイは決して非情な暴君ではない。寧ろ好意を寄せた者には老若男女身分さえ問わず、驚く程に心を砕く優しさを持っている。
(もう、きっとそれしか)
一日でも早い方が良い。ヴィレンは今こそが実行の時だと心に決めた。
そしてその数日後、全ての手筈を整えたヴィレンはロイを私室に呼び出す。
「嫌だなぁ改まって。どうしたのさ?父さん」
何も知らされていないロイは、屈託なく尋ねる。普段から見せる、不思議な程無邪気な笑顔だった。だがそれは揺るぎない自信。
これから起こるであろう口論は覚悟している。ヴィレンは一息に吐き出した。
「ロイ、お前の婚約者が決まった」
一、レリア
物静かだが寡黙ではない。陽だまりというよりは風通しの良い木陰のような姫だと誰もが感じる。
彼女の名はレリア。ディラム大臣グレリュートの唯一の娘だった。
レリアは屋敷の庭園を眺め歩くのが好きだった。時には庭師と共にその手を土に汚すこともある。
だがその真っ白な肌はどんなに陽の下にいても変わりはしない。
この日も庭園に出て、心乱されることのない、ごく日常を過ごしてきたのだが。
「大変だぞレリア!父上がお呼びだ、早く来るんだ!」
突然兄のキールが息を切らせて駆けてきた。侍女や従者を使わず、自らがレリアを呼びに来ることなど滅多にあることではない。
「キール兄様、どうか為さったの?」
レリアは心配になり訪ねたが、それとは裏腹にキールの瞳は明るく、珍しく興奮を隠せない様子だった。兄は話の内容を知っているのだろう。
「いいから早く来い!多分これがグレリュート家にとって最大の好機だ」
取り敢えず悪い話ではないのだなと、レリアは素直に頷いた。無理に手を引かれ、縺れる足を懸命に動かす。思えば今より幼い頃でさえ、兄と手を繋いだことなどあっただろうか。
キールは大人しく面白みのない妹に、興味を示したことなどなかったように思う。そしてそれは父も同じに思えた。
(最大の好機……?)
レリアは心の中で兄の言葉を反芻した。
今以上の名誉など、この満たされた家に必要なのだろうか。だが幾ら考えたとして、父や兄の確実な野心など知らぬレリアにそれが分かる筈もなく。
父の政務室に入ると、これまた珍しく上機嫌の父が、満面の笑顔で迎え出たのだ。
「おおレリア!我が最愛の娘よ」
「あの、お父様、何かあったのですか?」
普段とまるで違う家族の姿にレリアは戸惑いを隠せない。いつも目に掛けられていたのは有能な嫡子のキールの方で、最愛などという言葉を父の口から初めて聞いたレリアは茫然とした。
こんな平凡な娘では、政略結婚の役にすら立たぬという言葉を、つい最近も聞いてしまったばかりなのだ。
父も兄と同様、溢れ沸く興奮を隠し切れぬまま、それでも元来の威厳から落ち着きを取り戻し口火を切る。
「実は先程、陛下から直々にお話があり……ーーロイ殿下の花嫁にレリア、お前を御所望とのことだ」
「ーーえ」
レリアは小さな声を発したまま、暫し身動きが取れなかった。父は決して冗談を口にするような性質ではない。
「……どうして、私が……?」
ディラム王家は一夫多妻制であった。故にその都度有益な国の姫を娶り、更に上の繁栄の礎を築いていくのだ。
レリアは自分でもよく分かっていた。次の王であるロイが、家臣の娘、取り分け目立つ美貌すら持たない自分を妃の一人に加えることなど、何の意味もないということを。
父も当然同じ思いだったのだろう。首を横に振った。
「分からぬ。私もそうお尋ねしたが、陛下は殿下には、お前のような娘が必要なのだと仰って下さったのだ。それに王家との繋がりが出来るなど、グレリュート家にとってはこれ以上ない名誉と安泰が手に入る。お受けしない理由はあるまい」
突然そのような身に余る話をされたところで、慎ましく日々を過ごしてきた十二歳の少女が簡単に受け入れられる訳がないのだ。
それにロイの身分や、それ以上に魅惑的な容姿を思えば尚の事だった。
「私に王子妃など、とても務まりません……」
「そんなことは分かっている!」
力無く首を横に振って俯き、蚊の鳴くような声で思いを吐くレリアを一喝したのはキールだった。反射的に顔を上げたレリアの細い両肩を掴むと、知らずのうちに力が籠る。
その痛みに思わず顔をしかめたレリアは、それでも耐えるよう両手をぎゅっと握り締めた。
「いいかレリア。お前に反論の余地はない。父上と私、そう、お前の家族の揺るぎない地位の為と思い、殿下に尽くすんだ」
私欲にぎらつく兄の眼差しはいつにも増して鋭く、レリアは目を伏せた。
「でも、私」
「レリア!」
「ーー分かりました……。レリアは仰せのままに従います……」
きつい口調で遮られ、そう答える他にどんな言葉があるというのだろう?レリアは家族というキールの発言が胸に刺さっていた。
(それを愛情の例えとするのなら……きっと私は、持ってはない)
それならば、どちらにせよ誰からも愛されないのならば、誰に嫁いでも同じではないかとレリアは思った。怒りを買うような行為さえせず、従順に日々を終えれば良い。ロイも乱暴な真似はしないだろう。
いてもいなくても変わらぬ扱いを受けるというのなら、いつものことではないか。
(ほら、きっと何処にいても同じ……)
レリアは以前式典で、遠くに目をしたロイを思い出した。呼吸を忘れる程素敵な人だと思った。きっと誰もが自国の王子であることを誇りに思う筈だ。
無論雲の上の存在、幾らディラム有数の大貴族の娘であっても、内向的な性格から滅多に公の場に顔を出さない自分の名前すら、ロイは気にも留めないだろう。
それにどんなに拒否したところで、栄光を求める父がそれを受け入れてくれる筈もない。これは決定事項の報告に過ぎないのだとレリアは漸く心に認めたのだ。
(寂しいのは、慣れてるもの……)
(グレリュートの娘、ってことはキールの妹……。えーっと、どのコだっけ?)
突然自分の妃になると告げられた相手の顔すら思い出せない事実に、ロイは溜息混じりに髪を掻いた。大臣の娘程の身分なら、対面していない筈はない。
だがこれは直ぐに知ることになるのだが、この時のロイが思い出せないのも無理もなかった。年上好きの自分の婚約者が、未だ社交界にすら出ていない幼い少女だとは思わなかったのだ。因みにキールはロイより四歳程年上である。
『後にお前が有益と思う、美しい姫を幾らでも娶ればいい。だが、第一夫人だけは決めさせてもらう』
普段物静かな父の有無を言わさぬ低い声音に少し驚きながらも、元々自分には政略結婚しかないと割り切っていた、というよりは自身の婚姻など深く考えてすらいなかったロイは、別に構わないよと事も無げに口にし、父を驚かせた。
キールの妹なら醜女とは考えられないが、どうせなら綺麗なコがいいなぁと、十六歳という年頃らしい考えをロイは巡らせる。
しかしその日のうちにその娘の未だ十二歳という年齢や、派手で気の強そうな顔立ちの兄とは違い、天使のように可憐な少女だということを知ると、弟妹が欲しかったロイは、恋愛云々とは全く別の興味を示した。
(どんなコだろう?懐いてくれるといいな。そうだ、折角だし会いに行ってみようかな)
思い立つと良くも悪くも行動が早いロイである。翌日にはグレリュートが城からきたくするところを往来で待ち伏せ、木の陰から飛び出し彼を仰天させたのだ。
「で、殿下!?一体こんな所でどう為されたのです?」
「あはっ、驚いた?」
普段真面目その物の大臣の上擦った声に笑いながら、ロイは驚かせてごめんと謝った。
「実は今回の結婚の話のことなんだけど」
急に真摯な眼差しに変わるロイに、娘では不満なのだろうと思い込んでいたグレリュートは、少し焦りを見せた。
「本当に身に余ることだと思っております。至らない我が娘では、殿下には本当に申し訳なく……」
「そうなの?天使みたいな御令嬢だと聞いてるけど」
小首を傾げて悪戯に笑うロイに、グレリュートは首を横に振った。
「大人しいだけの娘でございます。本来ならば殿下の御目に敵うような娘ではないのですが……。しかしながら陛下からの有難い御話、図々しくもお受けさせて頂きました」
「ふぅん。まぁその辺の話は気にしてないよ。でもさ、一回くらい会っておきたくて。急で悪いんだけど、今から訪ねてもいいかな?」
突然のロイの申し出に、グレリュートは驚きながらも頷いた。
「殿下にお越し頂けるとは光栄です」
「ほんと?なら良かった。それでね、頼みがあるんだけど。出来るだけ自然な形で会ってみたいから、王子が来た、みたいなことは伏せてくれる?」
「殿下の御望みとあれば……」
躊躇いがちに微笑むグレリュートの返答に、それでもロイは満足気に微笑み返した。
「有難う。俺、本当に楽しみだよ」
意気揚々と歩き出すロイの背を、グレリュートは不安を隠せない瞳で見詰めた。
愛らしい娘であることに違いはないが、この未来の大王となるであろう王子が気に入る程の娘とはどうしても思えないのだ。
(それでも、嫁いでさえしまえばどうとでもなる。グレリュート家の命運が懸かっているのだ。頼むレリア、上手くやってくれ……
)
そんな父の思いを心の片隅に感じていたレリアは、課せられた、未だ信じられない大役に心を痛めていた。
不安を紛らわす為に、大好きな白薔薇が咲き乱れる一角へとやって来たが、気持ちは簡単に晴れる筈もなく、木陰に腰を下ろすと物思いに耽った。
そして答えどころか心を晴らす方法など思い付かぬまま、知らずの内に眠ってしまっていた。昨夜上手く眠れなかった所為だろう。
グレリュートが庭園の人払いをさせた為、ロイはレリア気に入りというその場所に、一人行くことが出来た。
元々何処か異性に冷めた性分からかときめきは感じないが、興味本位の好奇心は、弾むようにロイの足を急かす。
だが、レリアの姿を見付けたロイは、瞬時息が止まったのだ。
(ああーー本当に天使みたいだ……)
自分の中にこんな感傷があったことさえも容易く認めてしまえる程、柔らかな芝に横たわる少女の姿は可憐だった。
腰より長い絹糸のような白金の髪、閉じた目を覆う長い睫毛、真っ白な肌に薄桃色の頬と小さな唇……。人形のような淡い少女に、ロイは暫し目を奪われた。
どんな瞳をしているのか、ロイが思うより早く、人の気配を感じたレリアがゆっくりとその目を開けた。
大きな、大き過ぎる瞳がぱちぱちと瞬く。その優しく淡い水色が、真っ直ぐにロイを捕らえた。
「あっ……」
レリアが小さな声を発し、飛び起きるように上半身を起こした。
(まずかったな)
ロイは途端に後悔した。見惚れている場合ではない、立ち去るべきだったのだ。幾ら幼いとはいえ深窓の令嬢であるレリアが、寝姿を見知らぬ男に見られるなど、羞恥に逃げ出されては元も子もない。
だがレリアは内気だが、純粋で、それでいて物怖じしない娘でもあった。大人びたロイの姿を見て、兄の友人とでも思ったらしい。無邪気ににっこりと微笑む。
「キール兄様のお友達、ですか?」
「うん……。まぁそんなとこ」
以外な反応に内心驚きながらも、ロイは挨拶に立ち上がろうとしたレリアをそっと手で制し、その目の前に座り込んだ。
「君がレリア?」
「はい。初めまして。はしたない姿お見せしてごめんなさい」
(あ……このひと、凄く素敵……)
近くで見る端麗な顔立ちの青年に頬を赤らめ、少し目を伏せるレリアにロイは綻んだ。
「ううん。突然訪ねるなんて失礼な真似してごめんね」
「えっ、では私を……?」
何かに気付いたレリアの表情が強張る。
切れ長の碧の瞳、母方の血を濃く引くディラムでは珍しい黒の髪、何より気品に溢れたこの雰囲気ーー余りに親しげでそれに惑わされ、寝惚け眼に気付けなかった。遠目にしか見たことはなかったが、このひとは……。
(でもまさか)
未だ信じられない。だが次の言葉こそが核心だった。
「申し遅れたね。俺はロイ=ジュート=ディラム。君の婚約者、だよ?」
楽しげに笑い手を差し出すロイに、レリアは声にならない悲鳴を上げると、尻餅を付いたまま無意識に後退った。
「すみません!私、大変な失礼を……!」
涙目で震え出すレリアを、ロイは慌てて抱き起こした。
「ああごめんね。驚かせちゃったね。俺、君と結婚するって聞いて、少しでも仲良くなれたらなって思ってさ。思わず来ちゃったんだ」
そう優しく髪を撫でて宥めるロイの手のひらは実の兄より優しく、レリアは瞬く間に掛けられた魔法のように、不思議と落ち着いて目の前の王子の胸に納まることが出来ていた。
「君は俺が生涯の相手で不満かもしれないけど、どうせ知らない所で進んでる話だろうから、断れないでしょ?」
「はい……。でも私に不満なんてありません。ただ、私などが殿下のお妃様になんてとても……」
ロイの優しい口調に、レリアもつい零れるように本音を漏らす。これにはレリア自身が一番驚いていた。その思いにロイは増して優しく頷いてやる。
「そんな気負うことはないよ。それにね、俺は君に逢えて嬉しいって思った。君みたいな可愛い妹、ずうっと欲しかったからさ」
妹、恋しい相手から言われたのなら傷付きもするだろう言葉。
だが、この時のレリアの恋心は未だ拙く、憧れの延長上に在るロイの言葉を素直に嬉しいと思い、少なからず心が弾んだのだ。
拙いままでいることが出来たなら……。
ともあれ、このロイの『密会』は互いにとって、なくてはならないものだったということだけは間違いなかった。殊にレリアが得た安心感は計り知れないものだったろう。
城に戻ったロイを、厳しいが困惑を隠せない表情で待ち受けていたのはヴィレンだった。
行動に制限のない、というよりは言うだけ無駄なロイを王自ら出迎えることなど今まで殆どなく、ロイは苦笑した。
「やっぱグレリュートは使いを出してたんだね。まぁ無理もないか。でも、別に問題ないでしょ?自分の妃になる コに会いに行くくらいさ」
「少しは身分を考えるんだ。お前は独断で行動し過ぎる」
「そうかな?」
少しも堪えずロイは笑った。そんな息子をヴィレンは心配そうに見詰めた。
「それで、どうだったのだ?」
これこそが父の本題だったのだろう。輿入れ前に気に入らないだの無理だのと騒がれ、幾ら一夫多才制とはいえ他に女を連れ込まれては困るのだ。
だが、父のそれ等の不安もロイは全て感じ取っている。だからこそ悪戯げに口角を上げた。
「俺、本当にあのコと結婚するの?」
「そうだ」
やはり物足りなく思うのか、ヴィレンは表情こそ変えなかったが内心では深く溜息を吐いていた。
従順で穏やかな気質、それでいて信頼のおける家臣の娘を探し出すのは容易ではなかった。
良い家臣に恵まれても、地位も美貌も兼ね備えたロイを前にして欲の出ない娘など皆無に等しい。
だが、次にロイの口から飛び出しだ言葉は、彼の予想の何処にもないものだった。
「じゃあさ、結婚の式典は俺の好きなようにさせてよ。その後のレリアの暮らし方も。気楽なものにしてあげたいんだ。出来る範囲でいいからさ」
「いや…え?ーーえっ!?ああ、それは勿論……」
ヴィレンは目を丸くし、動揺を隠せないようだった。そんな父を初めて見たロイは、思わず吹き出した。
「じゃあ約束。忘れないでよ?」
意気揚々と私室に戻る息子の背を、ヴィレンは狐につままれた思いで見送っていた。
(一体何があったというのだ?)
だが結果としてそれは望み通り。庇護欲を掻き立てるようなレリアを愛せば愛する程、ロイは自身の歪んだ我を抑えていくようになるだろう。
王と王妃は運命共同体、ヴィレンはレリアがロイの治世の最後の砦となることを願っていた。
(未だ、これからだ。ロイ……)
ヴィレンが完全に安堵出来る筈もない。自分の子とはいえ時にはっとする程狡猾なロイの真意は簡単に計れたものではなかった。
(現状に満足しろ。自らの平凡な幸せを保つだけでいいのだ。それがきっと民の幸せへと繋がる。どうかそのことに喜びを見出してくれ……!)
「ロイ……」
生まれながらの帝王を、残虐な独裁者にさせない為に。ヴィレンは祈るような思いでいとしい息子の名を呟いた。
一方、レリアをすっかり気に入ったようにみせたロイであったが、その心に一点の曇りもないというわけではなかった。
何となく、以前から解っていた。自分はきっと、他の誰かを本当に愛せない。
だが少なからずあの少女なら、思うままに接することが出来る気がしたのだ。王子妃といえども父が選んだ自国の娘ならば、所詮飾り人形のようなものを求めてのことなのだろう。
(でも……)
屈託のない表情や態度の中に、理由は分からないがロイは確かにレリアの孤独を感じ取ったのだ。きっとそれは自分と似た類の孤独。彼女は家族の愛に飢えている。
(兎も角いっぱい可愛がってあげよう。せめていつも笑顔で暮らせるようにはしてあげたいな……)
漠然とだが確かに抱いた思い。
部屋に戻ったロイは、目覚めたばかりのレリアの笑顔や涙目を思い出しふっと微笑むと、首のスカーフを緩めた。衣擦れの何処か鋭い音が静寂の間に響く。
(だって君は、この戦大国の花嫁になるんだから)
以前今は閉鎖されてしまった某サイトに別名で投稿していました。
ロイはその頃のキャラクターの一人ですが、この話は初めて載せます。
数年振りに、どなたかの目に書いたものが触れるということがとてもとても嬉しいです。




