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6話 新たに生まれ変わって

 あの後、萎え切った精神で何とかもといたベッドに戻り一夜を明かした。どれだけ眠ったあとかも分からなかったが、酷く疲れていて泥のように眠りについた。


 きらと目に強い刺激を感じて反射的に目を覚ます。半ば開いた扉の隙間から日差しが差し込む、その光に身体は大きく反応していた。まるでしばらく光に当っていなかったように。


 扉の脇には電灯のスイッチがある。スイッチを入れると、まだマナの貯蔵があったようで室内に光が満ちた。背後を振り返り室内に目を向けたその瞬間、俺はその場から跳ね飛び咄嗟に身構える。


 ──見えたからだ。


「ざ、残虐王」


 すぐそこの壁際にいるのは目つきの鋭い猛禽を思わせる男だ。魔王、残虐王、あまたある呼び名の大悪党であり、正しく記憶にあった憎き怨敵に他ならなかった。ただすぐに馬鹿なことをしたと気が付いた。俺が顔に手を当てると、残虐王も顔に手を当てる。それは鏡に映った自分であった。


「どういうことだ」


 ますます意味が分からない、混乱の度合いは増していく。あの状況で生き延びたとは思えなかったが、これはあまりにも異常事態だ。

 

 残虐王とは本国に名を轟かせる悪党中の悪党だ。


 国家に対する破壊工作を行ったテロリストであり殺人に強盗、その余罪は挙げればきりがない。曰く、人の皮を生きたまま剥ぐ。曰く、乳飲み子を頭から食べる。曰く、捕まった女は強姦され火あぶりにされるなど、悪事を詳細に語れば1日かかってしまうだろう。


 本国に対して戦争を起こした彼を俺たちは破った。


 若さに満ち溢れ恐ろしいほど強く傲慢で、そして愚かな男だった。


 1対5の戦いなどする必要はなかったのに俺たちに付き合ってしまった。相手の土台に上がって戦えば既に敗北への道を歩むことに他ならない。俺たちは入念に準備していたからだ。広く名の知られた相手ゆえに手の内も明らかになっていた。


 だがそれでもやはり残虐王は強かった。神々の血を引くとか、その正体は邪龍だと言われる近代にて最強の魔術師、その称号に相応しい強さがあった。


 俺とかの魔の帝王の最後の一撃は、相打ちだった。魔術を使えない俺が代わりに奥の手として使用する邪法により、お互いに魂の一部が砕けるほどの死闘だった。


 あの決戦のあと、それまでの暴虐の噂が嘘のように残虐王の足跡はぱたりと立ち消え、俺は元々病弱だった身体をさらに壊した。


 それからの俺は栄光と同時に地を這う苦しみを味わった。辛酸たる思いが胸中に訪れた、だが思い出に浸るのはこれぐらいで十分だろう。今はそれ以上に重要なことがあった。


 ふと姿見の台座には埃をかぶった一冊の本があるのに気が付いた。

 日記のようだ。飛び付くように本を抱えると震える手でページをめくる。

 そこには綺麗な字で残虐王が綴った記録が残されていた。

 

 ──魂に致命的な傷を負った。いずれ私は死ぬだろう。


 わずかな望みにかけて、あらゆる手段で魂の修復をはかったが上手くはいかなかった。やはり魂の一部が足りないのだ。あの戦いの時に欠けてしまった。道半ばで倒れるのは残念でならない。


 そう思っていたところに僥倖が訪れた。

 ある日、瀕死の男を抱えた白龍が現れたと耳にした。

 私は目を疑った。白龍の力で辛うじて生き延びている状態のその男こそ私の仇敵であった。

 

 私の欠けた魂の一部はそこにあったのだ。

 すぐにこの縁は利用できると気が付いた。我々の間にあるこの縁の糸を手繰るのだ。やつが死んだ瞬間、輪廻の輪に向かうはずの魂を私の身体に引き込むことができるはずだ。そして欠けた部分を修復する。


 あとは一つの身体に二つの魂、そのぶつかり合いにどちらが勝つか。これまでに類を見ない大魔術だ。正直どうなるかは私にも分からない。両者ともに死ぬか、片方が生き残るのか。まったくの未知数だ。


 だがどちらが勝つにせよ、おそらく数年間は眠ることになるだろう。


 エル・デ・ラント。これを見ているか。

 ならば存分に私の悪を味わうがいい。今日からはお前が背負うのだから。


 パタン──日記を閉じて思考に沈む。


 本来ならば死んだのち魂は輪廻転生すると言われている。だが死んだ時に俺の魂はそこに行かずに残虐王の魔術によりこの器に引かれてしまったのだ。俺は勝利し、残虐王はもはやいない。だけど俺はその罪業を背負って生きていかねばならないのだ。魔の化身、魔王として生きなければならない。


 だが馬鹿なことをしたなとほくそ笑む。生きていればなんでもいい。生きているだけで儲けものだった。そしてもう一度、あの大地に戻れれば言うことがない。


 元の世界に会いたい家族親族がいるわけではない、友達も少ない、最後の栄誉すら奪い去られた。あの世界には何もなかった。それでも俺は戻らなくてはならないのだった。


 何もないからこそ、取り戻すために。


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