王子と姫の約束
久しぶりに時間がとれたので一気に書きました。これで起承転結の「承」が終わりです。
南沢との一件から数日が経ち、文化祭前日。朝早くから多くの生徒が教室に集まり明日の準備をしているようだった。準備などは放課後に行えばいい、と思う者もいるだろうが放課後は放課後で何か用があるみたいだ。
どこの学校でもあるような用ではない。勿論強制というわけでもないのだが、時森の通う高校のほぼ、全てのクラスは前夜祭をやる。
無論、前夜祭をしたからといって後夜祭がなくなることはない。むしろ、前夜祭など各々が勝手にやっているだけなのだから。
去年の時森は、周囲から完全に孤立している訳でもなく、中途半端に浮いている存在だった。だからこそ、前夜祭など楽しいものではなく辛いものだったのだ。
だが、今年は違う。友達ができて、クラスメイトとも打ち明けることができ、不安などないはず。それなのに、時森は朝から一人だけ暗い表情をして席に座っていた。
そういった時に現れるのは決まって深瀬だ。時森の隣の席に腰を下ろしじっと黙り混む。すると、不思議と口を開くのは時森だった。
「俺さ、なんか今がしっくりこない。俺が欲しい物ってなに…」
そう呟くと、時森は机に伏せてしまった。
流石の深瀬もどうしたものか、と首を悩ませていた。実際、かける言葉が見つからないのだろう。それでも傍にいてあげることのできる優しさが、深瀬の長所なのかもしれない。
「すいませーん。菜園ですけどー、時森君いますかー?」
ノックをされることもなく開いた後方のドアには菜園が立っていた。
ゆっくりと顔をあげ後方のドアを見る時森に気が付いた菜園は笑顔で大きく手を振った。腕を振っているといってもなんら間違いではないが。
「あー、今いくよ」
力の抜けた返事をして時森は菜園の方へと歩いていった。その暗い姿に気が付いた人は幾分もいないだろう。
菜園に連れられ時森はいつかの男子トイレに来ていた。
そこで堂々と用を足す菜園に時森が呟く。
「お前、人を呼んどいて…頭イカれてんのか」
そう、悪態をつく時森だったが教室に戻るような素振りはなかった。いまの時森には教室という空間が居心地の悪い空間なのかもしれない。
用を足した菜園は手を洗いながら口を開く。
「好きとは…。愛とは…。そう悩んではいるものの、全てが自分に当てはまらない。そんな感じ?」
時森はドアに寄りかかりながらも、そう、と呟く。
「ごめんな時森。この前の告白聞こえてたわ、俺って隣のクラスで一人残って作業してたからもう丸聞こえ」
そういって笑う菜園を前に時森は声をあらげた。
「お前はなんなんだよ。なんで俺に構う、なんで俺を気にかける。なんで俺を一番分かってんだ」
怒りに任せた言葉を吐き終えると時森は息を切らしてしまった。それほどまでに気持ちを込めて言葉にした…ということなのだろうか。
時森の言葉に対して菜園は口を開く。
「他人の愛を断る事には勇気がいる。他人の愛を受け入れる事には覚悟がいる。お前には何が足りない?勇気か?覚悟か?結局のところ本物は自分で探すしかないんじゃねーのか」
「…」
「っと、ごめんよこんなトイレでよ。じゃあ、明日は楽しもうぜ」
菜園が明るく声をかけた所で時森はドアから離れた。そして、菜園はトイレからでていってしまった。
誰もいなくなったトイレにて、時森は呟く。
「理屈じゃない。南沢を好きになる資格がないきがするんだよ。勇気、覚悟ってその先の話だろ、菜園…」
それから数時間後、時森は仮病を使い学校を早退した。家につき自らの部屋へ鞄をおき、服を着替えるとまた、外へ出ていく時森。
小さな時森神社の小さな鳥居を潜ろうとした時、時森は足を止め家を出る鳥居とは真逆へ足を進めた。
時森は家の裏側までいくと、なにかを探し始めた。膝下まで伸びる草を掻き分けながら何かを必死にさがしているようだった。
そして、三十分ほどたった頃。
「あった」
時森が見つけたのは小さな石像。というよりも、もはやただの石ころ同然のようなものだ。だが、その石像には文字が書かれていた。
その文字を真剣に時森は読んでいた。
「ダメだ字が読めない。子供の頃もこんな風に突然見つけたんだよな。でもこの石…」
『なにそれ、花君はほんと不器用だなー』
聞き覚えのあるその声に反応した時森は一目散に振り返った。だが、誰もいなかった。
『レナかと思ったけど…。やっぱり、レナなんて女性は俺の作りあげた妄想なんだ』
時森を今苦しめているもの、それはレナという存在。話すことができ触れることができた自称幽霊。レナとの付き合いは短かったのかもしれないが、時森の中では今もなお存在し続けている。
それが良くないのだと時森自身が分かっている。時森はレナを疑いはしない。それがお爺さんのつねづね言っていた言葉と繋がるから。
ただ、レナが時森の妄想なのだとすれば…。
『妄想は現実とは違う』
時森は改めて神社の鳥居を出た。宛もなく歩くことは思っていたよりも辛いようだ、が、それでいて時間が過ぎていくのはあっという間に感じているみたいだ。
学生とすれ違ったときには驚き、「もう、夕方…」と呟く。
「時森君…」
前しか見ていない時森には、いや周りの見えていない時森には自分の名を呼ぶ微かな声すらもシャットダウンされているようだった。
時森から数メートル距離をあけてテクテクついてまわる人物の存在に気が付くことすらも遅かった。足が疲れたのか、いつかの川辺で足を止めた時森。そこでようやくあとをつけられていたと気が付く。
「…」
「あ、いやーなんか時森君早退したから元気かな~って。ま、まあ、元気ではないのかも。だけ、ど」
戸惑いを隠せずとも心配してくれていることが時森に伝わったのだろう。
「よければ前みたいに座って話さない?」
時森の声色は柔らかく暖かい、南沢は夕日に照らされ頬を赤く染めていた。それが、夕日に照らされているからなのか、そうでないのかは追求するまでもない。
川辺に腰を下ろす二人はいつかの自殺未遂を思い出しながら話し出す。
「俺さ、あの時すげー落ち込んでてさ。もしかしたら俺も死んでやろうとか思ってたかもしれなかった」
「お爺さんのことでだったよね…」
悲しげに声にする南沢に笑みをこぼした時森は頷き、話を続けた。
「それでこの道歩いてたら南沢さんが飛び込むんだもん。しかも、溺れてるし、金槌なの?」
「ち、違うし!怖くて身体が動かなかったの!」
「あはは、別に誰にも言わないよ」
「だから違うってば~」
日が沈み出す頃には冷たい風が漂い始める。秋と冬の境にあたる季節。時森は寒そうにしている南沢に貸してあげられる服がないことに気がつき、帰るという決断に至った。
時森が立ち上がろうとすると、南沢は時森の手をとり阻止し始める。
そして、弱々しい声で呟いた。
「まだ、もう少しだけ話そうよ」
その声は風にも容易に負けてしまいそうだったが、今の時森にはちゃんと届いていた。
「南沢さん」
突然、時森に名前を呼ばれ南沢は肩を上げ驚いていた。
「な、なに」
深呼吸をし始める時森が何を言い出すのか、きっと数日前の告白関連のことだ。その事に勘づかないほどに南沢はバカではない。だから、南沢の表情は強ばっていた。
そんな南沢の表情も視野に入れた時森は少しばかり口角を歪ませ話し出す。その声色はどこか吹っ切れたようにすら感じる。
「幽霊に恋しちゃだめか?それがもしかしたら俺の妄想かもしれない、頭を打ったときの後遺症だったかもしれない。それでもレナを忘れられない。この感情に恋なんて名前をつけたら俺は、もう普通じゃなくなる。変人は変人にしか好かれない」
時森が自己満足のような話をするものだから南沢は小首をかしげていた。だが、話を止めるようなことはせずに聞いていた。
すると、時森は突然南沢の目をみて呟く。
「俺の欲しい…モノ。見つけたよ」
「な、なんだった?」
頬を赤らめ時森から目を背けた南沢は風に揺れる髪の毛を耳にかけ、そう問いかけた。
時森は、拳をグッと空高く伸ばしそのまま両手を開き口にする。
「俺は事故にあってレナって存在を知って。変な特訓して、深瀬に目つけられて。南沢さんと関わって、その結果クラスにも馴染めて。爺ちゃん死んだと思ったら菜園と爺ちゃんが同じ匂いだし、今現在、俺の人生ぐちゃくちゃだ!」
自分の運命にでも文句を言っているようなその口ぶりに、つい南沢は笑ってしまっていた。
「南沢さん」
「はい…」
時森には名前を呼ばれた南沢は驚くことなく幸せそうに笑みを浮かべ返事をしていた。日はすっかり沈んでいて今の南沢を月明かりだけが照らしていた。
「俺は普通が欲しい。普通の友達がいて、普通の生活があって、普通に出掛けて、古代文明がどうとかそう言うのももうどうでもいい。俺は、普通に生きたい」
「生きればいいじゃない、それでいつか私と一緒にいたいと思うのならその時は時森君から告白してきてよね」
時森はまだ、南沢をふったわけじゃない。それなのに南沢は完敗したという雰囲気を出していた。その事に違和感を感じた時森が口を開く。
「えっと、この前の返事…まだ決まってなくて…」
その言葉をきいた南沢は照れるように苦笑し呟く。
「優柔不断…。明日が終わるまでに答えがなければ無効にするから」
そういわれた時森は自信満々に答える。
「答えならついさっき見つけたよ。でもさ、今より明日のほうがいいでしょ?」
そのセリフは告白を了承したと受け取って間違いはないのだろう。明日の方がいいということはまず悪い結果ではない。むしろ、どちらにとってもプラスな結果になるから文化祭当日を選んだのだろう。
南沢もそのことには気が付いていて、だからこそ恥ずかしさのあまり何も言葉には出来ないのだろう。
会話のなくなった二人の空間に気まずさなどはなく、あるのは心地のよい暖かな空間だった。冷たい風が涼しいとすら感じてしまうほどに二人の頬は熱を帯びていた。
時森が普通よりも重たい人間で慎重な人間だからこそ、少しばかり遠回りはしてしまった。いや、今も遠回りをしている最中だ。
でも、その遠回りもゴールがようやく見え始めたようだった。時森の選ぶ答えが正しいのか正しくないのかは時森自身が、これからを歩み証明していくしかない。
レナというなの妄想を切り捨てることで、本当に大切な今を生きる女性を愛することができる。とはいえ、時森はレナを忘れることはないのだろう。
たとえ、レナが妄想だったとしても今こうして文化祭前夜を明るい気持ちで終えることができているのはレナのおかげなのだから。
迷いのなくなった時森と想いが叶うと確信した南沢を、半円のお月様だけが見ていた。その半円はまるで二人に微笑んでいるかのようだった。
そして、待ちに待った文化祭当日…トラブルは起きた。
文化祭ではあらゆるトラブルが想定される。そういったトラブルをどう対処するのか、そう言ったことが学びの一貫になるのだろう。
だが、今回時森のクラスで起きたトラブルとは南沢と同じく主演を勤めている男子生徒がこれなくなったということだ。つまり、代役を作らなくてはならないのだが、そんな代役までを想定していなかったのだ。
熱とかなら無理してやらせることも不可能ではないのかもしれないが、主演の男子生徒がこられなくなった理由が祖母の突然の死というだけあって誰も責めることが出来ない。
中には仕方なかったと開き直って諦めて他のクラスの手伝いでもしよう、と考える者もいた。というよりも、それが最善のようにも思える。
だが、無理してでもやりとげようとする人物が時森のクラスには一人だけいるのだ。
そう、クラスメイトらは皆、南沢の反応をうかがっていた。この状況で暴れるであろう南沢をどうなだめるか、それを考えることに全神経使っているといっていると言っても過言じゃない。
だが、南沢は周囲の思っているよりも丸くなっていた。
「仕方ないよね。こんどクラスの中だけでこっそりやることにして今年はお手伝いに徹しますかー」
すごく残念そうな笑みを浮かべる南沢を見てしまったクラスの皆は少しばかり胸に痛みを感じているようだ。
こうして、時森のクラスの文化祭の幕が下ろされる。と、思いきや声をあげたのは時森だった。
「待てよ。ここで演劇中止にするのはありえない。やるよ、なんとしてもやる」
「で、でも王子様なしで出来ないでしょ。代役もいないんだよ?」
わがままを言う時森にやや厳しめの口調で南沢の友達が口にした。
それでも、やる、といって身を引かない時森にはクラスメイトらはあきれ始めた。
そんなとき深瀬が時森に問う。
「この状況でやる意味が俺にも分からない。無理してでもやるメリットを言ってくれよ」
深瀬の言葉には多くの人が頷き賛同しているようだった。だが、ごく少数だが時森の見方につくものもいる。
全員から注目を浴びた時森は眉に皺をよせつつも話し始める。
「だって皆頑張ってきたじゃん。深瀬の脚本も面白いし、舞台裏の小道具とかめっちゃリアルだし、演者の皆も毎日南沢に負けないくらい演技してさ…」
誰しもが思っていて、誰しもが口にすることのなかった言葉を時森が口にしたことで周囲の心はひどく沈んでいた。
そんなことは、時森に言われずとも分かっている。でも、どうすることも出来ない。抗うことされも虚しいと言える現実に皆は打ちのめされている。
そんなクラスメイトらに時森は訴えかける。
「もし、自分のせいで演劇なくなったら誰が責任感じるんだよ。俺も最近知ったんだけど、人って突然簡単に死ぬんだよ。今日元気よくても明日生きられるかはわかんない。身内が亡くなったとき辛すぎてバカになるけど、残るモノにいつかは気が付く」
時森の話にいつしかクラス中真剣に耳を傾けているようだった。
そして、時森は苦笑し呟いた。
「残るモノが罪悪感て虚しすぎるじゃん…。だからやろう、皆のために自分のために」
皆の心は演劇をやりたいという気持ちが膨れ上がっていった、それでも演者が足りないという現実にまたしても打ちのめされる。
そんな周囲の反応をみて南沢が口を開く。
「時森君、君なら王子様役出来るでしょう?」
「はい?」
「ふふ、皆は知らないけど私は知ってる。私との練習で感情が高ぶりすぎて台本片手に演じてたわよ。あの日の最後には、君は台本を見てなかった」
南沢の証言がありクラスは活気だつ。そして、南沢の友達が「まじで?」と問う。
誰にも聞いているのか分からなかったが当の本人でもある時森が頬を赤らめ頷く。
すると、クラスの皆は呆然とした。それから数秒おくれて笑いに包まれた。
「ったく、背景係がでしゃばりやがって、ちゃんと演じろよ」
「ほら、早く他の皆とも台詞読みして合わせないと」
「おっし、文化祭とは思えない演劇みせてやろうぜ!」
時森は必然的に王子様役に抜擢した。だが、どこか不満そうな表情をしているようで、その横には深瀬と南沢の姿があった。
「時森、お前が皆をやる気にさせたんだ諦めろ」
「そうね、有言実行ってことで責任とってもらわないとね」
「お前らさー、俺は人前で目立った事がないんだよ、今なら自分のタイミングで吐けるよ?」
そういって緊張しまくる時森をみて、深瀬と南沢は大笑いしていた。そして、時森は一目散にトイレに駆け込もうとするがそんな暇があるわけもなく、演劇担当の女子に舞台裏まで連れ去られてしまう。
そんな姿をみて余計に笑い合う深瀬と南沢。そして、笑い終えると二人は自然と言葉を交わす。
「深瀬君、あなたが時森君に目をつけたのは間違ってなかったね」
「そっくりそのまま返すよ。時森はこれから値が高くなっていく、今がお買い得だよ。この買い物上手め」
「うふふ、じゃあ、私も舞台裏行ってくる。裏方よろしくね!」
「はいよー」
廊下をかけていく南沢をみて深瀬は呟いた。
「本当、よくあんな美人が時森を好くなんてな、笑える…」
こうして、時森の文化祭はようやく幕をあげた。
ステージでは上級生の男子生徒が自らの美声を響かせていた。その姿を舞台裏からひきつった笑みで時森は見ていた。
そこには勿論南沢もいた。
「なにその顔。先輩の美声を羨んでるの?」
「違うよ、あれ、恥ずかしくないの?」
そう呟く王子様をみて白雪姫は笑いをこらえきれずにいた。
「たぶん、私たちの格好の方が数倍恥ずかしいと思う」
「だ、だよな。あれよりもこの格好恥ずかしいよな。絶対笑われるから。せっかく学校楽しくなり始めたのにこれで終わりか」
「あのね、その言い分だと私も楽しい高校生活おくれないみたいじゃん」
的確な返しをしている南沢のことなどお構いなしに時森は頭を抱えでうじうじ、なにかを言っていた。そんな姿に痺れを切らした南沢。
バチンッ!
舞台裏に響き渡る音にクラスメイトの演者らは何が起きたのか音の方に視線を向けた。そして、皆が笑みを浮かべ再び準備に戻った。
皆が目にしたのは情けない時森の背中を強く叩いた南沢の姿だった。
「時森君、これも君の欲しがった普通だよ」
「この痛みが?」
「違うわ!」
時森は背中を叩かれたことで落ち着きを取り戻せたのか、その口元は笑んでいた。
ステージでのミニコンサートが終わりを迎え幕が降りた。再び幕が上がる時、時森はステージの真ん中にいることになる。
「皆、そろそろステージへ行って。始まるから」
再び強ばった表情に戻った時森に南沢は優しく声をかける。
「時森花道。君なら大丈夫!でしょ?」
「あ、そっか。うん、俺はたぶん大丈夫」
君なら大丈夫。その言葉はいつしかの誰かが時森に向けた無茶苦茶な根拠のない言葉。それでも時森を勇気づけるのに最も適した言葉。
南沢はこの言葉を使う事をあまり好んではいなかった。なぜなら、この言葉はレナの使っていた言葉だと知っていたから。
だが、本当の愛に目覚めたとき南沢はレナという時森の大切な出会いすらもひっくるめて受け入れてしまったのだろう。
生き物の愛とは重くて優しくて、いつの時代でも一番に輝き続ける。
「行くよ、皆!」
南沢を筆頭にステージに演者が集まると幕が上がり、物語の説明をする。そして、白雪姫を残して各自、舞台裏へ身を潜めた。
始まった白雪姫の演技は笑われるどころか背景ともマッチしていて観客はいきをのんでいるようだった。
その圧巻の演技のクオリティーにプレッシャーを感じる演者たち。いや、時森だけがプレッシャーを感じていた。他の皆は感心しながらも楽しそうに演じていた。
そして、遂に時森の出番がきた。
陽気な音楽にあわせて颯爽と舞台に飛び出す王子様。舞台裏ではかなり心配の声もあったが、王子様になりきってしまった時森は南沢にも、負けない演技力を見せた。
言葉の一つ一つから時森自身の気持ちが溢れていて、王子様の気持ちと重なりあっていた。
王子様の一挙書一投足に観客は唾を飲み込んだ。まるで、放課後に南沢の演技をみた時森のように。
それに負けじと演じる南沢。
その舞台裏では時森を心配する者が多くいた。勿論演技に関してではなく、異常なまでの汗の量に関してだ。
呼吸は荒く、目の焦点もあまりあっていないよな。ステージからおりてくると力尽きるかのように椅子に腰を下ろすその姿。
誰もがこの舞台が終わったら保健室に連れていくと思っていた。
そして、舞台は最終局面にまで迫っていた。
深瀬の書いた脚本は白雪姫ではない別の作品だ。だが、それを否定するような感じはなく、むしろ誰もが注目していた。
笑いの場面では笑い、暗い場面では息を飲む。そして、この最終場面。
眠りについてしまった白雪姫を舞絵にした王子様はステージに響き渡るほどの大きな声で台詞を口にした。
「運命!姫が眠ることが運命ならば私はどうすればよいというのだ!」
「王子様のキスで起こしてあげればいいんだよ」
小人役の南沢の友達にそう言われた時森は答える。
「でも、生きることは辛い、僕が幸せに出来るとはかぎらない。このまま眠っていられるのならそれが幸せかもしれない…」
完璧だったはずの時森の演技が突然アドリブへと変わっていった。この状況を南沢の友達は直ぐ様受け入れた。
「白雪姫の幸せを勝手に決めつけないでください。王子がどう考えようとも選ぶ権利は姫にあります」
アドリブによるアドリブで南沢の友達はすでに脳内がぐちゃぐちゃになっているようだった。その目はもう、アドリブをしないでくれと訴えているようだった。
そんな、願いが叶ったのか王子様は観客に背を向け白雪姫の身体を起こした。
「なによ、あのアドリブ…」
目をつむったまま南沢が呟き、時森は苦笑して答える。
「君の友達に聞いてみたかったんだ、俺なんかが君を奪っていいのか」
「なにそれ、たぶん伝わってないよ」
王子様が白雪姫を抱えてから観客の視線は二人にむかっていた。
「本当に俺でいいの?」
「あなたがいいって言ってるでしょ、早くしなさいよ。皆が見てるんだから…」
「わかった」
王子様は白雪姫に顔を近づけていく。その姿が王子様の背中で見えないというもどかしさが観客の気持ちを煽る。
本当にキスをするわけもないのに、誰もがやや前のめりに見とれていた。
だが、一番に前のめりになっていたのは小人さんだった。
なぜだかって?それは…。
バチンッ!
場内に響き渡ったのは平手打ちの音だ。そして、その音が消えるよりも早く白雪姫が立ち上がり口を開く。
その頬は赤く染まっていて、白雪姫というよりも南沢美奈だった。
「あ、あんた、なに本当にき、キスしてんの!」
「…」
南沢の衝撃の一言に場内は練習でもしていたかのように声を揃えた。
「えーーーーー!」
その直後笑いに包まれる。やらかしてしまって当の本人でもある時森はえへへ、と誤魔化しつつも、どうしよう?と目で助けを求めていた。
そんなとき、場内にはマイクに乗せられた深瀬の声が響き渡る。
「好きと言ってしまいたい。だが、言ってしまうことで失う戸惑い。好きとは何か。愛とは何か。好きと示すには勇気が必須。誰かを愛するためには覚悟が必須。キスをするためには相手を独り占めにしたい独占欲が必須。王子のキスは姫を愛していく覚悟の象徴とも言えるのだろう」
音楽と深瀬のナレーションによりなんとかこの場の雰囲気を持ち直した、だがこれだけでは完全に笑いを消すことなど出来ない。
舞台としては、これでも成功なのかもしれないが深瀬の脚本としてはこれでは失敗なのだ。深瀬の脚本の行く末は時森と南沢に預けられた。
「ご、ごめん…」
心からのお詫びに白雪姫は「べ、べつにいい」と答えた。
この時点で時代が現代になってしまっているのだが、観客は細かいことなど気にしてはいなかった。
そして、現代版白雪姫が口を開く。勿論台詞などとうに飛んでしまっているためアドリブだ。
「眠っている間あなたの夢を見ていました。弱くて、とても王子様なんて器じゃないあなたは私を必死にささえてくれていました。だから、あのまま眠るのも悪くはない気分です」
予想外すぎる発言に観客はまた取り込まれていた。深瀬は南沢の演技に感心していた。ここまで客を引き込んでしまうその演技力、やはり素人とは別格だ。
「でも、やっぱり。私は今をあなたと生きたい。今を生きる私をあなたに幸せにしてもらいたい。いつでも必死なあなたなら私をきっと幸せにできます!」
そう、口にした白雪姫は笑顔のまま王子の胸に飛び込んでいった。その瞬間場内は拍手に包まれた。
そして、幕が下がり始めた。
結局、終わりに持っていったのは南沢の圧巻の演技力ということになった。だが、何ら不思議ではない。
南沢は誰かを指摘するために誰よりも努力していたのだから。その努力が実り、結果的に時森をクラスを救った。
誰一人として描くことのなかった結末に幕がおりた瞬間、歓喜が湧いた。客席からも舞台裏からも。
「時森君」
「ん?」
「キスなんかして責任取れるんでしょうね?」
そういって微かに笑みを浮かべる南沢をからかうように時森は答える。
「責任というか、まあ約束するよ」
「なにを?」
「南沢さんを俺が幸せにするって約束する」
「気が早いっての、バーカ」
二人が顔を見合わせ笑いあっていると南沢の友達が声をかけた。
「ラブラブなのはいいけど、次の人たちいるから二人だけの時間はあとにしてくれるー?」
「は、ちょっとー」
そういって、舞台をおりていく南沢のあとを疲れはてた時森がふらふらとついていく。
尋常ではない量の汗、呼吸の荒らさ。いまの盛り上がった雰囲気の人達には決して気が付くことが出来ない。
時森はふらつく視界の中、舞台裏への階段をゆっくりと下った。一段一段、壁にもたりかかりながら。
バタッ…。
その物音に気が付いたのは、次の準備をしている他のクラスの人だった。そして、騒ぎが大きくなるよりも早く南沢と深瀬が駆け寄った。
「時森君。時森君」
「おい、時森意識はあるか?」
二人の声かけに応じない時森に舞台裏は混乱し、あわてて駆けつけた保健室の先生や体育教師に抱えられ、体育館裏から救急車で運ばれた。
次話に倒れたときの時森のように心中を書いてあります。
そちらをご覧ください!




