第6話 ブライトネス.1
ゆっくりと二体の怪物が近づいてくる。ヒナミは泣きじゃくっている。目の前の死からは逃れられないーーーそんな思念が2人の心にくすぶっている。けれど同時に、死にたくない、生きたいという思いも心の中にまだあった。絶望と恐怖、そして叶わない願い。それが2人の心の中にあるものだった。このような状況なら誰しもが焦り、冷静でいられるはずがない。だが、アオイは違った。先ほどまであった負の感情はいつのまにか頭から消え去っていた。今は恐怖や絶望は微塵も感じない。彼の中に感情はない。ただ、出来事を客観視し、冷静に分析する。そうやって今、この怪物からどのようにの生き延びるかだけを頭は思索し始める。自分でもアオイは不思議に思った。頭の回転はいつもの何倍も研ぎ澄まされている感覚だった。
ウゥオォォオーーー!!
グァギィアァァアーーー!!
怪物は天に向かって叫んだ。ふたつの咆哮が轟き、混ざり合って不協和音を奏でた。二体の怪物は2人を食いたくて食いたくて待ちきれなくなったようだ。そいつらは走り出し、ぐんぐん距離が縮まる。あっという間に目の前まできた。ヒナミの泣き声は次第に大きくなり、崩れ落ちた。もう無理だと思ったのだろう。そんな彼女の隣でも、アオイの思考は止まらなかった。そして、彼の脳は一つの答えを導き出すと、次の動作を体に落とし込み、周りのいらない情報を全てカットし始めた。目に見える景色全てがスローに見え、モノクロになっていく。鼓膜を震わせる音ーーー怪物の走音、ヒナミの泣き声ーーーその全てのボリュームも徐々に小さくなる。アオイは静かにヒナミを抱き抱えた。怪物は腕を振り上げた。その爪は人なぞ簡単に貫いてしまうような巨大で鋭利なものである。それでもアオイの頭には恐怖や絶望が再び現れることはなかった。ヒナミを抱いたまま、アオイは膝を曲げて、足に力を溜めた。体の感覚はいつもと異なり、軽く、何倍もの力が使えそうな感覚だった。今の自分ならなんでもできるーーーそんな感覚さえあった。そして、次第にみなぎる力とは対照的に、今度は思考や意識までが消えていく。それらまでもが不要と判断したのだろう。そんなこともつゆ知らず、食らうことしか頭にない怪物の巨大な二本の腕が振り下ろされた。二体の動きはシンクロしていた。急速に2人に死が迫る。アオイはためらうことなく足に蓄えられた力を解放した。
ガガンッ!!!
地面を二つの鋭利な爪が砕く。同時に周りの瓦礫も。砂埃が舞う。その衝撃は強風となってあたりに吹き付けた。けれど、そこにはアオイとヒナミの姿はなかった。