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天使のたまごちゃん

作者: 田沢みん



空の上のもっと向こう、 雲より高いその場所で、 天使のたまごちゃん達が、 地上を(のぞ)き込んでいます。



『ねえ、 キミはどの家がいいと思う? 』


『ねえ、 あなたはどの人のところに行く? 』


『どうする? 』


『どうしよう? 』





ピンクが言いました。


「ワタシはあの、 お花畑のある家がいいわ」


お庭いっぱいの色とりどりの花が、 ゆらゆら揺れて、 笑ってる。 花に()かれた虫たちが、 ブンブンひらひら舞っている。


それにほら見て、 花瓶(かびん)に花をさしてるあの人のふんわり柔らかそうな手。あの手で頭を()でられたら、 きっと花の香りがするんだわ。

素敵だと思わない?



ああ、 素敵だね。


まあ、 素敵だわ。


うん、 いいね。


それは素晴らしい。




キイロが言いました。


「ボクはあの、 黄金(おうごん)に輝く宮殿がいいな」


壁も天井も金ピカで、 (まぶ)しいくらいキラキラ輝いているよ。


それにほら見て、 2人とも黄金の宝石を身につけて、 黄金のイスに座っている。 あそこで金色のゆりかごに揺られて、 金色のうちわであおがれたら、 きっと気分がいいと思わないかい?



ああ、 気分がいいね。


まあ、 気分がいいわ。


うん、 いいね。


それは素晴らしい。




アカが言いました。


「ボクはあの、 パン屋さんに行きたいな」


店中が美味しそうな小麦の香りで(あふ)れているよ。

店には毎日お客さんが来て、 笑顔でお喋りしていくんだ。


それにほら見て、 テーブルには食べきれないほど沢山のパンが並んでる。 ボクは毎日その中からお気に入りの1つを選ぶんだ。

楽しそうだろ?



ああ、 楽しいね。


まあ、 楽しいわ。


うん、 いいね。


それは素晴らしい。




アオが言いました。


「ワタシはあの、 小鳥を飼っている家がいいわ」


鳥籠(とりかご)の中にいるのはピイピイさえずる青い鳥。 綺麗な小鳥の鳴き声で、 家じゅう明るく華やいでいる。


それにほら見て、 小鳥のさえずりに合わせて歌っているあの人の澄んだ声を。 あの人の子守唄で眠って、 あの人の歌声で目が覚めたら、 毎日シアワセな気分になれると思わない?



ああ、 シアワセだね。


まあ、 シアワセだわ。


うん、 いいね。


それは素晴らしい。





「ところでシロ、 キミはどの家がいいんだい? 」


「シロはどの人のところに行きたいの? 」


さっきからずっと黙って地上を覗き込んでいたシロに、 みんなが聞きました。



「そうだな、 ボクは…… 」



シロは地上をグルッと見渡して、 ある一軒の家を指さしました。


「ボクは、 あそこがいいな」



シロが指さしたその家を見て、 みんなは顔を見合わせました。



ああ、あそこは…… どうだろう。


まあ、 あそこは…… どうかしら。


うん、 ちょっと……。


それはどうだろう。




それは、 町のはずれの森の中にある、 小さくて古びた、 みすぼらしい木の家でした。


そこには木こりの夫婦が住んでいて、 夫が山で切った木を(まき)にして売りさばいては生計を立てていました。



硬い木のベッドに横になった妻がシクシクと泣いています。


「ああ、 今日も私は何も出来なかったわ。 あなたが山で働いている間も、 私はここで休んでばかり」



妻は身体が弱く、 1日のほとんどをベッドの上で過ごしていました。


たまに気分が良いと、 夫に手を引かれて森の中の散歩に行き、 またベッドで横になって休む…… そんな自分が情けなくて、 悲しくて、 妻はシクシク泣いているのです。



「何をそんなに悲しんでいるんだい? 」

「あなたのために何もできない自分が悲しいの」


「何を悲しむことがあるものか、 君は今日もここにいる。 それだけで十分じゃないか」



「綺麗な花を家いっぱいに飾ることも出来ないし」

「これからは俺が帰り道で毎日花を摘んでこよう」



「お日様の光をたっぷり浴びたポカポカのシーツで眠らせてあげられないわ」

「2人でいればあたたかい」



「美味しいパンを焼いてあげることも出来ないし」

「今度街に出たら、 とびきり美味しいパンを焼く店を見つけるさ」



「綺麗な歌声であなたを元気づけることも出来ない」


ゴホゴホと咳をしながら妻が言うと、 夫はその()せ細った背中を大きな手で()でながら、 優しく言うのです。


「耳をすませてごらん。 風が森の木の葉を揺らす音や、 小川のせせらぎが聞こえるだろう? それにほら、 小鳥のさえずりだって聞こえてくるじゃないか。 君が声を張り上げて歌う必要などあるものか」



「ああ、 だけど、 あなたは私のことを気にして遠くの街まで薪を売りに行けないでしょう? 私の身に何かあったらと心配して、 必ずその日のうちに帰ってくるでしょう? そのせいで十分稼ぐことも出来なくて、 生まれてくる子どもにも贅沢をさせてあげられない。私はそれが心苦しいのです」


「心苦しく思う必要などあるものか。 お金など、 その日に食べるものを買えるだけあれば、 こと足りる。 それに何より、 遠くに行かなければ、 それだけ早く家に帰って来れるのだ。 早く帰れば帰るほど、 お前と生まれてくる子供の顔をたくさん見ることが出来る。 こんなにシアワセなことは他にない」



「ああ、 あなた。 私は世界一のシアワセものですね」


「ああ、 そして俺は、 世界一シアワセな妻を持った、 世界一のシアワセものだ」




2人の会話を聞いていたシロが、 みんなを振り返って言いました。



「ボクはあの、 木こりの夫婦の家に行きたいな」


風が木の葉を揺らす音と、 小川のせせらぎと、小鳥のさえずりに囲まれているよ。


父親が毎日花を摘んで帰ってきて、 街に出かけた日には美味しいパンを買って、 急いで帰ってくる。

そして夜には3人で寄り添って眠るんだ。



それにほら、 見てごらん? あの父親の(たくま)しい腕を。 あの腕で抱き上げられたら、きっと安心出来るだろう?


ああ、 安心だね。


まあ、 安心だわ。


うん、 いいね。


それは素晴らしい。



それにほら、 見てごらん? あの母親の美しい涙を。


ボクが転んだとするだろう?

そしたらきっとあの人は、「かわいそう」だと言って、 大粒の涙をポロポロ流すんだ。


ボクが自分で立ち上がるとするだろう?

そしたらきっとあの人は、「よくやった」と()めながら、 あの痩せ細った手でボクの頭を撫でて、 またポロポロと泣くんだ。


あの綺麗なキラキラした涙を、 ボクのために流してくれるんだ。 ねえ、 素敵だろう?



みんなは顔を見合わせたあと……

パアッと顔を明るくして言いました。



それは…… とっても素敵だね。


それはとっても気分がいいわ。


うん、 とってもシアワセそうだね。


それはとっても素晴らしい!




たまごちゃん達がクスクス笑っていると、 女神さまがやって来て言いました。



「さあみんな、 自分の行き先は決まりましたか? 」


「「「 はい、 女神さま! 」」」



女神さまはみんなの顔を見て言います。


「いよいよ旅立ちの時がやって来ました。その前に、 いくつか大切な話をしておきましょう」



「今から地上に降り立った瞬間に、 ここでのあなたたちの記憶は全て消えてしまいます。


その代わりに、 あなたたちそれぞれの記憶を固めて、 『(いと)しい』という光のかたまりにしました。

それを今からあなたたちに与えます」



「「『 愛しい? 』」」


たまごちゃん達が不思議そうに首をかしげました。



「ええ、 『愛しい』は地上で生きていくために必ず必要なものです。 あなたたちの記憶が消えたあとも、 胸の奥に『愛しい』だけは残ります。


良いですか、 このさき地上で困難なことがあったとき、 辛いことがあったときに、 胸の奥の『愛しい』を思い出しなさい。 きっとその『愛しい』が、 あなたたちを希望の光へと導いてくれるでしょう」



「「「 はい、 女神さま! 」」」



「あなたたちは、 記憶と同時に言葉も失います。 言葉は地上であなた達が選んだ人から学び、 与えられていきます。 だからあなたたちは、 言葉を与えられるまでは、 残された声で、 その表情で、 全身で、 必死に『愛しい』を伝えなくてはなりません。


あなたたちが一生懸命に『愛しい』を伝えれば、 きっと相手もあなたたちに『愛しい』を返してくれます。 そうして『愛しい』を伝え合うことで、 人はシアワセになるのです。

分かりましたか? 」



「「「 はい、 女神さま! 」」」



「それでは時間になりました。 さあ、 みんな、 お行きなさい! 」



「「「 はい、 女神さま! 」」」



タマゴちゃん達は、 頭のカラを脱ぎ捨てると、 真っ青な空へと勢いよく飛び出して行きました。


そしてそのまま大きな雲のかたまりにポスッと飛び込んで、 すぐに姿が見えなくなりました。




「あら、 シロはまだ行かないの? ここから飛び立つのが恐ろしい? 」


みんなが飛び込んでいった雲のかたまりをじっと覗き込んでいるシロに向かって、 女神さまが言いました。



「いいえ、 恐ろしくはないです。 だけど、 とっても不安なんだ。 ボクはあの人たちが大好きだけど、 あの人たちはボクを大好きになってくれるのかしら? 」


「大丈夫ですよ。 あなたがあの人たちを望んだように、 あの人たちもあなたを望んでいるのです。 さあ、 早くあそこに行っておあげなさい。 そして、 あなたの『愛しい』を伝えるのです」



「はい、 女神さま! 」



ボク、 ワクワクドキドキしてきたよ。

あの人たちはボクを見たらなんて言うだろう?

どんな顔をするんだろう?

どんな名前をくれるんだろう?


シロは、 キラキラと目を輝かせて言いました。



「女神さま、 行ってきます! 」



シロは頭のカラをそっと外して横に置くと、 ピョンと足から飛び降りていきました。


そして雲のかたまりにポスンと入って、 そのまま姿が見えなくなりました。



辺りには、 たまごちゃん達の楽しそうな声だけが響き渡っています。



素敵だね。

素敵だわ。


楽しみだね。

楽しみだわ。



待っててね。

待ってたよ。


今行くね。

今行くよ。



クスクス……


フフフ……


ハハハ……



そしてその声も、 やがて空に溶けて、 聞こえなくなりました。




「さあ、 次のたまごちゃん達、 いらっしゃい! 」



「「「 はい、 女神さま! 」」」




空の上のもっと向こう、 雲より高いその場所で、 今日も天使のたまごちゃん達が、 今か今かと地上を覗き込んで、 素敵な出会いを待っているのです。



おわり


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