運命の交通事故
午後三時を過ぎた頃、部活のない高校生は帰宅を始める。
高校に通う人の過半数以上は何かしらの部に属しているのだが、物事にあまり関心の無い時森花道は部に興味を持つ事もなく、人間関係という馴れ合いにすらも愛想が尽きているようだった。
そのため、帰り道はいつも一人。それが悲しいとか、恥ずかしいとか考える事さえも避けているようだ。昔からそんな無愛想だったわけではない。詰まる所、時森にも色々な事情があって今のような行動を選んでいるのだ。
その色々を集約するのなら、ずば抜けた想像力の違いとでも表すのだろうか。その違いに気がついたのはつい数ヶ月前に行われた世界史の授業での事だ。
高校一年生が終わろうとするに連れ授業でのやる事が無くなり始める。そこで出された課題は、解明されていないとされる世界の謎という映像を見てのレポートだった。
映像によると世界には解明されていない問題が多々あるらしい。ただ、時森に言わせてみればそんなのは無駄に頭を硬くしているに過ぎなかった。発展した海底文明の謎やエジプトのピラミッドやスフィンクス。
古代の人間にはそんなものを作る事ができないと、そう考えた大人達は謎だというあやふやな言葉に乗せ、当たり前を理解しようとはしない。だから想像はしても信じてはいない。
時森は古代文明が現代文明より遥か先を進んでいたと熱弁した。根拠も何もないが進んではいなかったという根拠も無い。
そんな意見を持っているからこそ、いや、そんな意見を熱弁したからこそ、時森は高校でも浮いた存在になってしまったのだろう。周囲からすれば古代文明がどうとかどうでも良い事であり、時森を避ける理由にもなり得ないのだが、時森は圧倒的意見の違いから孤立という道を見出してしまったのだ。
その原因にもなったのがクラスメイトらは時森の意見を笑って聞いていた事。勿論冗談だと感じていた先生も一緒に笑っていた。
正しいことを述べている自分が笑われるのは間違っている。と考えた時森は避けられたのではなく、自ら避けて行くようになった。だが、その根底には時森自身の説明の少なさも含まれれいるのだ。言葉のあや、とでもいうのだろう。
いつもと変わりの無い大通りの信号機は、いつもより少しばかり点滅時間が長いと感じていた。今から渡りきるのは無理だが、点滅しだした時に歩き出していたら渡りきれたのでは無いのか、という妙な敗北感が時森をイラつかせる。
やがて点滅も終わり、車両用の信号機が黄色に変わり始め、赤になる。エンジン音が聞こえ始めた頃サッカーボールが時森の横をすり抜け大通りを横切って行った。その直後に一人の少年が道路に飛び出した。
歩道側にいる車は少年の存在を認知しているようで発進する気配は無かった。だが、少し遠くの方から中央線よりの車線を速度違反しているであろう車が走って来ていた。
ボールに夢中で道路を横切ろうとする少年は歩道側で止まっている車が壁となり速度違反車の運転手にはきっと見えてはいない。そう察知した時、時森は少年を思い切り蹴り飛ばしていた。
そして時森は物凄い衝撃を受け、目の前が何も見えなくなった。意識は辛うじてあるが何処が痛いのかすら分からない。というよりも自分がどんな風になっているのかも分からない。前が見えない時点で目はもう無いのかもしれない。そんなことを考えていた。
死の間際に走馬灯を見るとよく言われているがそんな事は無かった。何故なら、時森が最後に見た記憶は片思いをしていた南沢美奈だけだったからだ。これも一種の走馬灯と言えなくもないが、こういう時に家族の顔が一番に出てこないのは少しだけ可哀想でもある。
『母さん、ごめん。でもさ、俺みたいなのよりさっきの少年の方が将来有望だろ?あの少年はきっとサッカー選手になるよ。間違いないね』
少年は蹴り飛ばされた時にうまく着地ができるはずもなく、身体中を擦りむき大泣きしていた。
その頃、時森に衝突した車はガードレールに止められていた。運転手は頭部から流血し、かなり危ない状況下にいる。だが、一番重傷なのは、横断歩道の白線が真っ赤に染まる程の流血をしている時森だった。時速六十キロを超えているであろう車に生身で衝突したのだから、大量の流血からは逃れられはしない。
すぐに救急車が到着し、時森に声をかけ始めるがとっくに意識はなく死期が迫ってくるのみだった。血だらけの高校生を担架に乗せ救急車に連れ込むと即座に発進した。
この交通事故は全国に報道され、勇気あふれる青年の行動に感化された芸能人が、時森のような青年はこの先を頑張って生きて貰いたいと述べていた。どれだけ評価されようと、人間、死ぬ時には必ず死ぬものなのだから無意味でしかない。
ただ、この交通事故は時森花道の人生を大きく変え始めるきっかけには必要な事なのかもしれない。いや、少し言い方を変えるべきか。
この交通事故は時森花道の人生を正すことに必要だったのだろう。
次からはいよいよ、ストーリーが動き始めますよ!
恋というにはもう少し話数が必要ですけど3話目には恋愛小説になるつもりです!
恋が、メインになる下準備のような期間ですが次回もご愛読の方お願いします。