君が好き
恋愛小説って感じる話になってます。
紅葉が目立ち始める秋の季節。この季節、学生の醍醐味と言えば文化祭なのだろう。
各々のクラスが屋台などをだし、のど自慢じみたことをする人もいる。
ステージに立てば主役になったつもりになれる。そんなことはない。
文化祭では一人一人が自分が主軸だったと錯覚するための言わば薬のようなものだ。
その薬があるからこそ学生の目は輝く。なにかの目標のために頑張る姿、それらは素晴らしく学生の特権だとも言えるだろう。
だが、まれにその薬が効かないひねくれた人間もいるのだ。
「南沢さん、疲れた。あきた。背景できた」
「う、うるさいわね。背景はよく頑張ったと思うけど」
毎日毎日放課後の時間を文化祭の仕事にあてていた時森は力なく背景が完成したことを南沢に伝えた。
完成した背景の仕上げは時森が描いた。
その綺麗な絵をみたらクラスメイトらは感激しているようだったが、時森は家に帰りたくて仕方ない様子だった。
そんな時森に南沢がとう。
「時森君って絵得意だった?」
「ん?あー、俺ってなんでもできちゃうからねー」
そう言って大笑いしている時森の背後には、時森の鞄の中身を見せるようにして笑っている深瀬がいた。
その中身をみた南沢は苦笑し呟く。
「そうみたいだね。でも、私もできる」
「へっ、無理無理」
「そう?私からすれば他人にできて自分にできない方が不条理なんだけど」
南沢らしい回答を聞いた時森は思わずフッと笑ってしまっていた。
笑われたことに悪意を感じたのか、南沢はしかめっ面のまま口を開く。
「まあ、スケッチブック持ち歩いて練習するくらいやれば私にも描けるってことよ!」
「は?」
「ははは」
時森の背後からは不適に笑う声が響いた。静かにしておけばきっとバレることはないのだが、深瀬は時森の困った顔をみたがっていたのかもしれない。
鞄の中身を南沢にみせていた深瀬を見つけた時森は妙な笑みを浮かべ廊下を指差し呟く。
「ちょっと話がある」
「お、おう」
やべー、やっちまった。みたいな表情を隠しきれず全面に出している深瀬をみて笑みを浮かべているのは南沢だった。
それと、深瀬に背を向け廊下に出る時森も笑みをこぼしていた。
このようなやり取りも今ではクラスななごましいワンシーンの一つなのだろう。教室をすぐに出ることの出来なかったクラスメイトらはその光景を微笑ましく見ていた。
深瀬は結構適当で、怖がりでそれでも時森を変えたのは深瀬だと言われている。
そう、思われるにも確か理由が必要なのだ。その理由とやらが深瀬にあった。人を変えていく力も深瀬にはある。
時森がその事を一番分かっているのだろうが、周囲もそれなりには分かっている。
廊下に出てきた時森の深瀬は互いに向き合い緊迫な空気が流れる。が、時森がフッと笑いだしその空気は一瞬で緩いものとなっていった。
「絵の練習してたことなんて誰にもいってないのによくわかったな」
時森は南沢にダサい背景は嫌だとか、言われていたことを気にやんでいて、一人密かに絵の練習をしていた。
河川敷で描いてみることから始め、本を買い、描き方を学びようやく人に見せられるクオリティになったのだ。
だからこそ、最後は俺が描く。と言った時森にはその場にいた全員が呆然としてしまった。
ただ、深瀬は知っていたようだ。というよりも気がついていたというべきか。笑みを浮かべ話し出す。
「俺はお前を一番目に見つけた男だからな。そのくらい分かって当然。トータルだと二番だがな」
「は?二番目?なんのことだよ」
首をかしげる時森をみて鼻で笑った深瀬はやれやれ、と溜め息をついたあと口を開く。
だが、その時教室からは続々と生徒が出始め、時森と深瀬に声をかけていた。その都度、同じタイミングで頭を下げる二人は兄弟に見えなくもない。
しばらくして、一通り生徒が帰宅した。ようやくと言わんばかりの表情を浮かべていた深瀬はさりげなく手にしていた鞄を肩にかけ去るようにつぶやく。
「今の時森は俺や南沢、クラスの奴らをまとめあげるナニカがある。漫画みたいでキモいこと言ってるけどさ、それって誰のおかげで出来るようになったことなの?よく考えろよ…」
「は、おい…」
背を向け去っていく深瀬を追うことはせず、時森は俯いていた。その割には表情は明るく、笑みすら浮かべていた。
そして、静かに呟く。
「もう一回だけ、会いたいな。レナ…」
時森が心の声を漏らしたところで教室のドアが開き、南沢がひょっこりと顔だけを出していた。
その表情は眉に皺をよせていてしかめっ面だ。おまけに、なにか汚ならしい物を見るようなそんな冷めた視線を時森に向けていた。
南沢に気が付いた時森が「なに?」と首をかしげると南沢が口を開く。
「レナって誰…」
「聞かれてたのは恥ずかしいな」
そう言いって照れながらも時森は南沢が顔を出しているドアを全開に開き、教室内に入っていった。
南沢は教室のドアを閉めたあとも時森を問い詰める。
その行動で南沢が抱く感情が何なのか、本来なら分かってしまうのだろう。でも、相手が時森ならばそう容易くバレはしない。
「レナって好きな人?彼女いたの?」
答えてくれないと、半ば諦めていたであろう南沢の不意をつくように時森が答える。
「好きな人。彼女に出来るならしたいよ。レナは俺の腑抜けた孤立精神を建て直してくれた人。出会い方は変だし、情緒不安定気味な所あるけどレナの笑顔、言葉にいつも救われてたんだよ」
そう語った時森はふと、首をかしげつつ口を開く。
「レナのこと前に話したよね?」
今度は南沢が小首を傾げた。
「そうだっけ?」
「そうだよ、話したよ。ほら、南沢さんがクラスで孤立しかけたくらいで死のうとしてた時だよー」
時森の言い方に悪意を感じられたのか、南沢は頬を赤く染めながらも否定し始める。
「ち、違う。あの日はちょっと暑かっただけだし。ほら、早く練習再開しよ、帰り遅くなるよ」
自分から始めた話なのに追い詰められるや、すぐに逃げてしまう。そんな所が南沢の悪いところであり、人から好かれる面白い所でもある。
時森は笑みを浮かべながら、前列の席を少々後ろに下げ、真ん中の席にすわり台本を開いた。
南沢は赤く染めた頬を隠すことはせずに、堂々と時森の前に立っていた。
「南沢さん」
「なに?」
「この演劇ってさ、白雪姫でしょ?」
なにを今さらと言わんばかりの表情のまま南沢は頷いた。
それを見てから時森が問う。
「なんかストーリーちがくない?」
「は?何も知らないの?」
「え?」
「その脚本書いたの時森君の大親友、深瀬君でしょ」
その言葉が教室内に響き渡り、空気に溶け込んで消えていった頃。時森が目を丸くして、ゆっくりと口を開き呟く。
「き、聞いてない…」
驚きを隠せない時森を前にし、南沢が説明を始めた。
「深瀬君って小説が好きだったみたいで、それに集中したくて没頭した結果孤立してたみたいだよ。皆は知らないからあまり公言はできないけど…。とにかく、ネットでは有名な物書きさんなんだよ」
「あいつ、俺には何も…」
深瀬が時森には話していなかったことを知り、南沢は口元を歪ませた。
「本当にそっくりな二人だよ。まあ、時森君がバカな分不利益な情報量にはなったのかもしれないけどね。時森君が黙って絵を書いてたのと同じ想いでしょ?」
「かもしれないな。そんで、この脚本めちゃくちゃ面白い。てか、最後のキスして目覚める以外白雪姫要素ねーじゃん」
時森は思ったことを口にした途端、声を上げて楽しそうに笑い始めた。
そして、南沢を真っ直ぐ見つめ口を開く。
「じゃあ、練習やろう」
「勿論。こんな面白い話作ってくれたんだもん、半端な演技はできない、下校時刻ギリギリまでお願いね」
張り切った南沢の発言を聞いた時森は口元をひきつらせ、マジ?と呟いた。だが、その反応をまっていたかのように南沢は不適な笑みを浮かべ呟く。
「マジよ!」
そして、二人だけの舞台練習が幕を上げた。
クラスの人達はこれをきっかけに二人の距離が縮めばいいと、考えていたのかもしれないがそういう展開になるのは難しいと言える。
それほどまでに二人は真剣に意見を言い合い取り組んでいた。
時森に指摘されることを試みて合っていれば取り入れる。以前の南沢から見られなかった姿だ。
演劇サークルに通っていることもあり南沢は他人の意見を聞くことをせず思うがままに事を進めていた。だが、そんな自分を受け入れてもらえず自らの過ちに気がつき人として成長した。
辛さや、過ちから自分を変えていく事はできる。それでも本当に変えていける人なんて数えられるくらいしかいないのだろう。
南沢の一挙書一投足には想いが込められていた。
自分を偽っていた虚しさ。思うように進まない悔しさ。独りになってしまう孤独さ。誰かと本気で笑い合える幸福感。ありふれた辛さやありふれた幸せを南沢は表現していた。
窓の外がすっかり暗くなった頃。下校時刻を教える放送が室内に鳴り響き始めた。
そして、舞台練習もいよいよ大詰め。
白雪姫が王子様のキスによって目を覚まし、自らの想いを伝えるシーンだ。
深瀬の書いた脚本ではまず、王子様の台詞がある。その台詞は時森が代弁して読む。
「姫、辛くは無かったか?」
自分が演じるわけでもないのに、時森の声には気持ちが乗っていた。というよりも、完全に王子様になりきっているようだった。その証拠に台本を手に立っている。
そんな時森を見てか、演技でかはわからないが白雪姫は笑みを浮かべた。
辛いことを全て忘れるかのように作られたその笑顔に時森は完全に見とれている。
照れるような笑みを浮かべた白雪姫は王子様を見上げ呟く。
「夢の中にあなたがいたので辛くはありません。すごく幸せな夢でした」
白雪姫は王子様の胸にコツン、と頭をあて明るく楽しそうな声色で話し始めた。
「今度は夢ではないこの世界で、私を幸せにしてくださいねっ、王子様…」
南沢の圧巻の演技に時森は開いた口を閉じれずにいた。それこそ、いつかの病室でのナースさんのように。
南沢は時森と少しだけ、距離をとり視線を向けていた。
しばらく、口を開いたままの時森だったが感想を待っているであろう南沢のために想いを声にする。
「凄いよ…。悪いけど、凄いとしか言い表せないよ」
「いいよ、時森君の表情から分かるもの」
あははと、笑っている時森は未だに震えているようだった。そして南沢の手も、震えていた。
「レナさん…覚えてるよ。というより、忘れてたけど思い出したよ。川辺で会ったあの日、時森君が楽しそうに話してくれた幽霊でしょ」
「え、あーうん」
突然の展開に時森は少し戸惑いつつも返事をしていた。
「事故で頭打って幻覚でも見たんだなって思ってた。だから忘れてたけど、本当に見たんだね。時森君が変わり始めたのは事故にあった後からだもんね」
何が言いたいのか、長々と話し出す南沢の話を時森は頷きながら聞いていた。
「皆も言ってた。時森君の変化が今を楽しめる理由の一つだって。私もそう思う。普段は猫かぶりしててさ、演劇になったら自分抑えらんなくて結果的に裏で愚痴言われて。そんな些細な事だけど私は私自身が元々嫌いだったから。あの日、本当に死ぬつもりだった…。
水死体は顔が分からなくなるって聞いたから川を死に場所に選んでさ、けどいざ川に飛び込んで死ぬって思ったら怖くて、生きたくて、そこに時森君が来てくれた」
戸惑い、考え、南沢は自分の中で答えを見つけた。そして今、それを口にしようとしているのだ。
「あの日、言いたくて言えなかった言葉…」
物音ひとつとしてない教室にはにわかに重たい空気が流れていた。だが、そんな空気さえ時森は心地よいものと思っているのかもしれない。
そして、南沢は声に出した。
「時森君、ありがとう。私は時森君に話しかけるっていうくだらない罰ゲームに感謝してる。こんなわがままな私にぶつかってくれる時森君に感謝してる。あと…泣き虫な私に寄り添ってくれる、優しくて鈍感な君が、好き…」
全てを言い切った南沢は、あわてて鞄をとりドアを開き教室を出ようとし、一度振り返る。すると、丁度良く振り返った時森と目があってしまう。
「と、戸締まりお願いね…」
「南沢さん…」
「な、なに?」
時森は視線を落とし、表情を曇らせ呟いた。
「ごめん。俺はまだ自分の気持ちが分からない。レナのことも今の充実した日々も何もかも整理ができてないんだよ」
勇気を出した女を前に時森の選んだ答えは、凄く曖昧で男らしくない。こんな男よりも良い男など腐るほどいるというに、それでも南沢は笑顔で答える。
「待つよ。いくらでも待つ。だから、ちゃんと考えて聞かせて。私はその答えが私の望むモノじゃなくてもいい」
黙りこむ時森を背に南沢は口にする。
「だって、私はもうたくさんの欲しいモノを貰ってきたから。今度は時森君が欲しいモノを見つける番だよ」
ほとんどの生徒が下校した校内では、遠退いていく南沢の足音さえも良く響いていた。その足音を聞きながらも時森は考えていた。
自分にとっての南沢美奈とはなんなのか…。
そんな、夢のようで夢ではない出来事は時森にとって物凄く大切で喜ばしいことなのだと、当の本人は気が付いていないようだった。
幾つもの小さな光に囲まれ、半円を描いた月は、別々に家路を歩く二人を微かに照らしていた。
二人の想いは、本来ならば恋人になってハッピーエンドなのだろう。だが、その間に運命とも言える出会いを挟んでしまった。
幸か不幸か、その出会いが時森の気持ちに蓋をしてしまう。レナと南沢。二人の大切な女性を心に閉じ込めたまま蓋を開けられずにいるのは、きっとどちらかを選びたくないという時森の本心からなのだろう。
自称幽霊と現実の人間。このどちらかを選べないなんて時森はどこまでも優柔不断だ。だが、そんな姿も時森らしいと言えるのかもしれない。
世に出回る空想、幻想は全て現実。幽霊とは言えど確かに存在はしていた。これを疑うことは時森にとって己の恥。というよりも不思議とレナを疑う考えすらなかったのだ。
レナを疑わない理由があることに時森が気がつければおのずと答えは見えてくるのかもしれない。
レナの存在を疑わない理由…大切w
次回は時森が様々な真実を知っていく展開です。もしかしたら、レナと再会できるかも!
金曜日投稿予定です!




