迷う神石
今日もまたいつも通り出勤して工場へ向かう。大体作業開始時間の15分前には現場に入る決まりとなっている。作業前のミーティングがあるからだ。
壁に張り出されている5つある作業安全標語の中からランダムで役職者が選び、そしてそれを皆で唱和する。これが毎日ある作業前ミーティング終了の儀式だ。
現場の温度は大体5度で保たれている。製品の品質管理のためではあるが薄い作業着のままではとても寒いので、分厚い防寒着を着用して皆作業している。もちろんヘルメットや安全靴もそうだ。
前にも言ったが、僕はフォークマン。まだ2年程のキャリアだが運転技術はそれなりにあると自負している。
ここでは大体常時10台程のフォークリフトが稼働しており、それぞれに違う役割がある。毎日違う役割を担当することが多いので飽きることはない……。いや白状しよう。実はもう飽きている。ただ生活のために惰性で仕事をしているに過ぎないのだ。
僕の仕事は簡単に言うと荷物を庫内で仕分ける仕事。トラックが運んできた積み荷を仕分けてまた違うトラックに載せることを繰り返している。とはいえこんな仕事でも決して馬鹿にはできない。大型スーパーや小さな町の個人店にまで僕らの仕事は影響を与えるのだから。
こういう物流の仕事は大昔からある。たくさんの人々の生活を支える大切な仕事で、今後は働き手が人間ではなくロボットになるかもしれないが、おそらく無くなることはないだろう。
でも僕がやらなくてもいい。僕ではない別の誰かでも出来る仕事だし、全くそれで問題ないのだ。少し悲しい気もするが事実だと思う。
仕事に飽きたのを悟った僕はなんとか自分なりに気晴らしを考えてみた。僕には長く続けている趣味がある。それは楽器演奏。エレキギターを主に弾いてきた。
ここだけの話だが19歳の頃にオリジナル曲メインのバンドを組み、インディーズレーベルと育成契約を結んでいたことがある。22歳になるまではそのバンドに夢中になっていて、でも結局辞めて大学に行くことになって今があるのだが……。
とにかく。得意としている音楽で社内の有志を集めスタジオで爆音を掻き鳴らして鬱憤を晴らそうと考えたのだが、結果としてこれはうまくいかなかった。
メンバーは集まった。というか毎年社内でコンサートをやっており、僕はあるコピーバンドにメインギタリストとして加入することが1度のリハーサルで決定した。 (そのバンド以外にも他の方々のサポートとして数曲弾くことにもなった)
僕が加入するとバンドのレベルは飛躍的に向上した。結果コンサートは盛り上がったし、僕は皆からスーパーギタリストだと絶賛の嵐。社内で顔が広まり仕事もやりやすくなった。そういう自分を取り巻く環境の好転とは反対に、なぜか心がすーっと冷めていくのを僕は感じていた。
僕は音楽が好きだ。17歳の頃、高校生活がつまらなくていつも空ばかり見上げていた。そんなある日、同じ陸上部の友達から薦められた「ニルバーナ」というバンドが僕の人生を見事なまでに破壊してくれた。
聴いた3日後には母にせがんでギターを買ってもらい、急に煙草を吸い始め最終的には高校を辞めてしまうのだから。
ギターを一日中弾いて何をしていたかというと、最初はコピーばかりしていた。それこそ先のニルバーナだとかジミヘンなどだ。だが若い僕はギターの最大の魅力に次第に気付いてしまった。
それが何かは人それぞれだとは思うが、僕にとってギターとは今まで聴いたことのないフレーズを創れるという、とてつもない可能性に満ちたマシーンだということだった。もちろんコピーをすることで過去にも行けることから、時空を超えるタイムマシーンに近い存在のように感じていたのかもしれない。
そして自分の奥底に眠る感情を暴く要素もギターには確かにあったように思う。それがフレーズや音に現れるのがとても面白くて、自己表現を言葉でうまく表せなかった僕には最高のパートナーになった。
反抗期には物や人に当たって怒鳴るとか喚くとか壊すだとか、そのくらいでしかフラストレーションを表せなかったのだが、ギターだともっと簡単に表現できるようになった。確かギターの起源はとても古くて、古代エジプト時代から存在していたみたいな記事を見掛けた記憶があるが、それもさもありなんといったところか。
さてここで改めて言うが僕は音楽、とくにギターが好きだ。大好きだ。人生の情熱のすべてを注いできた。だからだろう。音楽を趣味でやることがどうしても出来なかった。つまり会社の同僚たちの音楽と向き合う姿勢に我慢がならなかった。それが冷めた一番の原因だと思う。
人が物事に精通するのに1万時間はかかるという法則の話を聞いたことがある。僕が今まで音楽に費やした時間はその数倍を超えるはずだ。
まあ嫌だったことを挙げても所詮過ぎたこと。だがスタジオに来てから初めて音源を聴いて練習を始めるメンバーがいた、とだけ書けばわかる人には僕の気持ちが伝わるはずだ。
僕は、僕にしか出来ない音楽を創りたかった。究極の理想は、仮に誰かの曲を全く同じギターで全く同じサウンドで全く同じフレーズを弾いても僕だとわかる。そういうギタリストになるのが僕の若い頃の夢だった。
そのためならいつ死んでもよかったし、ありふれた普通の幸せなど逆に欲しくなどなかった。そんな僕が、音楽を軽く考えている人たちとバンドを組むのは、例え趣味のコピーバンドといえど困難だった。
というわけで今現在はバンド活動は休んでいる。来年の社内コンサートには演者としては出る意思はないとコンサート終了後の楽しい打ち上げの最中に言い放ち、場を大いに盛り下げることに成功したばかりだ。
更にだ。最近では些細なことで先輩や後輩を突然怒鳴り散らすことも増えている。僕は35歳。職業を転々としたと先に書いた。だからわかることもある。
末期だ。末期症状が出始めているのだ。僕の周囲に集まった人々は少しずつ離れだしていた。
思えば僕は昔からこうだった。人の心を掴むのは得意なのだが、それを継続することが出来ない。いつだって自ら壊して関係を終わらせてしまう。
といった具合に最近の僕はすべての物事に飽きていた。うんざりして何をするのも億劫になっていたのだ。
こんなとき、とても頼りになる彼に相談しようと思った僕は、早速彼にLINEを入れた。ちょっと相談したいことがあるから飲みに行かないかと。