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いけにえ令嬢と魔獣の王  作者: 長尾隆生@放逐貴族・ひとりぼっち等7月発売!!


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はじめてのオベントウ

『甘い! なんという甘さだ!』


 大きな口で小さな菓子を咀嚼しては大げさに声を上げるフォルディス。

 あの人間ほどもある舌で、小さなお菓子の味がわかるのかと不思議に思いつつ、私はフォルディスの反応が面白くて次々に鞄からお菓子を取り出してはその口に放り込み続けた。


「はい、これで最後よ」

『我が全て食してしまってもかまわぬのか?』

「私はそんなにお腹すいてないから」


 本当はお菓子を少し口にしただけの現状はかなり空腹であった。

 だけど私は目の前で美味しそうにお菓子を味わうフォルディスの顔をもう少し見ていたかったのだ。


斯様(かよう)に人族というのは、いつの世も美味い物を作り出す。その貪欲さが悪しき方に向かわぬかぎり素晴らしい資質であるのだが』

「どうしてフォルディスは魔獣なのに人間の食べ物が好きなの?」

『なぜそんなことを聞くのだ?』

「なぜって、魔獣って森の生き物や人間を食べて暮らしてるって学校で習ったからよ。人の食べ物を喜んで食べる魔獣なんて聞いたことも無いもの」

『ふむ。人族の間では魔獣はそのように思われているのか。だがそれも致し方のないことかもしれんな』


 フォルディスは大きな尻尾をパタパタと動かす。

 ふわふわの毛が背中をこすってすこしくすぐったく思いつつ、私はフォルディスの答えを待った。


『我とて嘗ては森の魔獣を喰らって過ごしておったのだ。だがな――』



 そしてフォルディスは遙か昔のその出来事を語り出したのだった。



◆◆◆◆◆◆



 その頃のフォルディスはまだ他の同族と同じように魔獣を襲って食べていた。

 山のかなり奥深くで生まれた彼は、人間と出会うこともなく、それゆえ人肉の味も知らなかったらしい。


 ある時、彼は森の奥で何時ものように狩りを終えた彼は、散歩がてら何時もとは違う山道を歩いていた。

 その行為に特に意味は無く。

 ただ単に気まぐれであった。


 同じような景色しか見たことがなかった彼は、初めて見る風景に浮かれ、知らず警戒心が薄れていたのだろう。

 警戒もせず飛び出した獣道。

 そこで今まで見たこともない生き物と遭遇した。


 それは彼が初めて見る人族であった。


 その人族は後に知る事になるが近くの村の若い狩人で、その日はいつもと違い森の獣が見つからず山の奥まで入ってきてしまったらしい。

 獣が見つからなかったのは、フォルディスの気配を察して近くから逃げたか隠れていたせいだったのだろう。


「◆、△○◆○!」


 男は森から出て来たフォルディスを見るやいなや突然そんな言葉を発してその場にうずくまった。

 初めて見る生き物の謎の行動に面食らったフォルディスだったが、その生き物から今まで嗅いだことのない『美味そうな臭い』がすることに気がつくと、無警戒に近寄っていった。

 既にこの山の中では敵がいなくなっていた彼にとって、目の前の鋭い爪も毛もない生き物は恐るる相手ではなかったのである。


『ガルルル』

「○△! ◆△△○○◆×○◆△☆◇!」


 近寄ってきたフォルディスを見て男は必死に頭を下げ何かを叫んでいたが、フォルディスにとってそれは意味をなさない音にしか感じられない。

 そもそもフォルディスにとっては男の言葉などどうでもよかった。

 ただ、その男が発しているであろう『美味そうな臭い』だけが彼を引きつけていた。


「△○、△○○◆×。△○◆○、×○◆△☆◇△○○◆×◆△☆」


 男はそう口にすると慌てて背中に背負っていた布袋を降ろすと、その中から二つの包みを取り出し前に置く。

 どうやら先ほどから感じていた『美味そうな臭い』は、その男からではなくて、男が取り出した包みの中から漂ってきているではないか。


『グルルル』


 男は包みを開き、数歩ほどフォルディスから離れると、また丸まり頭を下げる。

 包みの中にはフォルディスが今まで見たこともない食べ物らしき物が入っていた。

 そして彼を引きつけた『美味そうな臭い』は確かにそれが発する物と改めて確認すると、フォルディスはゆっくりとその食べ物に近づいていき、大きな口を開けてパクりと一口で包みごと食べてしまう。


 瞬間、彼の口の中には今まで感じたことのない感覚があふれかえった。

 それは魔獣や獣を喰った時とは比べものにならない初めて感じた『美味』という感覚。

 と同時に、彼の体に不思議な力がわくのを感じた。


『ガルル……美味いではないか……』

「や、山神様が喋ったぁ!?」


 平身低頭していた男がフォルディスの『声』を聞いて飛び出んばかりに目を見開きその場で腰を抜かす。

 一方のフォルディスの方も、その男の言葉に驚いていた。


『お主、我の言葉がわかるというのか』

「へ、へぇ。わかります。というかさっきまでは全くわかりませんでしたが今はわかるようになりやした」

『ふむ。我もなぜだかわからぬがお主の言葉が理解できるようになったぞ』


 今まで同族と一部の魔獣以外にはまともに意思の疎通が出来た試しはなかった。

 そもそも喰らい喰らわれる間柄ではそんな物は必要なかったのだが。


『まぁよい。それよりもお主。さっきの食べ物は何だ』

「オラの弁当のことで?」

『ほう。ベントウという食べ物か。あれは一体どこで手に入れた物だ?』

「あ、あれはあっしの女房が作ってくれた物でして」

『作っただと? あのような食べ物をお主の女房は作り出せるというのか』

「へぇ。あっしの女房の料理は村でも評判で」

『ふむ。では明日じゃ』

「はい?」

『明日もまたこの場所にその女房が作るというベントウとやらを持ってくるが良い』

「そ、それで山神様の領域に踏み込んじまったオラの罪は許してもらえますんで?」

『罪? 何のことだかよくわからぬが全て許してやる。だから明日もベントウを持ってくるが良い』

「ありがとうごぜぇます。ありがとうごぜぇます」


 そうして何度も何度も頭を下げながら帰って行った男は、定期的にやってきてはフォルディスに弁当を供えにやってくるようになった。

 彼がこの岩に封じ込められ、王国が土着信仰を禁止するまでの話である。



◆◆◆◆◆◆



「そんなことがあったのね」

『うむ』

「そっか。フォルディスは人肉よりも人が作ったものを食べる方が美味しいって知っちゃったわけだね」

『そういうことだな。あれ以来魔獣すらほとんど喰わぬようになってしまったわ……どうした? 突然神妙な顔をしおって』


 フォルディスの話を聞いて私は少し困ったことになったのに気がついてしまった。

 私がこの山に登ってきた目的がこのままでは達せられないということに。


「それじゃあもしかして私、山の主に食べてもらえないってことじゃない!」



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[一言] 「山のかなり奥深くで生まれた彼は、人間と出会うこともなく、人の味も知らなかったらしい。」 人の味って、人間を食べた味の様に思えますね。人間が作った食べ物の味と後ではっきりしますが、曖昧な表現…
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