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91話 過去6

 セレスは壁を背にして座り込んでいた。手には手錠がはまり身動きが取れなかった。破壊することもできたが、今は大人しく従ったふりをして隙を伺っていた。


 傭兵らしき男たちが3人が周囲に目を光らせ、そして黒衣の魔術師が何やら魔方陣を刻むんでいた。傭兵だけなら問題なく制圧できる、フルオートの小銃は最新式だが当たりはしないし、気功でも魔術でも防ぐことができた。


 だが魔術師の男からは作業中でありながら常にかなりの威圧、圧迫感がある。彼が傀儡であることは分かっていた。だからこれはその奥に潜む秘められた力に気圧されているということなのだろう。セレスは自らを決して弱いとは思っていないが、どうにも実力が違い過ぎた。


 そして子供たちの安否が気になり心が浮ついていた。格上を相手にして、動揺していてはいけない。深く深呼吸して心を静めた。


「まだ終わらないのか?」


 魔術師に問いかけた武装した男の言葉には苛立ちが混じっていた。眼帯をつけた隻眼の男だ、一番腕が立ちそうな傭兵だ。焦れているのはセレスだけではなかったのだ。彼らとてまたそのようだった。明らかにこの行いは愚行であるのだから当然だ。


「まだもう少しかかる。目的の場所はかなり遠方だ。扉を開くのには繊細な術式が必要だ」


 ──扉? 何のことだろうとセレスは魔術式を眺める。即座に理解した、これは時空間の操作する魔術、転移魔術だ。


「安心しろ。外からの視線は誤魔化してある。定時連絡のある30分後まではゆっくりしても問題ない。もっとも座標がずれた場所に転移してもいいというのなら、すぐに繋げられるがな」


「分かった分かった。ゆっくりやってくれ」

 

 隻眼の男はため息をついてそう言った。


 なるほど、と理解が及んだ。彼らの奥の手が転移魔術なのだろう。それを担保にこの襲撃を行ったのだ。しかし遠隔の人形では使える力も制限されているはずだ。パラディソスの勢力圏から出るほどの転移を行うとなれば、おそらく運べてセレス1人が限界のはずだ。術者はここにはいないため、それで何の問題ない。きっと傭兵らしき彼らなど時間稼ぎの道具としか思っていないのだ。


「はやくとんずらしたいぜ。さすがに軍を相手にはできないからな」


「まさか俺たちが手品みたいに消え去るなんて思っちゃいないだろうな」


「俺らも実際見るまでは信じられなかったしな」


 男たちの口調には笑いすら交じっていた。そんなわずかに出てきた余裕と弛緩した空気を消し去ったのは、魔術師の男の発言だった。


「無駄口はいい。警戒を緩めるな」


「了解だ。ボス」


 会話がなくなり空間に静寂が訪れた。客たちも息を殺したように静まり返り、息遣いの音が奇妙に大きく反響していた。心臓の鼓動が聞こえそうな痛いぐらいの静けさが舞い降りている。


 プルルルル! そんな空間に突如としてけたたましいコール音が鳴り渡った。驚いてセレスは肩を震わせる。


 ──この音は……。


「電話?」


 電話の音はスタッフルームのほうから聞こえてきていた。サングラスの男は少し考えて指示を出した。

 

「……念のため様子を見て来い」


 指示を受けて2人の男たちが向かっていった。セレスは口惜しさを感じながらそれを見送る。もしや子供たちが何か動いたのではないかと、そう危惧していた。


 そんなセレスの様子を魔術師は目ざとく見つけた。


「何か心配そうだな」


「……別に」


 子供たちが傷つくぐらいならばこの男に従ったほうがましだった。どうせ立場的には今とさして変わることはないだろう。持つ力をいいように利用される、それだけのことだった。


(無茶はしちゃ駄目だよ。お願いだから)


 セレスはどこにいるとも知れぬ神に祈った。




 武装した男たちは迅速に行動を開始した。スタッフルームにはコール音が鳴り響く。音がするほうには半開きになった扉があった。男たちは警戒しつつ足を進める。進むにしたがって音が大きく聞こえてくる。


 彼らに油断はないかった。一人が風魔術で中の索敵を行い、ジェスチャーで警戒すべきポイントを伝える。人間らしき影が一つあると。そしてアイコンタクトを交わしてタイミングをはかると、死角をカバーし合って一気に扉の中に踏み込んだ。


 素早く室内を索敵し終えて、男たちは拍子抜けする。コール音が鳴り続ける電話、そして人影らしき場所にいたのは。


「なんだよ」


 ぽつりと呟いた。ポールハンガーに服がかけられいた。ファミレスの制服だろう、ズボンと帽子も合わせて人がいるように感知しただけだったのだ。近づいて銃先で小突くと簡単にそれは地面に転がった。


 警戒し過ぎだったと馬鹿らしく思い、軽く笑い合う。


 そんな思考の停滞のあと、それが囮であることに考えが及ぶ寸前。背後から襲い掛かった影があった。




「ロイス。どうだ」


「二人来るよ」


「いい展開だな」


 召喚魔獣の索敵範囲外に出たところでロイスが研究所に連絡を入れ、そこからファミレスの電話を鳴らしてもらっていた。敵の戦力が多すぎたため、その分段を狙ったのだ──馬鹿な真似はするなと電話口のロイスはこっぴどく怒られていたが──上手く二人の男がつり出されてきていた。


 俺とロイスで対応できる限界の数であり、理想的な展開だった。ただ確実に一人を無力化しなくてはならない。それも静かに。


 大人と子供の戦いだ。虚をつく必要があった。そこで用意したの囮用のかかしだ。あまりに不自然ではすぐに陽動だと看過される。さりげなく、魔術の探知に引っかかる程度に人間に寄せる必要があったが上手くことは運んだ。


 入ってきた男たちはかかしに目を奪われていた。わずかな時間でも動きを鈍らせてくれればそれで十分だった。


 俺とロイスは通気口から男たちの背後に降り立った。


 ロイスが選択したのは得意だという風系統の攻撃魔術だった。掌の中で高圧に圧縮された空気の塊が発射される。それは男の後頭部に直撃し、見事に一人を無力化した。


 わずかに遅れて俺がしかける。さすがに敵もさるもの即座に反応して俺のほうを向いた。だが焦りはない、その動きを想定して狙っていた。心臓がある左胸付近に拳をぶち当て、同時にマナを撃ち込んだ。一点突破を狙って収束したマナの打撃は体内にまで浸透し、男の身体を揺るがした。彼はそのまま仰向けに後ろに倒れていった。わずか一撃にて昏倒させたのだった。


 はじめて振るった力の効果に喜ぶ暇もなかった。


「く」


 眩暈に襲われて手を地面につく。頬を伝った汗を拭う。たったこれだけの動きで息が上がっていた。思ったよりも消耗が大きい。気功の技は使えてあと1度か2度だろう。それまでに何としても片を付けなければならなかった。


「大丈夫かい」


「ああ」


 歯を食いしばって立ち上がる。

 

「セレス。待ってろ」


 休んでなどいられない。恩人である彼女を助けることができるならば。どんな犠牲を払っても構わなかった。




 

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