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災難で始まり

 暖かく無風の世界。人は存在しているようで活気溢れる大都市ではあったが時森がその都市を目にするのは初めての事だった。いや、都市だけに限らず、宙に浮かぶリゾートなども信じがたいことだ。それでも時森は動揺すらしなかった。


 時森はこの発展した都市が日本だと確信していた。周囲の風景はまるで違うがただひとつ、時森神社は変わらず存在していたから確信できたのだろう。

自分の生まれ育った神社を見間違える事などあるわけもなし。


「ねえ、花君、花君」


 大都市に見とれている時森に一人の女性が背後から近づき話しかけているようだ。

時森は呼ばれたなら無視はしない。だから振り返ったのだろうが逆光のせいか女性の方をよく見えてはいないようだった。


 時森が話し出すタイミングすらなく、女性は一方的に話を進めていた。

顔を赤らめているが、どこか不安を抱えているようで寂しそうな表情をしていた。


 その表情を時森は見れてはいないのだろう。困惑を隠せないといった顔をして首を傾げている。

「私はいつの日か、花道君のXXが欲しい!」


「え、、いま何て言ったの?」


 この幻想的な大都市に見とれていたせいもあってか、女性にはあまり興味が湧かなかった時森だが、彼女が残したあの言葉だけは気になってしまったようだ。だから、柄にもなく呼び止める。それでも女性は長い髪を靡かせ、どんどん時森の視界のさきへといき、やがて消えてしまった。


 彼女は時森から何をもらいたかったのだろうか。家の神社にあるお守りなんかでいいならいくらでもあげられるのだろうが、そんな単純な事ではないなど一目瞭然だ。


 そもそもこの大都市に時森の知るお金、という物が存在してるかさえ疑わしい。


 女性が時森神社を出た頃、呆然と立ち尽くす時森が突然頭を抱え込み座り込んだ。


 もがき、苦しみ、かつて経験したことない頭痛に襲われた時森はやがて視界すらも薄れていくのを感じていた。


 そんな苦痛の中、意識が途切れてしまう瀬戸際に時森は消え去っていった女性の名を呼んだ。

「れ、な、?」


 その疑問的な声はすぐ、空気に溶け込み飽和されていった。

 意識を失い、うつ伏せに倒れた時森はやがて目を覚ますのだが、そこは、病室のベッドの上だった。目を覚ました時森は自分の無事を願うかのように手を握ったまま眠っている、母の存在を知る。


 時森は呼吸器をつけられていたが、息苦しさが我慢できず呼吸器を取ろうとした。

 それでも、腕が思うように動いてはくれなかった。

 生身の身体で車と衝突したのだから、腕が思うように動かないのは自然なことで、不自然だとしたら今、生きているということくらいだろう。


 相変わらず眠ったままの母を見て時森は少しばかり微笑んだ。懐かしくすら感じてしまう、母の手に温かさを実感し、静かに涙を流していた。


『ごめん、母さん。俺が死ぬことは望んでないんだよな』

 身体中が痛くてとても声を出せる状態ではなかった時森だったが、それも都合が良かったのだろう。

 声に出したいことも、声にしてしまえば後悔する事がある。それを未然に防げたのだから。


『本当だよ。君が死ぬんじゃないかってハラハラしたんだからね』


 母一人の気配しかないはずの病室。時森の心の声に返答するかのような女性の話し声は奇妙でしかなかった。


 時森も辺りを見渡そうとしたが身体は動くわけもなく、窓ガラスにうつりこんではいなかと確認したが無駄だった。

 そして、万策つきた時森は諦めた。


『俺は車と正面衝突したんだから脳にダメージがあって、幻聴までも聞こえてくることくらいある』

軽い後遺症とでも言えば説明はついてしまう。それだけに信じきれないのだろう。時森は瞼を閉じ眠りにつこうとしていた。


『幻聴じゃないって、わかってるくせにずるいな~』

『そっちの姿が見えないんじゃ、信じることすらバカらしい』


 時森は信じることがバカらしいと言いつつも、得たいの知れない声と会話をしている時点で歴としたバカなのかもしれない。


 それに、声の女性はずっとそばにいる。


『君が知るにはまだ早いよ。でもそのうちきっと分かるから…』


『どういうこと?』


 時森の質問をんふふと笑いながら、声高々に答えた。

『内緒』


 この出来事が現実だったのか、幻だったのかは体験した時森本人でさえも分からない。

 非現実的で妙にリアル。区別がつくはずもない。


 ただ、ひとつ言えることは時森が事故にあってから初めて目を覚ますのはこの出来事が起こった一週間先のこと。


 時森が目を覚ました時、病室には誰の姿もなかった。

ドラマなどでは怪我人が目を覚まし病室が活気づく、だがそれは人がいるところで目を覚ました時だけの特典みたいなものなのかもしれない。


誰もいない時間帯に目を覚ました時森は昼寝から起きただけのような、そんな空気感を漂わせていた。


その頃、学校では時森の事を考えている者はいなかった。ニュースになった時こそ騒がれていたものの一週間もすれば元通り。


身を挺して誰かを守っても英雄にはなれない。そういう生き方をせざるを得ないのが、時森花道という男なのだ。


そんな本人は学校のことや自分の怪我よりも、助けた少年がどうなったのかを気にしていた。

物語の主人公にもなり得る優しさなのかもしれないが時森の優しさは少しばかりひねくれている。


時森は自分がこれだけの痛手を追って助けられていなかったら恥ずかしいと思っている。それだけのこと。


ふと、時間が気になり出した時森は時計を探し始めたが、首すらも自由には動かない。時計をみつけることすらも叶わない身体は不便以外の何物でもない。


ただ、窓から差し込む光が夜ではないという情報だけを与えていた。


「やっとお目覚めのようね」


聞き覚えのある声に「またか」といい、時森は軽く溜め息をついた。


「またよ。それよりも、今度は私が見えるんじゃなーい?」


そう言われた、時森は無言のまま目を閉じた。


「なぜ、目を閉じるのよ。開けるの、私を見てよ」


「無理、君の存在があるって思うと怖いし。それに今回は本当に見えるんだと思うし」


時森は声がした瞬間にきがついていたようだった。以前と違い、人が現れた気配がしたということに。つまり、今は声の女性がどんな人なのかわかってしまう。


特に理由はないのだろうが時森は出会うことを拒んだ。


今度は女性の方が深く溜め息をつき違う提案をした。

「それならさ、見なくていいから話そうよ。お互い暇人同士、利点はあるでしょ?」


「んー、まあ、べつにいーよ」

時森は間違いを選ばないよういつでも慎重だ。例え、棒読み返事であっても、今回の選択もきちんと考えて発言しているのだろう。


女性は肩にかかる長い髪の毛を人差し指でくるくるいじりながら「学校行けないのつまんなくない?」と唐突な質問をしだした。


時森は「つまんなくないよ。むしろ休めてラッキーなくらい」といい、ベッドに仰向けで寝ているくせに頑張って胸を張って見せた。


その姿を見て女性はあははと笑い始めた。

「胸張ろうとして張れてないのが分かるって面白いよ。というより滑稽だね」


「ばーか。首が寝違えた時より動かない時点で滑稽の向こう側に踏み込んじゃってるよ」


バカと言われたことを根に持っているのか、女性は眉に皺を寄せ、髪の毛をいじっていた人差し指をたてて前につきだした。

「バカは君の方だよ。滑稽という言葉はそれ以上でもそれ以下でもないんだから」


女性がどんなジェスチャーをしようとも届くのは声だけ。もし、時森が目を開けていなければの話だが。


「へー、意外と美人さんなんだね」

 何も感情を込めずにここまで人を褒めることが出来るのは、時森の強みだと言ってもいい。そして、周囲が取っつきづらいと感じる一番のポイントだとも言える。


 ただ、それも仕方の無いこと。時森にとっては話し相手が美人でも不細工でも関係ない。興味もない。ある意味、全員に平等な奴なのかもしれない。


 女性は頬を赤らめ時森から目を逸らした。

「結局、目を開けるんじゃない」


「まあ、声聞いてたら君の顔が気になったからね」


「き、君じゃなくて、レナ…」

 どこまでも平然な時森と妙に照れてしまう自分を照らし合わせた時、恥ずかしさが込み上げてきてしまったのだろうか、語尾が弱く時森には聞こえているかすらも危ういかもしれない。


「レナ、そこの椅子座れば?」

 時森はベットの右横に置いてある椅子に視線を落とし呟いた。


 レナはコクりと頷き椅子に腰掛けたが最後。時森に腕を捕まれてしまった。

「レナには聞きたいことがある」


 どこまでも真剣、無表情の時森とは逆にレナは物凄く驚いていた。

 突然男性に触れられたら、女性は誰しも驚くことが普通なのだろうが、レナの驚きは全く違う驚きなのかもしれない。


「み、右手。動くの?」

「うん。痛いけど身体の中で唯一右手、右腕が自由に動く」


 右側が比較的軽傷だと気が付いたのは目を覚ましてからすぐの事だった。時計を探した時、顔は右側には動かせた。その勢いで身体のどの部位が使えて、使えないのか調べていた。勿論、レナと話をしているときも。


 時森はレナを見て相変わらずの無表情のまま口を開く。

「レナ。なんで泣いてんの?」


 いくら驚かせてしまったとしても泣かれてしまうほどに嫌がられてると思うと、無関心の時森でさえ少なからず思うところがあるのだろう。


 その証拠にレナの腕をつかんでいた手をいつの間にか離していた。


 レナは時森には握られていた部位を強く押さえ込み涙をこらえ話し始める。


「触れ合うと生きてる感じがして、なんか嬉しい」

突然現れ、突然泣き出し、奇妙すぎるレナだが彼女の笑顔は時森を苦笑させる力があった。


「レナがなんなのか、俺からは聞かないことにするよ。だから、気が向いたら教えてよ。まあ、明日になったら興味ないかもしれないけどね」


 余計な一言をもれなくつけてしまう時森をレナは微笑みながら見つめた。

「君が知るにはまだ早いってこの間言ったばかりなのに忘れてるの?事故で脳みそ腐っちゃってるんじゃないの?」


「あーこの前の夢じゃないんだー。あと、本当に腐ってる可能性普通にあるから、リアルな分、結構怖いから」


 レナは冗談を聞いているかのように笑っていたが、時森は結構本気で心配になっている最中だった。身体の殆どが自由に動かない経験などした事があるわけもない。このまま寝たきりになるのではないか、そんな不安が時森には襲いかかっていた。


「怪我なんかには負けない。君なら大丈夫だ!」


「レナは当事者じゃないから余裕なんだよ。あ〜これで南沢さんにも会えなくなるのか」


 つい、声に出てしまった時森のなけなしの想いにレナは、小首を傾げつつも察したようだ。ニヤリと笑みをこぼし、時森をからかうように質問する。

「その子が好きなんだぁ〜」


 自分の気持ちを知られたと言うのに動揺一つとしてしない時森は、自分の恋心でさえもどうでも良いのだろうか。

 時森は持ち前の無表情のまま「俺が恋とか…笑わないの?」とレナに問う。


 レナも予想とはかけ離れた反応を前に、「へっ!?」と少しばかり間抜けな顔をしていた。

「だ、だからさ。その、俺が恋とか変じゃないのっ?」


 この場面の何処に恥じらいを見せるシーンが必要なのか、きっとどんな名監督でも理解する事は出来無いのだろう。次元を越える演出と言うべきか。いや、ただのポンコツという事で間違いは無いだろう。


 そんなポンコツを前に微笑んでいるレナは、コミュニケーションが優れてる。

「変じゃないのかって…変だよっ。何にも誰にも興味のない君が恋愛?想像出来なすぎて、私がニヤけちゃう」


 そう言ってレナは自分の頬を両手で支えた。


「でっ。君はどんな風に恋に落ちたの?」

「ど、どんなって。レナに話すメリットがないよ」


 その時、廊下を行き交う幾つかの足音が時森の病室の前で止まった。二人もその事には気が付いているようで黙り込んだ。

 ドアが二回程ノックされ「失礼しまーす」と若干間延びした女性の声がした。と同時にドアが開いた。


 時森はドアが開くことを予測していたのだから視線はそちらに向けられる。その為呑気に病室に入ってきたナースと目が合う。


「ひゃっ!」

 自分から入って来たくせに驚くということは、まるで時森が死んでるという扱いを受けてるみたいだ。


 不快な思いをしている時森とは別に、レナはお腹を抱えて笑っていた。

『生きててビビられてるよ君。もう、ダメ。面白すぎるでしょ』


 爆笑しているレナはさて置き、ナースはいつまで開いた口を閉じ無いつもりなのだろうか。

『この時間が長引けば長引く程に俺の心の傷は増えるぞ』


『ふふっ、傷なんてもう着く部位ない癖によく言うよね』

「うるさい。俺ん中に入ってくんなよ」


 俺の心のなかに入ってくるな、とレナに言ったつもりの言葉も声に出してしまえば、違った人に伝わってしまう。現にナースは消えそうな声で、失礼しました、といい静かに病室を出てしまった。おまけに廊下を全力疾走で逃げて行く足音を残して。

 

 相変わらず笑らい続けているレナに時森は話しかけた。

「ねぇ」

「なぁに?」と笑いながらもレナは耳を傾けた。


「勘付いてはいたけど、やっぱりレナって周囲には見えないの?」


 時森の質問に答えるよりも先にレナは椅子から立ち上がり窓の外を眺め、質問を質問で返した。

「じゃあ、君は夢を見ますか?」


 動く限りではあるが、時森は首を傾げながら「見るけど?」と答えた。

「そうね、例えば気候は春。無風で活気のある街。私を見つけてくれる人はその街にいます。でもね、その街はもうないの。だから、ずっと誰からも認識されない」


 首を傾げた時森には窓ガラスに映るレナがよく見えていた。

『悲しみ続けた末悲しい表情には磨きがかかってるのか』


「なーんてね。私幽霊だから皆には認識されなくて当然」


 無理に笑って時森の方を見るレナは、幽霊何年目なのだろうかと考えそうになる時森。死んでいる人間だとしても孤独の時間が長ければ悲しい事だと分かってしまう。

 時森も今では校内で一人なのが当たり前になっている。たが当時はかなり落ち込んでいたし、今でも時折、人恋しくなっている。その度にゲームの世界へ逃げ込むのだが、時森の欲しいものは創られた世界には存在していなかった。


「幽霊も意外と大変だなぁ」


 幽霊だと信じて疑わない時森がおかしいと、レナは思っていた。レナ自身が言い出したのに変な話だが、いきなり私は幽霊だ、と言われて信じるのはやっぱり変だ。


「私が幽霊なの疑わないの?」 

 感情が高まってしまったのかレナはベットに手をつき、時守を問い詰めた。


 無表情が代名詞の時森もレナとの近距離には頬を赤らめていた。目を逸らし、照れ隠しの如くぶっきら棒に答える。


「爺ちゃんが昔言ってたんだ。世に出回る全ての空想、幻想は現実だって。疑うは己の無知と恥を知れって。口うるさいし、妙に古臭いし謎多き老人だけどさ、俺にはお父さんいないから、爺ちゃんが俺の教訓なんだ」


 レナは再び窓に手を掛け「素敵なお爺ちゃんね」と呟いた。

 空はオレンジ色に染まり、今日という日もいよいよクライマックスを迎えようとしているようだった。カラスの鳴き声が何処か心地よく、夕日に照らされる二人は違った想い、違った表情の中、同じタイミングで口にする。


「綺麗だね」

「綺麗だ」 

 同じ事を口走った事に対して二人は掘り返すことをしなかった。

 

 先程のナースと担当医師が病室の前に現れた頃、時森はベットから身体を起こしていた。

 病室に入って来た医師が直ぐに横になるよう、説得したが時森は身体を起こしたまま診察をして欲しい、と告げた。


 医師は驚きを隠しきれずにいた。開いた口が塞がらない、そんな人間を一日に二回も拝めるなんて事はそうないだろう。


 今回は病室ということもあり傷口の確認や痛みのある箇所の確認という形で終わった。

 検査をしている終始「奇跡的だ」と医師は何度も呟いていた。だが、一番驚いているのは当の本人だ。目覚めた時は痛みを感じていた箇所も今では見違える程に良くなっていた。


 やがて日は暮れ、院内には面会終了のチャイムがなり始めた。


「お母さん、いつもは夜も来るのにね?」

 レナは時森が眠っている時の病室を知っているが時森は分かるはずがない。

「俺に聞くなよ」


「あら、ママに元気になった姿見せられなくて、御機嫌斜めかしら?」

 レナにからかわれ、物凄く嫌そうな表情を見せる時森。時森は意外と嫌味な表情も得意だった。きっとマイナスポイントで勝負させたら敵無しだろう。


「俺の何処を見て元気なんだよ。先生の話じゃ、肋骨二本に右足と左腕骨折。一度にここまで骨が折れる人間俺は見たことないね。大体、右足折って左腕折れてるってどんな折り方したんだよ。普通、右と右だろ」


「再現してあげるよ」

 

 時森が頼んではいないのにも関わらず、レナは身を器用に捻りながら、事故を解説して言った。無論、再現など出来る筈もなく、全てがレナの自己満足だった。


「レナはいつから俺の近くにいたの?」


 時森の鋭い質問に停止するレナ。


「レナって俺のこと知ってるみたいだし事故が起きる前から俺を見てたんでしょ?」

「む〜。鋭い。まあ、いつからかと聞かれても時期はあやふや。君が便所飯に目覚めたときからかな」


『なんだ、最近じゃん』


 便所飯とはお昼を共にする者がおらず、ひっそりとトイレの個室で食する事を言う。非現実的な話のように思えてしまうかも知れないが、経験のある人は数知れず。


 便所飯を思い出し、ブルーになている時森の気を紛らわせようとレナは手を叩き話題を変えた。

「それよりも、君が好きな人の話聞かせてよ」

「自分で俺の傷えぐっといて、話変えんのずるい」

「君って思ってたよりも人間的よね」

 

 思ったよりも人間的と言う事は人間じゃないとでも思っていたのだろうか。流石にひどい発言ではあるが、時森花道という男を知っているのなら、そう捉えてしまっても何ら不思議では無い。


 自ら人の輪を外れて行った時森を高校の人達は異種族かのように思っているかも知れない。時森の不運は全て自らが原因なのかもしれない。


 時森は自らの失言を笑って誤魔化すレナを睨み付けたが、やがて漏れたのは溜息だった。その溜息が示しているのは心の折れだろう。

 自らも思い出すかのように時森は、最低で最高だった、恋をした日を話し始めた。


「先に言っとくけど俺が独りになった所からの話だから長いよ」

 レナは「ドンと来い」と言い自分の胸に拳を当て微笑んだ。



 話は遡る(さかのぼる)こと数ヶ月前。一年生という教科過程を終えると授業の日数は少しばかり余ってしまう。その授業日数をどう使うのかは担当教師の自由らしい。

 そこまではどうでも良いのだが、問題は世界史で出された課題だった。

 俺らは世界史の時間に『世界の謎』というドキュメンタリー番組を見る事になった。


 古代の人間がどうやってピラミッドを作り上げたのか。海底に沈む得体の知れない文明都市が何なのか。

 そんな当たり前のことをキャスター達は世界に眠る謎だと唱えた。


 そして出された課題は、映像を見て自分なりの考察をして来るというものだった。勿論発表もあったため、俺は気合いを入れ正論を書いた。


 次の日、世界史の授業で俺はクラスメイトの前で事実を述べた。


『海底都市、ピラミッドどちらも不思議じゃ無い。俺の前に発表して、結論を謎にした人、これからそうしようとしてる人。馬鹿ですか?古代文明が発展していたという証拠を提示されてなお、目を逸らす。この世の不思議は当たり前の中にある。疑うは己の無知を恥じるべきだと思います。結論、古代文明は現代の先を進んでいた』


 このレポートを爺ちゃんに聞かせた時には、手を叩いてその通りだと言ってくれた。だから、俺の考えを皆理解するのだと思っていた。


 だが、その日以降俺は影で笑われるようになった。向けられる視線は何処までも冷たくて、幼い時からの親友も俺から離れて行った。これが現実だと認めた時、全ての人間が馬鹿に見えた。


 馬鹿と関わっていれば俺も馬鹿になってしまう。空想や幻想をありのままに信じれなくなる自分を想像すると怖かった。独りきりで生活していくよりも遥かに怖い。でも、独りきりで生きてなどいける筈もない。


 周囲からしてみれば本当に対したことがないのだが、俺の中では路頭に迷う気分だった。生きた(しかばね)のように通う学校は苦痛でしかなく、高校を辞めてしまおうかとも考えた程だ。


 考えに考え抜いた俺は、終業式をもって退学する決意が出来た。勿論きっかけはほんの些細なことでしかない。ただ、俺は考えた末に気が付いてしまったんだ。異分子が自分だという事に。 


 それなのに彼女は遅れて俺の目の前に姿を現した。

 終業式も終わり、各々が帰宅し始めた頃。俺もいつもの桜並木を歩いていた。二度と使うことのない道だと思うと、名残惜しく感じて普段よりもゆっくりと歩いていた。

 

 強く吹き荒れる春風に気を取られていた俺は背後から近づいて来る南沢美奈に気がつかなかった。

 突然、肩を突かれて驚いたのを覚えている。 


 南沢さんは「世界史、面白かった。時森君を笑う意味がわからない」といってきた。

突然のことに戸惑いつつも俺は自らが悪いと主張するしかなった。

「違うよ、俺が先にみんなを否定したから」


 弁解する俺を見て南沢さんは笑っていた。何が面白いのかは南沢さんにしか分からない。でも、こんな自分を気にかけてくれているというのが、堪らなく嬉しかった。

「時森君は悪くないと私は思う。だから自分を大切にね。じゃあ、二年生になったら会おうね!」


 それだけ言い残して南沢さんは去って行った。たったこれだけの事でしかないのに、俺は夢の中でも、ましてや自分が死ぬかもという時でさえも思い出すのは南沢さんだ。


 時森が話し終えるとレナが話し始めた。

「なに、それだけで好きになったの?それって好きなの?」


 何か特別な出会い方とか。仲が良かったとか。一目惚れとか。恋愛における王道パターンを見事に外して行った時森の恋愛に頷けない気持ちは誰しもが持つだろう。

 それでも誰もが分かっているだろう。恋というのは理屈では到底辿り着く事が出来ない、そういった世界にあるのだと。恋とは幻想に似ている。


 レナに問われた時森は迷う事なく答える。

「俺ってこんなだから好かれはしてないと思う。けど、俺は好きだよ。何処がとかじゃなくて南沢さんから流れる空気とか優しくてさ、だから南沢さんのいる高校にはやっぱ戻りたい」


 本心を語る時森に、レナはある可能性を見出した。

 ベットに腰掛け、時森に話しかけるレナ。

「君の想いは立派だし、話して分かったけど。君は勘違いされてる」


 なにを今更と、言わんばかりに暗い表情を作り上げる時森を見てレナは胸を張り始めた。何か厄介な事になるのではないかという不安が、時森の表情から溢れ出ていた。


 そしてレナは人差し指を立て、自信満々に話し始める。

「私が君の恋のキューピットになってあげよう」

「俺より実質的な年齢食ってるから?」


 無神経な発言をした時森はレナのゲンコツを味わう羽目になってしまった。車に轢かれた人間を平気で殴るくらいだ。肝の座り方はその辺の男なんか、軽く凌いでしまうだろう。


「まず、そのノーデリカシーを矯正します。覚悟なさい」

「え。まじ?」

「まじよ」


 何処までもやる気だというようなレナの真っ直ぐな目を見て、なお逃げ出す勇気のある者はそうそうお目にかかれないだろう。

 ましてや、捻くれ者の変わり者で、唯一の長所が誰かの代わりに死ねるなんてだけの時森には生きる地獄を選択する余地がない。


 はた迷惑な幽霊に出会ってしまった自分の人生とやらを恨むしかないのだろう。

 だが、実に不思議なのはこれだけ拗らせて、変人な時森がレナだけは無条件に信用し恋の話までもした。時森の関わらず初対面の、しかも素性もしれぬ不思議な女にここまで話すだろうか。

 

 それに初めて話したにしてはかなり深い仲に見えてしまう。もし、レナがこの世に存在する人間だったのならこの二人の関係はどう表すのだろうか。  

 

 レナは拳を突き上げ、二人の関係性を口にした。

「私達は必勝恋愛組織よ」

 ノリノリで若干暴走しているレナを止めるが如く、時森が呟く。

「ダサい。長い時を過ごしてネーミングセンスは磨いてこなかったの?」


 うっさいと舌を出して時森に対抗しているレナは子供のように楽しそうに笑っていた…。


『時森の日記帳』

 俺はレナという不思議な女性に出会った。初めて会うのに話しやすくて、彼女の表情の一つ一つからは様々な感情があるように思えた。

 美人で大人っぽい顔立ちの癖してかなり無邪気な顔で笑うんだ。俺のしかめっ面も馬鹿馬鹿しく思えてくるよ。

 レナはわがままな気がする。俺はこれから幾度と無く振り回されて行くのだろう。

 疲れるだろうし、誰にも認識されないレナを相手にするのは一筋縄ではいかないだろう。

 でも、少しだけ。本当に少しだけレナと話していて思う事がある。

 人生に嫌気が指し、物事がどうでも良くなっていた俺があの時だけは、少年の命がどうでもいいとは思えなかった。俺が事故に遭ったのはレナに会う為だったのかもしれない。

次回はいよいよ、高校復帰です!

勿論、レナも着いてくることになるのですが本当にいよいよ、恋愛が始まります。

南沢美奈もどんどんでて来ますし、レナのぶっ飛んだ告白計画にも笑えたり?笑えなかったり?すると思います笑

次回も1万字、もしくはその半分の投稿にしようと思います。

水曜日が投稿予定日です!気になるかたはブックマークなどよろしくお願いします!

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