表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Day Break Frontline  作者: 白宮 える
re:0 序章
1/20

プロローグ.1

 

  パキパキと音を立てて炎が揺らめく。元は家や電柱など、日常に溢れる建物だったものを燃やしながら。ところどころ、何かは見分けがつかない生物片も燃やしている。辺り一面をオレンジ色が包み、焦げ臭いにおいが辺りを覆う。もくもくと立ち上った黒煙は空一面に放たれ、真夜中ではないかと思うくらいの暗黒を作った。ここは元は住宅街であった。今は夕暮れ時。いつもは帰宅時間で人は賑わい、心を打つほど美しい夕焼けのオレンジが辺りを染めるはずである。だが、今日だけは恐怖や戸惑い、絶望を感じる黒色であった。


  火災からなんとか逃れた人々は、絶望を顔に浮かべながら、なんとか歩いていく。時折聞こえる轟音と、それとともに起こる地響きに恐怖を抱きながら。緊急に設けられた避難所が近くにある、そう聞いた人々は小さな希望を抱き、それを目指して歩いているのであった。でも、それはほんの僅か。ほとんどの人は亡くなった家族、友人、恋人など、大切な人との別れを受け入れられていない。魂の抜け殻を探してみたり、泣きじゃくって現実を否定してみたりと前を向けずにいる。突然すぎる別れは、容易に人の精神を崩壊させる。

 


 小さな少年がいた。6歳ほどの。彼は泣くこともせず、ただ虚ろな目で、避難所へと続く人の流れにそってあるいている。それでも前を向かないよりはマシかもしれないが。

 

 どれくらい歩いたのだろうか。足の感覚はとうの昔になくなっていた。それでも歩き続けることしか、彼にはできなかった。父さんや母さんがどうなったか、記憶はおぼろげだ。一瞬の出来事で、頭がパニックになっていたからだ。


「振り返らず走れ!! 父さんたちは大丈夫だ!!!」


 炎に包まれた家の中で、そう父が叫び、突き動かされるように少年は家を飛び出た。言われた通り、一度も振り返らずにここまできた。本当は寂しい思いもあったけれど。




「もう、、あいつらこねぇよなぁ、、」


「大丈夫だろ、、」


 そんな大人たちの、請い願うようなヒソヒソ話を耳にする。少年もそうであってほしい、虚ろな意識の中、そう思っていたーーーが、


 グゥヴァァアーーーーー!!!!!


 地面を揺らし、体を揺さぶるような咆哮が轟いた。恐怖を煽り、そして絶望を誘う轟音。猛獣のような猛りと金属がこすれあうような音。間違いなく、この惨状をもたらした奴だった。


「うわぁぁあー!!! 早く逃げろぉおーーーー!!!!!」


 周りの大人たちは恐怖と絶望をぶら下げた顔でそう叫び、避難所に向けて必死に走り出した。少年も例外ではなかった。虚ろだった意識がはっきりとした。咆哮が聞こえた瞬間、悪寒が走り、体全体がその音源から離れろと警鐘を鳴らしているのがわかった。戸惑い、絶望、恐怖、全ての負の感情が頭を飲み込み、体を覆っていく、その感覚がはっきりとわかった気がした。今にもブッ壊れそうな足を懸命に動かして、走り出した。




「もうすぐ避難所だー!!! これで助かるぞぉーーー!!!!!」


 誰かが大声でそう叫んだのを聞いて、少年は意識を少しだけ現実に戻した。避難所はこの先の丘の上にある、小学校の体育館だ。大声を聞いた多くの人々が安堵を感じた。が、


 ググ、、ベキべキッゴゴゴーーーーーッ



 今度は叫び声ではなく、何か大きな建物が潰れ、崩れる音が聞こえた。人々は足を止め、避難所の、小学校の体育館を見上げた。しかし、それはもはや、体育館の原型をとどめていなかった。屋根は崩れ落ち、支えていた柱はぐにゃりと折れ曲がっていた。窓や壁は砕けている。そして、、なによりも、、、体育館の上には”アイツ”がいる。体育館よりも巨大な体には4本の手足が生えている怪物。そいつはまるで蜘蛛のように4本の足を器用に使って体育館を潰していた。その動きには生物のようなしなやかさや滑らかさがある。けれど、体の表面はツルツルとしていて、金属のような光沢がみえる。体は細く、手足は長い。体のほとんどは紫色で覆われており、黒のラインが何本か入っている。生物と金属、絶対に交わらないはずの2つが見事に調和し、新たな生物となっているようだった。また、白い面のようなものが顔を覆っている。そいつは、体育館を潰し終わった前足2本で白の面の口当たりをかきむしっていた。やがて、邪魔になったのか、


 バキッバキバキッ!!


 と、器用に口の部分だけ、白の骨のような面をへし折り、壊した。そして、耳まで裂けているかのように巨大で、そして、鋭い牙を持った口が現れた。だらだらとヨダレを垂らし低く唸り声を上げている。腹を空かしているみたいだった。そいつは次に、近くの校舎の屋上に、4本の腕を器用に使ってよじ登った。そして、長い右の前足で、先ほど潰した体育館のガレキの中を探った。そして、ピタッと動きが止まった、かと思うと、少し唸り声をあげて口を大きく開けた。少しばかり、嬉しそうに見えた。右腕をゆっくりと体に近づける。その腕の中には、時折動くものーーー避難所にいたであろう人々の姿があった。5、6人はいるだろうか。うごうごと手の中で蠢く人々をそいつは軽く力を入れて握り潰した。とたんに、捕まった人々の動きは止まった。そして、ゆっくり口にそれを運び、口を閉じた。グシャッと、生々しくそして不快な音がして、赤の液体が飛びっちった。同時にいくらかの肉片も。


 ヴァァアーーーー!!!!!


 鳴き声をあげた。幸福の叫びなのかもしれない。そいつらに感情はない。あるのは喰らいたいという欲望だけ。ちょうど人間が牛や豚、鳥の肉を食うような感覚だ。



 避難所に向かっていた人々はそんな光景を目の当たりにして、足が止まった。呆然と立ち尽くした。今まで思っていた小さな希望が完全に打ち砕かれた。


「うぅーー!」


 女性を中心に、グロテスクな描写に慣れていない人々が次々に嘔吐した。少年も吐きそうになって口を押さえた。へたり込んだ人もいた。希望という糸が切れたのだ。そして、絶望や恐怖は、休む間もなくやってくる。

  幸福感に浸っていたソイツが、こちらを向いた。仮面の下の目がこっちを見ている。赤く煌めく目が。人々は感づいた。今度は俺らが、、、。さらなる恐怖が人々を飲み込む。頭がおかしくなりそうなほどだ。少年は一層の吐き気を催した。口を手で押さえ、苦しさで目を一瞬キュッと閉じた。なんとか我慢して再び目を開けた。だが、校舎の上ににそいつはいなかった。冷や汗が背中をつたった。目を高速で左右に動かす。しかし、見当たらない。心臓の鼓動が早くなる。恐怖と焦りが心の中で渦巻いた。


「うわぁー!! くるぞぉー!!」


 周りの人々は空の上を見てそう叫んでいた。少年も今度は目を上に動かした。すると、そいつがいた。あの怪物が。跳躍していたのだ。宙を舞い、ものすごい勢いでこちらに向かってくる。見た目からは想像のできないような運動神経である。口を大きく開き、ヨダレ垂らしている。また食えると言う喜びを感じているみたいだ。体は動かない、いや、動かせないといったほうが正しいのかもしれない。咄嗟のことに反応できなかった。周りの景色がスローに見える。死の直前によくあるやつだ。逃げなきゃーーー頭ではわかっていても足も手も体も言うことを聞かない。

 死んだーーー幼いながらもそう感づいて、目を閉じた。が、


 キュィイーーーンッ


 ドゴォォーーーー!!!!!


 聞いたことも無いような轟音と爆風で土煙が舞い、強風が吹きつけてきた。耐え切れず、少年は腕で顔を覆った。吹き飛ばされそうだったが何とか踏ん張った。風と煙が少しおさまってから、少年はゆっくりと目を開けた。宙を舞っていたそいつは地面に叩きつけられていた。落下したそいつの横腹付近には、何か大砲のようなものが当たった跡があり、凹み、煙が登っていた。


 グァルルルゥーッ


 悔しそうに、そして、苦しそうにそいつは呻いた。けれど、そいつの目は彼らを睨み、まだ食おうとしていた。再び、恐怖が包む。涙が目から溢れ、足が震える。もうこんな恐怖には耐えられそうもなかった。

 喰われる、、、ーーーそう少年が思った時、


「あれ、、なに、、?」


 先ほど嘔吐していた女性が空を指差し、呟いた。みんな虚ろな目でその方向を見る。もちろん少年も。遠くから空を飛ぶ何かが近づいて来ている。青く輝くなにかが。


 高速で迫ってくるその光は、バッと5つの輝きに分かれた。そして旋回し、化け物の周りを囲む。5つの光からは時折銃弾のようなものが発射される。それが怪物にあたり、そいつは苦しそうなうめき声をあげた。青光をよく見れば、人がボードのようなものに乗っている。化け物と戦っているようだ。化け物は必死に手足をぶん回して抵抗するが、光には当たらない。そして、その内の1つの輝きが彼らの前に高速で迫ってきて、背を向けるように旋回した。ブワァっと土煙が舞い、青い光が輝く。その土埃と眩しさに全員目を細めた。宙に浮いているのは正真正銘の人だ。そしてーーー


「もう大丈夫だ。俺たちがきた。さあ、下がって!!」


 透き通る力強い声が響いた。その声は彼らの目前の絶望や恐怖を打ち払うようなものであった。その後ろすがたを、夕暮れ時の太陽が照らす。いつのまにか、空を覆う黒色の煙は消えていた。今は美しいオレンジ色が辺り一面を包み込んでくれている。太陽が照らすのは、金髪で白いコートのようなものを着た青年である。少年は土埃が舞うなかで、その光景を目に焼き付けていた。風が吹き、少年や、その場にいた人々を優しく撫でた。

 青年のコートが揺れた。背中にある黄金のバラが、太陽に照らされなによりも美しかった。それは神秘的で、そして、神々しい希望に他ならなかった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ