学生の始まり2
前話の学生の始まりは二部構成です。
つまり今回の学生の始まり2でひとまとめ。
「菜園、俺は君をどこかで見たことがある」
運動部が室内トレーニングをしているせいもあり、人気のないトイレにもやや、熱気が入り交じっていた。
「花道君が僕を?まあ、転校してきたばかりでもないし当然だろ?」
「誤魔化すなって。まあ、お前を見たことあると断言するには早かった。ただ、お前俺の爺ちゃんと関係あるだろ」
人でも殺めてしまいそうな程の形相で時森は菜園を睨んでいた。
その表情に菜園は「知らないよ」とあわてて手を横に振りだした。だが、時森はそんな薄っぺらい声を信じはしなかった。
菜園の胸ぐらをつかみ、壁に追いやると時森は低く冷たい声で呟いた。
「もう一回だけ聞くよ…。爺ちゃんになにした?」
「こ、こ根拠がないだろ。僕が何かしたって」
菜園が根拠を求めるのはいたって普通の事だ。なぜなら、時森がお爺さんと菜園に繋がりがあると思った理由が明確になってはいないから。
これまでの菜園の動きや話だけでそんなことが分かるものでもない。
勿論、時森には根拠など何一つなかった。
「そうだね…。根拠が見つかったらまた君の元へと来るよ」
トイレを立ち去ろうとする時森に菜園が呟く。
「根拠、見つかればいいけどね?」
このワンシーンだけをみれば菜園にはなにか謎があってもおかしくはないのだろうが、校内で菜園がこんな挑発的な態度をとることは珍しい。
そして、奇妙な笑みを見せることもだ。
時森がトイレからでるとそこには南沢が心配そうな表情をして待っていた。
「南沢さん…どうしたの?」
「お爺さんと彼がなにか関係あるの?」
時森はなにも答えることはせずに歩き始めた。それでも、南沢は引こうとはしなかった。
「ねえ、聞いてるの?」
「…」
「ねえ」
「…」
「ねぇってば…」
南沢は力なくも、自分の指を時森の袖に引っ掛けた。今にも泣きそうなくらいに弱々しい表情を浮かべる南沢をみた時森は我にかえる。
「ごめん…」
「謝るなら話してよ」
そう言われた時森は仕方なく話すことを決断した。
「うちの爺ちゃんってさ、香水とかつけないのに何故だか八月に会った時、香水の匂いがしたんだ。その匂いが菜園と同じだとおもう。あと、あいつは俺のことをよく知ってるみたいだから」
「でも、それじゃ根拠とよべるほどではないのね」
時森は頷き口を開く。
「でも、あいつは人殺しとかするような人じゃない。根は良い奴だよ。だから、知りたかった何を知ってて何を知らないのか。もしくは本当に何もしらないのか」
そんなことを話していると教室はあっという間だった。ドアの前で立ち止まる時森の様子を南沢がうかがっていると、時森が呟いた。
「俺、上手く笑えるかな…」
時森にしては意外な心配事だったせいか南沢は苦笑して答える。
「大丈夫。時森君は大丈夫!でしょ?」
そう笑いかける南沢に時森も笑みをこぼした。たったこれだけの言葉で時森の不安を取り除ける人はきっと、数えるほどしかいないのだろう。
「まあ、時森君なんて空気くらいにしか見られてないんだから気軽に行こうよ」
「はは、そうだね。その辺の酸素よりも軽い気持ちで入ることにするよ」
余計な一言を言われ、すこし不貞腐れている時森を横目に南沢はうふふ、と笑っているようだった。
時森は何食わぬ顔でドアに手をかけたが、その時ふと南沢の方を振り返り口を開く。が、言葉を発することはなかった。
なにかを言おうとしているのは伝わるが何も言ってはこない。まじまじと、見られている南沢は頬を赤く染め呟く。
「なに?文句?個人的問題に踏み込んだ文句なの?」
この言葉の多さは呟くとは言えないのかもしれないが、それもまたコミュ力不足の南沢らしいと言えるだろう。
時森も口元を歪ませ答える。
「いや、最近思うんだよ」
「何を?」
小首を傾げる南沢には普段と違ったシュールな可愛さがあった。
その可愛さに照れているわけではないのだが、時森はうっすらと頬を赤らめ呟いた。
「まだ、内緒」
時森が教室に入るとさりげなく声をかけられた。
「おー、大丈夫だったかー?」
「あ、うん大丈夫だよ」
「おかえりー」
「あ、うん」
普段話すことのない人達から声をかけられる。気にされる。気にしてもらえている。そんな当たり前のことすら時森にとってはとても、温かいことだった。
すると、南沢の友達が声をあげた。
「コミュ力低い二人が帰ってきたぞ~」
その言葉に一目散に反応するは勿論、南沢美奈。
「なに言ってるの。時森君のコミュ力の低さに比べれば私なんて、むしろ高いくらいでしょ?」
南沢の意見に対してクラスのほとんどの人は同意見。残った少数派は同じくらいコミュ力が低いという意見だった。
ただ、笑みをこぼした。そういったことは全員共通だったといえる。
教室の隅へ辿り着いた時森は腰を下ろす。すると、深瀬が歩みより、すぐ隣に腰を下ろした。
「うちのクラス。いい奴ばっかだったんだな。俺さ、時森は悪くねーって思ってたんだけどよ…」
深瀬の言いかけた言葉を時森が繋ぐ。
「うん。悪いのは絶対俺だったな。てか、分かってたよ、レナが俺を矯正するって言ってたんだからね」
「幽霊の?」
「うん。本人はそう言ってるけど本当に生きてるみたいに綺麗な女性だったよ」
「是非、お会いしておきたかったな」
そういって、よくわからないキメ顔をかましている深瀬に時森が笑いながら助言した。
「口を開けば毒をはくし、その辺の蛇の方がよっぽど可愛いぞ」
「ほー、他には?」
「わがまま。あー、時々敬語になったりするな。心の内が全く読めない。あと、自分以外の事に一生懸命かも、な」
レナを褒めたことに恥じらい、時森は視線を落としていた。
そんな、時森を目にした深瀬はあはははと笑いを堪えきれずにいた。そして、時森の肩に手をおき口を開く。
「幽霊に惚れやがって!」
深瀬の手を払った時森は少し口角をあげ「うるせーよ」と呟いた。
「でも、俺は時森を変えてくれるきっかけになったレナって人を見てみたかった。俺って霊感あるのかな?」
「それは知らん」
まじかー、と頭を抱える深瀬を見ていた時森は誰にも聞かれぬように心の中で静かに呟いた。
『レナの記憶が失くなったのは深瀬に助けてもらえっていうレナの思いだったりしてな…』
人の心や考え方は決して簡単には変えられるモノじゃない。それでも、変えられない訳ではない。
なにか些細なきっかけが重なりあい、当人が変わることを心の底から望んでいるのならそれはきっと新しい一歩を踏み出せる条件が揃った時だ。
勿論、そのチャンスを棒に振る者だって少なくはない。大切なのは導いていく者達のバトンロード。そして、当人の成長速度。
レナには、とことん引っ張られまくり。深瀬には友達というモノを教えてもらい心の不安を取り除いてもらった。
南沢とは、時には支えて、時には支えられて。互いを引っ張りあいながら切磋琢磨した。いや、きっとこれからも二人は互いを高め合うため、いくつもの口論を重ねるだろう。
そんな姿は険悪に思われることもあるが、仲睦まじく思われることもあるだろう。
そうやって時森はたくさんの人に理解されていく。
そして、時森自身。他人は自分よりも優れていると認める強さがある。悪いのは自分だったと認められる心の広さがある。他人のために泥水をすすえるような優しさを持っている。だから、もう二度と時森花道が独りになることはないのだろう…。
時森花道の日記『三』
爺ちゃんの葬儀の日程は決まっていないが学校にすぐ行くことにした。葬儀を待たずに学校に行く理由は、南沢さんが謝罪するのに上手くできるか心配だったからだ。
本人に言ったら余計なお世話とかいって追い返されそうだけど。(笑)
でも、行って良かった。南沢だけが悪いんじゃないって皆理解してくれた。なんだか、今はあのクラスが凄く温かい。
全部、レナと深瀬と南沢と関われたからだ。何年かけてもこの恩を返さなくちゃダメだな(笑)
あと、一つだけ日記に残しておきたい重要なことがある。
同じ高校の転校生、菜園秀俊、彼は爺ちゃんとなにか関わりがある。
ただ、直感。同じ匂いがしたからとかそういうのじゃなくて、もっと決定的なナニかがきっとある。でも、つい問い詰めすぎたのは後日謝らなくちゃいけないな。だって、菜園はきっといい奴だから。
菜園が爺ちゃんの知り合いだったら思い出とか語り合いたいな。そしたらもっと仲良くなれるよな。
よし!取り敢えずは文化祭に向け、一時休戦!!
日が沈んだ後の自室の机に向かってすらすらとペンを動かす時森はどこか楽しそうだった。
これまでは息が詰まるような高校も今では居心地がよく感じ、お爺さんを亡くしてしまったこの現状でも強く今を生きている。
人は大切なナニかを失って初めて強くなれるモノなのかもしれない。もう、ナニも失わぬように、と。
完結までの目処が立ちました。12〜13万字です。
それまでお付き合いください!
次回からは文化祭に向けてです。レナの登場が全然なくて悲しいですがそう思ってるのは私だけかもですねw
次回も楽しんで読んでいただけるよう頑張ります!