64話 凶弾
呪い。それは魔術の系統からは少し外れたものである。
特徴的なのはその発動に生命そのものを糧にすること。魂を削り使うことだ。それゆえ強力であり対応策としては唯一、聖属性の魔術がその効果を和らげることができる。
「全員で聖属性の守護壁を! 呪いだ!」
現状を理解させるために後衛に向けて、指示を飛ばした。
「はい!」
ラナとイリナがすぐに反応して、魔術の構築をはじめた。
「くそ。俺聖属性苦手なんだよ」
ザルドもぼやきながら魔術の発動をサポートする魔道具を利用し、遅れて聖属性の守護壁を重ねがけで展開しようとしていた。
大蛇は命を削りつつ攻勢に転じた。追い詰めた魔物が牙を剥いた。邪眼を発動させ続けての、捨て身の猛攻だった。最後の逆転をかけてまずは視界を封じられている後衛たちをまとめて片付けようとしていた。障壁が完成する前に攻撃魔術を展開し、口から尖らせた風の針を数千という数を放った。
「動けるやつは時間を稼げ!」
真祖の吸血鬼であるレイチェルはその不死性と高い呪い耐性で容易く呪術をレジストしている。アステールも龍気を爆発させて呪術を飲みこみ喰らった。不死鳥の血を引くルシャにはそもそも呪いなど効かない。まともにくらっても多少動きが鈍る程度だ。
さすがは亜人の四氏族といったところだ。圧倒的に数が劣る亜人が人間を相手に回して、今まで滅び去っていない理由がこの個の強力さなのだった。
さらに俺を含めると4人が行動できた。
俺は聖属性の守護壁を張っていない。ただ目を瞑ったままでいるだけだ。これだけの巨体を動かすために巡るマナを読むのは非常に容易い。目を瞑っていても動きが手に取るようにわかった。もちろん聖属性が使えないわけではない。かつて残虐王も俺の邪法に対抗するために聖属性の魔術を使用していた。が、しかし動けない味方をカバーするのは俺の役割だ。
俺は掌の中にマナを溜めて、それを宙に放る。それは風魔術の豪雨にぶつかると、その場で爆発して敵の攻撃を飲み込んだ。さらにアステールの光の刃と、ルシャの炎、レイチェルの影が魔術を相殺していった。それでもわずかに届いた数本があった。魔術を構築しているラナに向かっている。その軌道を予測していた俺は彼女を守るために奥の手の一つを切りかけた。
だがその時、ウィルが反応してラナの前に立って彼女を庇った。ウィルは衝撃でたたらを踏む。しかし怪我はないようだ。はなから攻撃は無理だとわりきって、味方への攻撃に対する防御を考えていたのだろう。助言をしっかりと聞き入れた、いい働きだった。
俺は魔術を準備する。これ以上、余計な被害が出る前に殺し切る。
「時空支配」
大蛇の腹部あたりの空間が裂けて闇が這いずり出た。
空間に亀裂を入れて異空間に吹き飛ばす、それに巻き込まれた相手は身体を引きちぎられるのだ。あらゆる防御を無効にする残虐王の持つ秘術の一つだった。防御と攻撃の両方に使える恐ろしい技だ。
しかしこれはそうそう連発できるようなものではない。前回、蝕害を吹き飛ばすために使用して以降、あれほどの威力を放てるほど回復してはいなかった。
だからこそ威力を弱める。範囲を限定し、集中し、爆発させる。前回の経験から分かっている。時空間魔法は範囲指定して発動までにタイムラグがあるため攻撃に使用する時は広範囲で使わなければ当てることが難しい。この敵は大蝕害ほど動きを止めているわけではない。
その隙をは自らで作り出すしかない。「瞬動」に風魔術を乗せて神速で踏み込み頭部に蹴りをを叩きこむ。さらに土属性魔術で身体強化を乗せている。まともにヒットした蹴撃は大蛇の態勢を揺るがすほどだった。さらに宙で態勢を立て直して拳を眉間に叩きつけた。気功術の応用「爆裂功」だ。拳が鱗に触れると、マナが爆発して初撃で砕けた鱗を突き破り、腕が深々と突き刺さった。生半可な柔い剣を握るより、本気で力を込められる徒手のほうが威力が出る。
さらに「ショック・ボルト」を発動する。俺の腕を伝い電流が大蛇の内部に駆け巡った。連撃により完全に動きを封じられた大蛇の腹部からブチブチと肉が引き千切られる音が耳に届いた。魔術が発動し闇が大蛇の胴体を覆いつくそうとしていた。大蛇の断末魔の叫びが響き渡る。
静寂が訪れた頃には大蛇は身体を二つに引き裂かれ、地面に倒れ伏していた。その瞬間、喜びと安堵の声が背後から上がった。だが俺は逆に戦闘時の昂揚がすっと冷めていくのを感じていた。
「終わりか」
終わってみれば呆気ない幕切れだった。どこか物足りなさを感じていた。俺は手に入れたものと失ったものがある。今の俺はいったいどのぐらい強いのか、それを実感できるほどの強敵を求めていた。
蛇はしぶとい生き物だ。頭を切断されてなお敵にくらいつくなど執念深い面を見せることもある。俺は上着からダガーを取り出す、肉切り包丁との異名がある刃渡りの短い予備の装備だ。確実なる止めを刺すために喉元に向けてダガーを振り下ろした。
まさにその時に違和感を感じた。それは何かとは明確なものではなく漠然としたもので、長年培った戦士の勘としか言いようがないものだった。忍び寄る殺意の影を察知した。それは一直線に軌跡を描いて飛来する。視線だけをそちらに向ける。音を置き去りにして雷光のように迫りくる鉛の小さな弾丸を捉えた。
──狙撃。思考は目まぐるしく回転した。危機察知のギフトをすり抜ける、暗殺と隠密系統のギフトを極めた者の放った凶弾だった。しかも守護壁では防げない、無効化が付与されている。これほどの精密射撃、アレーテイアの技術はここまで進歩しているのかと舌を巻く。
完全に止めを刺す隙をつかれているが、咄嗟に行動を修正、左手の掌で受けとめた。「硬気」で防ぐ。予想よりも高い威力を感じて、さらにマナを掌の一点に集中させて握りつぶした。
「く」
だが受け止めた衝撃でやや態勢が崩れて、身体が流れる。
「主様!」
異変を感じたみなが俺に駆け寄ってくる。
大丈夫だと返事をしようとして、手を上げかけた。そこで猛烈な殺気を感じ取った。半ばから胴体を断ち切られた蛇は最期の力を使って俺に襲いかかったのだ。咄嗟に飛び退り躱すことを選択したが、それが悪手であることに気が付いた。
その攻撃の進行方向には駆け寄ってきたウィルがいたからだ。彼は反応しきれずに直立不動だった。
「ぼさっとしてないで躱しなさい!」
そんなウィルをレイチェルは庇った。彼の前に立ちふさがる。大蛇はレイチェルの放った影魔法を振り払い襲い掛かった。それはわずかな間を稼いだけだった。だが俺にとっては貴重すぎる時間だった。
「時間支配」
唱えると世界の光景がスローモーションになったようにゆるゆると速度が落ち続けた。できれば使いたくなかった残虐王の奥の手の一つだ。
全世界を止めるなど、土台無理なことだ。これは己自身の時を速めただけに過ぎない。現実世界の時間にしてほんの1秒間だけ自分の時の流れを3倍にまで跳ね上げた。そしてそれだけで十分だった。
横合いから大蛇の喉元に対して握ったダガーごと殴り付けるように叩きつけた。さらに身体を回転させつつダガーに向かって回しげりを放った。時が正常に流れ出した瞬間、大蛇の攻撃は横からの力を加えられて軌道がそれて、レイチェルたちの横を通過していった。
危なかった──予想外の攻撃があったとはいえまたしても失策だった。俺がかつて目指した頂点、完全からは程遠い。今の俺は残虐王の秘術を使ってようやく強さを維持しているだけにすぎないのだろう。
「レイチェル。大丈夫か」
凶手の存在を警戒しつつも駆け寄った。そこには呆然としたウィルと、そっぽを向いているレイチェルがいた。
「どうして僕を?」
信じられないといったようにウィルは口にした。
「ふん。主様に言われなかったら、誰が人間なんかを助けるものですか」
憎まれ口を叩いたレイチェルだったが、急に何もないところで躓いてぱたんと思いっきり転んだ。
「おい。無事か?」
いったい何事かと、どこか怪我でもしたのかと訝しむとアステールがさらりと答えた。
「大丈夫だ。ただのエネルギー切れだろう」
どういうことだと視線で問いかける。
「それはレイチェルの影なんだ。影人形というやつだな。本体は影の中に潜っている。昼間なのに力を使い過ぎたせいだろう」
レイチェルが影の中に沈んでいった、そして代わりに影から浮かび上がったのは容姿が影人形と瓜二つの少女だった。だがその醸し出す雰囲気は真逆、普段の暴走気味で傲然とした顔とは違いあまりにも弱々しい。
「大丈夫ですか?」
心配そうに近づいたルシャからさっと距離を取った。
「どうしたんですか?」
らしくもないその態度に俺も含めて、みなが面食らっていた。
「レイチェルは極度の人見知りと人間嫌いでな、ハーフのお主らでも少々匂うから、駄目なんだろう。だから普段は影に隠れてるんだ」
今は彼女は無言でアステールの後ろに隠れている。俺も人間のためあまり近寄らないようにして彼女に声をかける。
「よくウィルを守った。偉かったぞ」
「あ、主様」
労いの言葉にレイチェルは照れてもじもじと言いよどむ。
「お役に立てて光栄です」
恥ずかしそうに俯いて、本当に小さな声でそう言った。二重人格かと思うほど性格が違う。
だが彼女には悪いがこのほうが非常に接しやすいものだった。
「大丈夫か?」
アステールが訪ねるとレイチェルは首を横に振る。
「……お腹がすいてもう動けない」
「ほら。少しわけてやる。夜まで我慢できるか?」
「うん」
二人が手をつなぐと、アステールからレイチェルにマナが譲渡された。これが言っていた己を喰らわせるということだろう。次第にレイチェルの透き通るほど白い肌、その少し白すぎるほどの肌に温かみが戻った。これで一安心だろう。
「それじゃ帰るかな」
俺はぽつりと呟いた。
横やりを入れてきた敵はもはやその気配の影も形もなかった。一射だけ撃って、即座に撤退したのだろう。嫌らしい相手だった。だが貴重な情報を得た。この弾丸をわざわざ手で受けとめた理由、それは残るマナを感じ取りたかったからだ。
「お前が来ていたのか。ニース」
冷たい目線で弾丸を見つめる。騒ぎに乗じて暗殺、実に彼らしいやり方だった。
◇◇◇◇◇◇
「俺だ」
ニース・ラディットは携帯端末に向かって話しかける。その相手は同じく英雄であるレギル・シルセスであった。彼はすぐに電話に出ると急いたように言い放つ。
『朗々か?』
「いや、失敗した」
電話口の向こうから、だん! と物音がした。苛立ちに任せて机でも叩いたのだろう。レギルは小心者だから、それはいつものことだと知っていた。
──いちいち狼狽えちまって。
この男がこうなったのはいつからだったのかと思い返す。ニースが出会った頃のレギルは天才と称えられその強さに自信を持ち、戦場に君臨していた。それが今や見る影もないほどに心を砕かれた。
おそらくそれは残虐王との戦いを重ねる度に増していったように思う。しょせんは何不自由しないで育った温室育ちのお坊ちゃんだ。化け物じみた相手を前にして立ち向かうことができなかったのだろう。悪党であるニースと、あの魔術師殺しエル・デ・ラントなどとは死に対する覚悟が違ったのだ。
「俺が来てるってばれたな。たぶん」
『大丈夫なのか。警戒されるだろう』
「安心しろ。まだまだこれからだ。やりようはいくらでもある」
『頼むぞ。お前だけが頼りだ』
心底縋りつくような言葉だった。これはきっと大きな貸しになることだろう。その場から去ろうとして、その前にもう一度だけ双眼鏡でターゲットを観察する。
大蛇は息の根を止められ、残虐王側には被害は出ていなかった。
「あの蛇意外と使えなかったな。わざわざ探し回って起こしたってのに」
はあと軽くため息をついた。踵を返したニースの前に一頭のタイラントベアが立ちふさがった。大蛇の影響がなくなるまでもう少しかかるのだろう、未だその瞳には狂気を宿していた。
魔術で風の刃を爪に宿してニースに肉薄した。ニースは叩きつけられる爪に向かって掌を向ける。その瞬間、タイラントベアの動きが凍った。足と腕に氷が絡みつき、それが全身に這い上がり、その身体をすべて包み込んだ。
マナとは精霊の恩寵により生まれる魔術の源である。それは自然のエネルギーだ。ニースは絶対零度に迫るほどの温度操作を可能にする、その力は魔術の源であるマナを停止させ凍らせることができる。炎系統が使える魔術師でなければ彼の前には立つことすらできないと言われていた。それが英雄と讃えられる者の力だった。
「さて、次はどうしてやろうか」
ニース面白そうに口の端を歪めた。




