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7話 魔王のギフト

 四方を石壁で覆われた埃臭い部屋を隅々まで物色する。意外と綺麗好きだったのか整然とものが並んでいた。大きな樽がいくつかと麻袋、それと姿見とベッドがあった。この部屋だけは掃除でもされているように不自然に綺麗なままだった。


「やった。お金だ」


 複数の麻袋の中には黄金色と白銀色に輝く硬貨が山盛りになっていた。


「結構、貯めこんでるな」


 監獄世界でも貨幣は流通していると教本で見たことがあった。ただし本国のようにお札を発行する能力はなく、昔ながらの鋳造貨幣が使われている。監獄都市では使用されていなかったので正確な価値は知る由もない。


「食べ物は」


 すっかり埃をかぶった樽には貯蔵用の塩漬けの食料や瓶詰の干し肉類が──魔法的に保存されているのか意外と腐敗していない。そしてワインが残されていた。他にも一振りの剣が置いてあった。手に取っただけで分かる、間違いなく業物だ。傍らにはナイフ類など。


「意外と親切なやつだ」


 俺を苦しめるつもりならば無一文で放り出すと思ったのだが。


 だが少し考えれば当たり前のことだ。残虐王がこと切れるまで自分の身体であるのだ、もし魂が修復し主導権争いに勝つかもしれない。そんな可能性がある以上は全てを放り出すことはできやしない。困るのは自分だからだ。


 歴史上最強と言われるほど強力な魔術士であった残虐王の身体は前の病弱なものとは全く違う、ありとあらゆる魔術儀式で強化した肉体は力に満ち溢れていた。


 冬眠状態にあった身体は弱ってはいるが、それでも若々しく力強い肉体だった。これほどの力があれば己に酔ってしまうのも理解はできた。だが力を持つ者がどうそれを使うかによって、その者の資質は明らかになるのだ。


 今までいた部屋は隠し扉になり、さらに残虐王の呪術で守られていたようだ。隠し扉にまじないの図形が書かれていた。そのおかげで無事だったのだ。しかし館の内部は手入れされておらず、蜘蛛の巣が張り埃が積もり、荒れ果てていた。椅子の腐って足が折れて転がり、砕けた食器が散乱している。泥棒にでも入られたのだろう。


 さてどうするかとわずかに迷い。


「掃除でもするか」


 少し辺りを散策した限りでは、人里離れた森の中に建てられた館であるようだった。だが弱った身体でそれ以上、外を出歩く気にはなれずに引き返した。弱っている時は全ての感覚がぶれる。生きながらえた命を大切につながなくてはならない。


 俺は絶対に生き延びるのだ。




 それから半日ほど軽い掃除や休息に対やし、午後になって家の外を散策して過ごした。俺がいる家は小さな館というぐらいの大きで、周囲を緑色の林に取り囲まれた場所にあった。家の裏手には古びた井戸さえある。水源が近くにあるのかもしれない。


 ここはいったい監獄世界のどのあたりなのだろうかと不思議に思う。本来監獄世界に送られる囚人は監獄都市の内部で厳しく管理されている。そこから一歩でも外の世界は魔帝と名乗る大犯罪者が暴虐を振るい、野蛮な先住民や恐ろしい怪物が跋扈しているとの話しか聞いていなかった。


 だが俺が見た光景は違った。

 緑に満ち溢れ、生き物の鳴き声が世界を賑わせていた。


 雑木林の中に足を進める。視線は上を向いたままだが、方向を見失わないようにいくつか木に目印を付けておく。とある一点で目を止める。木の枝には果実がなっていた。それを鳥がくちばしで突いている。


 足下の石を拾う。小鳥が食べていたものと同じ種類の果実に狙いを定めて投擲する。びゅっと風を切り裂いて飛んだ石は見事に果実を地面に落とした。


 さて問題は食べられるかどうかだ。おそらく大丈夫なはずではある。だがあの鳥が毒に耐性がある場合も考えられる。掌の果実を眺めて、ふむと唸る。


 無心で眺めていると、ぼうと果実が薄緑色の靄に包まれた。これはまさか……。


「ギフトか」


 この世には精霊が存在する……と信じられている。というか事実だ。


 数百年前までは道行けば小さな精霊に遭遇し、神々のような力を持った個体も各地には存在したという。しかし彼らは時代とともに徐々に姿を消し始めた。詩にも歌われる戦いの神や幸運の神、それらは今では存在したとだけ言われる馴染みの薄い存在になっていた。


 今ではその姿を実際に見た者はいないとか、俺は見たとか、真偽の定かでない証言もあるが少なくとも世界各地にはそのような根強い信仰があった。


 現存する生き物で精霊にもっとも近いのが亜人たちである。我々はみなその精霊様の恩寵を体に宿しているわけである。それによってギフトと言われる特殊な技能を持ち魔術を使用することになる。おそらく今のは危険物を探知する系統か、毒の有無を見分けるタイプだと思えた。


 小鳥に齧られていない果実には紅い靄がまとわりついている。

 おそらくそういうことだろう。

 手の中の一口だけ口に含む。少し酸味が強いが十分に甘かった。

 どうやら食べられないことはなさそうだった。


 ガサガサ。


 意識が即座に物音の主を捉える。木陰から背の高い草むらをかき分けて狼が現れた。本国パラディソスではもうほとんど絶滅し尽くした魔物という存在だ。

 

 さすがは監獄世界といったところか。


 驚きはなかった。俺の鋭敏な戦士としての感覚が魔物の気配を捉える、そのわずか前にその存在を認識することができていた。これは危難察知のギフトによるものか。


「まいったな。今は戦いたくないんだが」


 仕方ないかと気力を体中に巡らせる。

 見ただけでたいした相手でもないことが分かったからだ。


 すると魔物は身体を硬直させて怯えたように座り込んだ。


 なんだなんだとしばらく見つめあったまま対峙して。どうにも異変を感じた俺は警戒しつつそいつに近づく、やはり魔物はそれでも動かない。そろと手を伸ばして狼の頭をなでる。


 絶対の支配者に相対しているとでもいうようにされるがままだ。


「さすが世界最強の魔術師の肉体だ」


 圧倒的な格下にしか通用しないものだが威圧系の恩寵、ギフトでも発動したのだろう。もしくは非常に珍しい波長の合う魔物を「テイムする」懐かせるギフトか。残虐王が魔獣を操っていたことはある、十分に可能性はあることだった。

 

 ため息の一つもつきたくもなる。

 なんとも元の身体とのスペック差が酷かった。


 残虐王の持つギフトの種類は今のところ調べようがない。本国ならばその施設があるが、こんな世界にそれがあるとも思えなかった。地道に一つずつ解析していくほかなかった。


 俺が立ち上がってその場を離れると、魔物のほうも素早く逃げ去って行った。




 目的のために邁進する必要があった。さらに体を休めた次の日のことだ。少し遠出して水辺のある場所にまでたどり着いていた。


 今の俺の力はどれほどのものなのか、それが重要だ。


 少しばかり身体を動かして剣技についてはほぼ問題ないと分かっていた。ならば次は魔術だ。かつての俺は使用できなかった。しかし今は世界最強と呼ばれた魔術師の肉体にいる。残虐王の力、それを使いこなせれば、これほど力になるものはない。


「とりあえず簡単なものからいくか」


 残虐王が親切にも残していった初級魔術教本を開く。


「ファイアーボール」


 しっかり教本を読み込むと川辺の、ある程度の高さの滝に向かって唱える。


 これなら山火事の心配もないだろう。元よりファイアーボールというのは子供の時に習うごくごく初歩の初歩の魔術だ。せいぜい焚火に火をつけるのが限度なものだ。


 魔術言語で唱えた。それに火の精霊の恩寵が応えて魔力が練り上がる。


 しかし何かおかしいなと感じ始めた。魔力──マナの流れが乱流のように体内で轟き、一向に形を成そうとはしなかった。これは明らかに魔術の制御の失敗だ。


「く」


 暴発しようとするマナをなんとか留めて照準をしっかりと滝に向けた。


 その瞬間だ、ドカンという爆発音とともに巨大な火球がいくつも崖に向かって射出された。さらに爆音が響いた。もうもうと立ち込める煙が晴れたあとには、あまりの威力で地形が変わった川辺の姿があった。


「なんだこりゃ」


 驚きのあまり呟いた。


 俺はその後も何度か試したがなぜか魔術をまったく制御できなかった。せっかくの力もこれでは無差別破壊にしか使いようがなかった。

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